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忘れていくことと記憶すること思い出すこと

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   スーザン先生の丸つけの音だけが空間に響いている。僕はこの時間が好きだ。ペンの音とインクの匂いに集中していると安心して心が落ち着く。明日からは学園の寮で過ごすことになるからもうこの時間は訪れないことがとても惜しい。

 フィンリーになった日、スーザン先生の確認テストを前に思考が止まって何も出来ずに下を向いていたらスーザン先生は泡を吹いて倒れてしまったが、次の日からは記憶が呼び出されてきて6日目の今日はもう数学も魔法も楽しくて仕方ない。でも、フィンリーとしての記憶が呼び出されていく一方で前世の記憶を失っていっている気がする。
   断片的には思い出せるのだ。例えば僕には睡眠障害があったらしい。学校=寝る場所で勉強なんて苦しいものでしか無かったらしい。らしいというのは、曖昧すぎてしっくり来ないからだ。フィンリーとしての記憶はストンと胸に収まるのに、前世の記憶はまるで別人のように感じる。ピッタリハマらない記憶は気持ち悪い。前世の名前に関してはもう思い出せない。忘れていくことが良いことなのか悪いことなのか僕には分からないが少なくともフィンリーとして必要の無い記憶だ。

 「フィンリー様、凄いです。満点ですよ、頑張りましたね。これで私は安心して貴方様を学園へ送り届けることが出来ます。」
 眼鏡を外してニコニコと笑うスーザン先生が本当に好きだ。
 「ありがとうございます、スーザン先生。あなたの授業が受けられて本当に楽しかったです」
 「私ももう何年もこの仕事をしていますがあなたはとても優秀な生徒で教える側も楽しかったです。もう老婆なので会えるか分かりませんがまた会える日を待っていますよ、こちらこそ、ありがとうございました」
 あまりに縁起の悪い言葉とともに抱き締められてその体温の温かさに少し泣いてしまった。スーザン先生のペンの匂いと着実に春に近付いていることを知らせてくる風も全部ひっくるめて忘れないようにしようと記憶の引き出しに大事にしまったのだった。


 
 目の前が賑やかだ。人が多くて美味しそうな料理も沢山あって空間全体に楽しさが浮かんでいる幸せな光景。7歳の僕はそのいつもと全然違う状況にワクワクソワソワと忙しなく視線を動かしている。隣にいたお父さんが話しかけてきた。
 「真ん中にいる金色の髪に青い瞳のお方が今日誕生日を迎えたレオンハルト・サイアーズ様だよ。フィンリーの一個上だ。学園でも話すことになるだろうから挨拶して来なさい」
 他の子との交流をほとんどしたことが無い僕は不安ですと全面に出ている顔をお父さんに向けると優しい顔のお父さんが手に頭を乗せてきて言った。
 「レオンハルト様はとても優しくてフレンドリーなお方だ。その証拠に周りの子達も皆笑顔だろう?ウィリアム・トンプソン様とリチャード・カールソン様だ。安心して行ってらっしゃい」
 父の温かさに色々な意味で胸が詰まるような気がしたが当時の僕は緊張と不安と期待で胸が詰まっていたのだろう。
 ここまで鮮明に感触や温度や感情が伝わるのは記憶が蘇る度に俺がフィンリーに近付いているのではなく、もはや僕は最初からフィンリーでこれはただ過去を思い出していることにすぎないからなのかもしれないと錯覚してしまう。
 決心が付いた僕は仲良く話している3人の方にフワフワとした歩みを進める。
 近付いてきているのに気付いたらしいウィリアム様がレオンハルト様に声をかけた。3人の顔がこちらを向いて激しく動揺した。息が苦しい。
 あの、王子様すぎないですか?あまりにも。レオンハルト様のハニーブロンドの髪がシャンデリアの光を受けてキラキラと輝いている。瞳も本物のサファイアのように煌めいていて存在全部でその圧倒的神々しさを主張してくる。視線全部を圧倒的王子に吸収されていて逸らせない。そのまま動けなくなっていると、様子のおかしい僕を心配した優しい王子が遠慮がちに声をかけていた。
 「あの、大丈夫かい?具合が悪いなら医務室に連れて行こう」
 焦り、動揺、申し訳なさその他もろもろを詰め込んで顔が青くなったり赤くなったり忙しくなって頭は真っ白になってしまった僕は必死に大丈夫という旨を伝えようとした。
 「本当に申し訳ございません!あの、少し待ってください、本当に大丈夫なので、あの、僕、あの」
 生意気にも待たせているし完全に不審者に成り果てた僕を心配気に見てくれている。
 「ゆっくりで良いから、深呼吸しようね」
  頭の中は「まずい」の3文字で埋まりパニックになってしまったが言葉通り深呼吸をしていたらだいぶ楽になって今度は目的である「挨拶」の2文字で埋まり出した。
 「すー、はー。お、お初目にかかります!フィンリー・アスターと申します。この度は、素敵な誕生パーティへのご招待本当にありがとうございます。殿下のお誕生日に心より祝福申し上げます。同じ学園に殿下より1年後から通う予定なのでよろしくお願い致します。」
 すっごい噛んでてたどたどしいが最後まで言えたぞと達成感と安心感で胸がいっぱいになっている。
 「フィンリー、よろしくね。レオンハルトで良いよ」
 良かった良かった、優しいレオンハルト様万歳
 「ありがとうございました。ではまた学園で会える日を楽しみにしています」
 早急に帰ろうと踵を返そうとすると手が掴まれた。
 「おいおい待て待てずっと横にいるから、フィンリー。俺はリチャード・カールソンだ。リッキーでいいぞ、君とは同い年だ。よろしく」
 声でか、力つよ、びっくりした、申し訳ない。声がでかいけど優しそうだ。赤い瞳は爛々と輝いていて元気そうだ。声がでかい。
 「すみません、よろしくお願い致します」
 「私はウィリアム・トンプソンと言います。フィンリー様、よろしくお願い致します」
 殿下に視線全部吸収されていたので視界に入っていなかったがとても綺麗な人だ。どこか魅惑的な宝石のようなアメジストの瞳は形だけ笑っていて威圧感が凄い。何か探られているような心地がして落ち着かなくて視線を逸らしてしまったが不敬罪にならないだろうか。他の人たちの髪の毛の色が明るい分黒い髪が異質で存在感を強調しているためその美麗さに拍車をかけている。少し惚けてしまって一拍遅れて挨拶を返す。
 「よろしくお願い致します、先程は挨拶をせずに誠に申し訳ございませんでした」
 
 そこで記憶がプツンと途切れた。1度に来る情報量が多いって神様!ていうか何か寒いな、あれ、布団が無くない?
 「……ンリー様!!!!フィンリー様!布団を奪っても気持ち良く眠っているとは何事ですか!!何でよりによって今日起きていないんですか!!いつもなら遅くともこの時間には起きているのに!今日は寮に行く日ですよ!」
 メアリーごめんメアリー。これは神様のせいだから。仕方ないって。そんなに怒られていると起きれないです。
 「あっ狸寝入りになりましたねこれは、怒りませんよ今なら起きさえすれば大丈夫です。さあ早く、怒りませんから」
 ……何でバレてるの?
 「本当に怒らない?」
 「おはようございますフィンリー様、寝坊癖が直らず私はとても心配です。3分間で支度して下さいませ、朝食にしましょう」
 「おはよう、3分は無理かも」
 「無理じゃなくてやるんです、分かったら手を動かして下さい」
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