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第15話 暁のオークション①
しおりを挟むカツカツカツ・・・
革靴が奏でる固い音を響かせながら階段を下りていく。
らせん状に渦巻く回廊は、奈落へ至ると錯覚するほどに広大で底が深く、まだ終点が見えそうにない。
ふと、水晶の壁に目を向けるとキラキラと輝きを放つ魔光石がいくつも目に留まる。
それらは会場へと急ぐ僕の目を眩ますかのように光の帯を形成し、冥府へと誘う鬼火(ウィルオウィスプ)のようにも見える。
しばらくそのまま無心で降りていくと、地の底から何かの唸り声が聴こえてきた。
ともすれば地獄の住人たちの咆哮にも聴こえるそれは、降りれば降りるほどその声量が大きくなっていく。
やがてそれが地響きのような喧騒に変わる頃、ようやく回廊の終点が見えた。
前方からは一際輝きを放つ光と共に、数えきれないほどの人々の声と熱気が流れ込んで来ている。
ここからでも会場にいる人間の興奮の波が伝わってくる。
時折見せる喝采の嵐が建物全体を鳴動させているかのような感覚さえ覚える。
僕は入口の手前で一息ついた後、喧騒渦巻く光の奔流の中にそのまま飛び込んでいった――――
・
・
・
「――――さて、皆様私の様な年寄りの挨拶にはそろそろ飽きた頃かと思います」
「皆様が望んでいるのはこの国で最も高貴な方より拝謁を賜る事・・・」
「そして、神々が残した芸術品をその手にすること・・・」
「そうでしょう!?」
壇上に立って演説している男性が大仰に声を発した。
それに呼応するかのように周囲の群衆はワーワー!!と叫び声を上げる。
演説している男性は横幅が常人の倍はあろうかというくらい恰幅が豊かだった。
黄金色の衣と色とりどりの宝石でその身を着飾る姿は、見ているだけで目がチカチカするほどだ。
僕が会場に着いたときには彼の演説が始まっていた。
恐らく彼が開会の挨拶役なのだろう。
商人ギルド連盟か王国の関係者なのかもしれない。
しかし、それにしても・・・
「こりゃ、凄いな・・・」
僕は熱気のすさまじさに思わず言葉を漏らした。
事前に分かっていた事とはいえ、会場には数千人規模の人間が詰めかけていた。
人々が歓声を上げるだけで地鳴りの様な衝撃が会場に響き渡る。
僕は会場に入ってすぐに手近なテーブルを見つけると、空いている席にそのまま着席した。
カバンを床に置き、一息ついた後辺りを見回してみる。
会場は壇上を中心に半円形の形状をしており、天井が何十メートルも高さがある広大な空間だった。
周囲には大理石で作られた巨大な神々の像が飾られており、この場に荘厳な雰囲気を醸し出していた。
オークション会場とは反対側の空間はどうやら倉庫や準備室になっているようだ。
反対側へ通じる通路から給仕係がひっきりなしに出入りし、
会場のあちこちに設けられたビュッフェ・テーブルに料理を並べていっている。
一体どれだけの量の料理があるのか想像もつかない。
贅沢をこれでもかというくらいにふんだんに盛られた料理の数々に僕は圧倒されてしまった。
似たような経験は最近したんだけどな・・・
今度は周囲の人々に目を向けて見る。
多くの人々が着席すらせずに、壇上近くの場所に陣取っていた。
たぶん、全体の3分の1くらいの人はあそこにいるんじゃないかな。
彼らは演説者の言葉に仰々しいくらい過剰のリアクションを起こしている。
その光景はまさにバカ騒ぎと言っても過言ではなかった。
別に、彼らの席がないわけではない。
僕の今いる場所は会場の外周に近い場所だけど、この近辺は空席が目立っている。
あんな押し合いになりそうなくらいに密集してでも神話のアイテムを間近で見たいという事なのだろう。
その気持ちは僕にもよく分かる。
もうちょっと空いている時に来ていれば、僕も近くに行ったんだけどな。
こういう時にもうちょっと身長があればねぇ・・・
今更行っても人混みに紛れるだけで、満足に壇上も見れそうにない。
ないものねだりをしてもしょうがないんだけど、
それでもこういう時はもっと身長があればよかったのになと思ってしまう。
先ほどの見世物小屋の見物の時の様に強引に割り込もうかと思ったけど、
壇上の周囲には低い柵が設けられていて、その前には騎士団がずらりと並んでいた。
アリの子一匹立ち入れまいとする厳戒態勢を敷いている。
あれじゃ割り込んで最前列まで行くなんてことは不可能だろう。
幸いなことに、会場は壇上を中心に外周に行けば行くほど緩やかに段が高くなっており、ここからでも壇上の光景を良く見ることができた。
「それではこれにて私の開会の挨拶とさせて頂きます」
「皆様是非当オークションを心ゆくまでお楽しみください!」
そう言って壇上の男は、たるんだ腹を弾ませるほどに深々と一礼をした。
会場は再び怒号の様な喝采が巻き起こる。
彼は大観衆の拍手に右手を上げてそれに応えると、そのまま右奥の間へと消えていった。
”当”オークションか・・・
つまり彼がこのオークションの主催者の一人だという事だ。
そうなると、恐らく彼が商人ギルド連盟の長なのだろう。
あんな人だったんだ・・・
商人ギルド連盟は、商人ギルドの代表であるという性質もあるが、それ以上に重要な役割を担っている。
それがカーラ王国はもちろん、周辺7カ国から委託を受けた基軸通貨”クレジット”の発行とその運営業務だ。
