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本編
手の平とチョコレート
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それから、僕たちは時々キスをするようになった。
もちろん無理強いはしない。山村くんが「したい」って思ってくれることが重要だから。
不定期的に気まぐれに、食事の後に「キスする?」と聞く。
あくまで「欲しいならあげるけど」のスタンスでご褒美をチラつかせて見せれば、山村くんは悔しそうに歯を食い締めてから「……正座で座って手を頭の後ろで組め」と言った。
何度かそれを繰り返してからは、ちょっとした悪戯を仕組んだ。
最初はちろりと舐めるだけ。驚いたように逃げを打つ山村くんに「ごめん、つい」と謝って、お詫びのつもりでいつもよりほんの少しだけ多めのチョコをあげる。
吸った時も、噛んだ時も、何もしてない時よりちょっとだけお詫びを増やしてあげれば、山村くんはその意図に気付いていて泣きそうな顔をしながらもスプーンをがぷりと咥えた。
嫌なら最初から拒否すればいい。簡単なことだ。
「ん……ッ、き、さま……ッ」
絡ませた舌が水っぽい音をたてて勢いよく離れる。「あふ」と声を漏らして口端から溢れそうなった涎を慌てて袖口で拭う山村くんに、僕はいつものように「ごめんね、つい」と謝罪した。
僕とのキスでこの先に続くご褒美を想像して涎で一杯になっちゃってる口の中が気になってさ。とっても甘くて美味しかった。
パブロフの野良猫になってしまった山村くんは、今や食事が終われば、冷静を装いつつもそわそわと擽ったい視線で僕を探るのを止められない。その上僕の「悪戯」に耐えればチョコレートが増えると刷り込まれた脳は、彼の抵抗の意志を極限まで抑え込んでしまう。
今日は10日ぶりのキスだ。
最初のフレンチキスを彼は覚えてるだろうか。さっさと逃げてしまったあの時がウソみたいに山村くんとのキスは少しずつ長くなって、悪戯待ちの彼を焦らせば焦らすほど見つめ合っている視線が悔しげに切なげに、熱っぽく潤んでいくのは堪らなく色っぽい。
そろそろ、次の段階かな。
「あ……、ごめん。スプーン忘れちゃった」
「なっ」
僕がキスに誘うのを今日か今日かと待ちわびて、ようやく貰えると思ったご褒美をすんでの所でお預けにされて、山村くんは無防備に目を見開いた。その表情に自分で気付いて慌てて憎々し気に僕を睨みつける。
「とっとと取って……」
「取って来てもいいんだけど規定外の接触は申請がいるんだよね。急いで4.5時間くらいかな。……待てる?」
嘘だけどね。
お粥に使ったスプーンはこれを想定して下げさせている。
4.5時間後と言えば彼の空腹はとっくに極限を超えている頃。
僕としては、今ここで彼が「待つ」と言っても「待てない」と言っても、どちらでも構わない。
物欲しげに僕を見てる癖に意地を張って「待つ」と言えば、彼は僕がスプーンを持って再び訪れるのを待つしかなくなる。時計なんか当然無いこの部屋で、きゅうきゅう鳴くお腹を宥めながら。一体どのくらい僕の事を考えてくれるだろう。
「……話が違う」
でも、じっとりと零れた恨み言の意味は、「待てない」だった。
まだ意地が張れると思ってたけど、思ってる以上に山村くんは甘いものが好きだったのかな? それとも刺激のない生活が予想以上に堪えてるのか。どちらにせよ嬉しい誤算だ。
「ごめんね。じゃあ、こうしよう」
手袋を外して、手の平を上に。
一瞬訝し気に眉根を寄せた山村くんが僕のしようとしていることを悟って「待て」と言う頃にはもう、チョコレートは僕の手の平に垂れていた。
毛糸のように細くとろとろと、手の平に泥濘んだ水溜まりが出来上がる。その量は、いつもスプーンでがぷりと舐めとる倍近くはあるだろう。
「す、くいが、ないな。悪趣味の異常者で変態だったか」
嫌味を言ってても強がってるのは明白だ。理解できないとばかりに僕を見る山村くんは、自分が以前より僕に感情を曝け出してる事に気付いてるだろうか。
「じゃあ最近その変態とキスすることばっかり考えてる君は何だろうね? やっぱりいらないなんて勿体ない事言うなら、もうご褒美はあげないよ?」
「ぁ……」
視線に葛藤と焦燥が走るのを、僕は見逃さない。
