【本編完結】苦痛にまつわるエトセトラ【R-18】

戌依 寝子 (旧いろあす)

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本編

僕は容疑者に恋をした。

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 「回すぞ」と言うのは、多分この男にとって屈辱的な事だっただろう。容疑者を引き連れる腹の中はさぞかし煮えくり返ってるだろうに、素知らぬ顔でいるのはさすが歴戦の拷問官と言った所。
 本来なら度重なる責め苦で這う這うの体で引き摺られているべきの容疑者が凛と立って涼しい顔をしているのもいけない。
 きっとこの男はこの容疑者を僕に引き渡していくつかの形式的な引き継ぎをした後踵を返してからは足早に自室に戻って、腹の底からの咆哮をあげるんだろう。
 見たいな、と、思わなくはないけど、今は仕事中だ。僕は粛々と容疑者といくつかのデータを受け取って、事務的に名前やら時間やらの口上を述べて彼の後ろ姿を見送った。残念ながら駆け出しそうなほどの早足は見られなかった。あの男は思ったより職務に熱心じゃなかったらしい。まぁいいんだけど。
 さて。
「行こうか。歩けないなら手を貸すけど」
 立ち止まったことで負担が分散できなくなった足をぶるぶると震わせている容疑者に声をかけると、彼は相変わらず涼し気な顔のまま「結構」と短く答えた。
 僕も「そっか」と短く返して彼の鎖を引いて歩き出す。
 下品に恫喝して引き摺り回すようなことはしない。多分彼には意味がないし、僕もあぁいうのは嫌いだし。
 震える足がゆっくりと一歩を踏み出すのに合わせてやると彼は不快気に小さく鼻を鳴らした。
 とても、数か月間監禁されて酷い拷問を受けていた人間には見えない。
 引き渡しに当たって簡素な服を着せられてはいるけど、その下がどんな惨たらしいことになっているのかは想像に難くない。詳細はさっき渡されたデータで確認するとして、今は彼に束の間の安息を与えてあげよう、と思った。その先に待っているものを勝手に想像して勝手に絶望してくれれば話は早いんだけど……そんなメンタルならここまで来てないか。
 サイバー技術が極限まで発達し、その結果訪れた、強烈な情報規制と統制が行われる監視社会。
 メディアの情報は当たり前のようにコントロールされ、秘密裏に行われる検閲とフェイクニュースで国民を操作する国家。アングラなハッカーたちが暗躍した時代はもはや過去のものとなって、他国に単独潜入するなどというアナログな方法が再び注目を浴び始めた現代。
 諜報員の疑惑ありとして捕らえられ、無罪も有罪になってしまうような拷問を受けてもしゃんと立っている彼を、素直に「かっこいい」と思った。
 ――いいな。素敵だな。
 何だか胸がぽかぽかするのと同時に、首筋が粟立つような苛立ちが湧き上がってくる。
 虐め抜いて情報を引き出す対象だというのに、震える足で健気に歩く彼を滅茶苦茶に甘やかしたい欲求に駆られて僕は少し混乱した。
 今まで何度もこの業務には当たって来たけどこんな感覚は初めてだ。対象がこんなにかっこいいことなんてなかったからびっくりしてるのかもしれない。
 今僕の頭は欲しい情報をどうやって引き出そうかとかそう言った事ではなく、どうやったら彼を僕だけのモノにできるかとかそんな事ばかり考えてる。
 壊すのはよくない。彼が彼のまま僕だけ見てくれるようにしたい。
 「おはよう」から「おやすみ」まで僕のことだけ考えて、夢の中でも僕に夢中でいて欲しい。
 こういう感情をなんと呼べばいいのか知っている。
 僕は、容疑者に恋をした。
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