落ちこぼれ聖女は腹黒司祭様の優秀な手駒にジョブチェンジしました

弥生 真由

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第8話 新たな暮らし

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 ふと目を覚ますと、既に大分日が昇った時間帯であった。仕事の時間を過ぎていると慌てて跳ね起きて、ようやく自分がついた手が沈み込む程の柔らかな寝台の上であることに気づく。

(ここは……、そうでした。昨晩ルナリアの方々にお会いして…………)

「やぁやぁやぁおはようございます!新たな人生の幕開けに相応しい爽やかな朝ですね!よくお休みになられましたか!?」

「きゃっ……!」

「ちょっ!こんのアホ司祭!!女性の部屋すよ、ノックなしに朝から馬鹿でかい声で中に押し入るんじゃないよ!!あっ、すんません聖女様おはようございます!」

「お、おはようございます……?」

「半ば誘拐みたいに連れて来ちまってすみませんでした。その辺りの事情なんかも踏まえてご説明しますんで、着替えたら廊下の突き当たりにある談話室に来て貰っていいすかね?簡単ですが朝飯も用意してますんで。ほら!司祭様も行きますよ!あんたまた一睡もせず仕事してたんだからそんな身体で走り回るんじゃないよ!」

「はっはっは、そんな程度でどうこうなる柔な自分じゃありませんが、その心配は可愛い部下からの愛として有り難く頂戴致しましょう!あっ、まだ好みを存じ上げなかったので着替えは壁際のクローゼットにある程度見繕ってあります。湯浴みを済ませてから好きなものにお召し替えを。ではまた後程!」

 飛び込んできた司祭を羽交い締めにしつつ、夕べセレーネが治療した一人である兵士の青年が口早に用件だけ述べ、司祭の男も彼に腕を引かれながら退室していった。
 嵐のような二人を見送り、起き上がってクローゼットを開いてみる。中にはシンプルだが素材のよいブラウスとスカートや、引き締まった雰囲気のクールなドレス、市街の女性に流行りの柔らかなフリルがあしらわれた華やかなワンピース等々、様々な種類の洋服が取り揃えられていた。

「こ、こんなにたくさん……!?」

 部屋といいこの服の山といい、いくらなんでも厚待遇が過ぎる。そう戸惑っていたら再び入り口が開け放たれ、今度は瑠璃色のお仕着せを纏った女性達が雪崩れ込んできた。

「お目覚めですか?聖女様!お待たせして申し訳ございません」

「司祭様からお話は伺っております。私どもが本日より聖女様のお世話係を勤めさせて頂きますので、何か不便がございましたら何なりとお申し付けくださいませ」

「まあまあまあ、それにしてもずいぶんお疲れなご様子で、これではせっかくの美貌が泣きますわ。さぁ、お食事の前にまずは湯浴みですね!」

「上がったらお着替えですわね!見てください聖女様のこの月光のような髪!!結い上げたらさぞ映えますよ!」

「お召し物もとびきりのものを選ばなくては!腕が鳴りますわ!」

「「「「さぁ、湯浴みに参りましょう!」」」」

「えっ……えぇぇぇっ!?」

 こうしてあれよあれよと隣接する広い浴室で丁寧に洗われマッサージを施され、四人の侍女にふんだんに飾られたセレーネが朝食の席にたどり着けたのは、最早昼頃であったと言う。












「し、失礼いたします…………」

「あ、聖女様お疲……」

「やぁやぁやぁお待ちしておりましたよ聖女様!澄み渡る空のような青色のドレスも実にお似合いで聖女どころか女神にも負けない美しさですな。正に目の保養!張りきって用意した甲斐があったと言うものです!」

「え、あ、あの……」

「しーさーいーさーまー……?あんたは軽口もいい加減にしてくださいよマジで!聖女様ドン引きでしょうが!!」

「あっはっは!聞こえませーん!さ、貴女はこちらへ。お腹が空いたでしょう?」

 恐らく自分の頭を叩こうとした部下のその手をするりとかわし、司祭の男がセレーネを上質な椅子に座らせる。その向かいに彼が腰かけ指を鳴らすと、卓上に並んでいたご馳走が一瞬で出来立てのような湯気をたて始めた。

「わぁ……!」

「お気に召しましたか?自分は魔術が割りと得意でして、今のは炎属性のほんの応用です。どうぞ、お好きなものを召し上がって下さい」

 見たところ、調理はシンプルだが上質な食材を使ったものばかりだ。本当に自分がこんな食事を貰っていいのかと言うセレーネの本心を知ってか知らずか、司祭の男は大きめの皿にトングで全ての料理を少しずつ盛り寄せたものを彼女の目の前に置いてしまう。

「さぁさぁどうぞ!まずは味見と言うことで色々食べてみて下さい。味は保証致しますよ、なにせ自分が作ったのですから!」

「……!これらのお料理すべて、ですか?すごいです……」

 セレーネの称賛に『そうでしょうそうでしょう』と頷き、司祭の男が黄色いクリームソースが絡んだパスタを口に運ぶ。続いて部下の青年が骨のついた大きな肉にかぶり付いたのを見て、ようやくセレーネもスプーンを手に取った。
 大皿の隣に添えられたトマトのスープを掬い、口に含む。柔らかな旨味が、弱った心と身体に染みた。

「美味しい、です……」

「それは何よりです!お好きなだけお召し上がり下さい!おかわりもたくさん有りますので」

「ありがとうございます、えぇと……」

 礼を述べる途中で困り顔になったセレーネに、司祭の男があることに気付き手をポンと叩いた。

「あぁ、これは失敬!そう言えば名乗っておりませんでしたね。私……いえ、自分はシエル・エスポワールと申します。以後お見知りおきを」

「あっ、セレーネ・クレセントと申します」

 どうにも居心地が良くて失念していたが、彼に名乗られてそう言えば互いに名乗って居なかった事を思いだしセレーネも自己紹介を返す。

(シエル様、と仰るのですね。それにしても……)

「“エスポワール”姓、と、言うことは……」

「えぇ、お察しの通りです」

 この大陸では、孤児などの属する家庭、籍が無い者は皆“大地と空の子”として大陸の名……つまり、“エスポワール”を姓に名乗る慣例となっている。出家した場合は元の家名を捨てるかは当人の判断によるが、大抵の場合は元の家名のままだ。
 つまり、司祭であるシエルは元より身寄りが無いか、もしくは自ら家名を手放したことになる。

(とは言え、これは出会ったばかりの私が無闇に詮索して良い事ではありませんね……)

「あぁ、そんな顔をなさらないで下さい!この方が都合が良いので出家はしましたが、自分は天涯孤独ではありませんよ。両親は無論、ひとつしたの弟も健在です!」

 そのシエルの説明に安堵すると同時に、頭を過るのは別れも真間ならずミーティアに置いてきてしまった妹、ステラの笑顔。

(私が居なくなったあと、あの子は平穏に過ごせているでしょうか……)

 どうか平穏無事に、そして、叶うなら。自分のされた仕打ちなど知らず、幸せになってくれるよう密かに願った。


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