グランドスカイ物語

朝ごはんは納豆にかぎる

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第一章 『古都編』

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 クーパー家での一か月半は、無事に終わりの日を迎えた。出立の正午すぎ、ニハマチたちは玄関の外に集合し、扉の前でエリーが見送った。
 見送られる面々には迎えにきたコリンは勿論のこと、パントマもいた。その代わり、エリーの隣にはパントマではなくグラスが随伴していた。
 清々しい顔をして立ち並ぶ面々を見て、エリーは微笑んだ。
「皆さま、今日でお別れですわね。屋敷もぴかぴかになりましたし、仕事も進みましたわ。特にキツツキさん、あなたの仕事ぶりは工場のみんなが褒めておりました。一生懸命働いてくれましたわね」
「ああ、まあ。なら良かったです。役に立てたのなら」
 キツツキはしっかりとエリーの目を見返しながらも、恥ずかしいのか、ぎこちない様子でそう言った。
 ロサがくすりと笑った。
「ふふ。愛想が悪いのはどうしようもならないみたいね。ごめんなさいね、エリーさん」
「これはこれで可愛いらしくていいと思いますわ。キツツキさん、また何かあればいらっしゃいね」
 キツツキはバツが悪そうに目を逸らした。そんなやり取りを見てパントマは笑っていた。エリーはパントマの方を向くと一層優しい微笑みを浮かべた。
「行ってしまうのね、パントマ」
 エリーの優しい声を聞いてもパントマは寂しそうな顔は見せず、むしろ凛と爽やかな表情を返した。
「エリーさん、今まで本当にありがとうございました。正直に言いますが、たぶん……もう戻ることはないような気がします。ですが、あなたのことは一生忘れないと思います。ここに住まわせて頂いたこと、ずっと感謝しています。エリーさん、別れても元気でいて下さいね」
「ええ。ええ。出会いと別れは何度も繰り返してきましたわ。あなたの旅立ちもそのうちの一つとなるでしょう。パントマ、あなたの力強さには私も勇気を貰うことがありましたわ。どうか、その眩しい心を忘れずに、元気でいてね」
「はい!」
 二人の間の穏やかな沈黙を待ったあと、ロサがグラスの方を向いて言った。
「グラス。あなたも元気でね。とってもいい仕事じゃない。このお屋敷ほど、あなたに合ってる場所はないんじゃない? 亡国のお姫様みたいよ」
 ロサがからかうように笑むと、グラスは静かに微笑んだ。
「ほんと、お調子者ね、ロサ。……私は、暇があればそっちに戻ることもあると思うわ。ロサも何かあったら、迷わずすぐに来てね。エリーさんも喜ぶと思う」
 エリーは肯定するように頷いた。
「私たちはこれが一生の別れとかじゃないから……私がいない間、寂しがらないでよ」
「何言ってんのよ。いつも涼しそうな顔して、ほんとは寂しいんじゃないの? 自分で決めたこととはいえね。あとから後悔しても知らないわよ」
「そっちこそね、ロサ」
 グラスが手を振り、ロサが振り返した。
「別れの挨拶は、これで済んだかな?」
「ええ。こんなもんでしょう」
 端にいるコリンが確かめるように首を回した。もう名残惜しさはないだろうと全員の目を見てから、
「じゃあ、出発するか! ――エリーさん、パントマさんは責任を持って養い所で預ります。どうかご心配なく!」
「ええ。マレーがいますもの。何も心配はいりませんわ」
「一か月半、彼らの面倒を見て下さりありがとうございました! さあ、みんな、頭を下げて」
 揃って頭を下げ、馬車に乗るまでお互いに手を振り合った。
「じゃあ、また! エリーさん、飯が美味かったから、いつかまた来るよ!」ニハマチが大声でそう言うと、エリーはおかしそうに笑った。
「ニハマチさん、またご馳走にいらっしゃい。たくさん食べて大きくおなりなさいな」
「またね!」
 クーパー家をあとにし、一向が養い所に着いたころにはすっかり夜の闇となっていた。
