4 / 17
第一章 悪役転生?そんなことよりご飯が大事
三杯目 悪役令嬢は温かいご飯が食べたい
しおりを挟む
三角に整えられた米、何やら透き通った汁に浮かぶ花形の人参ときのこ。オムレツではない、何やら層状に巻かれた卵と、つぶつぶした何かにまみれた青菜。眼前に並べられた異質な料理に、第一王子は後ずさった。
「なっ、何だこれは!僕は食べないぞこんな不気味なもの!」
「何って、朝ごはんですよー」
狼狽えている周囲を他所に、アンジェリカはすまし汁をひとくちすする。ほわっと香る出汁で、心も身体も温まる。やはり朝は和食だ。
続いておにぎりをひとくち。何故だが厨房に海苔があってよかった。中身は急ごしらえのおかか醤油(仮)だが、個人的にはタラコや鮭もほしいところである。
祖母直伝のだし巻きは、料亭にも負けない(自称)一番の得意料理だ。うん、実に程よい焼き加減である。
あまりにも自分をガン無視で朝食を楽しむアンジェリカに、第一王子は彼女の前まで来て指を突きつけた。
「お前……この僕との顔合わせの場でどこまでふてぶてしいんだ!食べるのを止めろ!!」
「えぇ~、でも冷めちゃいますし……。一緒に食べましょう?えっと……」
彼の名前は何だったか。凛がいつも地雷王子と呼んでいたのですぐに名前が出てこない。
業を煮やして王子が怒鳴る。
「シュトラールだ!」
あぁそうだそうだ、そんな名前だった。
すっきりした顔のアンジェリカと逆に、シュトラールはまだまだお冠だ。
「さっきから何だその態度は……!お前もお前の両親も、結局は僕を哀れんでるんだろう!!弟に比べ見劣りばかりで、血統以外に誇れるものなど無い馬鹿だとな!」
あまりにも手応えがないからだろうか。感情が高ぶりすぎたのか、シュトラールのエメラルドの瞳から大粒の雫が溢れだした。
これには周囲も慌てふためき、アンジェリカも流石に箸を置く。
そして立ち上がり、シュトラールを正面からぎゅうっと抱きしめた。
「そんな酷いこと言う人が居るんですか、それは悲しくて当然ですね」
「ば、馬鹿にするな!僕は第一王子だぞ、そんな程度、受け流せなければ……!」
「なんで地位が高いからって酷いこと言われて傷ついちゃ駄目なんですか。痛いときに痛いって泣かなきゃ、治る傷も治りませんよー」
よしよし、と、撫でてくる手があまりに優しくて、はじめは抵抗していたシュトラールも段々、大人しくなる。
「大丈夫、大丈夫。まずはいっぱい泣いて、お腹が空いたら美味しいご飯を食べましょう。そうしたら、大抵のことはなんとかなりますから。ずっと悲しいのを我慢してて、偉かったですねぇ」
しばらくしてしゃくりあげるように泣き始めたシュトラールの頬を優しく拭って、アンジェリカは彼の両手を握った。
「落ち着いたかな?」
「……ひどいことを言って、悪かった」
「いいんですよ、謝れてえらいです」
「…………敬語じゃなくていい」
「そうですか?じゃあ遠慮なく。一部から見て誰かのことを否定するなんて、勿体ないよねぇ。あなたにはあなたの良いところがいーっぱい、あるのに。私はまだ一つも知らないけど」
しれっとして言ってのけたアンジェリカに『知らんのかい!』と周囲の心の声がひとつになったが、自分と年端変わらぬ少女の言葉は思いの外シュトラールに響いたようだ。顔をしっかり拭いてから、先程部屋に来たものの様子見に徹していたクランペット公爵夫妻に頭を下げる。
「あなた方の娘に心無い言葉を浴びせてしまい、申し訳ありませんでした」
「……殿下の難しいお立場は、我々もよく理解しております。しかし、その事に甘んじていては取り返しの付かない事態を招きかねぬ事、よくご理解ください」
神妙な面持ちの公爵の言葉に頷き、シュトラールがもう一度謝罪を述べる。クランペット夫妻はそれを受け入れ、シュトラール第一王子とアンジェリカ公爵令嬢の婚約は、この席にて正式に結ばれる運びとなった。
よし、これでゆっくりご飯が食べられると、再び汁に口をつけたアンジェリカがガッカリと呟く。
「冷めちゃった……」
と、その椀に手を添えたシュトラールが何か唱えると、冷め切っていた料理が再び湯気を立て始める。
「おぉー……っ!ありがとうございます」
「いや……これくらい、弟達に比べたら大した魔法じゃない。戦闘にも使えないし……」
「戦いなんかより、私には常に温かいご飯が食べられる魔法の方がよっぽど魅力的だなぁ」
もぐもぐと頬張りながらのその言葉に周囲はずっこけ、シュトラールは笑った。
本当に久しぶりに、自然と声を上げて、笑った。
「……で、このつぶつぶは何だ?」
「すりおろした胡麻ですね」
「なっ、何だこれは!僕は食べないぞこんな不気味なもの!」
「何って、朝ごはんですよー」
狼狽えている周囲を他所に、アンジェリカはすまし汁をひとくちすする。ほわっと香る出汁で、心も身体も温まる。やはり朝は和食だ。
続いておにぎりをひとくち。何故だが厨房に海苔があってよかった。中身は急ごしらえのおかか醤油(仮)だが、個人的にはタラコや鮭もほしいところである。
祖母直伝のだし巻きは、料亭にも負けない(自称)一番の得意料理だ。うん、実に程よい焼き加減である。
あまりにも自分をガン無視で朝食を楽しむアンジェリカに、第一王子は彼女の前まで来て指を突きつけた。
「お前……この僕との顔合わせの場でどこまでふてぶてしいんだ!食べるのを止めろ!!」
「えぇ~、でも冷めちゃいますし……。一緒に食べましょう?えっと……」
彼の名前は何だったか。凛がいつも地雷王子と呼んでいたのですぐに名前が出てこない。
業を煮やして王子が怒鳴る。
「シュトラールだ!」
あぁそうだそうだ、そんな名前だった。
すっきりした顔のアンジェリカと逆に、シュトラールはまだまだお冠だ。
「さっきから何だその態度は……!お前もお前の両親も、結局は僕を哀れんでるんだろう!!弟に比べ見劣りばかりで、血統以外に誇れるものなど無い馬鹿だとな!」
あまりにも手応えがないからだろうか。感情が高ぶりすぎたのか、シュトラールのエメラルドの瞳から大粒の雫が溢れだした。
これには周囲も慌てふためき、アンジェリカも流石に箸を置く。
そして立ち上がり、シュトラールを正面からぎゅうっと抱きしめた。
「そんな酷いこと言う人が居るんですか、それは悲しくて当然ですね」