冷蔵庫から出してしまえば溶かす方法は沢山ある。チョコレートも、感情も。
もちろん無理強いはしない。山村くんが「したい」って思ってくれることが重要だから。
不定期的に気まぐれに、食事の後に「キスする?」と聞く。
あくまで「欲しいならあげるけど」のスタンスでご褒美をチラつかせて見せれば、山村くんは悔しそうに歯を食い締めてから「……正座で座って手を頭の後ろで組め」と言った。
何度かそれを繰り返してからは、ちょっとした悪戯を仕組んだ。
最初はちろりと舐めるだけ。驚いたように逃げを打つ山村くんに「ごめん、つい」と謝って、お詫びのつもりでいつもよりほんの少しだけ多めのチョコをあげる。
吸った時も、噛んだ時も、何もしてない時よりちょっとだけお詫びを増やしてあげれば、山村くんはその意図に気付いていて泣きそうな顔をしながらもスプーンをがぷりと咥えた。
嫌なら最初から拒否すればいい。簡単なことだ。
「ん……ッ、き、さま……ッ」
絡ませた舌が水っぽい音をたてて勢いよく離れる。「あふ」と声を漏らして口端から溢れそうなった涎を慌てて袖口で拭う山村くんに、僕はいつものように「ごめんね、つい」と謝罪した。
僕とのキスでこの先に続くご褒美を想像して涎で一杯になっちゃってる口の中が気になってさ。とっても甘くて美味しかった。
パブロフの野良猫になってしまった山村くんは、今や食事が終われば、冷静を装いつつもそわそわと擽ったい視線で僕を探るのを止められない。その上僕の「悪戯」に耐えればチョコレートが増えると刷り込まれた脳は、彼の抵抗の意志を極限まで抑え込んでしまう。
今日は10日ぶりのキスだ。
最初のフレンチキスを彼は覚えてるだろうか。さっさと逃げてしまったあの時がウソみたいに山村くんとのキスは少しずつ長くなって、悪戯待ちの彼を焦らせば焦らすほど見つめ合っている視線が悔しげに切なげに、熱っぽく潤んでいくのは堪らなく色っぽい。
そろそろ、次の段階かな。
「あ……、ごめん。スプーン忘れちゃった」
「なっ」
僕がキスに誘うのを今日か今日かと待ちわびて、ようやく貰えると思ったご褒美をすんでの所でお預けにされて、山村くんは無防備に目を見開いた。その表情に自分で気付いて慌てて憎々し気に僕を睨みつける。
「とっとと取って……」
「取って来てもいいんだけど規定外の接触は申請がいるんだよね。急いで4.5時間くらいかな。……待てる?」
嘘だけどね。
お粥に使ったスプーンはこれを想定して下げさせている。
4.5時間後と言えば彼の空腹はとっくに極限を超えている頃。
僕としては、今ここで彼が「待つ」と言っても「待てない」と言っても、どちらでも構わない。
物欲しげに僕を見てる癖に意地を張って「待つ」と言えば、彼は僕がスプーンを持って再び訪れるのを待つしかなくなる。時計なんか当然無いこの部屋で、きゅうきゅう鳴くお腹を宥めながら。一体どのくらい僕の事を考えてくれるだろう。
「……話が違う」
でも、じっとりと零れた恨み言の意味は、「待てない」だった。
まだ意地が張れると思ってたけど、思ってる以上に山村くんは甘いものが好きだったのかな? それとも刺激のない生活が予想以上に堪えてるのか。どちらにせよ嬉しい誤算だ。
「ごめんね。じゃあ、こうしよう」
手袋を外して、手の平を上に。
一瞬訝し気に眉根を寄せた山村くんが僕のしようとしていることを悟って「待て」と言う頃にはもう、チョコレートは僕の手の平に垂れていた。
毛糸のように細くとろとろと、手の平に泥濘んだ水溜まりが出来上がる。その量は、いつもスプーンでがぷりと舐めとる倍近くはあるだろう。
「す、くいが、ないな。悪趣味の異常者で変態だったか」
嫌味を言ってても強がってるのは明白だ。理解できないとばかりに僕を見る山村くんは、自分が以前より僕に感情を曝け出してる事に気付いてるだろうか。
「じゃあ最近その変態とキスすることばっかり考えてる君は何だろうね? やっぱりいらないなんて勿体ない事言うなら、もうご褒美はあげないよ?」
「ぁ……」
視線に葛藤と焦燥が走るのを、僕は見逃さない。
冷蔵庫から出してしまえば溶かす方法は沢山ある。チョコレートも、感情も。
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