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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.1 あの……、私モブの筈ですよね!?

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「ナターリエ公爵令嬢!私はこの場を持って、貴女との婚約を破棄させてもらう!」



 現役学生だけでなく、各地で活躍している歴代の卒業生や高位貴族もたくさん集まっている卒業パーティーの会場。めでたい筈のその席は、第一王子のその怒鳴り声で一瞬で凍りついた。



 その瞬間、壁の花になりながら、会場のテーブルにかかってるクロスの刺繍が見事だなあなんてぼんやりしていた伯爵令嬢である私・セレスティアの頭の奥で今起きているのと全く同じ場面が早送りで流れ出す。それは、紛れもない私の“前世”ではまっていた恋愛ゲームの記憶だった。



(し、しかも卒業パーティーでの王子から公爵令嬢への婚約破棄って、つまりはエンディング前の断罪イベントだーっ!!は、なんで!?何でよりによってこのタイミングで記憶が戻るかな!?)



 あんまり過ぎるタイミングにげんなりしてしまうが、幸いなのは自分の立ち位置が完全なる“部外者”なことだろうか。頭がショートしそうなくらい一気に溢れだしたゲームの情報をいくら整理しても、メインシナリオに関わるキャラクターの中に“私セレスティア”の名前はない。つまり、私はモブだ。ゲーム内では喋りもしない、名も与えられない、スチルの背景とかでチラッと写るだけの、完全なる部外者。そのことに、心底安堵した。



(あー、ほっとしたらちょっと冷静になってきた。でも……、なんか変だな。ゲームの展開とキャラの立ち位置が違う……?)



 ざわざわしている広間の中心を改めて観察してみると、目の前の光景が微妙に記憶にある断罪イベントとは違ってることに気づく。

 王太子の背に庇われるように隠れているオレンジ色の髪の美少女がヒロインの男爵令嬢。公式ネームは確か“アイシラ”。純真無垢で天真爛漫、ちょっと天然小悪魔が入ったまぁ王道のヒロインちゃんだ。うん、肩くらいまでのショートヘアにぱっちりお目目が可愛いね。

 そんな王道ヒロインにしがみつかれている我が国の第一王子がメインヒーローのウィリアム殿下。彼がヒロインを庇いながら、この場で婚約破棄を宣言していると言うことは、アイシラ嬢は見事メインヒーローの攻略に成功したってことだろう。



「元々わたくしと殿下の婚約は、国王陛下と父が決めた国の為の政略的なもの。破棄になさりたいと仰有られるのならば、当然こちらも納得のいく理由がございますのね?」



「この女……っ、アイシラに手ずから危害を加えておきながら、なんとふてぶてしい!」



 対して、ヒロインにしがみつかれながら婚約破棄を突きつけてきた王子に対峙しているのが、公爵家ご自慢のお嬢様にしてこの乙女ゲームの悪役令嬢、“ナターリエ”様だ。こちらは艶々の金髪の縦ロールに、猫ちゃんみたいなつり目が美しいクール系の美女だ。



 と、まぁここまでは別に良いとして。問題は、メインヒーロー以外の攻略対象のイケメン達が、ヒロインじゃなく悪役令嬢であるナターリエ様側を守るように立ち並んでいることだ。これ、一体どう言うこと?

 

 ヒロインの側にはメインヒーローでもある第一王子だけなのに対し、ナターリエ様の前には彼女を護るように立って王子達に睨みを効かせている男性が3人も居た。

 柔和な笑顔が癒し系だが実は策士で腹黒な養護教諭、まだ小柄で女の子みたいに可愛い見た目だけど実は怪力で体術の達人なワンコ系後輩、チャラチャラした軽薄さと巧みな口説き文句が逆にお堅い貴族には新鮮なのかひそかにご令嬢達に大人気な同級生のアイドル的存在……どれも皆攻略対象である。



 そしてそんな彼等の態度は……完全に、『ナターリエ様の味方』のようだった。つまり、彼等はヒロインであるアイシラちゃんじゃ無く、悪役令嬢であるナターリエ様に攻略されている……すなわち、ナターリエ様に恋をしている“ナターリエ様親衛隊”なのである。



(事態がさっぱりわからないけど、触らぬ王族に祟りなし。私はモブなので、ヒロイン様方の恋愛事情には関わりませんよー。……あれ?)



