最果ての

クエスチョンはてな!

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コン…… コン…… コン……
   屋上への階段を上る足音だけが響いている。
   地獄みたいな授業の時間から解放されているお昼休みが一番学校の中で好きな時間だと毎日のように思う。
   いつもお昼ご飯はパン一つだし一緒に食べる友人もいないけど。
   そう考えているとあっという間に最上階に着いた。
   11月になって冷たい風が隙間から吹いてくるのに少し怖気付きながら建付けの悪い扉を開ける。
 
「え?」

   扉を開けたら黒い髪に黒い瞳の生徒が壊れかけのフェンスの前でポカンと口を開けて見ていた。ネクタイのラインが赤いから二年生だ。
   先客が居て困惑するも束の間、急に相手が早口でわざとらしく喋り出した。

「あーあ、今日死んじまおうと思ったのに人が来ちゃったからやめとくかー。人が来ちゃったから仕方ねえな。明日も来たりして?昼休みにここに来る人なんているんだな、もしかして同じだったり?んなわけねえか、まあ今日は帰るとするかあ」

   どうやら飛び降りに来たらしい。初めて見た。ここには毎日来るし、別に構わないのだが。
   帰ろうとする背中に向けてすかさず声をかける。

「別に、良いですよ。飛び降りても。僕毎日ここに来るので人が居ることを理由にしてたら明日も無理です。ここは譲りません。ああ、僕を巻き込むことを心配してるなら大丈夫です。上手くやりますので」

   そう言うと生徒が驚いたように振り返った。さっきよりポカンとした口に加え目も丸くしている。
   思ったことをそのまま言いすぎたと気付いた。何かやらかしてしまったらしい。

「目の前に死にたい人間がいるのに止めないわけ?  そんな白い天使みたいな髪の色してるのに? 見た目以上に変わってんな。あ、もしかして天国に連れてこうとしてる?  やっぱり楽園はあるんだな」

   髪の色のことを言われるのは苦手だ。今日の屋上は居心地が悪くて最悪だ。飛び降りるなら早くして欲しいしそうじゃないならどっか行って欲しい。引き止めたの僕だけど。
   見た目の良い人間に関わるとめんどくさいので出来れば関わりたくない。この学校の生徒はほぼ貴族で軒並み髪色が何故か派手だから髪も瞳も黒の生徒は珍しいが佇まいから上流階級のオーラが凄い。
   平民を理由に虐められてる僕にとって敵だ。ほぼ全員だった。

「僕にあなたを止める義務も権利も無いです。僕は天界からの使者なんかじゃないですし、楽園もあるか分かりません。ご飯食べたいので飛ぶか帰るかしてくれませんかね」

「もっと普通理由とか聞くもんじゃないか?  飛ぶ気も無くなったしあんた中々変だからちょっとアドバイス?  ってか考え?  が欲しいんだけどさ、ご飯食べながらで良いから聞いてくんないか」
 
   許可が出たから速攻パンを食べる。
   あー間に合った。今日も美味しい。どうせやることないし聞いてやるかな。
   迷子は放っておけないんだ。
   しっかり最後の一口まで飲み込んでから答えようと上を向く。
   上流貴族ってもっとこう、表情を作るもんじゃないのか、こんなに困惑を表に出したら色々付け込まれるだろ。関係ないけど。

「どうぞ」

「食べるのはやっ、そんで答えてくれんだな、単刀直入に聞くけどさあ、生きる理由って何だ?  イタイ質問ってのは理解してる、教えて欲しい」

   そんなの、人によるだろ。

「人によると思いますよ。うーん、そうですね、例えば僕がどれだけお前は魔術に向いてないからやめろ、とか、早く退学しろ、とか、そんなことを周りの人からチクチク言われても全部投げ出して退学しないのは入学して学ぶ許可を得ているからなのと同じように、産まれて生きる許可を得ているからですかね。まあ僕の場合復讐しなきゃ気が済まない相手がいるのが大きい理由です」

   若干の理論の破綻を感じて来たので俯きがちになりながら早口で言い切り口を閉じる。
   その理由は死ぬ理由にもなり得るだろ、なんて言われたら怒ってしまうかもしれない。揚げ足を取られるのは苦手だ。

「生きる許可を得ている……。そうか。なるほどな。そうか」

   自分自身に言い聞かせるように相手が呟いているのを見て何を抱え込んでいるのか気になるような、ならないような、ならないような。

「逆に何で死のうと思ったんですか」

   この人絶対腹芸とかそういうの苦手だろ。思ったことがそのまま顔に出過ぎている。
   でもそんな顔も様になっているし溢れ出る気品からも口調は荒くても平民では無いと分かる。
   僕のことを変わっていると言ってたが貴族らしくないという意味でこの人は絶対僕よりも変わっている。

