グランドスカイ物語

朝ごはんは納豆にかぎる

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第一章 『古都編』

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 養い所を旅立つ日は遂に訪れた。
 古参のキツツキ、そして新顔とはいえ二人の子供も揃って旅に出るということで、大寝室の仲間たち、マレー、スミレなどの使用人が朝日の煌めく庭で一同に介した。
「旅に出るなんてずるいぞニハマチ。お前ら、俺たちも連れてけよ!」
「そうだそうだ!」
 リックとジェイミーの二人がそう言うと、キツツキは苦笑して、
「駄目だ。お前たちは絶対に駄目だ」
「何でだよ。俺ら、馬鹿だけど悪さはしねえぞ」
「そういう問題じゃないんだ……」
 丸眼鏡のロイ、ニハマチと仲の良かった黄金の髪のクローブ。他にもグラス、パントマと知り合ったばかりの女子や使用人たち、などなど、それぞれが別れの言葉を投げかけ終えると、マレーが言った。
「路地裏でくたばるようなことにはなるんじゃないよ。この街を出たら、外は百鬼夜行の世界さ。せいぜい頑張るんだね」
「うん。行ってきます! マレーも元気でね」
「あんたとまた逢う日にはくたばっちまってるさ。あたしより先に死ぬんじゃないよ」
「うん!」
「マレー、今までありがとう。お世話になりました」
 キツツキは腰を折って深々とお辞儀をした。
「辛気臭いことするんじゃないよキツツキ」
 すると、マレーはキツツキの側に行って耳打ちした。
「お前さんの父親はこの街にいるさね。事情があってここにお前さんを寄越したみたいだが、向こうは忘れてないみたいだよ。旅に行き詰まったら、ここに戻ってきて顔を見せてやりな。それまではあたしも生きといてやるよ」
「……ああ、分かった。伝えてくれてありがとう」
「ふふ。お前さんもくたばるんじゃないよ」
 三人は、手を振って見送る養い所の面々に手を振り返した。
 踵を返そうとしたところで、ニハマチはふと面々の隅っこで寂しそうに手を振るスミレが目に付いた。何となくそれが気になって、彼のちょっとした気遣い症が顔を出し、
「スミレ! 色々と教えてくれてありがとう! 助かったよ! 弁当も作ってくれてありがとうね!」
「う、うん……! 元気でね」
「三人でいつか戻ってくるから。寂しい顔をするのは無しだよ!」
「さ、寂しくなんかないわ! 変なこと言わないで!」
「ふひひ! じゃあね!」
 ――そして、とうとう三人は養い所を出発した。
 目指すは北のイルべニア王国。そこへ行くには、古都の南以外をぐるりと囲むアグレン山脈を超える必要がある。この山脈こそが、古都が他の国々と物理的な距離を置いている理由の一つだ。
 一時間以上歩き、古都の中心たる街を北に抜けた先の、ぽつぽつと民家の見える街道を三人は進む。
 景色を眺めて歩きながら、キツツキは言った。
「やっぱり、山のふもとまで馬車に乗せて貰った方が良かったんじゃないか?」
「うーん。色々と理由があるけど……歩くことも修行だよ」
「……修行に俺たちを付き合わせるな。元々は俺のための旅だぞ」
「まあまあ、そのうち分かるさ」
「何なんだお前は……」
 三人は他愛ない会話をしながら徒歩を続け、そのうちキツツキが、
「パントマって、結構足腰が強いんだな」
「ふふ。そうでしょう。歩くのは慣れてるんだよ」
「……そうか」
 キツツキは、その涼しげな目を更に細めてパントマを横目に見た。すると彼女はその視線に気付いて、
「キツツキくん、どうかした?」
「あ、いや……ニハマチから聞いたけど、不思議な道具をたくさん持ってるんだってな」
「不思議な道具? ――これとかのこと?」上着のポケットから方位磁針を取り出す。「触っていいよ。はい」
 キツツキはそれを受けとって、ゆっくり回して観察した。
「一見はただの方位磁針だな。でも」
 内部に多流タルーの反応を感じたキツツキは、少しだけ自らの力を手のひらに込めてみた。
 すると足元に、青く光る足跡が力の強さに応じた円状に浮かび上がった。
「聞いた通りだ……」
 しばらくその光を珍しげに眺めてから、力を抑えてパントマに返す。歩みを再開し、隣を歩く彼女にキツツキが言った。
「パントマは、これが『多流』の込められた道具だってことは分かってたのか?」
 パントマは首を横に振った。
「旅先で色んなものを見つけたけど、そういう力なんだってことは知らなかったよ」
