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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.2 転生者がいっぱい!

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 今すぐ背景《モブ》に戻りたい。そんな私の切実な願いは、どうやら叶いそうもない。
 セレスティア・スチュアート18歳、乙女ゲームの世界のモブとして転生したとつい10分程前に思い出しまして、只今学園の卒業パーティーにて、第一王子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に重要な証人として巻き込まれております。

 ……が、ナターリエ様(悪役令嬢)がアイシラちゃん(ヒロイン)を階段から突き落としたシーンなんか、ゲームのスチルでしか見たこと無いんですけどぉぉぉっ!?ここ今はゲームじゃないじゃん、現実じゃん!事実かどうかハッキリしないまま公爵令嬢の罪を証言なんかして間違っていた暁には、貧乏領地の伯爵令嬢(私のことだ)なんて即日処刑に決まってる。嫌だそんなの! と、言うわけで戦略的撤退だ!

「も、申し訳ございませんが、全く記憶にございませんわ!」

「そんな筈ありません!セレスティアさん、確かにあの時私を助けてくれたじゃないですかぁ!」

 叫んで逃げようとした私にしなだれかかったアイシラちゃんが、目の前に一着のスカートを突きつけてくる。って言うかアイシラちゃん力強い!握られてる腕が痺れてきたんだけど、貴女本当にヒロインですか!? 

 それにしても、この少しくたびれた制服のスカートが何の証拠になるのよ? まじまじと差し出されたスカートを見てみる。受け取って裏地を見たら、とっても見覚え……もとい、縫い覚えがある部分を見つけた。

「……あっ!」

「思い出しましたか!?私が女子寮の階段から落っことされちゃった時にセレスティアさんが繕ってくれたスカートですよ!」

 その言葉にハッと思い出した。一年生の時に、女子寮の階段からすごい勢いで落下してきた女子生徒の制服を直してあげたことがあったことを。そうか、なんか会ったことがある気がすると思ってたら、あの時の子がアイシラちゃんだったのか。でも困ったな、前世を思い出した衝撃とあの直後に実家の方であった“事件”のショックで、あの日の事がほとんど思い出せない。

「あんな体験滅多にするものじゃないでしょう!?だから、あの時階段の上から私がナターリエ様に突き落とされてた場面ももちろん覚えてますよね?ね!!」

 困っている私の心境など知らずに、正面には涙でうるうる輝く眼差しで私を見上げてくるアイシラちゃんと、扇で口元を隠したナターリエ様からの冷ややかな眼差し。うーん、嘘や出任せで言い逃れ出来る状態じゃないわね。
 温度差のありすぎるその二人に板挟みにされながら、私はその場で首を横に振った。
 その瞬間、ヒロインの仮面が剥がれたアイシラちゃんがギリッと歯を鳴らす。

「なっ……見てないって言うの!?」

「いいえ、見てないないのでは無く、細かく思い出せないのです」

「はぁ!?ふざけないでよ、忘れないでって言ったでしょ!?これじゃシナリオ通りにならないじゃない!」

「ーっ!」

 その言葉でピンときた。なるほど、さてはこのヒロインちゃんも転生者ですね?そして、まさか同じ転生者とは思わずにいじめイベントの目撃者に使うモブとして私を選んだのね!?どんな偶然よ、困ったなぁ!
 大体覚えていないものは覚えてないんだから怒鳴られてもどうしようもないんですが……とついため息をこぼした私を見て、それまでずっと無表情だったナターリエ様がフッと小さく笑った。

「モブにすら愛してもらえないなんて、本当に残念な転生ヒロインだこと」

「ーっ!!?」

 ってちょっと待って!めっちゃ小声だったけど聞こえちゃったよ!?ナターリエ様よ、貴女もか!貴女もお仲間《転生者》か!

