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ピンクのカスミソウの花
56.夢がかなう
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会場に入って、中を見渡して、すぐ薫くんを見つけた。相変わらず彼は人混みの中で一際光を纏って見える。
僕はもうそれだけで満足で、今すぐ帰りたくなった。
薫くんだって困るだろう。こんな所でちょっと因縁のある相手と会うなんて。
でも今後の仕事としてもそれは許されないから、できるだけ視界に入らないように用意された席に着いた。
同じ卓の人達と名刺を交換して、今回の仕事について談笑する。
卓にはT社さんのイメージカラーを意識したんであろう、青いバラのアレンジメントが置いてあった。
期待はしてた。ひょっとして、って、思ってた。
でもいざそれが実現されると、どうしたらいいのかわからなくなった。
混乱している内にあっという間に歓談の時間になって、今回ご縁のあった開発の人達に取り囲まれてしまった。
「お世話になります」という枕詞をつけて、口々に言い募られて困ってしまう。
とりあえず、薫くんの会社の社長さんとかに挨拶するべきなんだけど身動きが取れない。
開発の人たちは口々に僕の仕事について評価してくれて次があった時もぜひと言ってくれた。
あの頃は僕も半分自棄になって仕事に没頭してたから、次同じことをしろと言われたら無理かもしれません。
遠回しにそう答えながら人々の熱気が冷めるのを待つ。
「この度は、お世話になります」
声がした。
途端に、心が蕩けた。
同時にじくじくとした痛みも蘇って来た。
多分、振り返ったら薫くんが居る。きっと初めてパーティーで見かけた時みたいな穏やかな笑みを浮かべて。
鼓動が早くなる。身体中に血が巡って顔が熱くなる。
薫くんが居る。薫くんが居る。すぐそこに。
嬉しいのと、怖いのと、両方の感情がぐちゃぐちゃになって僕を襲った。
会いたかった。でも、会いたくなかった。
来てるかもと期待はしていた。でも一目見るだけでよかったんだ。元気そうな姿が見れたら、それだけで。
彼は僕に気付いていないんだろうか。それとも気付いていてわざと声を掛けにきたんだろうか。あの時の事は黙ってろって、釘を刺しに。そんな事しなくても、誰にも話したりなんかしない。あれは僕の大切な思い出だから。
そう、思い出だ。
仕事とは関係ない。
そう割り切って、深呼吸して振り返った。
「お世話に、なります」
僕が振り返るのに合わせて名刺を差し出す彼に倣って、僕も名刺を取り出して、震える手でそれを彼に渡した。
「初めまして、いちの、き…さん…?」
彼は名刺を見て、一拍置いて、信じられないような顔をして僕を見上げた。
眼鏡の奥の瞳が僕を捉えて、ゾクゾクと背筋が震える。
「ち、から…」
僕を見た彼の目が泣きそうに歪んで、それからぎゅっと閉じられた。
そうだよね、こんな所で会いたくなかったよね。未練がましい僕を許して欲しい。
僕は今どんな顔をしてるだろう。多分薫くんと同じで泣きそうな顔をしてる。それに、顔が赤くなってる。
どう声を掛けていいかわからない。
彼も、今僕に気付いたみたいだった。お互い名刺交換をしたままの恰好で固まってしまって、周囲の人たちがきょとんとした顔で僕たちを見ている。
何か、何か喋らないと。
「お久しぶり、です。その、お元気…でしたか?」
彼が眉をハの字にしてちょっと赤くなった目で切なそうに僕を見るもんだから、僕も胸が切なく疼いて息が詰まった。
そんな顔をさせたくて来たんじゃないんだ。ごめん。ただ、一目会いたくて。
君はどうしてた?あの人とは上手くいってる?僕はなんとかやってるよ。ゲームのランクは上がった?僕は下がっちゃった。できれば今度また一緒にやりたいな。
口に出せない想いが胸の内をめぐる。僕はまだそんな風に気軽に話せるほど、立ち直れてはいなかったみたいだ。
彼も困ってるじゃないか。
「私の方はなんとか。櫟さんは、…ちょっと、痩せましたね」
そう言われてようやく身体が動き始めて、名刺をしまう。
改めて対峙した彼も、少し痩せたみたいだ。
「あれ?白鳥くん、知り合い?」
隣から声がかかって彼の視線が僕から逸らされる。いつの間にか止まっていた息を「はぁっ」と吐き出すと、心臓が酸素を全身に巡らせるためにどくどくと強く脈打った。
「うん。ちょっと疎遠になってたんだけど、…大事な人だよ」
その物言いにきゅうと胸が締め付けられた。まるであの頃に戻ったみたいに。