「ば、馬鹿にするな!僕は第一王子だぞ、そんな程度、受け流せなければ……!」
「なんで地位が高いからって酷いこと言われて傷ついちゃ駄目なんですか。痛いときに痛いって泣かなきゃ、治る傷も治りませんよー」
よしよし、と、撫でてくる手があまりに優しくて、はじめは抵抗していたシュトラールも段々、大人しくなる。
「大丈夫、大丈夫。まずはいっぱい泣いて、お腹が空いたら美味しいご飯を食べましょう。そうしたら、大抵のことはなんとかなりますから。ずっと悲しいのを我慢してて、偉かったですねぇ」
しばらくしてしゃくりあげるように泣き始めたシュトラールの頬を優しく拭って、アンジェリカは彼の両手を握った。
「落ち着いたかな?」
「……ひどいことを言って、悪かった」
「いいんですよ、謝れてえらいです」
「…………敬語じゃなくていい」
「そうですか?じゃあ遠慮なく。一部から見て誰かのことを否定するなんて、勿体ないよねぇ。あなたにはあなたの良いところがいーっぱい、あるのに。私はまだ一つも知らないけど」
しれっとして言ってのけたアンジェリカに『知らんのかい!』と周囲の心の声がひとつになったが、自分と年端変わらぬ少女の言葉は思いの外シュトラールに響いたようだ。顔をしっかり拭いてから、先程部屋に来たものの様子見に徹していたクランペット公爵夫妻に頭を下げる。
「あなた方の娘に心無い言葉を浴びせてしまい、申し訳ありませんでした」
「……殿下の難しいお立場は、我々もよく理解しております。しかし、その事に甘んじていては取り返しの付かない事態を招きかねぬ事、よくご理解ください」
神妙な面持ちの公爵の言葉に頷き、シュトラールがもう一度謝罪を述べる。クランペット夫妻はそれを受け入れ、シュトラール第一王子とアンジェリカ公爵令嬢の婚約は、この席にて正式に結ばれる運びとなった。
よし、これでゆっくりご飯が食べられると、再び汁に口をつけたアンジェリカがガッカリと呟く。
「冷めちゃった……」
と、その椀に手を添えたシュトラールが何か唱えると、冷め切っていた料理が再び湯気を立て始める。
「おぉー……っ!ありがとうございます」
「いや……これくらい、弟達に比べたら大した魔法じゃない。戦闘にも使えないし……」
「戦いなんかより、私には常に温かいご飯が食べられる魔法の方がよっぽど魅力的だなぁ」
もぐもぐと頬張りながらのその言葉に周囲はずっこけ、シュトラールは笑った。
本当に久しぶりに、自然と声を上げて、笑った。
「……で、このつぶつぶは何だ?」
「すりおろした胡麻ですね」
0
お気に入りに追加
192
あなたにおすすめの小説
伯爵令嬢、溺愛されるまで
うめまつ
恋愛
今年、デビュタントを控えた主人公リリィ。小さな体でおおらかな心を持つリリィが溺愛されるまでを書く。
※婚約後のストーリーを公開始めました。
※お気に入り、栞ありがとうございます。
※非エロ健全な内容です。後日談エロは『溺愛された伯爵令嬢のその後』にまとめてます。あちらは適当に続く予定です。
悪役令嬢、第四王子と結婚します!
水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします!
小説家になろう様にも、書き起こしております。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
婚約破棄したい悪役令嬢と呪われたヤンデレ王子
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「フレデリック殿下、私が十七歳になったときに殿下の運命の方が現れるので安心して下さい」と婚約者は嬉々として自分の婚約破棄を語る。
それを阻止すべくフレデリックは婚約者のレティシアに愛を囁き、退路を断っていく。
そしてレティシアが十七歳に、フレデリックは真実を語る。
※王子目線です。
※一途で健全?なヤンデレ
※ざまああり。
※なろう、カクヨムにも掲載
〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です
hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。
夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。
自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。
すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。
訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。
円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・
しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・
はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。
曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」
きっかけは幼い頃の出来事だった。
ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。
その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。
あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。
そしてローズという自分の名前。
よりにもよって悪役令嬢に転生していた。
攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。
婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。
するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる