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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった
Ep.4 初恋の芽は枯れない
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「おい、朝からお前は一体何をしている?」
実家に帰ってから早一週間。態度こそ最悪だけど、ガイアスは毎日朝から家に来ては私の隣にいて、夜まで律儀に(たまに私の弟達の子守りもしながら)護衛として勤めて帰っていく日々を続けていた。口が悪いだけで、多分小さいときの優しさはまだ名残があるんじゃないかな……なんて、気を抜くとたまにときめいたりしてしまう。くそぅ、イケメンめ!でももう貴方なんか好きじゃないんだから!
でもいかんせん彼の私への態度が最悪だし、私としてもこんな冷たくされてたら流石にもう胸が痛いのを通り越して腹も立ってくると言うわけでつい素っ気なく返してしまう。
「何って、一番下の弟が破いちゃったズボンを繕ってるだけよ。退屈なら、大好きなナターリエ様にお手紙でも認めてたら?」
私の返事がカチンときたのか、ガイアスはバンっと机を叩いた。
「だからっ、そんな身にもならないことに時間を費やす暇があるならば少しは事件のことを思い出す努力をしたらどうなんだ!?」
「しているわよ。陛下の紹介でお医者様から送られてきた資料にあった記憶を呼び起こすトレーニングは毎晩欠かさずやって……」
「「ねーしゃまをいじめちゃメッ〔だぞ/でしゅ〕!!!」」
「はぁ、また来やがったか……」
「ルカ!ルナ!!」
今にもケンカになりそうだったガイアスと私の間にそう割って入って来たのが、今年で5歳になるルカとルナ。私の弟と妹だ。ちなみに双子。
「ねーしゃまはお料理もじょうじゅで、おしゃいほうもおそーじもなんでも出来てしかもやしゃしいんでしゅ!」
「そーだぞ!ねーちゃをいじめるなんて、おまえさては悪いやちゅだな!やっつけるじょ!!!」
「やっちゅけましゅ!!」
そう飛びかかった二人をささっとかわし、ガイアスは乱暴に立ち上がった。変だな、いつもならなんだかんだ言いつつ相手してくれるのにと思ってたら、ガイアスが今までで一番冷たい目で私を睨み付けてきた。
「……っ、相変わらず躾のなっていない子供だな。姉も姉なら下も下か」
「ちょっと、言い過ぎよ!」
「言い過ぎなものか。甘やかしてばかりでろくに礼儀も教えていないからこうなるんだろう?母親の顔が見てみたいものだな!」
「……っ!!」
そう言い捨てるガイアスの声と、その向こう側の中庭に佇む白い十字架に、パキンと心の一部が砕けた気がした。
バシンっ……と、嫌な音がひとつ響いて、ガイアスが驚いた顔で私を見る。
手のひらがヒリヒリと痛かった。当然だ、かなり力一杯ひっぱたいたから。
「~っ、私だって、見れるものならもう一回お母様の顔が見たいわよ!いくら私のせいで王都からでなきゃいけなくなったからって言っていいことと悪いことくらい弁えなさいよ!」
「あ、いや、それは……っ、おい、待て!」
「あ、ガイアスさん、王都からお手紙が来てますよ……って、姉様!?」
急に現れたソレイルを押し退けて、『もう今日は帰って!!』と叫んだ私を見据えるガイアスがどんな表情をしてたのかは、涙でにじんだ視界ではわからないまま。ルカとルナを子供部屋に放り込んで、私は自室のベッドに飛び込んだ。
「見れるわけないじゃない、死んじゃったんだから……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「んん、今何時……?」
ずいぶん長くふて寝しちゃったらしい。
あーあ、まぶた腫れちゃってるやと肩を落としかけた時、部屋にいきなり上の妹・スピカが飛び込んできた。
「セレン姉様大変ですわ!ルカとルナが屋敷のどこにもおりませんの!」
「えぇっ!?」
「町の人に話を聞いたらそれらしい子供が森に入ってくのを見たと……!どうしましょう、どうしたら……!」
「落ち着きなさいスピカ!大丈夫よ、私が探してくるわ!」
青ざめている次女のスピカをなだめて、すぐに屋敷を飛び出した。屋敷の裏手にある森は深く、夕方になるともう道もわからなくなるくらいに暗くなるのだ。もうっ、だから普段はあれだけ『勝手に行っては駄目よ』って言い聞かせてたのに……!