”クレジット加盟国”の金融の中心であり、クレジット通貨の発行、他通貨との為替取引、物価調整等を行っている。
つまり、こと財務においてはクレジット加盟国において最重要の役割を担い、その権限はカーラ王国の財務省より上だ。
金融においては各王国から独立性を認められており、商人による一つの社会を築いていると言っても過言ではない。
それは封建社会を形成しているこのカーラ王国でも例外ではない。
例え王族や貴族といえども、金融においては商人ギルド連盟の意に反することは出来ない。
借金を踏み倒そうものなら、恐ろしい制裁が彼らから課されるからだ。
以前、カーラ王国のある貴族が連盟に加盟している商人ギルドの借金を踏み倒そうとしたことがある。
その貴族は軍事力を背景に商人ギルドへ借金の証書の破棄を迫ったが、ギルドはこれを拒否。
怒ったその貴族は商人ギルドを攻め立て、ギルド会館を破壊するという暴挙に及んだ。
貴族領から逃げのびた商人ギルドの職員はすぐさま連盟に報告。
その事を聞きつけるやいなや連盟は所属している全商人ギルドへ経済封鎖の通達をした。
さらには多額の報奨金を掛けて提携している冒険者ギルドへ依頼し、熟練の冒険者集団を傭兵としてその貴族領に差し向けた。
それに驚いたのは貴族の方だった。
貴族領への物流は完全にストップし、百戦錬磨の傭兵部隊が薄紙を引きちぎるが如く自軍を粉砕していく。
慌てて貴族は連盟に和解を申し入れたが、その代償は余りにも大きかった。
破壊したギルドの賠償はもちろん、借金の遅延損害金の追加、傭兵部隊の依頼金の補償、契約不履行による違約金の支払いなど。
文字通り住んでいる館の草の根までむしり取られた貴族はそれに耐えきれずに自害。
お家取り潰しの上、残された家族も奴隷として売られるという悲惨な末路を辿った。
まあこれは貴族の自業自得だし、僕が生まれる何十年も前の話なんだけど、それでもこの話を聞いたときは背筋が凍ったよ・・・
この事件が起こって以来商人ギルド連盟との契約は絶対に破る事が叶わない血の契約と世間では捉えられている。
つまりあの人はある意味王族や貴族に並ぶほどの権力者だという事だ。
いや影響力を考えれば、小さな領邦の貴族より遥かに上だろう。
「以上、当商人ギルド連盟総帥”アウグスト・マイアー”による開会のお言葉でした!」
「今宵のオークションはマイアー総帥に多大な尽力を頂いて開催されたものです」
「今後も是非当商人ギルド連盟をよろしくお願い申し上げます!」
連盟の長と入れ替わるように壇上に現れた司会が雑音を押しのけるように大音声を響かせた。
彼も”当”商人ギルド連盟なんて言っているから、連盟の職員かなんかなのだろう。
それにしてもよくここまでバカでかい声を出せるものだと感心する。
見世物小屋の団長もそうだけど、司会役の人は大声を出せないと務まらないというのがよく分かる。
そもそも、こんな大観衆がいるなかでよく物怖じせずにあんな堂々とした振る舞いが出来るもんだ。
僕には絶対無理だな・・・
「さて、ご来場の紳士淑女の皆様方お待たせいたしました・・・・」
そう言って司会は言葉を区切って、勿体を付けた。
「・・・今宵はこの国で最も高貴な方をお招きしております」
「今回のオークションを開催するにあたり、多大な協賛を頂いているお方です」
「これより皆様はそのお方から拝謁の栄を浴することになります」
「皆様ご起立の上拝礼下さい!!」
彼の力強い発声と同時に会場は雪崩が起きたようにうなりを上げた。
椅子を引きずる音が辺り一面にこだまする。
会場にいる人間の”大多数”が起立をした上で片膝をつき、頭を垂れた。
カーラ王国の臣民たる僕ももちろんそれに倣って拝礼をする。
やり方を知っていてもこれを実践したのは今回が初めて。
緊張するな・・・
王家の人ってどんな人なんだろう・・・
うなりを上げた後、一転して厳とした静寂が場を支配した。
心臓がドキドキしている・・・
もちろん王族の顔を見るのも今日が初めてだ。
壇上を見ることが叶わないせいか、今この時ばかりは異様に聴覚に力が入っている。
・・・
・・・やがて、片膝を付いた足が若干の痺れを僕に伝えてきた頃、
壇上にゆっくりと歩み出る足音が聴こえて来た。
カツ、カツ、カツ・・・
足音は優雅な足取りで壇上の中央に向かっていく。
カツン、カツン、カツン・・・
さらにその後に続くように、いくつもの歩調を揃えた金属製の足音が聴こえてきた。
かなりの人数が壇上に歩み出てきている。
その者達は壇上中央まで来ると、四方に散開していった。
そして散らばり終えるとその場で「だん!」と足を鳴らし、何かの金属を強く床に打ち付けた。
カーーーン!!
鼓膜をピリピリと震えさせるほどの振動音が壇上から放たれる。
それはまるで会場にいる人間に畏敬の意を知らしめるかのように。
それはまるで何か神聖なものを呼び寄せる儀式かのように。
それはまるで戦死者への鎮魂歌を奏でるかのように。
重々しい金属の協和音が天へ向かって澎湃(ほうはい)と響き渡った。
一段と張り詰めた空気が場を支配する。
・・・僕の耳にしばしの残響が生じた後、再び場は静寂に包まれた。
先ほど歩み出てきた者たちは、その後、物音ひとつ立てずに不動の姿勢を保っているようだ。
いったい彼らは何者なのだろう・・・?
