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内緒話

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「あいつ、どう思う?」
「んー、ちなみにりょうは、どう思ったの?」
「ああ。何だかなー。最初に魔弾の軽いのを眉間に当ててみたんだけど、無反応だったんだよね」
「はあ? いきなり? 何してるのよ」
「えー? 前に沙雪が自分で言ってたアイデアじゃん」
「言ったけど、あれはある程度関係が出来てもまだ怪しい時の話だったでしょ? 全く知らない人にいきなりやるなんて思ってないわ」
「だってさ。こんな『溜まり』の町だろ。そんで転校生だろ。じゃあもう、魔女か魔士に決まってんじゃんか」
「いやちょっと、りょう。乱暴すぎるわよ」
「えー、問題あるか? あいつが魔士だったら確信が取れんだから、別にいいだろ?」
「だからー。ほんとに魔士だったとしたら、自然に敵対行為から入ってどうするの」
「…んー、あーそっかー。でもなー。相手は魔士だしなー」
「もう……。まだ魔士が嫌いなの?」
「ん、まあそれはいいとして、だ。兎も角ウチらが『お山』から新入りの話なんて聞いてないってことは、外の『お山』になるよな? そんで外の『お山』ってことは、もう、敵! クロ! ってことだろ?」
「何でそうなるのよ、もう。中立・中庸っていう関係もあるでしょ?」

 沙雪は板書を取っていたペンを頬に当てて、小さな溜息をつく。
 いまは授業中だが、隣のクラスのりょうと【通話コール】を繋げ、先程の転校生、結野圭についての意見交換をしているところだった。

 ちなみに沙雪のように感知を鍛えた魔女にとっては、距離にもよるが【通話コール】の微弱な魔力でさえも辿ることが可能で、誰と誰が繋げているのかまで気付くことができた。また沙雪ほど鍛えられていない魔女であっても、付近の起動までなら何とは無しに気付ける者は多い。
 しかし、この学校の中だけは話が違った。
 ポスターの裏やロッカーの天板、ゴミ箱の裏からカーテンレールに至るまで妨害波発信機ジャマーとなるような微弱な印や呪符、石などが隠されており、それが丁度、『【通話コール】の発現は出来ても周囲には読み取れない』というレベルで感知を妨害しているのだ。

 沙雪自身がそれらを配置したわけではない。入学した時にはもう教室どころか廊下や体育館まで含めたあらゆる物陰に、それぞれの『お山』の得意分野らしいジャマーが配置されていた。まだみんな感知が得意ではなかったのだろう、極小魔力が密になるだけで相乗効果も相殺効果も起きはしないが、明らかに過剰に置かれている場所も多かった。
 兎も角このジャマーのおかげで魔女達は、授業中でも気兼ねなく仲間の魔女と【通話コール】を繋いで話をすることが出来るようになっていた。
 『溜まり』にある高校に通ってきた先輩魔女たちの、涙ぐましい努力が感じられる。
 ――まあ魔女と言っても、年頃の女の子なのよね。
 沙雪は微笑ましくて、校内を散策しながらこっそりと笑ってしまったものだった。


 沙雪は【通話コール】でりょうとの会話を続ける。

「もうやってしまったんなら仕方ないけど、これから動くときにはちゃんと相談してよ?」
「んあ。わーかったって」
「…で、その時の彼はほんとに無反応だったの?」
「うん。表情含めて身動ぎひとつ無し、って感じ」
「ふーん……」
「沙雪の感知ではどうだったんだよ」
「ええ……。念のためちゃんと【魔力感知セント・マナ】まで使ってみたわ。そしたらすごく弱いけど、魔力を持ってるのは感じられた」
「やっぱ魔力持ちか!  弱いってどれくらいだ?」
「うーん、『お山』にいるチビッ子達ぐらい、かなあ。あ、もちろんぼん は除いてね」
「あ? そんなもんなのか。え、てことは魔士なのか? それとも…」
「この歳にすれば圭君の魔力はかなり弱い方だと思う。普通に考えれば、『只人』とか、または『三割』の方かな。まあ、私も人のことは言えないんだけど」
「沙雪はそうは言っても、なんせ"主席様"だからなー」
「でもあたしだって『三割』ギリギリだもん、『雪波せっぱ』での評点基準が特殊なの。ほかの『お山』だったら模擬戦がものを言うから、こうはいかないわ」