 うわぁ、ゲーム最大の山場“悪役令嬢断罪&婚約破棄イベント”にてヒロイン、悪役令嬢、目撃者役のモブと内実三人も転生者が居るこの状態……一体なんなんだ!と思っていたら、いきなり肩を掴まれ無理矢理ナターリエ様の方に向けられた。しびれを切らした第一王子の仕業だ。

「セレスティア嬢!ナターリエ側からの報復を恐れて真実が言いづらいだけだろう!?証言さえしてくれれば貴女の安全は私が保証する。さぁ、だから言うんだ!あの日、階段で君はこの顔を見ただろう!?」

「いいえ……痛っ!」

「お止めなさい、紳士としてあるまじき振る舞いでしてよ」

 もう一度首を振ろうとしたら、肩を掴まれている力が強まったけど、その第一王子の手をナターリエ様が畳んだ扇で叩き落としてくれた。

 びっくりしつつまだ痛む肩を擦る私を押し退けて、ぶちギレた第一王子がナターリエ様に向き直る。

「何をするんだ!」

「貴殿方の幼い言い掛かりに無関係な方を巻き込むから止めたまでです。彼女は私がアイシラ嬢に危害を加えた場面など“見ていない”と言いました。つまり、私の無実は証明されたでしょう?これ以上、彼女を巻き込む意味はございませんわ。貴女、もうお下がりなさいな」

 えっ、下がっていいの!?ナターリエ様ありがとう!!で、でも私『知らない』とは言ったけど『見てない』とは言ってないけど、こんな半端な状態で抜けちゃって大丈夫ですか?
 このままだと、ゲームのシナリオの強制力のせいでナターリエ様が悪者にされちゃうんじゃ……。

 不安で結局動けずに、ちらっと第一王子の顔を見る。彼は、メインヒーローにあるまじき顔でナターリエ様を睨み付けていた。

「貴様……っ!」

「あら、まだ何か言い分がございまして?馬鹿馬鹿しい、第一わたくしにはアイシラ嬢を攻撃する理由など微塵も無くてよ」

「嘘をつくな!私を奪われた嫉妬でアイシラを罵倒してきたのだろう!!」

「まぁ、御自身にわたくしから嫉妬してもらえるような魅力がおありだと本気で思っていたんですの?ふふっ、おかしい」

 そう扇で再び口元を隠しつつも笑いを隠さないナターリエ様。親衛隊のイケメンたちまで、いい気味だと言わんばかりに第一王子を笑い出す。つられたのか、野次馬の方からも忍び笑いが聞こえ始めた。

「……っ、ふざけるな!大体私の婚約者でありながらいつもいつも側に他の男を侍らせて……。そうやって常に私を馬鹿にしていたんだろう!!」

「きゃっ……!」

「ナターリエ様!!!」

 まずい!と思ったときにはもう遅かった。
 振りかぶった第一王子の拳がナターリエ様の顔に力一杯振り下ろされるその動きが、妙にゆっくりに見える。辺りから悲鳴が上がった。

 しかし。

「そこまでにして頂こう、ウィリアム王太子殿下」

 突然現れた一人の男性がナターリエ様の前に立ち、第一王子の拳をバシンッと鈍い音を立て片手で食い止めた。後ろでひとつにくくられた夜のような黒髪がサラリと揺れる。
 パアッと笑顔になるナターリエ様から視線を男性に移して、はっとした。

「ガイアス!ありがとう」

「遅くなって申し訳ございませんでした、ナターリエお嬢様」

 そうナターリエ様に微笑んだ青年の、深い紺碧の瞳にトクンと心臓が跳ねる。

「おい見ろよ、漆黒の髪だ。魔力持ちの忌み子じゃないか、穢らわしい」

「馬鹿、口を慎め!確かに黒は忌み子の色だが、あの方は公爵令嬢のナターリエ様から直々に剣の腕を取り立てられ、更には国王の暗殺を阻止した名誉により王国騎士団に入られたガイアス様だぞ!」

 ガヤガヤと騒がしい、野次馬の声もほとんど気にならなかった。

 間違いない、彼こそさっきまでこの場に居なかった最後の攻略対象であり、私が幼い頃に出会った、あの初恋の少年だった。

     ~Ep.2 転生者がいっぱい!~

    『もう流石に、モブの許容量は限界です!!』

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