そんな疑問が僕の頭の中に思い浮かんで束の間。
・・・また一つゆっくりと壇上に歩み出てくる足音が聴こえてきた。
足音と共に「サー・・・」と何か長い布を引き摺るような音も一緒に聴こえてくる。
一段と時間を掛けて壇上中央まで歩み出てきたその人物の登場で会場は俄かに色めき立った。
あちらこちらから「わぁ・・・」と感嘆の声が上がる。
どうやら拝礼もせずに壇上を目視していた人が結構いたようだ。
彼らの反応からして、たぶん王家の人間が登場したという事なんだろう。
・・・やがてしばしの沈黙を挟んだ後、壇上中央にいるその人物が声を発した。
「皆の者大儀でありました。面を上げなさい」
会場全体に透き通るような明瞭な声が響き渡る。
女の人?
声質からして若い女性のようだ。
司会の男の人の様な大きな声ではなかったけど、
その清澄に富んだ声は会場の外周にいる僕の耳にもはっきりと聴こえてきた。
僕はその声に導かれるようにゆっくりと顔を上げる。
会場にいる多くの人間も今この時初めて壇上の光景を目撃したのだろう。
直後、再度大きなどよめきが起こった。
「なんて神々しい・・・」
「綺麗・・・」
「美しい・・・」
会場のいたるところで溜息が上がる。
僕もその光景に思わず見入ってしまった。
・・・壇上の光景は華麗の一言だった。
赤と金を基調とした色鮮やかな衣服でその身を包んだ戦乙女たち。
彼女たちは銀の防具に槍と盾、そして羽根つき兜を装備し、輝くような光を放って壇上を囲んでいた。
そして、彼女たちのその中央。
背筋を伸ばし、毅然とした態度で佇むシニヨンヘアーの美女がいた。
キラキラと輝くアッシュブロンドの髪。
全身が純白で覆われ、金の花柄模様で彩られたロングドレス。
長く広がるドレスの裾は輪のように広がり、彼女の気品の高さが伝わってくる。
彼女は誰もが一目で高貴だと分かるオーラを放ちながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「・・・まずはわたくしの紹介をしましょう」
「私はエレオノーラ・アポストロス・ヴァルキュール・カーラ」
「現国王、ヴァルファズル5世の妹です」
「今日は国王である兄に代わり祝意を皆に示す為、この場に列席しています」
えっ・・あの王家の人って・・・
エレノア様だったのか!!?
僕はまさかの人物の出現に驚いてしまった。
僕と同じようにエレノア殿下の言葉を聞いた大衆から驚きの声が上がった。
「エレノア殿下か!!?」
「うそぉ!?エレノア様!」
「うわぁ・・・初めてお姿を見れた感激・・・!!」
会場全体から興奮の声が吹き荒れた。
しかし、エレノア殿下はそんな大衆の反応にも落ち着き払った状態で続きを述べてくる。
「遠路遥々を押しての参画、誠に大儀でした」
「このように多くの者に参加してもらえるとは私としても僥倖の至りです」
「改めて、みなにはこの場で感謝の意を表します」
そう言って、エレノア殿下は真っ白なグローブをはめた右手をゆっくりと大衆の前に掲げた。
しかし、そんな彼女の言葉も大衆の興奮止めやらぬ声にかき消されそうになる。
会場のざわつき方がそれくらい尋常ではなかった。
さすがにこれは殿下の前で騒ぎすぎじゃないかな・・・
だけど、無理もないか。
まさかエレノア殿下がお目見えになるなんて、サプライズもいいところだもんな。
僕も声こそ上げなかったが、内心ではかなり興奮していた。
王族が国内の重要な式典に参加するのは珍しいことではない。
王の叔父や叔母、または兄弟・姉妹やその家族、隣国からの養子や末子に至るまで数えると、その数は王族だけでも優に50人は越える。
僕はこれまで王族と接点はなかったし、姿を見るのも今日が初めてだけど、
王都に住んでいる上流階級の人にとっては王族の姿は珍しくないらしい。
社交場と言われるオペラや競技場、大聖堂や商人ギルド連盟会館での催事を通して王族と触れる機会は実は結構多いそうだ。
しかし、当然王族全員の名前や顔を知っている人間なんて限られるだろうし、中にはほとんど認知されていない王族だっているだろう。
だけど、エレノア殿下は話は別だった。
王族にほとんど興味を持っていない僕でさえ、彼女の名前をフルネームで知っているくらいだ。
いや、僕に限らないだろう。
カーラ王国の臣民だったら、誰だって彼女の名前を知っている。
”エレオノーラ・アポストロス・ヴァルキュール・カーラ王妹殿下”
カーラ王国現国王の妹にして、7人兄妹の一番年下の王女である。
カーラ王国の民からは敬意を込めて、”エレノア殿下”、または単純に”王妹殿下”と呼ばれている。
現国王の”ヴァルファズル5世”とは20歳以上も年が離れており、知らない人間から見たら親と娘に見えてもおかしくない外見年齢だ。
ヴァルファズル5世には既に成人している嫡子や娘がいる。
また、エレノア殿下の兄姉も全員未だに健在の事から、彼女自身の王位継承権は非常に低い。
しかし、それでありながら彼女の存在感は数多くいる王族の中でも抜きんでて高かった。
その権威は兄である王に次ぐと言っても過言ではないくらいだ。
・・・何故かって?
