【本編完結】ブーゲンビリアの花束を

いろあす

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ハルジオンの花

50.深い悲しみ

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 花を買いにいくのを辞めた。
 代わりに、奥さんがくれた鉢植えを置いている。
 正直世話できる自信はないけど、あれがあれば十分だ。
 カランコエ あなたを守る
 あの日、玄関で泣いたあと、奥さんの気遣いを思ってまた泣いた。
 その花言葉が僕を支えてくれている。

 目が覚めて、少し仕事をして、シャワーを浴びる。
 いつも通りの朝だ。
 今日は何曜日だったろう。意識しないようにしてたら途端に日付の感覚がなくなってしまった。
 極力感情を殺して、思考を低下させて、何も考えなくていいようにデスクに向き合う。
 静かに、静かに。呼吸を潜めるみたいに。
 でも仕事をしてても彼の影がちらつく。
 一緒に仕事をしてる会社に彼は務めている。
 連絡先消してなんて言っときながら、自分はとろうと思えばいつでも連絡が取れる立場にいる。なんて卑怯なんだ。
 でも、まぁ、しない。アドバイザーが営業担当に用事なんかないし、企業対企業BtoBの会社に個人から連絡するなんて、頭のおかしい人だと思われる。そんな人と彼が知り合いだなんて思われたら、きっと迷惑になる。
 できるだけ関わらなくてもいいように、問い合わせが来そうなところは片っ端から纏めてファイルを送っておく。ついでに改善提案も手当たり次第に送り付けた。
 そうしておいて、他の仕事に没入することで僕は何とか心の安寧を保っている。
「そうだ、スーツ取りにいかないと」
 頼んでいたスーツが出来上がったと、随分前に連絡が来ていた。
 手付金を払ってるとは言え、これ以上ほっといたら逃げたと思われる。
 恐る恐る曜日を確認すると、木曜日だった。
 ホッと胸をなでおろす。平日だ。きっと彼に会うことはない。
 じく、と胸が痛んだ。
 また、洋食屋さんの前で彼と会った時の事を思い出してしまった。
 あの時の絶望感が蘇って、手が震え始める。息が苦しくなってきて、視界が暗くなる。
 テーラーに行こうと思うといつもこうなってしまう。シャツとネクタイを選んでもらって宅配はできないかと聞いたけど断られてしまったし、誰かに頼むわけにもいかない。あそこまでやって、シャツとネクタイだけ量販店というのも恥ずかしい。そんなくだらないプライドだけは残っている。
 デスクに手をついて必死で深呼吸を繰り返す。
 駄目だ。もう行かないと。1か月くらい待たせてしまっている。お店にも都合があるはずだ。
 涙が出そうになるのを堪えて、服を着替えた。
 もう、髪はセットしない。

 1階に降りると、花屋の奥さんがエントランスの前を掃除していた。
 お店の前でもないのに、彼女はいつもそうやって周りを掃除してくれている。
「あら、こんにちは。今日はお出かけですか?」
 いつもと変わらない穏やかな笑顔。それがギョッとしたように曇る。
 足早に駆け寄ってきて背中をさすられた。
「顔色が悪いですよ?!土みたいな色してます!大丈夫ですか?病院いきますか?」
 奥さんは全部知ってるから、一層気にかけてくれてるんだろう。
 本当はカランコエのお礼も兼ねて沢山花を買いたいんだけど、ここに来るのも正直辛い。
 どこに行くのも、彼との思い出が蘇ってしまう。
 今日の花はなんだろう。震える身体を動かして見やった窓際には紫色の玉ねぎの花が咲いていた。玉ねぎの花ではないんだろうけど。
「大丈夫ですよ。どうしても行かないといけない所があって」
 無理して笑って見せると、奥さんは「待っててください!」と言ってお店の中に戻ってしまった。
 正直、体調が悪化しないうちに早く行ってしまいたい。僕が花を買ってる間、あの店の前でおろおろしていた彼の姿がちらつく。
 エプロンを外した奥さんが出てきて「着いていきますからね!」と言って、僕の背中をとんとんと叩いた。
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