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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.5 スチュアート伯爵家・家訓第1条

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「スピカ、ソレイル、ルナ、ルカ、起きなさーいっ!朝ごはんですよーっ!」



 フライパンから最後の一枚のパンケーキをポーンとお皿に移して、子供たちの部屋を順に回ってたたき起こす。皆まだ眠たそうに瞼を擦ってるけど甘やかしません。お母様が三年前に賊に襲われて亡くなってしまった今は長女の私が母親代わりだからね!貧乏伯爵家である我が家にはメイドも執事も最低限しか居ないから、元からお料理やらお洗濯やらは私がしてたから今さら母親代わりになってもそんなに前と変わらないけど。



「「セレンお姉様、おはようございます」」



「おはようスピカ、ソレイル。ルカとルナは……まだ夢の中みたいね」



 エプロンを外しつつ、ソレイルに抱っこされてうつらうつらしてる可愛らしい双子の姿に苦笑い。仕方ない、奥の手だ。



「じゃじゃーん!今すぐちゃんと起きれるいい子ちゃんのパンケーキには、特別にこのジャムを……あ、あれ?」



 ルカとルナの大好物のブルーベリーのジャムの瓶を棚から取り出す。目の前でこれを焼きたてのパンケーキにかけてあげれば目も覚めるでしょう! と、思いきや……困りました、蓋が固すぎて開きません!!



「んーっ、開かないよーっ!」



「……はぁ、朝っぱらから何を騒いでいるのかと思えば。貸してみろ」



「ーっ!ガイアスさん!?何故こんな早くから我が家に!?」



 と、不意に私の手からジャム瓶が消えた。私の手からひょいっと取り上げたそれを軽々開けてくれた彼の姿に、ソレイルがびっくりした顔をする。



「ふふ、昨日のあのあと色々とあってね、彼には今日からしばらく家で暮らしてもらうことにしたのよ」



「え、えぇ……?昨日まであんなにピリピリしていたのに……」



「……突然申し訳ない。お世話になります」



 流石に気まずいのか、ガイアスが小さく頭を下げた。



「大丈夫よ、お父様の許可は取ったし!さ、皆揃ったから朝ごはんにしましょう!」



「「あしゃごはん!!!」」



「あ、起きた」



「現金でしょう?これを出した日だけはすぐ起きるのよ、この子達」



 ガイアスが開けてくれた瓶からたっぷりとパンケーキにジャムを垂らすと、ルナとルカがパチっと目を覚ましてパンケーキをがっつき出す。その姿に気が緩んでスピカとソレイルもガイアスへの警戒心が薄れたのか、皆でおいしく朝ごはんを楽しんだ。




「さてと、食器洗わなきゃ」



「……ごちそうさま。その……片付け、手伝うか?」



 朝食後、後片付けに入ろうとしたら突然ガイアスにそう声をかけられた。何か、朝からジャムの蓋開けてくれたり、洗い物手伝おうとしてくれたり、今日は妙に優しいな。夕べ和解したお陰かな?

 少しは気持ちが近づいたみたいでちょっと嬉しい。思わずクスクスと笑ってしまった。



「ふふ、ありがとう。でも朝ごはんはそんなに洗い物出ないから大丈夫よ」



「いや、洗い物じゃなくても他になにか……」



「「ガイアしゅ!ねーさま!これあげりゅ!!」」



「え?これは、昨日お前たちが森でとろうとしていた花か。でも何故俺とセレスティア嬢に?」



 台所の手前の廊下で話し込んでたら、子供部屋に戻った筈のルカとルナが唐突にそう言って私とガイアスに色違いの二つの花を差し出してきた。その、重ねると二つで1つの大輪の花のように見える花を見て、ようやく私は何故昨日この子達が勝手に屋敷を抜け出して森に行ったのかを察した。



「双子花……!二輪が対になって咲くあの森特有のお花よ。この子達、私と貴方を仲直りさせようとしてくれたんだわ。この花には、分けて二人で持っていればその二人は仲良しになれるって伝承があるから」



「ーっ!だから花を探しに森へ行ったのか?」



「そうでしゅよ!」



「ちーさいとき、ルナとおれがケンカしたときにねーしゃまが同じ花をくれたんだ!」



「こりぇのおかげで、ルカとなかなおりできまちた!今でもルナとルカのたかりゃものでしゅ!!」



 昔、押し花にして手作りのポシェットの飾りにつけてあげた双子花を自慢げにガイアスに見せると、ルカとルナはガイアスと私の手に一輪ずつ花を握らせてにこっと笑った。



「「これでなかなおりできりゅ?」」



「ルカ……、ルナ……っ!なんて優しいいい子達なの!!大丈夫よ、ガイアスも今日からうちに住むから家族になるからね!!」



「おいちょっと待て、厄介になるとは言ったが家族になるとは言ってないぞ!?」



「「「スチュアート伯爵家・家訓第一条!同じ屋根の下で生活する者は皆家族である!!」」」



「何それ聞いてない!!!」



 聞いていなかろうがなんだろうが、今私とルカとルナがバッチリ声を揃えて宣言したこれが我がスチュアート家のルールです。知らなかったなんて認めません。



「訳がわからない……!貴族と言うのは皆こう言う物なのか……!?てかそんな大事なことは一晩泊まる前に説明してくれよ!」



「だって夕べは疲れきっててつい忘れちゃったんだもの。さ、食器洗おーっと」



 パニックなせいか完全に年相応の若い男の子の口調になったガイアスの叫びをさらっとスルーする。



 えぇ、決してガイアスの滞在場所を我が家にしますと陛下に許可を貰って彼が引くに引けなくなるまでわざと黙っていたなんて、そんな悪どいことは企んでませんでしたとも。







「よし、片付け終わりー。ルナ、ルカ、お姉ちゃんお買い物行くけど……って、あら、貴方まだリビングに居たの?」



「こいつらが離してくれないんだよ……!何でこんなに懐いてるんだ……?」



 片付けを終えてリビングに戻ったら、左右から双子に抱きつかれたガイアスがうんざりした様子で頭を抱えていた。昨日崖で助けてもらった一件で、2人の中では彼はすっかりヒーローになったようだ。