「きゃっ……!」
既に薄暗い森のなかを走り回ってたら、太い木の根に足を取られてしまった。盛大にスッ転んで、痛みで滲む涙をごしごしと拭う。
「……っ、ルカーっ、ルナーっ!?どこにいるのーっ!!?」
「「ねーしゃまーっ、たすけてーっ!!!」」
「ーっ!!」
思い切り叫んだ瞬間、風に乗って聞こえた弱々しい二人の声。西の崖の方だ!
崖の上まで駆け抜けて、地面に手をついて下を覗き込む。
我が家の可愛い末っ子二人は、なんとその断崖絶壁に生えた木の根にぶら下がって泣いていた。どうしてあんな所にー……なんて考えてる場合じゃない!
近くの木の根元にワンピースの腰ひもで自分の体を固定して、一歩ずつ崖を降り始めた。
「二人とも、すぐ助けるからね……!」
少しずつ、踏み外さないように、二人が掴まってる枝に衝撃を与えないように降りていく。よしあと少し……!
思い切り伸ばした腕で、ようやく二人を抱き締めた。
「「わぁぁぁんっ、ねーさまーっ!」」
「二人とも、良かった……!」
そう安堵した瞬間だった。ブチッと、命綱代わりの腰ひもが切れてしまいバランスが崩れたのは。嘘っ、落ちる……!!
「ルカ、ルナ!!!」
二人だけは守らなきゃ!
反射的にそう思って、小さな二つの体を力一杯抱き締める。
フワッと、一瞬感じた浮遊感に目を閉じた。
「……?あれ?」
「馬鹿野郎、何やってるんだ!!」
でも、次の瞬間、ガシッと腰を抱き止められて一気に上まで引き上げられた。あれほど苦労して降りていた距離を軽々引き上げられて地面に下ろされ、ぼんやりしたまま助けてくれた相手を見る。
「全く、謝ろうと思ってずっと待っていたら血相変えて飛び出していくから何かと思ったじゃないか。怪我はないか?」
「ガイアス、様……」
そう、私達を助けてくれたのは、他ならぬガイアスだったのだ。彼は泣きじゃくるルカとルナを抱き上げしばらくなだめた後、びっくりして動けない私の前に座ってしっかり頭を下げた。
「セレスティア嬢、……本当にすまなかった。母君が一昨年亡くなられた話はさっき上の弟から聞いたよ。知らなかったで済まされていい話じゃないよな。……“悪者”と言う言葉に忌み子として扱われてきたトラウマが刺激されてしまったとは言え、流石に言い過ぎだった。許せないと言うなら、気がすむまで殴ってくれてもいい」
そう言ってもう一度深々と頭を下げたガイアスが、切ない声音でポツリと呟く。『ただ、羨ましかったんだ』と。
「……初対面からきつく当たり散らして本当にすまない。ただ、温かい家族が、変える場所があるお前が羨ましくて、嫉妬していただけなんだ。意地悪な態度ばかりとって危険な目に合わせて、護衛失格だな……」
「ううん、私こそごめんね……。貴方の気持ち、全然考えてなかった。殴るなんて出来ないよ。助けてくれて、ありがとう」
そう言って揺れるその瞳が、初めて会ったときと同じように寂しそうで、ぎゅうっと胸が痛んで。気がついたら、そう答えていた。
一瞬驚いた顔をしたガイアスが、ふっと目元を細める。
「……本当、変わってるよ、お前」
(あ、笑った……?)
それは、初めて私に向けられた彼の笑顔で。一気に顔が熱くなった。
自分の鼓動がうるさすぎて、他の音が聞こえない。ずっと見てたいのに、ガイアスを見てるのが苦しい。
どうしよう、嫌いになった筈だったのに。
どうやら私は懲りもせず、もう一度彼に恋しちゃったみたいです。
~Ep.4 初恋の芽は枯れない~
〔その後〕
「じゃあ、送ってくれてありがとう。また明日……ね」
さみしい気持ちを圧し殺し、ガイアスと別れる為に振り向いた私は屋敷の門の所で微笑んだ。
「あぁ、またな……って、ん?」
「ん?どうかした?」
帰ろうとしていたガイアスが、上着のポケットをまさぐり首を傾げたのだ。どうしたのかと見守っていたら、青ざめたガイアスがポツリと呟く。
「……下宿先の鍵、失くした……」
「え、えぇぇぇっ!?」
二人で思わず、さっきまで歩いてきた森の方を見る。夜の森は真っ暗で、探し物なんて出来そうになかった。
ガイアスが自嘲気味に笑って、肩を落とす。
「仕方がない、他の宿もないし、合鍵なんて論外だし……しばらくは野宿だな」
「……待って!行くとこないなら……うちで暮らしたら?」
「ーー……え?」
さも当たり前みたく去ろうとした彼の腕にしがみついて、気がついたらそう言っていた。
実家に帰ってから早一週間。態度こそ最悪だけど、ガイアスは毎日朝から家に来ては私の隣にいて、夜まで律儀に(たまに私の弟達の子守りもしながら)護衛として勤めて帰っていく日々を続けていた。口が悪いだけで、多分小さいときの優しさはまだ名残があるんじゃないかな……なんて、気を抜くとたまにときめいたりしてしまう。くそぅ、イケメンめ!でももう貴方なんか好きじゃないんだから!
