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第14話 真珠の街ペルレ
しおりを挟むシエルが国王夫妻に宣言した通り、会談の翌日には瘴気が発生していると言う海岸から一番近い港町に向かったセレーネ達を、街人は快く受け入れてくれた。しかし、街自体に活気はなく、防御結界の何箇所かには深く損傷した跡がある。
次はいつ凶暴化した魔物が攻めてくるか。そんな脅えが伝わってくるようだった。
(こんな落ちこぼれに何が出来るかはわかりませんが、出来るかぎり街の皆様に元気になっていただきたいです)
自分に出来ることがあるなら全力を尽くそう。セレーネはそう決意を新たにする。
「司祭様!よくぞお越しくださいました。調査に向かわれるならどうぞお持ちください、結界玉です」
「怪我しないのが一番ですけどねぇ、なにがあるかわかりませんし。使い勝手の良い物をまとめたので受け取ってくださいな」
「久しいなぁ、一年ぶりかぁ?相変わらず痩せ型な身体して、後でとびきり美味いパン持って区からお連れさんと食べてくれ!」
決して部外者をもてなす余裕など無い事態にも関わらず、すれ違う誰もが“司祭シエル”に挨拶を述べる辺りに、彼の民からの信頼度が伺える。
「慕われていらっしゃるんですね」
「なぁに、昔からなにかと多く訪れていたので顔馴染みなだけですよ!自分など、大衆に慕われるような聖人には程遠いですから」
「司祭様ご自身はそう思っていても……、街の皆様は貴方が素敵だと思うから、こうして会いにいらっしゃるのだと思います」
「なっ……っ!!?」
「だっ、大丈夫ですか……?」
ガンっと固い音をさせ街灯の支柱に激突したシエルにセレーネが狼狽え、リオンは吹き出す。
はじめこそどんなに話しかけられても萎縮してばかりだったセレーネだったが、シエルが毎日毎日こりもせず笑顔で接してくれていたお陰で大分普通に話すことが出来るようになった。
故に自然と、柔らかく微笑みながらのその言葉に激しく動揺したシエルだった。
「ぷぷっ……!聖女さまー、その人いっがいと初心なんでお手柔らかに頼みますね~~」
「喧しいですよリオン。先程は失礼、少々メガネの度があっていないようです。それより、調査前に街の基本情報くらいは伝達しておきましょうか」
赤く真ん中に縦筋が出来た額をさすりつつ、シエルが端的に説明をしてくれた。
街の名はペルレ。上質な真珠が多く獲れる上に海産物も豊富な為、本来は観光地として通年賑わっているそうなのだが。現在は魔物被害により観光客は激減。海にも思うように出られない為財源も無く、かなり追い詰められているようだった。
「当面の街の維持費等は国から補助されるとは言え、この状況が長引けばペルレの街は終わるでしょう。早急に手を打たねばなりませんね」
「その通りでございます、司祭様。瘴気の範囲は広がり続け、このままでは街をも飲み込む勢い。既に幼い子供と女性は万が一に備えペルレから避難いたしました。何卒、何卒お力添えお願いいたします……」
痩せこけた頬で頭を下げる町長を見送り、そのままの足で件の浜辺に向かう。
「そういや、殿下が同行するんじゃなかったんすか?」
「彼は先に隣の領地の視察中だそうで。済み次第現地で合流になります」
王子との対面が若干先延ばしになり、少し緊張が和らいだ。
道中は順調だったが、浜辺に向かう馬車を引いていた馬が海岸のかなり手前で怯たように嘶き動かなくなる。瘴気の気配に当てられて怯えてしまったようだ。
致し方なく馬車をその場に待機させ、シエルとリオンと共に徒歩で移動する事に。そして一歩浜に降りた瞬間、反射的に口を両手で押さえた。
ペルレの浜辺は星砂と呼ばれ、非常に純度の高い魔力が星型に砕けた砂粒が白くきらめく事で有名だ。しかし、それが今はどうだ。
砂浜は何箇所もクレーターのように大きく抉られ、砂自体も鈍い黒に半分近く染まり。空気も一寸先も怪しいほど濃厚な瘴気にやられてしまっている。
空の花嫁として追いやられたあの廃教会より汚染が酷い。
「(いかにもな空気ですが、魔物は見当たらないですね。どうして……?)」
まだ日が高いからだろうか。一匹のゴブリンすら見当たらない。
居ないものはいないのだ。まずは目の前のことから一つずつ対応しよう。まずは瘴気だ。
今回はきちんと防護のマスクがあるが、それでも防ぎきれないほどだ。このままでは息も出来ませんねと、シエルが風の魔法で周辺の瘴気のみを沖に向かって吹き飛ばす。
「おーっ、さっすが司祭様!天才!!」
「世辞は結構。それより原因を探しましょう。一度空気を入れ替えた今なら瘴気の出処がわかる筈です」
「見つけたとしても瘴気の浄化って初代の聖女にしか出来ないんすよね!?出処見つけてどうになるんすか!!?」
「仮に浄化出来ずとも濃度を元に戻せれば自然な風で散る範囲に戻ります。探しなさい!それに……」
「ーー……?」
一瞬こちらを見たシエルと目があったがすぐに逸らされた。
シエルが言った通り、一度は透明になった周囲の空気にまた徐々に靄が混ざりだす。
