あなたの想い、お預かりします。

ハルノ シオリ

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1.ヒーローになりたい

1.ヒーローになりたい④

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『café Dear』

白を基調として木造の家。
オレンジの光に照らされた建物はおしゃれでどこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。



そして、玄関に行くと扉の隣に大きな赤いポストがあった。




お姉さんはポストにかけられていた『open』の看板を『close』にひっくり返す。



僕はそこでお店が閉店していることを察し申し訳なさを感じていると、
お姉さんがこちらを振り向き、言い慣れたような言い方で僕に声をかけてきた。



「閉店後も一応営業してるんです。内緒ですけどね。」



そういって人差し指を口の前で立てる。

正直いっている意味がわからなかったが、
彼女の可愛らしい笑顔に見惚れて何も質問することも、言葉を返すこともできなかった。





「ここ、おじいちゃんと一緒にやっているお店なんです。どうぞ中へ。」
「あ、ありがとうございます。」



「いらっしゃいませ。」



中へ入ると白いおひげを生やしたご老人がいた。
「マスター」という言葉がよく似合う風貌だった。
この人がお姉さんのおじいさんだろう。



店内は喫茶店のような雰囲気がありながらも、
壁は写真や付箋で埋め尽くされており、どこか海の家のような雰囲気も感じる店内だった。




「どうぞ。お好きなお席座って下さいね。」


お姉さんはそういってキッチンの中へ入っていく。



閉店後のため、当然のようにお客さんはいない。

僕は色々と運んでもらうのに遠い席は申し訳ないなと感じ、カウンター席の一番端に座った。

だが、思ったよりもおじいさんと距離が近く、
すぐに後悔したが、席を変える勇気も出ず、ここに座ることにした。



すると、お姉さんがメニューと水を持ってきた。


「基本夜はケーキとかが多いんですけど、一応オムライスとかパスタこっちのページにあるので。」




そういって中へ戻っていった。
僕はそこで自分がまだ夕ご飯を食べていないことに気づき、その瞬間急にお腹が空いてきた。


僕はメニューの中からオムライスを頼むことにした。
メニューは決まったが、どうしても目の前にいるおじいさんに注文を取ってもらうのは気が引ける。




そのため、少し遠くの方で片付け中のお姉さんに必死に目で合図を送る。



すると、こっちの視線に気づき、笑顔で返事を返してくれた。


「はい、お伺いします。」
「オムライスで」
「はい。かしこまりました。メニューおさげしてもよろしかったですか?」
「はい。大丈夫です。」


そういってお姉さんは中へ入っていった。
見た感じ料理とケーキはお姉さん、飲み物はおじいさん、という役割分担のようだ。

おじいさんとの沈黙の空間が気まずく、スマホをずっと見ていると、
思っていたよりも早くオムライスは僕の所へやってきた。


オムライスは切ったらぱかーんととろとろの中身が出てくるオムレツや、
デミグラスに生クリームがかかっているようなタイプではなく、家や喫茶店でよくある硬めの卵にチキンライスが乗っているタイプのオムライスだった。



「…うま。」



正直、オムライスはふわふわ派だったが、
最近コンビニ弁当ばかりだった僕は温かい家庭の味がするこのオムライスがものすごく体の中にしみわたり久しぶりに料理を食べておいしいと感じた。



目の前にいたおじいさんに僕の声が聞こえていたようで、おじいさんは少し口角を上げ、ふっと笑った。

まあ正確に言えば、立派なおひげで口角は見えないのだが、口角あたりのおひげが少し動いたのが
見えて、笑われたことを察した。



厳格なタイプかと思ったら笑った顔はすごく親しみやすそうな雰囲気を醸し出していた。
僕は、無性に自分の声が漏れていたことに恥ずかしくなり、なぜかわからないが思わずおじいさんに話しかけてしまった。



「すみません…いつもコンビニ弁当ばかりで…」
「そういう日もあっていいと思いますよ。」
「え、あ、そうですかね…でも毎日コンビニばかりは健康によくないですよね…」



社会人になりたての頃、親にコンビニ弁当ばかりと伝えると「ちゃんとした食事をとりなさい」
「一人暮らしがちゃんとできないのなら家にもどってきなさい」と頭ごなしに怒られた。

『ちゃんとした生活を送ってほしい。』『完璧な間違いのない人生を送ってほしい』それが親の想いであり、親の僕への愛だった。



でもその愛のカタチが僕を苦しめた。





それから、親には一人暮らしや仕事の愚痴は言わないようになった。

親からの電話は忙しいと理由とつけてあまり出ないようにしていた。


何度もかかってくるときは、理想の社会人生活を送っている自分を演じながら電話をした。
そんな自分がみじめになって電話を終えると涙があふれているときもあった。
今考えると親という存在に対して頼ることができないことに対して孤独の感情もあったのだろうと感じる。



こうして、おじいさんのように僕に寄り添ってくれる存在は今までいなかったため
新鮮で温かく感じた。
それがおじいさんの愛のカタチなのだろう。
おじいさんの愛のカタチは他の人から見たら無責任と感じるかもしれない。
だけど、そういった存在が一人でもいてくれたら、今の僕の人生は変わっていたのかもしれない。



「僕、昨日仕事辞めちゃって。この先どうすればいいのかわからないんですよね。
恥ずかしいんですが、僕はずっと親のいう事を聞いて生きてきました。
親は言うことが模範解答だと思って生きてきて。だから、親の言うことを聞いていれば問題ないと思っていたんです。

だけど、僕は問題の答えをカンニングしてきただけ、
教えてもらってきただけでした。

だから今、問題の解き方はわからなくなっているんです。」




おじいさんの先ほどの優しい発言に甘えて、
今まで思っていたことをすべて打ち明けてしまった。


簡単に言えば自分で何も決めることができないという事。
でも、それを認めたくなかった。
この年にもなってそんなことができない自分が恥ずかしく、誰にも相談できなかった。

何よりも、言葉にしてしまったら、
その自分を受け入れなければならない。
だから、言葉にすることを恐れていた。




おじいさんは何も言わずにコーヒーを立てていた。

それがおじいさんのやさしさなのだと感じた。
きっと僕が言いたいことを言いたいだけ言えるように。

でも、僕はこれ以上何も話せなかった。
これ以上話すと涙があふれてきてしまいそうで。


僕はあふれそうになる涙をこらえるためにオムライスをかきこんだ。
すぐにオムライスはなくなってしまった。



するとずっと黙っていたおじいさんが口を開いた。



「よければ食後にコーヒーはいかがですか?」
「…え、あ、はい…。いただきます…。」



おじいさんはニコっと微笑み、奥にいた娘さんに視線を送った。

すると、お姉さんがメニューをもってこちらにやってきた。



「はい、こちらメニューです。
実は、うち裏メニューがありまして…。
ご利用なさるようであればお声かけ下さい。」




そういって、一番最後のページのドリンクのメニューの紙を
メニュー表から取り出し裏を向ける。




僕は、メニューの裏面に書かれた『裏メニュー』一番上の文章を
指でなぞりながら、口にしていた。



「あなたの想いを…お預かりします…」
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