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第22話 赤裸々な話
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それから、季節がひとつ過ぎた頃。
シエルとセレーネは再び、ルナリアの王宮を訪れていた。
前回の客間で行った和やかな会談と違い、両端に臣下が控えた厳かな謁見の間にて。玉座に掛けた王が提出された書状をめくる音だけが響く。
シエルが用意したそれを読み終え、セレーネの腰飾りにはめられた13の星の雫を見やり、王はようやく微笑んだ。
「良かろう、しかとこの目で確認した。セレーネ・クレセント殿。我々ルナリアは、只今より貴女を正式に我が国へ迎え入れよう」
「あ、ありがとうございます……!」
シエルが安堵の息を漏らしセレーネが感謝を述べる中、王は人払いをし立ち会っていた臣下達を下がらせる。
王と王妃、シエルとセレーネ、そして護衛兵のみとなった場で、改めて王が口を開いた。
「礼を述べるべきはこちらだ。貴女の働きにより、あれ程上がってきていた魔物による被害が著しく収まった。結界の綻びが起きた以前よりも格段に件数が下がった程だ」
「えぇ、えぇ、期待以上の働きだわ。これも貴女の瘴気すら消し去る浄化の力のお陰でしょう」
「いっ、いえ、わたくしはそんな……!」
わざわざ自ら下りてきて両手を握ってきた王妃に恐縮してしまうセレーネだが、一国の王家にそれほどの謝意を述べられる程に、彼女の力はすごかった。
ルナリア国内で魔物の凶暴化が起きていたのは十箇所を優に超えていて、解決には時間がかかると国や教会は想定していたのだ。しかしセレーネは、その予定を遥かに上回る速度で各地の浄化と結界の張り直しを行った。
その功績たるや、褒美に爵位を賜ってもおかしくない領域である。まぁ、彼女はあくまで“教会”に身を捧げる立場なのでそれは無いが。
「コホン、王妃様、お戯れはその辺りで。先の話を致しましょう。次の満月に迫った聖月祭、その席にて、いよいよ我々の聖女殿を正式に民に知らしめます」
ルナリアでは月に一度の満月の夜、教会にて天空の女神に平穏と安寧を祈る儀式が行われる。
その中でも年に一度、秋の始まりの月に王都“クレセリア”の大聖堂にて行われる催事はかなり大掛かりな物で、国内でも随一とされる祭りであった。その祭りの席で、セレーネはいよいよ、この国の正式な聖女となる。
そんな大きな席を翌日に控えたセレーネは再びクローゼットに閉じこもってしまい、シエルとリオンの二人がかりで夕飯の席に引っ張り出されたのであった。
何とか食事を始めたものの震えが止まらず、今もすくい上げたスープがスプーンの上で踊っている始末である。
「聖女様、大丈夫っスか……?」
「だ、だだだ、大丈夫っ、です……あぁっ!」
「おっと!汁物はあとにした方が良さそうですね」
「申し訳ありません……!」
セレーネのひっくり返しかけたスープ皿を魔力で浮かしたシエルが苦笑しつつ、食べやすそうな料理を差し出す。それを受け取る際に触れた彼女の指は、氷のように冷たかった。
「ふむ……、ずいぶんと緊張していらっしゃるようで」
「す、すみません。皆さんのお力添えで大分マシにはなったかと思うのですが、やはり私程度の人間に国の光たる聖女が務まるか不安になってしまって……」
まして、ルナリアは聖女こそ居ないが実力の高い高位聖魔道士が大勢いる。そんな中しゃしゃり出て大丈夫なのか、と不安がるセレーネの声を聞き、シエルがおもむろに立ち上がった。
「セレーネさん、初めてお会いした頃にお話しましたね。自分は兼ねてより、“聖女”足り得る女性を探し求めて居たと。何も自分の嫁探しだけでそんなことしてた訳じゃないんです。では、どうしてだかわかりますか?」
「え、えぇと……、わかりません……」
「人間は、神聖なり特別なり、そういう物の恩恵は美しいものから与えられたほうが有り難がるからですよ!」
バンッと机を叩いてまで言い切ったシエルに、唖然としたセレーネの手からスプーンが落ちた。が、そんな事はお構いなしにシエルの演説は続く。
「確かに我が国には実力ある魔道士の皆様がおります。彼等は実に頼もしい!えぇ、えぇ、もちろん自分とて教会の皆様には心から感謝しておりますとも!」
『ですが!可の方々は!!皆さんご老人なんですよ!!!』
その叫びを受け、セレーネが恐る恐る挙手をする。
「た、確かにお年を召された方が多いですが……その方が長きに渡り鍛錬を積まれた証となって信頼に繋がるのではありませんか?」
「甘いですよセレーネさん!このデザートのグラブジャムンより甘いです!!!」
「そ、そんなに……!?」
「そう!聖女の真髄は“癒やし”の力!ぶっちゃけ人間は下世話です。弱りきった所に癒やしてもらうならよぼよぼのおじいちゃんより綺麗な姉ちゃんが嬉しいんですよ!!!」
※全国のご老人の皆様、ごめんなさい。これはあくまでシエルの極端な戦略的考えです。決してお年寄りを軽んじているわけではありません。
「と、言うわけで。もちろん貴女は見目や若さ以上に揺るぎない実力をお持ちなわけですし、胸を張って明日に臨んでください」
「色々気になる点はありましたが……、なんだか力が抜けてしまいました」