 記憶の整理も終わって改めて傍観者に徹しようとして、そう言えば攻略対象が一人足りないことに気づいた。おっかしいなぁ、婚約破棄イベントは確か攻略キャラ全員が必ず勢揃いになる筈なのに。バグかな?

 足りないのは長い黒髪をポニーテールにした、ちょっと侍っぽい和風イケメンの……名前なんだっけ?



(確か“ガ”から始まる名前だったような……駄目だあ、思い出せない)



 いきなり前世を一気に思い出したせいで頭がちょっとショート気味みたいだ。前世のことも、現世の学園での出来事も所々記憶飛んじゃってる。まぁいいかぁ、もう卒業だし別に困ること無いでしょ。

 彼がこの場に居ないのはきっと、ひとつ学年が上でもう先に卒業して今は王宮の騎士様になってるからだろう……と、私が納得した頃には、第一王子とヒロインはナターリエ様親衛隊の三人に逆に証言の矛盾点を突かれまくって窮地に立たされていた。

 いくら第一王子でも、頭脳も優秀な攻略対象のイケメン達相手に多対一じゃそりゃ不利だよね。それに、ナターリエ様がアイシラちゃんを傷つけたって言う内容も証拠も証言もなくてなーんか言い掛かりっぽいし……。



 あぁ、何だか長引きそうで嫌だなぁ。抜け出して帰っちゃおうかな。



「はぁ……」



「ーっ!セレスティアさん!!良かった、パーティーに来てたのね!」



「……えっ!私!?」



「例の証人か!丁度いい、セレスティア嬢、こちらへ!」



「はっ、はい!」



 他人の修羅場にうんざりしてため息をついた私を見て、なぜか騒動の中心であるヒロイン・アイシラちゃんが私の名前を呼んだ。しかも、“天の助け”とばかりの嬉しそうな顔で。えっ、何、なんで!?



 パニックになりつつも、第一王子直々に名前を呼ばれては無視するわけにもいかない。

 しぶしぶ騒ぎの渦中に歩み出た私を他所に、不敵に笑った第一王子が私を指し示しながら高らかに声をあげた。



「丁度いい。ナターリエよ、あくまでシラを切ると言うならば、証人に貴女の罪を暴いて貰おうではないか。彼女こそ、貴女が入学当初、アイシラを階段から突き落とした現場に遭遇したことがある重要な証人だ。さぁ、セレスティア嬢よ、こちらへ!!」



 って、えぇぇぇぇっ!?何それ、そんなの知らないよ!?第一王子とアイシラちゃんは異様にギラギラした期待の目で見てくるし、逆にナターリエ様親衛隊のイケメン三人から視線だけで消し炭にされそうな勢いで睨まれてるし!こっ、怖いよーっ!!



「えっ!?えぇと、何のことでしょう……?」



 恐怖のあまり素直にそう疑問を口にすれば、途端に第一王子は般若のような顔になり、アイシラちゃんは顔を覆って泣き出し、逆にナターリエ様とその親衛隊からの殺気は少しだけ弱まった。でもこれじゃ結局窮地には変わり無い!一体どうしたらいいのーっ!



 踞ってすすり泣く、いかにも庇護欲を誘うヒロインらしいアイシラちゃんの姿にちょっと、ちょっとだけ、可哀想だなとは思うけれど……。



(もう、泣きたいのはこっちよ!大体、私は、私はねぇ……!)



    ~Ep.1 あの……、私モブの筈ですよね!?~



   『セレスティア・スチュアート18歳。乙女ゲームでのポジションは、正真正銘モブなんです!……よね?』

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