それはひとえに、エレノア殿下の才知と王国への貢献によるものだと言っていい。
まだ、若干23という歳でありながら、政治・経済・司法に深く精通し、兄王へ数多くの助言を行ってきた。
国王はもちろんのこと、王国の大臣も国内の重要な施策を打つときはエレノア殿下に意見を求める事が多いという。
ここからでも彼女が一目置かれている事が分かる。
何故彼女がそんな風に頼りにされるようになったかというと、いくつかの重大な国の危機を未然に防いできた実績があったからだ。
例えば、5年前のカーラ北方における海上の利権を巡って魔族と対立した時だ。
その時はあわや魔族と戦争に発展しそうになったが、彼女が交渉役として志願してそれをまとめ、戦争を回避した。
またある時、地方の貴族が王国に反乱を起こそうとしたことがあった。
その時彼女は個人資金を使って王国直営の冒険者(マルバス)ギルドを動かし、事前に反乱を阻止した。
また、国内の統治において、王族以外が国政の場に参加出来ない封建体制に対する限界が以前から叫ばれていた。
地方の貴族の反乱が相次ぐ中、数年前体制の大幅な見直しを各領邦の貴族から求められたことがあった。
この時彼女は王家への献納金を増加させる代わりに、国政の場に貴族を限定的に参画させるような法案を提案した。
国王がこれを採択し、貴族側を納得させたことによって、国を分裂させるようなことにもならず、封建体制は維持されることになったという。
・・・そんな才知に長けたエピソードに事欠かないエレノア殿下。
実は公衆の面前に全く姿を現すことがないことでも知られている・・・
その理由は色々噂されている。
王宮内の政務で忙しいのだというまっとうな理由をはじめ、
余りにも美しくて人々に過剰な崇敬を与えないように彼女自身が配慮したという信じがたい理由や、
実はもの凄くブスで人前に出ることが恥ずかしいのだという根も葉もない噂まである。
まあ、王位継承権が低い身の上なのに表に立ちすぎるのはよくないと思っているというのが本音のようだけど・・・
ちなみに、ブスの噂は一部で囁かれている限定的なものだったが、彼女が王族でも類まれな美女だというのはまことしやかに噂されていた。
その証拠に各国からエレノア殿下に対する求婚数が3桁を越えていた。
クレジット加盟国である近隣諸国はもちろんの事、名前も聞いたことがない地理的に遠方の国や、あまり交流のない魔族の国のプリンスまでもが彼女に求婚を申し込んで来ている。
王位継承権が低い王女に対してこれほど求婚の数が多いのは珍しいことらしい。
もちろん先の件を通して彼女の名声が高いのもあるだろうが、それでもこの数は異常だという。
・・・カーラ王国の救国の英雄にして、姿を見せない絶世の美女。
それが噂に尾びれに尾びれがついたエレノア殿下に対する人々の評価だった。
彼女がカーラ王国の人々から尊敬と憧憬を一身に浴びる存在になってしまうのも無理からぬことだ。
殿下がそれを望んでいたかどうかは知らないけど・・・
感情が昂った状態で僕は壇上を見据えた。
エレノア殿下の姿を拝めたことに興奮を隠せない僕がいる。
今日、この場にいれたことはラッキーとしか言えないな。
オークションに参加しているカーラ王国の人もみんなそう思っているんじゃないかな・・・?
会場の喧騒はそれを示すかのように、なお一層その嘆声に弾みを付けていた。
一向に収まる気配を見せないでいる。
・・・エレノア殿下は既にその手を下ろしていた。
両手をまっすぐに伸ばした状態で前に組み、瞼を閉じてじっと佇んでいる。
会場が収まるのを待っているのだろうか?
彼女の心情を伺い知ることは僕には出来ない。
しかし、それにしてもただ立っているだけなのに、
この構図は絵になるなぁ~・・・
壇上には息を呑むような光景が広がっている。
これで一つ噂は確かだったわけだ。
エレノア殿下が目も眩むような美女だという事。これはもはや疑いようがない。
そして、周りを囲んでいるのは彼女の近衛騎士たちだろうか?
彼女たちの姿もみな美しい。
槍と盾を臨戦態勢で構え、主を守る姿はまるで神話に謳われる”戦乙女”のようだ。
華麗さと凛々しさを同居させたような彼女たちの立ち振る舞いは、見る者の目を奪っている。
・・・えっ!!?
僕は壇上の光景を見ていて、ある1人に違和感を感じた。
20人以上いる他の近衛騎士は臨戦態勢で槍と盾を構えているのに、
1人だけ構えもせずに殿下のすぐ斜め後ろに控えている女性がいた。
彼女は帯剣こそしているが、槍は持っておらず、羽根つき兜も装備せずにただ立って様子を見ているだけだった。
・・・それだけではない。
彼女の姿を僕は以前見たことがあった。
あの姿は僕の目に強烈に焼き付いていたから、よく覚えている・・・
あれは確かアモンギルドだったかな。
入口で僕とレイナが天井画に惚けていた時に彼女とすれ違ったんだ。
レイナが聞いていたという彼女の名前は確か・・・・
僕が彼女の姿に驚いていると、途端に彼女はその場から動き出す。
それまでピタリと静止していたにもかかわらず、今この段階になって彼女は壇上の前にゆっくりと歩み出てきた。
一体何をしようというのだろう?
彼女は修行僧のように泰然と瞑想をしているエレノア殿下のさらに前まで進み出ると、殿下に代わって観客の視線を一身にその身に浴びる。
そして、腰にさしている水晶の柄がついた剣を抜き取ると、高々とそれを天へとかざし掛け声を放った。
「構え!――――」
厳俊(げんしゅん)伴うその令が発するやいなや、戦乙女たちは粛然と槍を天へと掲げた。
そして・・・・
ヒュン!!
彼女の剣が勢いよくそのまま振り下ろされた!!
彼女の合図とともに、戦乙女達の槍が勢いよく地面に突き立てられた!
会場全体へ甲高い金属の共鳴音がこだまする!!
キ~~~~~ン!!!!
「うわ!」
「きゃっ!!」
「ぐあっ!!」
強烈な音波が幾重もの波動となって聴衆の鼓膜を揺るがした!
