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アナザーストーリー

バーのマスター

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 最後の客を「もう来ないでね~」と見送って、ドアを閉めて、タバコに火を点ける。
 咥えタバコのまま表に鍵を掛けてウィッグを取る。ネットもとってボサボサになってるだろう頭をぼりぼり搔きむしる。
 頭皮の解放感に息を吐くついでに煙を吐き出して、客席に腰かけた。
「あーしんど」
 俺いつからこのキャラやってんだっけ。
 最初は悪ふざけのつもりだったんだけど妙にウケがよくてなんかそれが定着しちゃったんだよなぁ。
 まぁ楽しいっちゃ楽しいんだけども。じゃないとやってらんねぇよ。
 そのうちまた素に戻って化粧もオネェもしなくていい生活に戻りたいけどタイミングを掴みかねてる。
 と言うのも。
 うちに来る不貞腐れたネコが可愛くて、素に戻ったら本気で口説いてしまいそうで。客商売としてそれはどうなのよ。
 それに、多分アイツは俺があんなだから安心して通ってる所もあると思う。いわゆる安牌。俺のことネコだと思ってる節もあるし、完全に意識外の存在。どっちもイケるって話はしたことあるけど、俺は大分タチ寄りだ。しかもアイツには他の客以上の思い入れがある。そんなの悟られたら一気に距離を取られるだろう。
 警戒心が強いくせに寂しがりだから、気を抜いて甘えれる相手が欲しいんだと思う。それが俺だ。
 一回勢いで寝たのがよくなかったな。
 もう可愛くて。いつものすました顔を嘘みたいにとろとろにして縋るもんだから馬鹿みたいに興奮した。
 何でもない風に振舞ってるし、アイツもこれといってモーションを掛けてこない辺り俺は「無かった」んだろう。失敗した。多分がっつきすぎた。
 店でいい相手見つけれないのが救いだったけど、この前は優男に誘われてとっとと帰ってしまった。いつもの澄ました顔は鳴りを潜めて、死にそうな顔してたからよっぽど寂しかったんだろう。可哀想に。
 そういう店なんだから仕方ないとはいえ、あの時は嫉妬で気が狂うかと思った。あんな、初対面でとっととお持ち帰りしようとする即物的な優男より俺の方がアイツを大事にしてやるのにって。立場上いつも煽るようなことばっか言うけど、本当ならアイツがいる時だけは俺もカウンターの向こうに座っていたい。
 あの日の顔は本当に見ていられなかった。あの優男さえ居なかったら俺が慰めてた。それであわよくばイイ仲に…。
 けどまぁ、現実はこうだ。
 優男は相変わらずうちに来てるから、多分俺の知らないとこで会った知らない誰かとまぁイイ仲になってるんだろう。
 そう思うとちょっとイラついた。
 まぁ知ってる相手でもイラつくんだろうけど。
 でもそういうわかりやすい所も可愛い。また寂しくなったらうちに来るんだろう。いくらでも待つ。
 だからいつまでたってもこのキャラが捨てれない。
「…報われねぇ」
 天井を見上げてもう一度煙を吐く。
 恋とか愛とかそういうのはどうでもいいけど、出会いの場を提供してる俺に出会いがないって可哀想じゃね?
 でもまぁ、楽しくしてるんならいいかなぁ。
 幸せを願うなんて臭いことは思わないけど、アイツが楽しいならそれでいいかなくらいには思う。
 どうせどうこうならないしな。
 だから、アイツがもし「いい人」を連れてきたら存分に揶揄ってやろう。
 相手の方を誘って、アイツがわたわたするのをカウンターの中から見てほくそ笑んでやる。
 ちょっとでもアイツの心を乱せるなら本望だ。
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