しかし、靄が広がるのが早くなかなかはっきりしない。
(闇雲に目視で探すのは難しいかもしれない、なら……)
指を組み目を閉じて集中すると、周囲の魔力の波のようなものが繊細に感じ取れる。薄々感じていたが、ルナリアに来てから自分の魔力は桁違いに高まっているのがはっきり感じた。
シエルの腕を治したあのときから、何かが己の中で変わった気がしていたのだ。
「……っ!あちらです!」
パチッと、探っていた魔力がセレーネの探知用魔力にはまった。目を開いて海に向かい駆け出したが、その足を不意に海から飛び出してきた触手に絡め取られてしまう。そのまま放り投げられたセレーネを抱き止めてくれたのはシエルだった。
「大丈夫ですか!?」
「は、はい……。ありがとうございます」
「いえいえ何のこれしき!麗しい女性を護るのは男の義務ですよ!ところで……招かれざるお客様ですね」
「うわっ!なんだあれ、巨大なイカぁ!!?」
海面を波立たせ飛び出した姿に、シエルが『クラーケンですよ』と嘆息し、セレーネはリオンさんは常にお元気ですねと苦笑する。
「聖女様、案外冷静っすね!?」
「はい、まぁ……。一度は捨てた命ですから」
「はいはいはい、馬鹿言ってないで構えてください。来ますよ!」
たった3本のイカ足が砂浜の大半を抉りとる。通常のクラーケンの比にもならない威力だ。瘴気での強化だけじゃこうはならない。
おそらくこの辺りに居た魔物は皆、あのクラーケンに吸収されてしまったのだろう。
「あれは我々が対処します、貴女は浜で待機しつつ瘴気の発生源感知を続けてください!」
結界玉をいくつかセレーネに放り投げ、シエルとリオンは海に飛び出す。相当戦闘慣れしているらしく、リオンが剣を使い足を切り離した所をすかさずシエルが魔術で追撃。10本あった足は見る間に半分以下まで減った。
「すごい……」
祖国に居た頃も魔物討伐の同行はあったが、あの大型な魔物にたった二人で太刀打ちできる猛者はそう居ない。
が、圧倒されている場合ではない。すぐに瘴気の出処を改めて辿るが、何だかおかしな感じだ。
確かにあのクラーケン周辺の瘴気が濃いのに、どうにもそこから出て来ている様子は無い。
(もっと深く、暗い場所……)
辿って辿って、深く意識が潜った時、ようやく見つけた。海中だ。
真珠の養殖の為仕切られた一角に駆け寄り、結界玉を叩き割った勢いのままセレーネが海へ飛び込む。
「聖女様!?何を……ーっ!」
焦ったリオンが攻撃の手を疎かにした隙に、声とも呼べない不気味な音を響かせクラーケンの足が全て再生した。一秒にも満たない出来事に対応しきれず、シエルとリオンは絡め取られてしまう。
「これは……っ、不味いですね………」
「こんの馬鹿力が……!」
二人が捕まっている今も、クラーケンは瘴気を源に成長し続けている。ひねり潰されるのも時間の問題だ。
更に言えば、粘液に微弱の酸が含まれているようでじわじわと衣服も溶かされている。
「ぎゃーっ!止めろヤメロこのアホイカが!教団の制服高いんだぞ!!司祭様の術でどうにかならないんすか!?」
「お前はこんなときにも金ですか、全く誰に似たのやら……。あと一度なら全力で魔術を使うことは出来ますが、また再生されては意味がない。やはり瘴気の源自体を破壊しなければ……」
「ありました!瘴気の原因はこれです!」
と、先程飛び込んだ海から顔を出したセレーネの手には、ひときわ大きなアコヤ貝が握られている。クラーケンが焦った様子で足を彼女に叩きつけるが、結果玉に阻まれ当たらない。
近くの岩に叩きつけ貝を割ると、中から大玉の黒真珠が現れた。すぐに壊そうと別の石で叩くも真珠とは思えない硬さで傷すらつかない。
「黒!?ペルレの真珠は洗練された白さが売りのひとつなんじゃ……」
「えぇ。セレーネさん!恐らく破壊は不可能です、その黒真珠を浄化してください!」
「えっ……ですが」
「貴女なら出来ます!!自分が保証しますよ!」
『君なら出来る!俺が保証するよ!』
「ーー……わかりました!」
両手で黒真珠を包み込み、ありったけ星の力を籠める。強い閃光の後広げた手のひらには、美しい白の真珠が乗っていた。
同時に周囲の瘴気も消え去り、あからさまにクラーケンの動きが鈍る。
「よっしゃ!今なら抜け……あぁっ!」
ここだとばかりに剣を振るおうとしたリオンの手から武器を取り出し、クラーケンが二人を激しく振り回し始める。あんな状況では魔術も使えない。最後の足掻きにしても、あのまま放り出されたらただでは済まない。
(お二人を助けなければ……!)
しかしセレーネが何かするより早く、そこに飛んできた2本の矢が二人を捉えていた足だけを正確に射抜く。
その隙に脱出したリオンが頭上からクラーケンを真っ二つに切り裂き……。
「さぁ、おイタの時間はお終いですよ」
シエルの炎魔法により、クラーケンはこんがり丸焼きになったのだった。
ちなみに、墨袋を切ってしまったリオンの制服は真っ黒になって結局買い直しとなり、号泣する羽目になったのであった……。
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