「うわ!頭割れそう・・・」
僕は呻くように悲鳴を上げた。
僕も観衆もそのあまりの凄まじさに思わず耳を塞いでしまう。
あれだけ騒めいていた会場がこの音波の波でかき消されてしまったかのように静まり返っていく。
音波の波が彼女たちの意思を会場全体に伝えているかのようだ。
そう・・・”黙れ!”・・・と。
有無を言わさず黙止を強制させられてしまう。
僕は文句の一つも放ちたかったが、耳鳴りがしてそれどころじゃなかった。
鼓膜の鳴動を必死になって抑えるだけで精いっぱいだ。
しかし、それもつかの間・・・
会場に響き渡ったエコー音が、波打ち際の後の波のように引いていく。
収まったのかな・・・?
先ほどまで脳を揺るがしていた耳鳴りは今は収まっている。
僕は、両耳を抑えていた手をそっと離すと、壇上をゆっくりと見渡した。
強烈な音波を響かせた張本人たちはいたく平然としていた・・・
剣を振りかぶって合図をした隊長と思われる彼女や音波を響かせた戦乙女たちは微動だにしていない。
間近で共鳴音を聞いていたエレノア殿下でさえ眉1つ動かさず佇んでいた。
場が収まるのを見て取ると、剣を振り下ろした彼女は観客の前にさらに一歩進み出て膝を屈した。
そして、僕たち大観衆に顔を向けると静かに言葉を発してきた。
「・・・皆様、ただ今の所業大変失礼いたしました」
「しかし、皆様方は今”王妹殿下”の御前にございます」
「どうかご静粛に拝聴くださいますよう・・・」
彼女は一礼した後すっと立ち上がり、数瞬の間観客を無言で威圧した。
言葉こそ丁寧だったが、その態度には何者も口をつぐむ覇気が宿っている。
強い意志が宿ったそのヴァイオレットカラーの瞳が万人に向けて淡い輝きを放っていた。
思わず吸い込まれてしまいそうな瞳だった・・・
クラウディア・・・
そうだ。
確か彼女の名前はクラウディアとかレイナが言ってたっけ?
王妹殿下の近衛騎士の団長だという話だ。
エレノア殿下に専属の近衛騎士が付いているのは知っていたけど、彼女の名前を聞いのはその時が初めてだったりする。
一部の冒険者には彼女の名前は知られているようだけど、知名度はあまりないんじゃないかな?
そもそも近衛騎士団は王族の身辺警護を是としているはずだ。
エレノア殿下が民衆の前に姿を現すことがない以上、近衛である彼女たちの姿を見ることも稀だろう。
・・・
だけど・・・彼女の初見のインパクトは凄まじかったな・・・・
うん・・・まあ、その・・なんだ。
余りに綺麗な人だったから目を奪われたというかなんというか。
僕は彼女の姿に驚いて、不覚にもしばらく硬直してしまった。
レイナ曰く、あの時の僕は”銅像の様に固まって顔が噴火していた”らしい。
あの後、家に帰ってレイナから散々ネタにされてしまったんだよな・・・
『ほう・・・(ニヤリ)』
『多感なお年頃のエノク君は、あの様な女性がお好みでございますか?』
『どれどれ、お姉さんが恋の手ほどきをしてあげようじゃないの!』
とかね・・・
僕はその時の事を思い出して苦笑する。
噂の彼女に注意を向けると、クラウディア団長は大衆を一瞥した後静かに後ろに戻っていった。
彼女が元の場所まで戻ってエレノア殿下の背後に控えると、
瞑想をしていた殿下がゆっくりと目を開いた。
彼女は僅かに顔を横に背けた状態で、抑揚をつけずに言葉を発する。
「ご苦労でしたクラウディア」
「はっ!」
クラウディア団長は、機敏な動きで膝をつき頭を垂れた。
後ろで結えられた彼女の金髪がはらりとその背に舞い落ちる。
しかし、それもつかの間・・・
彼女は立ち上がると、周囲の戦乙女達と共に再び警戒任務に当たり始めた。
かっこいいな・・・
そんな感想がぱっと頭に思い浮かんできた。
彼女のキビキビとした動きから、エレノア殿下に対する強い忠誠と尊敬を感じることが出来る。
その動きは一つ一つが洗練されていてまるで無駄がない。
それでいながら凛々しさと優雅さがある。
騎士道なんて微塵も分からない僕だけど、それでも彼女の事はカッコいいと思ってしまった。
先ほどの行いにしてもそうだ。
余りにも五月蠅かったので彼女たちの行いを非難しそうになったが、よく考えたらそれは当たり前の行動だった。
彼女たちの立場からすればエレノア殿下が無下にされることは許されないはずだ。
そもそも王族への不敬は最悪死罪になる可能性すらある。
壇上にいる近衛騎士はもちろんの事、この会場にはカーラ王国の騎士団が無数に詰めかけている。
やろうと思えば、身体に訴える実力行使もできたはずだが彼女はそれをやらなかった。
大観衆を目の前にしながら臆病にならず、かといって暴虐にもならず。
音波を轟かせるだけで、観客を鎮めるという目標を達成した彼女はさっとその場から引き下がった。
その鮮やかな身の処し方はさすが王妹殿下の近衛騎士だと感心してしまう。
「さて・・・続きを述べるとしましょうか・・・」
エレノア殿下はそんな彼女を見やった後、再び正面を見据えた。
「皆にはこの催事を開くに至ったいきさつをお話ししましょう・・・」
それはまるで、今しがたの出来事など何もなかったかのような態度だった。
エレノア殿下は観衆を咎めることもなく、かといって近衛のした事に触れることもない。
ただ、淡々と物語を聞かせる語り部の様に話し始めた。
エレノア殿下の透き通った明瞭な声が会場全体に静かに響き渡る。
「・・・近年、我が国と”イドゥン連盟”、およびその”近隣諸国”との関係性は一段と増しております」
「異文化との交流による経済の活性化、魔法科学の隆興、そしてテクノロジーの進歩・・・」
「・・・関係性の深化によっていくつもの恩恵が”カーラ王国”とその盟邦にもたらされています」
