上 下
21 / 40
第一章 『古都編』

20

しおりを挟む
 追跡を開始してから数十分が経過すると、マレーが往く道の向こうから歩いてくる、一人の少女がいた。それを見るなりテリオンは言った。
「メイじゃねえか」
「知ってるのかい?」
「養い所の女どもの一人だよ。……となると、ただの出迎えか……?」
 そのツインテールの少女は、マレーの姿を認めると笑顔を見せて彼女の隣に並んだ。マレーは踵を返して道を戻るということはせず、そのままメイを連れて道を進んだ。
 テリオンは訝しげに目を細めた。
「いや、メイはなんで一人なんだよ。行きも帰りも絶対に三人で固まる約束だろうが。それとも、マレーと行く用事が決まってたからか……?」
 追跡していると、角を曲がったのを追いかけたところで姿が見えなくなってしまった。
 二人で辺りの路地を全て覗いてみたが、マレーの姿はぱったりと消えており、メイと寄る用事がありそうな店なども見当たらない。 
「チッ。見失っちまったな。足が速すぎねえか?」
 犬歯を剥き出しにして、苛立ちを露にする。
「そうだね。このあたりの扉も全部、ついさっき開かれたばかりという感じのものはないな。本当に、突然消えてしまったということか……」
「……むしろ都合が良いかもしれねえぜ。これで明日メイがいなけりゃ、マレーでアタリだ。……信じたくはねえがな。そんときゃ、あの人にカマかけて、はぐらかすなら強引に行くしかねえ」
「そうだね。とにかく、このあたりももっと調べてみようよ。見落としがあるかもしれない。いっそのこと、家を全部尋ねた方が良さそうじゃないか?」
「だりいが、細けえこと気にしてる場合じゃねえな。賛成だ」
 ニハマチのすぐそばにあった家から尋ねようと決めたその時、不意に彼の背後から音がした。
 二人は揃って音の方に身構えた。テリオンは腰から剣を抜き、ニハマチも呼吸で力を整える準備をした。
 ……仄暗い夕闇にちりちりと緊張が漂う。
 そして、その人物は拍子抜けするほどあっさりと、緊迫した空気をからかうかのように角からひょこっと現れた。
「――ご、ごめん」
 その声と姿にニハマチは肩を落とした。――パントマだった。 
 彼女は申し訳なさそうに苦笑すると、二人の元にとことこと走ってきた。
 テリオンは剣をしまわずに肩に預けると、パントマを睨み付けた。
「何のつもりだ? 新顔がよお」
「あっ……すみません。二人の後ろ、こっそりついてきてました」 
「そうかそうか。私ら二人に気付かれねえようにしながら、よく出来たもんだなあ……?」
 見下ろすテリオンの眼光に、しかしパントマは困惑しているのみで、穏やかな微笑を浮かべたまま怯まない。
「てめえ、睨み返してんじゃねえぞ」  
「睨んではいません。……近いです。顔を離して頂けますか」
「私たちが何をしてるか知ってんのか?」
「いえ、その……ニハマチが階段の裏にこそこそと隠れているのが見えたから。ちょっと気になったんです。二人がマレーのあとをつけているというのは、あとで分かりました。あの、二人は何をしているんですか?」
「知らねえよ。これはお遊びじゃねえんだ。さっさと帰りやがれ。――ああ、いや。そう言いたいところだが」
 テリオンはきまりが悪そうに頭を掻いた。
「私らももう帰ることになるだろうな。あとちょっとだけ待ってろ」
「ニハマチ、教えてくれる?」
「まあ、教えてもいいんじゃないかな? テリオン」
「いいぜ。好きにしろ」
 ニハマチは、なぜマレーを追っていたか、そしてマレーを見失ったことを説明した。
「……そうなんだ。でも、急に姿が見えなくなるなんて、やけに怪しいね」
 パントマは真剣な表情で考える仕草をしたあと、
「――よし、私も参加しよう。二人を手伝ってあげる」そう言って自信ありげにした。
 民家の窓の隙間から勝手に中を覗き込もうとしていたテリオンが、体を翻してパントマを見る。
「手が足りねえなんて言った覚えはねえぜ。むしろ多いほどやりづれえんだよ。てめえは引っ込んでろ。――あのなあ、マジでお遊びじゃねえんだぜ」
 テリオンは再びパントマを睨んだが、さっきの威圧とは違い、今度は鋭く冷ややかな目付きだった。
 それでも狼狽える素振りを見せないパントマは、動じずにテリオンの瞳を見返した。 
 そしておもむろにしゃがんだ。やはりテリオンの発する圧に耐えられなくなったのかとも思われたが、そうではなかった。パントマは、懐から方位磁針を取り出したのだ。
「んなもんでどうするつもりだ――」
 すると、パントマはそれを足元にかざした。にわかに方位磁針が青色の光を放つ。その光が地面に投影されると、彼女を中心として地面に青い光が広がっていった。刻印されているかのような鮮やかな光は、見れば無数の人の足跡が重なったもので、彼女から3、4メートルほどの円形に収まっていた。
 パントマは言った。
「これは、ここを通った人の足跡。だいたい六時間以内のものが全て見えるわ。ほとんど分からないぐらいの違いだけど、より最近のものほど光が強い。そこから絞り込むことができるの」