でもいかんせん彼の私への態度が最悪だし、私としてもこんな冷たくされてたら流石にもう胸が痛いのを通り越して腹も立ってくると言うわけでつい素っ気なく返してしまう。
「何って、一番下の弟が破いちゃったズボンを繕ってるだけよ。退屈なら、大好きなナターリエ様にお手紙でも認めてたら?」
私の返事がカチンときたのか、ガイアスはバンっと机を叩いた。
「だからっ、そんな身にもならないことに時間を費やす暇があるならば少しは事件のことを思い出す努力をしたらどうなんだ!?」
「しているわよ。陛下の紹介でお医者様から送られてきた資料にあった記憶を呼び起こすトレーニングは毎晩欠かさずやって……」
「「ねーしゃまをいじめちゃメッ〔だぞ/でしゅ〕!!!」」
「はぁ、また来やがったか……」
「ルカ!ルナ!!」
今にもケンカになりそうだったガイアスと私の間にそう割って入って来たのが、今年で5歳になるルカとルナ。私の弟と妹だ。ちなみに双子。
「ねーしゃまはお料理もじょうじゅで、おしゃいほうもおそーじもなんでも出来てしかもやしゃしいんでしゅ!」
「そーだぞ!ねーちゃをいじめるなんて、おまえさては悪いやちゅだな!やっつけるじょ!!!」
「やっちゅけましゅ!!」
そう飛びかかった二人をささっとかわし、ガイアスは乱暴に立ち上がった。変だな、いつもならなんだかんだ言いつつ相手してくれるのにと思ってたら、ガイアスが今までで一番冷たい目で私を睨み付けてきた。
「……っ、相変わらず躾のなっていない子供だな。姉も姉なら下も下か」
「ちょっと、言い過ぎよ!」
「言い過ぎなものか。甘やかしてばかりでろくに礼儀も教えていないからこうなるんだろう?母親の顔が見てみたいものだな!」
「……っ!!」
そう言い捨てるガイアスの声と、その向こう側の中庭に佇む白い十字架に、パキンと心の一部が砕けた気がした。
バシンっ……と、嫌な音がひとつ響いて、ガイアスが驚いた顔で私を見る。
手のひらがヒリヒリと痛かった。当然だ、かなり力一杯ひっぱたいたから。
「~っ、私だって、見れるものならもう一回お母様の顔が見たいわよ!いくら私のせいで王都からでなきゃいけなくなったからって言っていいことと悪いことくらい弁えなさいよ!」
「あ、いや、それは……っ、おい、待て!」
「あ、ガイアスさん、王都からお手紙が来てますよ……って、姉様!?」
急に現れたソレイルを押し退けて、『もう今日は帰って!!』と叫んだ私を見据えるガイアスがどんな表情をしてたのかは、涙でにじんだ視界ではわからないまま。ルカとルナを子供部屋に放り込んで、私は自室のベッドに飛び込んだ。
「見れるわけないじゃない、死んじゃったんだから……」
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「んん、今何時……?」
ずいぶん長くふて寝しちゃったらしい。
あーあ、まぶた腫れちゃってるやと肩を落としかけた時、部屋にいきなり上の妹・スピカが飛び込んできた。
「セレン姉様大変ですわ!ルカとルナが屋敷のどこにもおりませんの!」
「えぇっ!?」
「町の人に話を聞いたらそれらしい子供が森に入ってくのを見たと……!どうしましょう、どうしたら……!」
「落ち着きなさいスピカ!大丈夫よ、私が探してくるわ!」
青ざめている次女のスピカをなだめて、すぐに屋敷を飛び出した。屋敷の裏手にある森は深く、夕方になるともう道もわからなくなるくらいに暗くなるのだ。もうっ、だから普段はあれだけ『勝手に行っては駄目よ』って言い聞かせてたのに……!
「きゃっ……!」
既に薄暗い森のなかを走り回ってたら、太い木の根に足を取られてしまった。盛大にスッ転んで、痛みで滲む涙をごしごしと拭う。
「……っ、ルカーっ、ルナーっ!?どこにいるのーっ!!?」
「「ねーしゃまーっ、たすけてーっ!!!」」
「ーっ!!」
思い切り叫んだ瞬間、風に乗って聞こえた弱々しい二人の声。西の崖の方だ!