「今日の社会の発展は緊密な連携無くして成り立つものではなく、同時に友好無くしてこれを維持することは出来ません」
・・・なんか若干遠回しな言い方をしているけど、
『我が国とイドゥン連盟』とは”人間社会”を指している。そして『近隣諸国』や『異文化』とは”異種族”を指しているのだろう。
単純に異種族との関係と言えば済むものを、それを避けた言い回しを殿下はしていた。
今日この会場には人間以外の多くの異種族が詰めかけているから、彼らに配慮した言い方をしているのだろう。
ちなみに、”イドゥン連盟”というのはクレジット加盟国の正式名称の事である。
カーラ王国を含めた8カ国で構成された人間社会で、成立自体は割と近年に出来た同盟だ。
加盟国は通商保護に、平時における軍隊の相互不可侵、外敵の侵略に対する共闘義務を負う。
ただし、お互いの国の内政には基本不干渉であり、政治的には各々独立している存在だ。
そもそも、政治的というより金融的な繋がりから出来た同盟だった。
信用力が高かったクレジット通貨をお互いが使い、お互いが似せて好き勝手に発行していたら、価値が暴落しそうになった。
これではいかんという事で、各国の商人ギルドが話し合って商人ギルド連盟が出来たのが100年ほど前。
そしたらいつの間にか緩い連合が出来上がっていたというのが事の発端らしい。
それまではお互いの国はいがみ合っていて、戦争など日常茶飯事の状態だったというから、ある意味通貨が結び付けた同盟だった。
”イドゥン連盟”なんて最近名付けられた政治的な名前より、クレジット連盟と言われた方がよっぽど性に合っているだろう。
「歴史を紐解けば、過去には凄惨な戦争を繰り返してきた時期もありました」
「神話の時代から続く相克の因果に縛られ、無為な争いをしてきた事も事実です」
「しかし、現在において”我々”はそれを乗り越えつつあります」
「我々は真なる関係を築き上げ、共栄の道を邁進しています」
「そして、それは今後も変わる事はないでしょう・・・」
そう言って、エレノア殿下は「ふう・・・」と声にならない一息を付いた後、顔を上げ会場全体を静かに見まわした。
彼女の僅かな笑みを讃えながらも、凛と覇気が籠った目線が会場の各々へ向けて放たれた。
そこには人間以外の多くの異種族の姿があった。
ワーウルフ、ドワーフ、リザードマン、ハーフリング、ハーピー、そして恐らく人間に交じって魔族まで・・・
会場はクラウディア団長の”威嚇”がよっぽど効いたのか今は静まり返っている。
僕も会場の人々も彼女の次の言葉に耳を傾けていた。
「今日、この場には我がカーラの民と多くの友人達が集っています・・・これは誠に喜ばしい事です」
「近年の我らの関係性の深さと友好を示していると言って他なりません」
「この友好を祝し、そして不動のものとする為、何かの祭典を開きたいと私は前々から思っていました」
「そんなおり、”マイアー殿”からある提案を受けたのです」
「”神の起こした奇跡”を共有してはいかがか?と・・・」
ざわざわ・・・
今の言葉に会場の一部がざわつく。
しかし、クラウディア団長が後ろで静かに威圧するとすぐに場は収まった。
”神の起こした奇跡”というのはもちろん神話のアイテムの事だろう。
どうやらこのオークションが開かれるきっかけは、あの商人ギルド連盟総帥の言葉のようだ。
エレノア殿下は、さらに言葉を続ける。
「・・・皆も承知の通り、我々の魔法科学の常識では計り知れないアイテムがこの世には存在しています」
「それらは皆とてつもない魔力と神秘を内に秘め、それを手にしたものに人知を超えた力をもたらすと伝えられています」
「しかし未だその全貌を解き明かすには程遠いと言わざるを得ません」
「”真に神の起こした奇跡と称される遺物”に対しては我々はそれを解明することも、複製することも、ましてや使用する事すらも未だ出来ていないのです」
「もし、これを完全に解明することが出来れば、我々は”新たな世界”を目にする事も可能となるでしょう・・・」
神話のアイテムはいずれも人知を超えた強力な力を内包していることに疑いようはない。
しかし、余りにも膨大な魔力と複雑な機構をその中に内包している為、その効果すら未だ判明していないものもあると聞く。
世界中の魔術師や魔法技師が躍起になってその全貌を明かそうとしているが、全く突破口を掴めていないのが現状だ。
・・・エレノア殿下の言っている”新たな世界”という言い回しはちょっと引っ掛かるけど、多分これは技術的な臨界点の突破を言っているのだろう。
神話の魔法アイテムを完全に解明することが出来れば、魔法科学は新たなステージに立つことは確実視されている。
「一方、我々は歴史的な相克を乗り越えつつありますが、ここに来て新たな脅威も浮かび上がりつつあります」
「大陸外周の未知の領域から、これまででは考えられない強力なモンスターが出現し、我々の国土を侵し始めているのです」
「彼らの爪牙の鋭さや身体の大きさ、力や魔力、レベルなどこれまでの平均的なモンスターより数段強いものが数多く報告されるようになっています」
「未だ熟練の冒険者で御せる程度ではありますが、今後もそうであるとは限りません」
「我々は一丸となってこの困難に対処していく必要があります・・・」
エレノア殿下はそこで一旦言葉を切ると、きっと顔をさらに上に向けた。
ここに来て彼女の言葉に力強さが入り始めていた。
彼女の清澄に富んだ声が一段と会場に響き渡る。
「今日、商人ギルドと冒険者ギルドの協力もあり、神の遺物がこれだけ一堂に介すことになりました」