 全員で仕事の報告をするためにマレーの仕事部屋に行くと、もう夜中だというのに、屋敷の大きな女主人は相変わらず書類への書き付けで忙しそうにしていた。彼女はいつもそうするように、目だけを上げて訪れた一同を一瞥して言った。
「おや、帰ったようだね」
 ロサが机の向かい側に行く。エリーから貰ったサインと朱印付きの紙と、賃金の入ったでこぼこに膨らんだ袋を渡した。
 マレーはそれを受け取って、袋の重さを確かめるように軽く上下させてじゃらじゃらと言わせると、ペンを机上に置いて満足げに、
「さすがはクーパー家だね。ずいぶん弾んでくれたみたいだ。お前さんたちがよく働いてくれた証拠でもある。ごくろうさん」
 そう言って、労うような笑みを見せた。
 ロサはお返しに美しい微笑を浮かべて言った。
「いえ。とても充実した仕事だったわ。こちらこそありがとう、マレー」ロサはマレーの頬にキスをして、コリンとニハマチの間に戻った。
「ふん。楽しかったようで何よりだよ。――ところで」
 目ざといマレーは、すぐに新顔の存在に気づいたようだった。目線の合ったパントマは姿勢を正した。
「グラスがいないみたいだね。その銀の髪の子が代わりということかい」
 すると、コリンがパントマの背中を手で押してあげた。パントマは一歩進み出ると、ぺこりとお辞儀をしてから言った。
「クーパー家でメイドを務めております、パントマと申します。是非とも彼らと一緒に仕事をしたいと思い、こうして推参しました」
「……堅苦しい挨拶は要らないよ。……あの子の人生はあの子の人生さ。コリン、またクーパー家に行くことがあると思うから、気に入ったらそのまま働かせて貰うといいと、あの子とクーパーに伝えてやりな」
「ああ! そうするよ」
 また書類への書き付けを再開したマレーの様子を見て、ニハマチはロサにこっそり耳打ちした。
「ねえ……ちょっと寂しそうだね、マレー」
「そう? まあ、グラスはけっこう古株だけれど」
 ロサは、表情を見てそんなことが分かるのか、とでも言いたげに怪訝そうな顔をした。
「――あ、あの!」
 おむもろに声を発したのはパントマで、その声でマレーは再び顔を上げた。
「精一杯働かせて頂きます。グラスさんの代わりとまでは言いませんが、要領の良さには自信がありますので」
 物怖じせずにはきはきと言うパントマに感心して、コリンは目を煌めかせて口笛を鳴らした。
「ひゅう! 言うねえ。初対面だったらけっこう怖いと思うけど、大したもんだ」
「ええ。私だったら緊張で声が上擦っちゃうと思うわ……」
 コリンとロサはひそひそと囁き交わした。
 すると、マレーは面白いものを感じたときに見せる閃く目で、射抜くようにパントマを見返した。
「そうかい。……この屋敷で雇われる条件は、17歳以下の子供であること、それと身寄りのないことだ。例外的に、帰る場所や居場所がないというなら認める。私には、そういう子は一目で分かるからね」
「……はい。私、幼い頃に両親とは別れてしまいました。一人で旅を続けていました。この古都に着き、行く宛のない私を拾ってくださったクーパー家で、働かせて貰っていたという訳です」
「ふむ。よろしい。……お前さん、クーパー家のメイドなら、この屋敷で働いて貰うかね」
 マレーはそう言ったが、パントマは意外にも首をぶんぶんと横に振った。
「いえ。ニハマチさんたちのように、色々な仕事して街を知りたいです。わがままですが、そうさせて頂けないでしょうか」
「構わないよ。メイドは足りてるからね。それじゃあ、明後日あたりからきびきびと働いて貰うかね。屋敷の共同部屋に案内してやるから、同居人とは上手くやること。あと、私の名前はマレーだ。みんな、私には砕けて喋るようにしているから、お前さんもそのルールを守るように。子供たちの間でも同じだよ」
「はい! ……マレー、これからよろしくお願いします」
「ああ。よろしくね」
 一日が終わり、ニハマチはぐっすりと眠りに付いた。そして、養い所での仕事の日々がまた始まった。
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