「ここまで赤裸々だといっそ清々しいレベルっスね~」
「実際問題、老体に鞭打って働かせるのも気が引けますしね。若い我々で頑張りましょう」
シエルとセレーネは再び、ルナリアの王宮を訪れていた。
前回の客間で行った和やかな会談と違い、両端に臣下が控えた厳かな謁見の間にて。玉座に掛けた王が提出された書状をめくる音だけが響く。
シエルが用意したそれを読み終え、セレーネの腰飾りにはめられた13の星の雫を見やり、王はようやく微笑んだ。
「良かろう、しかとこの目で確認した。セレーネ・クレセント殿。我々ルナリアは、只今より貴女を正式に我が国へ迎え入れよう」
「あ、ありがとうございます……!」
シエルが安堵の息を漏らしセレーネが感謝を述べる中、王は人払いをし立ち会っていた臣下達を下がらせる。
王と王妃、シエルとセレーネ、そして護衛兵のみとなった場で、改めて王が口を開いた。
「礼を述べるべきはこちらだ。貴女の働きにより、あれ程上がってきていた魔物による被害が著しく収まった。結界の綻びが起きた以前よりも格段に件数が下がった程だ」
「えぇ、えぇ、期待以上の働きだわ。これも貴女の瘴気すら消し去る浄化の力のお陰でしょう」
「いっ、いえ、わたくしはそんな……!」
わざわざ自ら下りてきて両手を握ってきた王妃に恐縮してしまうセレーネだが、一国の王家にそれほどの謝意を述べられる程に、彼女の力はすごかった。
ルナリア国内で魔物の凶暴化が起きていたのは十箇所を優に超えていて、解決には時間がかかると国や教会は想定していたのだ。しかしセレーネは、その予定を遥かに上回る速度で各地の浄化と結界の張り直しを行った。
その功績たるや、褒美に爵位を賜ってもおかしくない領域である。まぁ、彼女はあくまで“教会”に身を捧げる立場なのでそれは無いが。
「コホン、王妃様、お戯れはその辺りで。先の話を致しましょう。次の満月に迫った聖月祭、その席にて、いよいよ我々の聖女殿を正式に民に知らしめます」
ルナリアでは月に一度の満月の夜、教会にて天空の女神に平穏と安寧を祈る儀式が行われる。
その中でも年に一度、秋の始まりの月に王都“クレセリア”の大聖堂にて行われる催事はかなり大掛かりな物で、国内でも随一とされる祭りであった。その祭りの席で、セレーネはいよいよ、この国の正式な聖女となる。
そんな大きな席を翌日に控えたセレーネは再びクローゼットに閉じこもってしまい、シエルとリオンの二人がかりで夕飯の席に引っ張り出されたのであった。
何とか食事を始めたものの震えが止まらず、今もすくい上げたスープがスプーンの上で踊っている始末である。
「聖女様、大丈夫っスか……?」
「だ、だだだ、大丈夫っ、です……あぁっ!」
「おっと!汁物はあとにした方が良さそうですね」
「申し訳ありません……!」
セレーネのひっくり返しかけたスープ皿を魔力で浮かしたシエルが苦笑しつつ、食べやすそうな料理を差し出す。それを受け取る際に触れた彼女の指は、氷のように冷たかった。
「ふむ……、ずいぶんと緊張していらっしゃるようで」
「す、すみません。皆さんのお力添えで大分マシにはなったかと思うのですが、やはり私程度の人間に国の光たる聖女が務まるか不安になってしまって……」
まして、ルナリアは聖女こそ居ないが実力の高い高位聖魔道士が大勢いる。そんな中しゃしゃり出て大丈夫なのか、と不安がるセレーネの声を聞き、シエルがおもむろに立ち上がった。
「セレーネさん、初めてお会いした頃にお話しましたね。自分は兼ねてより、“聖女”足り得る女性を探し求めて居たと。何も自分の嫁探しだけでそんなことしてた訳じゃないんです。では、どうしてだかわかりますか?」
「え、えぇと……、わかりません……」
「人間は、神聖なり特別なり、そういう物の恩恵は美しいものから与えられたほうが有り難がるからですよ!」
バンッと机を叩いてまで言い切ったシエルに、唖然としたセレーネの手からスプーンが落ちた。が、そんな事はお構いなしにシエルの演説は続く。
「確かに我が国には実力ある魔道士の皆様がおります。彼等は実に頼もしい!えぇ、えぇ、もちろん自分とて教会の皆様には心から感謝しておりますとも!」
『ですが!可の方々は!!皆さんご老人なんですよ!!!』
その叫びを受け、セレーネが恐る恐る挙手をする。
「た、確かにお年を召された方が多いですが……その方が長きに渡り鍛錬を積まれた証となって信頼に繋がるのではありませんか?」
「甘いですよセレーネさん!このデザートのグラブジャムンより甘いです!!!」
「そ、そんなに……!?」
「そう!聖女の真髄は“癒やし”の力!ぶっちゃけ人間は下世話です。弱りきった所に癒やしてもらうならよぼよぼのおじいちゃんより綺麗な姉ちゃんが嬉しいんですよ!!!」
※全国のご老人の皆様、ごめんなさい。これはあくまでシエルの極端な戦略的考えです。決してお年寄りを軽んじているわけではありません。
「と、言うわけで。もちろん貴女は見目や若さ以上に揺るぎない実力をお持ちなわけですし、胸を張って明日に臨んでください」
「色々気になる点はありましたが……、なんだか力が抜けてしまいました」
「ここまで赤裸々だといっそ清々しいレベルっスね~」
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