「我がカーラ王家からも”カーラの秘宝”である遺物をこのオークションに出品しています」
「”神の遺物”はそれ1つで小国の軍隊にも匹敵すると言われるほどの価値を持つものです」
「我がカーラはあえてそれを、・・・条件付きではありますが、今回手放そうとしております」
「この意味を皆にはよく考えて欲しいのです・・・!」
「一部の限られたものにしか所持が許されなかった”神の遺物”の門戸の開放・・・」
「それはひとえに我々の経済の活発化と、さらなる魔法科学の探求・・・すなわち、相互共栄の発展を望むからこそだという事を・・・!」
会場全体に向けてエレノア殿下の強い眼差しが放たれていた。
その瞳からは何者も侵しがたい彼女の強い意志を感じ取る事が出来る。
「今日のオークションは我々が新たなる一歩を踏み出したことを意味します」
「それは我々の真なる友好と繁栄。そして、新たな脅威に対しての結束を誓うものです」
「その為には自らの血を流すことを厭わずに、真なる平和への道を示すことが重要だという事をどうか忘れないように・・・」
エレノア殿下はそう言うと顔を下げて再び目を閉じた。
そして、彼女は再び白グローブがはめられた右手を上げ、最後に次のように締めくくった。
「・・・・私からは以上です」
「我が国とあなた方の国に神の祝福があらんことを・・・」
すっ・・・
殿下の右手が静かに下ろされた。
彼女は、右奥の出口の方に向き直ると、そのままゆっくりと歩を進めた。
さっ・・・
その様子を見ていたクラウディア団長は周囲の乙女たちに手で合図を送った。
今しがたまで不動の態勢で警戒任務に当たっていた戦乙女たちはすぐさまその陣形を変える。
カチャカチャと甲冑の音を鳴らしながら、殿下の前後左右に疾風の速さで彼女たちは集結した。
そして、現れた時と同じように「サー・・・」とドレスの長裾を引き摺りながら戻る殿下に並走すると、そのまま右奥の間へと消えていく。
クラウディア団長だけは最後まで周囲の警戒に当たっていた。
彼女は殿下の退場を見届けると最後にチラッと観客の方を向いて一礼した。
そして、程なくして彼女も壇上から姿を消す。
彼女の合図から退場まで、時間にして1分も経っていない。
統率がとれた鮮やかな退場劇だった。
ガヤガヤガヤ・・・・
彼女たちが舞台から姿を消すと、周囲はほどなくしてざわつき始めた。
各々が拝礼の姿勢を解き席に戻っていく。
それと同時に、会場は喧騒の渦に再び包まれていった。
近衛騎士団によって塞き止められていた黙止の鬱憤を晴らすかのように周囲は噂話に興じ始める。
もちろん、その話題のほとんどがエレノア殿下と近衛騎士団に関するものだ。
エレノア殿下を初めて拝謁出来た喜びを表している者。
殿下の言葉に感銘を受けている者。
また、殿下や近衛騎士団の団長の美しさに興奮している者。
謎の団長の正体について話している者など・・・
皆興奮冷めやらぬ感じだ。
かく言う僕もエレノア殿下の言葉を受けて感銘を受けた人間の一人だ。
僕は元いた椅子に掛け直すと、殿下の先ほどの言葉を反芻した。
はぁ・・・と思わずため息を付いてしまう。
・・・彼女の描いた未来図は真なる友好と繁栄を願う壮大なものだった。
既知の神話のアイテムの多くは人間社会に保管されていると聞いている。
多くは人間の王家や一部のギルド、権力者たちが手中に収めていて、表に出回る事はほとんどない。
それに触れることが許されるのも彼らに関係している一部の研究者のみ。
エレノア殿下がさっき言ってたっけな・・・
神話のアイテムは小国の軍隊にも匹敵する価値を持つものだって。
確かにそれは本当の事だろう。
神話のアイテムを使えば古に謳われる”禁呪”でさえ使用することも可能だと言われている。
それはまさに戦略兵器とも言うべきもの。
これを放出するという事は自分の国の国力を落とすことに他ならない。
これまでの異種族間の抗争を乗り越え、新たなる友好と発展を示すために、カーラ王国は身を削ってそれを示そうとしている。
それはこれまでの歴史では考えられない新たなビジョンだった。
真に平和を望まなければ出てこない答えだろう。
うん・・・やっぱりエレノア殿下は凄いな・・・
殿下はやっぱりカーラの英雄なんだな・・・
彼女の事を知らなかったわけではないけど、直接彼女の言葉を聞くのと聞かないのでは訳が違う。
僕は彼女の放つ言葉にすっかり魅せられてしまっていた。
・・・僕は幼いころに両親を戦争で亡くしている。
その時は国内の内乱のせいだったけど・・・子供心ながらになんでお互い仲良くできないんだろうと思ってた。
異種族間どころか、同じ人間、しかも同じ国内の人間同士でさえ戦いで殺し合いをしてしまう。
所詮は一地方の領主の反乱だし、すぐに鎮圧されてしまうから大した戦争には発展しないけど、犠牲者はやはり出てしまう。
僕の両親は共にクレスの町の軍人だった。
カーラ王国の中央軍が反乱の鎮圧に出るときは各領邦からも軍隊を拠出する。
クレスの町はカーラ王都に地理的に近いこともあり、ほぼ毎回軍隊を拠出していた。
僕の両親も反乱軍の鎮圧部隊に随分駆り出されていたらしい。
親方と僕の父は親友だったらしく、「何かあった時には息子を頼む」と親方に頼んでいたという。
そして、僕が生まれて間もないころに大きな反乱があった。
カーラ王国東方のデアドラ領大貴族のクレンヴィル家が起こした戦争でこれまでにない大規模なものだった。
・・・僕の両親はその戦争で亡くなった。
後で親方からその事を聞かされた時、僕は何とも言えない気持ちになったことを覚えている。
その反乱の理由というのが余りにも馬鹿げていた。