「そうか……多流の入った道具って、普通にあるものなのか?」
「どうだったかなあ? 少なくとも、お店に行って売ってたりはしないわ」
「流石にそうだろう。だが、お前みたいな女子が持ってるあたり、意外と多流ってのも外じゃ当たり前のものなのか」
「キツツキくんは古都の外に行ったことがないんだよね」
「ああ。……だから、楽しみだし、怖くもあるな。外の世界がいったいどうなっているのか……」
「ふふ。心配しなくていいよ。何も、その多流って力で悪さをしようとしてる人がいっぱいいるって訳じゃないから。ただ、古都にずっといるあなたには刺激の強いもので溢れているだけだよ」
 二人の数歩先を行くニハマチが後ろ歩きで振り返って、
「パントマは俺たちの先生だな!」
「先生?」
「だって、もう色んな国を旅してるんだろ? 分からないことがあったらパントマに聞けば解決だね!」
「はははっ。そうね。大船に乗ったつもりで聞いてくれていいわ」
「うん!」
 キツツキは、この二人の自信というか前向きさは一体どういうことだろうと、一人不安を抱える自分が馬鹿らしくなって、苦笑した。
 数時間歩いてはへとへとになって(といってもキツツキだけだったが)、手頃な場所を見つけて休み、夜になれば野宿はなるべく控えて泊まれる家や空き家を探した。
 馬車なしで歩き続けて足がもつものだろうか、まず山に着くまでに何日かかるのだろうかと心配していたキツツキだったが、そこは、ニハマチが彼をおんぶしたり、彼をおんぶしてさらにパントマを両腕で持つといった超人的なことをやってのけ、加えて恐るべき速さで走ることにより、二人の疲労を抑えて、思っていたよりも速く、三日もかからずに山裾にたどり着いた。
 ニハマチは道中で十分に休んだりスミレが作った弁当を食べることで、けろりと体力を回復していた。キツツキは驚愕を通り越して恐怖を覚えた。
 暗くなる前に山裾に着けたことで、三人は隘路の途中で夜を迎えた。恐らく人が常用するような道ではなかったが、ニハマチが二人を先導し、危ない場所で担ぐことで何とか進むことができた。
 夜が深くなるまえに谷間を流れる川を見つけた。パントマ曰く、王国に行く際の目印となるペルーシ川の支流である可能性が高いということだった。
 三人は川辺で一夜を過ごすことにした。川原の石が堆積するより手前の草むらで、ニハマチが大きな荷袋から布を取り出して敷く。夜なので少し寒かったが、寝られないような寒さではなさそうだ。
 ニハマチが灯りを取り出そうとしたところで、パントマが硝子の球体をおむもろに取り出した。
 透明な硝子の底面には板敷きがあって、その板の上に小さな金属があった。
 パントマが球体を両手でぐっと包むと、金属が光って明かりが灯った。
「便利だな」
「ふふ。これがあればどこでも明るいんだよ」
 三人は布の上に座り込んで、敷き布とは別の布に体を包んだ。そうしていると、ニハマチが思いついたように荷袋を漁り始めた。彼が取り出したのは、一冊の革表紙の本だった。
「これ、キツツキに読んで欲しいんだ」
「……俺に?」
 言われるままにキツツキが表紙をめくる。しかし、そこには白紙のページがあるばかり。睨めっこしてみても何も見えず、他のページをぱらぱらと確認してみても同様。キツツキは苦い顔をして、
「ニハマチ、何も書いてないが」
「うん。白紙の本なんだよね。でも、だんだんと文字が見えてきたりはしないかい?」
 本に目を凝らす。すると、視覚的なものより先に、両手に伝わってくるものがあった。
 それは、どこか懐かしく温かい、彼自身の体内にある多流と、とてもよく似た力だった。
「これは……」
 キツツキは本から感じる力と己の力を共鳴させた。
 ――たちまち、白紙の一ページ目に黒いインクが滲み出る。インクは文字になり、自動書記のように勝手に文章を綴り始めた。
 パントマも二人の背後に移動し、三人が息を吞んで見守る。
 浮かび上がった文の始めはこうだった。
〝 
 さて、どういう風に書き綴ろう? 君がこれを見ているということは、やはり私はこの世にいないということ。それ以上の説明は要らないな。
 ならば、フランクに書かせて貰いましょう。やあ、私のかわいい息子よ   
                                    〟
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