「「ねーねーガイアしゅ!ガイアしゅのたからりゃものは無いの!?」」



「え?」



 子供特有の唐突なその質問に、ガイアスと私は首をかしげる。

 ルカとルナの言い分的に、自分達はさっき宝物を見せた→ガイアスにもなにか大事な宝物がある筈だ→あるなら見せて!!と言う流れになったらしい。子供ってやっぱ不思議だ。



「残念だが、無いな。俺、昔の持ち物はお祖父様が亡くなってナターリエに取り立てて貰った時にほとんど処分しちまったから」



「「えーっ!?」」



「ガイアス……」



 寂しげに笑うその顔が切ない。そうだ、確か彼は忌み子として生家から追われ、引き取られた先でも賊に恩人を殺されてしまい天涯孤独となった身の上なのだと。



(これは尚更、うちに居る間は家族として寂しくないように過ごして欲しいな……。でもその為には、もう少し心の距離を縮めないと。どうしたらいいかな?)



 なんて私がその為に何が出来るか考えてる間にも、ルナ達がしつこくガイアスにひとつくらいなにかないかと付きまとっていた。



「なんかひとちゅくらいあるでしょーっ!」



「そうだじょガイアしゅ!おしえるりょーっ!!」



「あーもうしつこい!俺には大切にしている品なんて……あ」



「えっ?」



 逃げるように立ち上がったガイアスがハッとしたような表情になって、懐からなにかを取り出す。

 ナターリエ様からいただいた物でも思い出したのかな?とぼんやり観察していたのに、はらりと広げられた空色のそれに咲くいびつな桜の刺繍に、今度は私がハッとなる番だった。

 

「が、ガイアス……様、それは……!」



「あー……、お祖父様に引き取られた際にいただいたハンカチーフだ。一度破けてしまって、名前も知らない少女に直して貰ったんだ。もう随分古くなってしまったが……これだけは、どうしても捨てられなくて」



 『あの子の顔も思い出せないのに、不思議なことだ』と、どこか穏やかな表情で話す彼を見て、じわっと温かいなにかが胸に広がった。



(そっか、まだ持ってたんだ……)



 例え顔を忘れられていても、彼が他の女性に心を奪われているとしても、ガイアスの心のどこかには“あの日”の記憶が刻まれている。その事が堪らなく嬉しかった。



「「ガイアしゅ、それ見せてーっ!」」



「……わかったよ、ただし手を綺麗にしてからな」



「「わかった!!」」



 ため息混じりに承諾したガイアスの言葉に素直にうなずいた二人がリビングを飛び出していくのを見送って、彼は力なくソファーに座り直した。



「はぁ、疲れた……。それにしてもあの2人、俺の名前くらいきちんと呼べないのか?」



「あぁ、ごめんなさいね。あの子達、”さ行“の発音が苦手なの。だから私の名前もちゃんと呼べないのよ」



「あぁ、“セレ〔ス〕ティア”嬢にも“ス”が入ってるもんな。あ、だから……」



「そう、だから家族皆、愛称の“セレン”で呼ぶのよ。あ、そうだ!ガイアスもこの際愛称決めましょうよ、一年だけだけどうちで暮らすんだし!“ス”が入らなきゃいいんだから、今日からは”ガイア“って呼ぶわね!私のことも”セレン“って呼んで?」



「名付け方雑かよ!勝手に決めるなよ、呼ばねーよ愛称なんて!!」



「えーっ?スチュアート伯爵家・家訓第○条、家族は互いの名前を親しみを込めて呼ぶべし!よガイア!!」



「早速か!嘘つけ、それ絶対今適当に考えただろう!」

 

 チッ、ばれたか……。でも、親しくなりたいなら特別な呼び名って結構いいアイデアじゃないのかな。



「そんなつれないこと言わないで!別にナターリエ様に聞かせるわけでもないんだし、折角同じおうちに居るのに“セレスティア嬢”なんて他人行儀な呼び方寂しいよ!だからほら、ね!ね!?一回だけ!」



「くっ、しつこいな……!流石姉弟、付きまとい方がさっきの双子にそっくりだ!」



「止めて欲しければ呼んでみて!ねぇガイア!」



「~~っ、あーーもうっ!わかったよ“セレスティア”!」



「ーっ!」



 捨て鉢気味に言い捨てたガイアが、トンと私を押し退けて立ち上がる。



「生まれてこの方、誰かを愛称で呼んだことなんてないんだ。これで勘弁してくれ、“セレスティア”。……って、どうした!?」



 ちょっと気恥ずかしそうに私の名前を呼び捨てるその姿にキュン死しそうになってソファーに崩れ落ちた私を見つけた双子が、またガイアがねーさまをいじめている!と彼にヒーローごっこ遊びを挑むのは、この僅か10秒後のお話……。



     ~Ep.5 スチュアート伯爵家・家訓第1条~




   『片想いだとわかっていても、貴方の“特別”が欲しいんです』

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