クレンヴィル家が反乱を起こした理由というのが、”10万クレジットの課徴金”の支払いを拒んだからだという。
毎月の王家への献納金の支払いには監察官が派遣されて前月の収支の正当性が調べられるらしい。
その時はたまたま、単純なミスなのか故意なのか知らないけど、いささか過小に収支が申告されていたという。
監察官は手続きにしたがい当然のようにその差額に対する課徴金の支払いを命じたが、クレンヴィル家はこれを拒否。
クレンヴィル家は申告した数値は正当なものだと主張して王家に課徴金の支払いの取り消しを求めたが、王家もこれをはねつけた。
それはまるで鬱憤が溜まった火薬庫に火が投げ入れられたようなものだ。
・・・そして戦争が始まった。多くの人が死んだ。
僅か10万クレジットの支払いを渋って始まった戦争だった・・・
今思えばクレンヴィル家は王家に対する不満が既に爆発していたのだろう。
それは最後の一押しと言える出来事だったのかもしれない。
だけど、これを聞かされたときは開戦の理由のくだらなさに自分の耳を疑った。
お互いが少し譲歩すれば避けられた戦争だっただろう。
貴族側にしてみれば国政に参加できない不満を解消する為。
王家側からすれば自分たちの権力の絶対性を保つ為。
彼らのくだらないエゴを満たすために起こされた戦争だった。
まったく、無益で度し難い・・・そんな感想しか思い浮かんでこない。
子供の頃に既に抱いていたこの感想は今になっても変わっていない。
あの当時、王妹殿下の様に真に平和を考えられる人がいたら、僕の両親は死んでいなかったのにと切に思う。
多少、譲歩することになったとしても酷く争うくらいなら、譲ってしまった方が良い。
その人にとって真に重要でないものであるのなら、譲歩して和を保つ方が結果的には良くなる。
それが僕が幼いころの経験を通して得た教訓だ。
実際、その後に引き起こされる惨事を考えたら、どちらかが折れたほうが絶対に国の為になったはずだ。
あの戦争で付けられた傷痕は今なお癒えていない。
僕の様に戦災孤児になって、貧困に喘いでいる人は今でも数多く存在する。
僕はまだ親方がいたし、全然マシな方だけど・・・・
・・・これは神話のアイテムにも同じことが言えるんじゃないかと僕は思っている。
神話のアイテムは富と力と名誉の象徴だ。
それを所持するために、過去に多くの争奪戦が繰り広げられて来たと聞く。
栄光の象徴であると同時に惨禍の象徴とも言えるものだ。
それは結局のところ、神話のアイテムが一部の権力者にしか所持が許されなかった歴史があるからに他ならない。
合法的な手段で渇望するものを得る手段がない時・・・人はそれを力で奪おうとする。
だったらエレノア殿下の様に一般にそれを解放したほうが余程丸く収まるだろう。
例え国の軍事力が少し落ちようとも、市場に流せば経済は活性化し、研究の機会も増える。
人間と異種族が相互共栄の道を歩み始めている今なら、これはまたとない友好を深める機会にもなるだろう。
・・・そしてなにより、神話のアイテムを保持し続ける事による無用な妬みや敵意を集めずに済む。
改めて考えると、このオークションがどれだけカーラ王国に利点をもたらすのか想像もつかない。
神話のアイテムの売却という形を取れば、お金という”実”を取ることも出来るし、まさに一石二鳥どころ三鳥くらいの有効な手だ。
だけどこれを思いついて実行に移せる人がどれだけこの世界にいるだろうか?
ほとんどの為政者が神話のアイテムの保持にこだわり、目先の利益と名誉を優先するだろう。
殿下が本当に平和を望まなければ出てこない答えだ。
彼女の慧眼と器の広さは驚くばかりだ。
僕はカーラの若き英雄に思いを馳せながら、1人感激していた。
カーラ王国の臣民の一人として彼女が王国にいると言うだけで誇らしい気分だ。
「ふん・・・くだらんな。所詮は小娘じゃな・・・」
えっ・・・?
その時・・・隣からぼそりと声が聞こえて来た。
僕の座っている同じテーブル席からだ。
思わず僕は声のした方向に振り向いた。
・・・そこには年老いた白髪の男性が壇上を見据えていた。
僕と同じテーブル席にいる人は彼だけだから間違いない。
だれだろう・・・?
テールコートに白い蝶ネクタイを着用した老人だった。
その頭はほぼ禿げ上がっている。
申し訳程度に側面と後頭部にちりぢりになった白髪がある程度だ。
さらには赤茶けた肌色に痩せこけた頬。
皺とシミだらけのその顔は一見すると死人の様にも見えてしまう。
だけど、ギラギラと壇上を見つめるその眼光は非常に鋭かった。
彼が確かに生きている人間なんだとすぐに気付くことが出来る。
なんだ、この人・・・?
生気がまるでない・・・・
なにか変な雰囲気というか嫌な臭いが漂っている。
言葉で表わすのは中々難しいんだけどさ・・・・
それにさっきの言葉・・・
彼の正体と彼の発した言葉の意味をしばし考えてしまう・・・
彼の存在は余りにも突然で、僕は驚きを隠せなかった。
しかし、次の瞬間・・・僕の思考は突然の大音声によりかき消されてしまった。
「以上!!これにてエレオノーラ王妹殿下との謁見を終了いたします!!」
「今宵のオークションは王妹殿下の観覧の下に行われる大変名誉あるものになります!!!」
「皆様、奮っての参加をよろしくお願いいたします!」
いつの間にか司会が再度舞台に姿を現わしていた。
「さて・・・皆様いよいよお待ちかねの時がやって参りました・・・」
「これより、ロット№1”魔法の薬”のオークションを開始いたします!!」
To Be Continued・・・
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