 確かに、彼女の言う通り光の強いものと弱いものがあった。しかし、強いもの同士での違いはほとんど判別できないレベルと言って良かった。
「俺に任せてよ。こういうの得意だからさ」
 不思議な森で慣れてしまっているニハマチは、すんなりと受け入れて足跡の観察を始めた。
 テリオンは先ほどまでの苛立ちも忘れてしまったかのようにぽかんとした顔で、
「つかよ。そんなもん何処で手に入れた? 自分で作ったとか言わねえよなあ」
 パントマがくすりと笑う。
「まさか。古都に来てから見つけたものです。養い所のみんながクーパー家に来たとき、グラスが言っていたこと、ニハマチも覚えてるよね? 古都には昔『呪い』と言われるものがあったみたい。その名残のような、不思議な道具なんじゃないかな」
 すると、パントマはテリオンが腰に付けている剣をちらりと見た。
「あなたのそれも、そういうものなんでしょう?」
「くく。『呪い』か……。物は言いようだな。これが普通の剣じゃないのはそうだぜ」
「やっぱり……。実はね、私、『そういうもの』を集める趣味があるんです。へへ、コレクターって言うのかな。生まれは別の国で、古都には二年前に来たんだけど、この一帯には不思議な道具とか現象が色んなところにあるみたいですね。そういうとこ、冒険したりするのが好きで。他にもいっぱい持っているんですよ」
「……へーえ。見た目に寄らねえなてめえも。古都に変な噂が蔓延はびこってんのは昔からだから、今更って感じはするぜ。でも呪いっつうのは、大げさすぎる言い方じゃねえか?」
 テリオンは気怠げにぶつぶつ言いながら、無聊ぶりょうをかこつようにそこら辺を歩きだした。
 その間にニハマチは、マレーとメイの足跡らしきものを発見した。
「みんな、これ。この大きな方がマレーで、隣のがメイの足跡だと思うんだ。重なってて分かりづらいけど、俺はマレーの足の大きさは何となく覚えてる。こんなに大きな人は滅多にいないし」
「全っ然分かんねえよ。ま、お前がそう言うんならそうなんだろうな、野生児さんよ」
 ニハマチはパントマから方位磁針を受けとると、ゆっくりと足跡を見つけながら辿っていった。しかし、その足跡はすぐに消え失せた。
「あれ、消えた」
 離れたところも調べてみるが、同じ足跡は見つからなかった。ニハマチは屈んでいた体を起こすと、顎を上げて高いところを見渡しながら、
「よし、上に行こう」そう言ってぐるぐると辺りを歩いた。
「上?」
「地上で地面ばかり見ていても、何も変わらないということさ」
 ニハマチは近くの一番高い建物に指を差した。
「あそこの屋上に行ってみようと思う」
「はあ? そこは地面じゃねえぞ。馬鹿なのかてめえは」
「まあ、見ててよ!」
 建物の前に行くと、両足に力を集中し、壁を蹴って五階分の高さを一気に駆け上がる。パントマとテリオンが驚愕した顔で建物を見上げた。
「すごい!」
「どんな体してやがる……」
 屋上の縁を掴んでよじ登ると、夜景を見渡してニハマチは満足そうに頷いた。
(よし。いい見晴らしだ)
 方位磁針を握りしめて目を閉じ、その力を増幅するように意思を込める。
 目を開くと、建物の周辺どころか、街全体に夥しく重なる青い光が現れた。
 更に目に力を集中し、超人的に強化された視力で周囲を俯瞰する。今、ニハマチの感覚は青い光から感じる力を捉え、その足跡の持ち主の特徴を嗅ぎ取った。それは、研ぎ澄まされた感覚を持つニハマチだからこそ出来ることだった。
 街全体を網の目のように把握し、マレーの足跡に近そうなものを探す。その特徴の違いは余りにも微妙で、似たようなものはそこらじゅうにあったのだが、そこからさらに取捨選択し、細かな違いを見極め、遠く、より遠くまでじっくりと感覚を張り巡らせる。
(――見つけた!)
 ニハマチは屋上から飛び降りると、槌で金属を打ったような音に驚く二人を尻目に速足で駆け出した。民家の窓が開き、何事かと住人が顔を出す。二人は気まずい顔でその場を去るようにニハマチを追いかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

龍騎士イリス☆ユグドラシルの霊樹の下で

ウッド
ファンタジー
霊樹ユグドラシルの根っこにあるウッドエルフの集落に住む少女イリス。 入ったらダメと言われたら入り、登ったらダメと言われたら登る。 ええい!小娘!ダメだっちゅーとろーが! だからターザンごっこすんなぁーーー!! こんな破天荒娘の教育係になった私、緑の大精霊シルフェリア。 寿命を迎える前に何とかせにゃならん! 果たして暴走小娘イリスを教育する事が出来るのか?! そんな私の奮闘記です。 しかし途中からあんまし出てこなくなっちゃう・・・ おい作者よ裏で話し合おうじゃないか・・・ ・・・つーかタイトル何とかならんかったんかい!

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...