駄目だよ。勘違いしてしまう。そんなこと言ったら。
浮つく心とは裏腹に記憶が叫ぶ。
もうあんな思いはしたくないだろ、と。
僕はもうそれだけで満足で、今すぐ帰りたくなった。
薫くんだって困るだろう。こんな所でちょっと因縁のある相手と会うなんて。
でも今後の仕事としてもそれは許されないから、できるだけ視界に入らないように用意された席に着いた。
同じ卓の人達と名刺を交換して、今回の仕事について談笑する。
卓にはT社さんのイメージカラーを意識したんであろう、青いバラのアレンジメントが置いてあった。
期待はしてた。ひょっとして、って、思ってた。
でもいざそれが実現されると、どうしたらいいのかわからなくなった。
混乱している内にあっという間に歓談の時間になって、今回ご縁のあった開発の人達に取り囲まれてしまった。
「お世話になります」という枕詞をつけて、口々に言い募られて困ってしまう。
とりあえず、薫くんの会社の社長さんとかに挨拶するべきなんだけど身動きが取れない。
開発の人たちは口々に僕の仕事について評価してくれて次があった時もぜひと言ってくれた。
あの頃は僕も半分自棄になって仕事に没頭してたから、次同じことをしろと言われたら無理かもしれません。
遠回しにそう答えながら人々の熱気が冷めるのを待つ。
「この度は、お世話になります」
声がした。
途端に、心が蕩けた。
同時にじくじくとした痛みも蘇って来た。
多分、振り返ったら薫くんが居る。きっと初めてパーティーで見かけた時みたいな穏やかな笑みを浮かべて。
鼓動が早くなる。身体中に血が巡って顔が熱くなる。
薫くんが居る。薫くんが居る。すぐそこに。
嬉しいのと、怖いのと、両方の感情がぐちゃぐちゃになって僕を襲った。
会いたかった。でも、会いたくなかった。
来てるかもと期待はしていた。でも一目見るだけでよかったんだ。元気そうな姿が見れたら、それだけで。
彼は僕に気付いていないんだろうか。それとも気付いていてわざと声を掛けにきたんだろうか。あの時の事は黙ってろって、釘を刺しに。そんな事しなくても、誰にも話したりなんかしない。あれは僕の大切な思い出だから。
そう、思い出だ。
仕事とは関係ない。
そう割り切って、深呼吸して振り返った。
「お世話に、なります」
僕が振り返るのに合わせて名刺を差し出す彼に倣って、僕も名刺を取り出して、震える手でそれを彼に渡した。
「初めまして、いちの、き…さん…?」
彼は名刺を見て、一拍置いて、信じられないような顔をして僕を見上げた。
眼鏡の奥の瞳が僕を捉えて、ゾクゾクと背筋が震える。
「ち、から…」
僕を見た彼の目が泣きそうに歪んで、それからぎゅっと閉じられた。
そうだよね、こんな所で会いたくなかったよね。未練がましい僕を許して欲しい。
僕は今どんな顔をしてるだろう。多分薫くんと同じで泣きそうな顔をしてる。それに、顔が赤くなってる。
どう声を掛けていいかわからない。
彼も、今僕に気付いたみたいだった。お互い名刺交換をしたままの恰好で固まってしまって、周囲の人たちがきょとんとした顔で僕たちを見ている。
何か、何か喋らないと。
「お久しぶり、です。その、お元気…でしたか?」
彼が眉をハの字にしてちょっと赤くなった目で切なそうに僕を見るもんだから、僕も胸が切なく疼いて息が詰まった。
そんな顔をさせたくて来たんじゃないんだ。ごめん。ただ、一目会いたくて。
君はどうしてた?あの人とは上手くいってる?僕はなんとかやってるよ。ゲームのランクは上がった?僕は下がっちゃった。できれば今度また一緒にやりたいな。
口に出せない想いが胸の内をめぐる。僕はまだそんな風に気軽に話せるほど、立ち直れてはいなかったみたいだ。
彼も困ってるじゃないか。
「私の方はなんとか。櫟さんは、…ちょっと、痩せましたね」
そう言われてようやく身体が動き始めて、名刺をしまう。
改めて対峙した彼も、少し痩せたみたいだ。
「あれ?白鳥くん、知り合い?」
隣から声がかかって彼の視線が僕から逸らされる。いつの間にか止まっていた息を「はぁっ」と吐き出すと、心臓が酸素を全身に巡らせるためにどくどくと強く脈打った。
「うん。ちょっと疎遠になってたんだけど、…大事な人だよ」
その物言いにきゅうと胸が締め付けられた。まるであの頃に戻ったみたいに。
駄目だよ。勘違いしてしまう。そんなこと言ったら。
浮つく心とは裏腹に記憶が叫ぶ。
もうあんな思いはしたくないだろ、と。
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