 『三割』とは、魔女や魔士の子供の中に一定割合で出る魔力微弱な者の総称だ。その場合、両親に魔女についての知識を隠されて本人は『只人』としての人生を歩んでいくこともあるが、本人が『お山』生まれであれば、魔力が強い者に師事して自らの今後の導通拡大に期待しながら、『随身』という魔女のサポート的な役割をしていくことも多かった。
 りょうは上位レベルの魔力持ちだったが、沙雪自身はこの『三割』に属するかどうかといった程度の魔力しか持っておらず、自身で魔法に関する鍛錬を積みながらも、りょうの強い魔力の影響を密かに期待もしていた。また、自らの魔力不足を補うものとして感知力の強化を含めた様々なことに力を注いでもいる。

「ちゃんと見切るには彼の波が小さ過ぎて、難しかったわ。『お山』で鍛錬を積んだ結果あれなのか、生 のままなのかまでは分からない。【通話コール】用のジャマ―も邪魔だったしね」
「えーどうなんだろ。『只人ただひと』なんかなあ。でも何か怪しいんだよなあ、アイツ」
「んー……」

 伝えるべきか迷いつつも、沙雪は口を開いた。

「でもね…、”違和感”は、あったの」
「違和感?」
「上手く説明できないんだけど……。魔力は微弱。持ち物からも魔具や媒体の類は感じられない。でも……ほら、『お山』で『御宝物』って見たことあるでしょ? あのレベルの緊張ではないんだけど、近いって言うか、うーん……」
「あのメガネから、そういう違和感がしたってことか?」
「うん。あ、ううん? ……えっと、メガネ君からでも眼鏡からでもなくて、携帯から」
「携帯?」
「机にスマホを出してたでしょう? あれ・・に違和感を感じたの」
「ふえ?」

 りょうの反応も尤もだ、と沙雪も思う。
 
 魔法効果を発現する道具としては、その"モノ"自体が魔力を内包する『魔具』と、起動しない限りは魔法も魔力も持っていない『呪具』といわれるものの二つがある。紗雪とりょうの『お山』にあった『御宝物』は強大な力を持つ『呪具』のひとつだったが、沙雪がまだ子供の時分に儀式で見た時には、遠目にもそれ自体から強烈な迫力が漏れ出ていたるのが感じられた。
 また『魔具』と『呪具』以外にも、術者の魔法発動を手伝う『札』や『ギョク』などの『媒体』と呼ばれるものがあるが、それらも作成時に予め魔法を籠めるかたちになるためそれ自体が魔力を纏い、鋭い感知には引っかかる。
 
 しかし、だ。
 何れにせよ沙雪はスマートフォンだなんて近代的な魔法具というものを聞いたことがなかった。
 魔法図書館の文献やデータベースで集められる限りの知識であれば、沙雪は希少なものも含めて相当数の『魔具』、『呪具』、『媒体』を網羅してきたつもりだった。そうやって自分なりに培ってきた沙雪の常識に照らせば、そういった魔法具はおいそれと新しいものが、――否、"まともに使えるもの"が発明されるような代物ではない。
 流通してるうちで、とある天才魔女が生み出したといわれる比較的新しいものでも、既に六、七十年という月日は経ていた。

 圭本人から感じる魔力は未就学児程度。そしてスマホに何となくの違和感はあってもそれがまともな魔法具とも思えないし、他の彼の持ち物の内包魔力は"ゼロ"。
 よって彼の転校生の危険度は、問題にならないほどに"極小"。
 の、はずなんだけど……と沙雪は逡巡する。

 魔力隠しを行う術はいずれもかなり高位かつ、非効率であるため滅多に使われないのは常識だった。そして魔力の完全隠匿は不可能と言われている魔女界において、ゆえにこそこれを感知できる能力は重宝されている。魔女や魔士本人の力だけではなく、敵が持っている武器の強さまでが看破可能であるからなのだ。
 しかしそれができる沙雪であっても、結野圭の脅威がゼロであると判断するのは何だか危ぶまれていた。

「違和感については、うまく説明できない。カマかけてみても駄目だったし。でも魔女として感じる違和感なんだから、何らかの形で魔法に関わってる人なんじゃないかなあって。もしあのスマホが魔具の類だとしたら、『お山』でいうと『遠野』あたりが怪しいかも」

 沙雪は魔具・呪具研究で盛んな『お山』の名前を挙げる。
 校内には『遠野』の筋の派閥があるので、もしその面子の誰かがこれから圭にコンタクトを取ったなら確定となるはずだ。