「死のうと思った理由か……。そうだな、うん。答えてくれたし俺も答えるか」

   言ったっきり黙ってしまったので、持って来てた教科書を読む。この時間から次の時間の予習をするのは毎日のルーティーンだ。
   話したくないなら話さなきゃいいのに。こんなの社交辞令にすぎない。
   そう思っていると独り言のように相手が話し始めた。

「おい、質問しといて聞かないのかい、んまあいいか。…………お前は生きる許可を得ていると言っていたが俺はそう思わない。……目標とか目的が無い人間に席はあって無いようなもんだと思うわけ。目標を探そうとしても全然見当たらなくて。空っぽになったら悲しくなって寂しくなって死ななければいけない気持ちに襲われたんだよ。生きてちゃだめだって周りのヤツ皆から言われているような気になるんだ、んで気付いたら屋上から飛び降りようとしてたんだ。こんなこと言っても分かんねえよな。まあそういうことだ」

……
………
…………?

「目標が無いってあなたは完璧なんですか?  テストで満点を取るとか、魔術師として名を世に知らしめるとかそういうのは目標にならないんですかね。細かい目標を達成し続けるのは違うんですか、僕の最終目標聞きます?  さっき言ったか、あんたら貴族への復讐ですよ」

   びっくりした。相手もびっくりしてるようだ。僕ら今同じ表情を浮かべている気がする。
   どっちが先か分からないが笑い出し、それにつられて笑った。
   やがて相手の笑いに呆れが混じってきていることを察して我に返る。

「はあ、細かい目標ね、そうだな。嫌味に聞こえるかもしれないが俺は入学してから今までテストで点を落としたことがないんだ。だからかもしれないが学校にいる間は特に空っぽを感じて困ってるんだよな。まあそんなこたどうだっていいんだ。復讐って具体的に何をするんだ?」

   テストで点を落としたことがない……?  テストで……点を……?  目の前のこの人は何を言っているんだ、テストで点を……?

「おーい、復讐って具体的に何をするんだよ、戻ってこーい」

「あまりにもびっくりして何も考えられなくなってます。それ、ほんとですか」

「嘘を言ってどうすんだよ。すぐバレんのに。んで復讐ってなんなんだよ」

「サラッと言う話題じゃないから驚いてるんですよ。復讐の具体的な内容はですねー。…………。具体的な内容はですよね……。うーん」

   どうしよう本当に言い辛い。上を向けない。

「内容決めてなかったとかか?  そんな訳はなさそうだな、あっ!  分かった下の方なんだな?  へーなるほどな、そういうの言い辛いもんな。分かる分かる。ははっ」

   何が下の方だ。何が分かる分かるはははだ。勝手に内容を想像して笑わないで欲しい。
   もっとちゃんとした……内容が……。

「そんな訳無いじゃないですか。怒りますよ。平民で、魔術について全く触れたことが無い、田舎から来た僕が学年一位を取ることですよ。あなたにとったらそんなん目標になんてなり得ない些細なことでしょうけど、僕にとったら達成すべき大きな目標なんですよ」

   あーもう。馬鹿にされるに決まってる。
   ほんとに今日は最悪な日だ。

「へー、それは凄いな。頑張れよ。応援してるぞ」

   予想に反していたので顔を上げるとにやにやした相手の顔。   
   ムカつくなぁ。微塵も思ってない癖に。

「さっきあなたは点数を落としたことがないって言ってましたよね。目標が無いとも言ってましたよね。なら僕に教えて下さいよ、一位を取れるように。僕を学年一位にすることを目標にしませんか、丁度いいじゃないですか。空っぽなんでしょ。今の順位はなんと、最下位です」

   教科書を投げ出して距離を縮めて迫ると耐えきれなかったのかとうとう相手が吹き出した。

「あはは、お前最下位なのか、ぶふっ、そんな必死になんなくても……。普通こんなやつに頼むか……?ひー、お腹痛いわ、良いぜ、楽しそうだな、手伝ってやるよ。俺なんかで良ければいつでも教えるから聞きに来てくれ」

   学年一位は全然「俺なんか」で収まる器ではない。
   馬鹿にされてるのは癪だが心強い味方には違いないだろう。敵だけど。
   迷子は放っておけないんだ。

「ありがとうございます。毎日お昼休みにはここにいるのでまた来てください。今度は自分の意思で。チャイムなりますよ、そろそろ中入んないと次の授業遅れます」

   早口でまくしたてて屋上をあとにする、こういうのは意見が変わらない内に離れた方が良いだろう。
   言質は取ったからな。
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