崖の上まで駆け抜けて、地面に手をついて下を覗き込む。
我が家の可愛い末っ子二人は、なんとその断崖絶壁に生えた木の根にぶら下がって泣いていた。どうしてあんな所にー……なんて考えてる場合じゃない!
近くの木の根元にワンピースの腰ひもで自分の体を固定して、一歩ずつ崖を降り始めた。
「二人とも、すぐ助けるからね……!」
少しずつ、踏み外さないように、二人が掴まってる枝に衝撃を与えないように降りていく。よしあと少し……!
思い切り伸ばした腕で、ようやく二人を抱き締めた。
「「わぁぁぁんっ、ねーさまーっ!」」
「二人とも、良かった……!」
そう安堵した瞬間だった。ブチッと、命綱代わりの腰ひもが切れてしまいバランスが崩れたのは。嘘っ、落ちる……!!
「ルカ、ルナ!!!」
二人だけは守らなきゃ!
反射的にそう思って、小さな二つの体を力一杯抱き締める。
フワッと、一瞬感じた浮遊感に目を閉じた。
「……?あれ?」
「馬鹿野郎、何やってるんだ!!」
でも、次の瞬間、ガシッと腰を抱き止められて一気に上まで引き上げられた。あれほど苦労して降りていた距離を軽々引き上げられて地面に下ろされ、ぼんやりしたまま助けてくれた相手を見る。
「全く、謝ろうと思ってずっと待っていたら血相変えて飛び出していくから何かと思ったじゃないか。怪我はないか?」
「ガイアス、様……」
そう、私達を助けてくれたのは、他ならぬガイアスだったのだ。彼は泣きじゃくるルカとルナを抱き上げしばらくなだめた後、びっくりして動けない私の前に座ってしっかり頭を下げた。
「セレスティア嬢、……本当にすまなかった。母君が一昨年亡くなられた話はさっき上の弟から聞いたよ。知らなかったで済まされていい話じゃないよな。……“悪者”と言う言葉に忌み子として扱われてきたトラウマが刺激されてしまったとは言え、流石に言い過ぎだった。許せないと言うなら、気がすむまで殴ってくれてもいい」
そう言ってもう一度深々と頭を下げたガイアスが、切ない声音でポツリと呟く。『ただ、羨ましかったんだ』と。
「……初対面からきつく当たり散らして本当にすまない。ただ、温かい家族が、変える場所があるお前が羨ましくて、嫉妬していただけなんだ。意地悪な態度ばかりとって危険な目に合わせて、護衛失格だな……」
「ううん、私こそごめんね……。貴方の気持ち、全然考えてなかった。殴るなんて出来ないよ。助けてくれて、ありがとう」
そう言って揺れるその瞳が、初めて会ったときと同じように寂しそうで、ぎゅうっと胸が痛んで。気がついたら、そう答えていた。
一瞬驚いた顔をしたガイアスが、ふっと目元を細める。
「……本当、変わってるよ、お前」
(あ、笑った……?)
それは、初めて私に向けられた彼の笑顔で。一気に顔が熱くなった。
自分の鼓動がうるさすぎて、他の音が聞こえない。ずっと見てたいのに、ガイアスを見てるのが苦しい。
どうしよう、嫌いになった筈だったのに。
どうやら私は懲りもせず、もう一度彼に恋しちゃったみたいです。
~Ep.4 初恋の芽は枯れない~
〔その後〕
「じゃあ、送ってくれてありがとう。また明日……ね」
さみしい気持ちを圧し殺し、ガイアスと別れる為に振り向いた私は屋敷の門の所で微笑んだ。
「あぁ、またな……って、ん?」
「ん?どうかした?」
帰ろうとしていたガイアスが、上着のポケットをまさぐり首を傾げたのだ。どうしたのかと見守っていたら、青ざめたガイアスがポツリと呟く。
「……下宿先の鍵、失くした……」
「え、えぇぇぇっ!?」
二人で思わず、さっきまで歩いてきた森の方を見る。夜の森は真っ暗で、探し物なんて出来そうになかった。
ガイアスが自嘲気味に笑って、肩を落とす。
「仕方がない、他の宿もないし、合鍵なんて論外だし……しばらくは野宿だな」
「……待って!行くとこないなら……うちで暮らしたら?」
「ーー……え?」
さも当たり前みたく去ろうとした彼の腕にしがみついて、気がついたらそう言っていた。
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