「へえー。まあ沙雪が言うんならそうなんじゃないか。じゃあやっぱ、あいつはクロってことだな!」
「なんで嬉しそうなのよ」
「へへん。魔士なんてクロに決まってら」
「笑いごとでもないのよ? りっちの隣に越してきたんだから」
「はア! そ、そうだ、りっちだった。沙雪、どうするよ」
「それは、まずは向こうの意図を…」
「今日だな? 今日の放課後強襲だな!」
「しないから。落ち着いてってば、もう。相手の能力も人数も意図も分からずに襲ってどうするのよ。よしんば病院送りにできちゃったとしても、それで安心できる?」
「つったってほっとけないだろ! どうすりゃいいんだよ」
「それは……決まってるでしょ」

 沙雪はペンをノートの上に置いてから顔の前で自分の手を握り込み、時計を見上げる。
 そして力を込めた息を静かに吐いた。

「また近いうちに"お料理女子会"したいねって、りっちに伝えてくれる?」




 今しがた借りてきた二冊の本を鞄に入れながら図書館の自動ドアをくぐると、外は晩春の太陽が傾き始めたところだった。
 もうこんな時間か、とエントランスで立ち止まった圭は、顔に当たる日光に目を細めた。
 そして、【通話コール】を起動する。
 
「流石に魔女が住む町だけあって、図書館が大きいんだな」
「……」
「……おい」

 圭は鞄のサイドポケットに入れてあるスマホに付いた、たった今チャックを閉めた拍子にクルクルと回っている狸の縫いぐるみのことを見下ろした。

「いつまでだんまりしてるんだ」
「……」
「おい」
「……ふん」

 鞄の元で遊んでいるかのように回転していた狸の頭だったが、不意に慣性を無視して停止。そしてそこからポソリと、女性らしい高めの声が聞こえた。

「念話は、好かん」
「周囲にはばれないよう細工してある」
「ばれる、ばれんではない。儂が感知なんぞ気にするかよ?」

 細い金属の鎖の先に付いているはずの縫いぐるみが、勝手に小さく、抗議でもするかのように跳ねた。

「何度も言っとるように人が使う魔法自体を、儂は好かん。お主も男なら話すときは自分の口で話さんか」
「自分の口でってな…。今のお前が狸のストラップだって分かって言ってるか? ここは『只人』の町で、『お山』とは違うんだぞ」
「ふん。狸の”すとらっぷ”とやらにとれば、そもそも山も里も知ったことではないじゃろう」

 圭はふう、と長めの溜息をついた。

 人差し指で眼鏡を鼻頭へと押し上げながら、もし今後コミュニケーションを取れないとしたらそれはそれで困りものなんだよな、と考える。
 ここは折れておくか。そう思って圭はほんの僅かだけ開口し、「妖獣が何言ってるんだかって、毎度のことながら理解に苦しむよ」と、微かに空気を振動させる程度で囁きを発した。

「ごちゃごちゃ言わずに、最初からそうしておけ」

 勝ち誇ったように返す女性の声は、しかしそれなりに気を使ってはいるのか周囲に聞こえないような音量には抑えてあった。

 図書館前の見通しのいい街路には人通りもさほどなくて、夕刻前の温い日差しと涼風の中をスクーターや下校中の学生達が時折通り過ぎて行く。

「で? 次はどこへ行くんじゃ。もう帰るのか?」
「いや、もう少し寄り道をしていく。商店街も覗いておきたい」
「ほう? ならば食い物屋にも寄っていくがいい」
「まあそりゃあ商店街なんだから、あるんだろうけどな」

 圭は携帯を鞄から取り出して地図アプリを開き、昨夜のうちに目を付けていた商店街やスーパーの方向について確認した。狸はその間も携帯の下で気ままそうに揺れている。
 そして道順を確かめると圭は携帯をしまって、広場を抜けて歩きはじめた。

「ところでお前、学校じゃすっかり無視してくれたよな。どの生徒がどうだとか色々聞いておきたかったのに」
「念話は好かんと言っておろうが。それに儂はただのお主のお目付け役じゃぞ? 木和にもあまり手伝ってやってくれるなと言われておる」
「にしてもだな」
「そもそも魔女かどうかをちぃとも見抜けんのは、お主の鍛錬不足じゃろ」

 それを言われると痛い圭は、口の中で小さく舌打ちする。

「クク。まあしっかり頭を下げて頼めば考えてやらんでもないが、の?」
「……へえ。『断崖』よ、そんな態度でいいのか?」
「何がじゃ」
「こっちなら婆さんの目も届かなくなるからな。俺は是非、『断崖』殿には脂っこいものをたんと食わせてやりたいって思ってたんだけど、な?」

 圭がやり返すと、『断崖』と呼ばれた狸の方は「お、お主…!」と狼狽した声を上げた。

 このストラップに化けている化け狸、『断崖の主』は、この国にあやかしの類が跋扈し侍や陰陽師がそれらと対峙していた遠い昔には、遠方にまでその名を轟かせて畏敬の対象となっていたという、一端いっぱしの妖獣だ。
 猟師や野武士、町や村、引いては貴族や神殿などをも蹂躙し、化かし、からかい、その過程で徐々に言葉を覚えていくうちに、いつしか人間と共生するようになってはいたが、元は『大魔』とまで呼ばれたこともある大妖怪なのだと圭は聞いていた。
 それがいまや圭の鞄の元で威厳の片鱗も感じられない声音と恰好をして、「ぐ……う。っつお……!!」などと鎖を揺らしながら身もだえをしている。

 その呻きを聞きながら圭はのんびりと民家が立ち並ぶ通りを進んで行った。
 生まれたときから傍に『断崖』がいた圭にとっては、『大魔』のくだりは話半分か、それ以下なのだ。

 しかし結局『断崖の主』は、しばらくの逡巡の後、「…ふ、ふん。小僧め。儂は惑わされんぞ」と言い、何とか齢を経た妖獣の面目だけは保ったようだ。
 そして未練がまし気な声音で言葉を継ぐ。

「兎も角、兎も角もよ。初めはお主一人で魔女どもとのえにしを、良きにせよ悪しきにせよ始めてみるが良い。それに関しては儂は何もせんし、そうそう口も出さんからな」

 圭は「ふむ」と言って、今後色々と楽の出来る協力者が得られなかったか、と、空を見上げる。
 確かにこの地方都市への編入は、たった今『断崖』に言われた通りの意味を含んでの”逆武者修行”なのだ。
 まあこれ以上誘惑してみるのも悪いし、保留にしておくか、と圭は一旦諦める。

 そもそも直近の状況では『断崖』の協力も、「あった方が助かる」という程度の話でしかなく、また何より『断崖』がまあまあのおしゃべり好きなことを圭は長い付き合いで知っているので、あまり悲観したものでもなかった。


 道を記憶にとどめながら進んで行き、圭たちは『春日野アーケード』という大きな看板が掲げられた入り口に到着した。
 ずっと先まで随分長く続くアーケードの、ガラス製の天井からは日が差し込んでいて、道も、その道を歩く人々も明るい表情をしている。
 圭は入り口の門柱の前に立って、商店街の様子をしばらく眺めていた。

「『断崖』。魔女はいいからこっちは教えてくれ」
「何じゃ?」
「この町には、”やばい生き物”はどれぐらい巣食っている」
「ほう。クク、”やばい生き物”、と。これはまた随分可愛げのある呼び方よの」

 ストラップが自分からゆっくりと回り出し、頭の下にくっ付いている小豆程度の鈴がチリ、チリンとか細い音を立てる。

「まあここは中々の『溜まり』じゃからな。気に食わん匂いならそこかしこからするわい」

 圭達の立っている場所から道沿いに見通される町の活気。
 日差しの明るさと、まとまって歩く人々の笑顔や会話。店主や売り子のバイトたちの元気な呼び掛けや打ち鳴らされる柏手。
 感知力の面では大分劣っている圭でも、知識としては、それがこの町にとって目に見える”一面”でしかないことをよく分かっていた。

「勘の良い大物なぞは儂の登場に泡食って、鳴りを潜めているようじゃがのう。羽蟲どもはといえば、悠長なものよ」
 
 そして、「臭い臭い。おお、こわこわや」となぜか楽し気に言った後、『断崖』の首の鈴がシャン、と鳴った。金型のサイズからすると不自然な大きさの鈴の音が、辺りに響く。
 その時周囲に何が起きたかは圭の力ではよく分からなかったが、まあ蟲たちに軽く挨拶的な何かでもしたのだろうと思って受け流しておく。

「ま、魔女は知らんがこちらの方なら何かあれば教えてやろう。人にも儂にも通じて不愉快な奴らじゃからの。あとそこに、そう。十間程先の揚げ物屋が大層良い匂いを立てておることぐらいも、お主には教えておいてやろう」
「ああ。残念だったな。今日のところはただの道の確認だ。晩飯はただのレトルトカレーになる」
「くっ…! 昨日もじゃったろ…!」

  圭は商店の中を歩き始める。

「そう、だな。じゃあ今夜出かけてみたいんだが、それに付き合ってくれるか? であれば一品追加だ」
「ん? ふん、”蟲取り”かよ。よかろ」


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