【本編完結】ブーゲンビリアの花束を

いろあす

文字の大きさ
上 下
48 / 77
パンジーの花

48.あなたを守る

しおりを挟む
 乗り込んだ電車の中で大きく息を吐く。
 最悪な気分だ。
 自分の行いに嫌気がさす。
 勝手に恋慕して、勝手に失望して、勝手に関係を絶つ。未練がましく彼を試すようなことまでして、勝手に裏切られた気分になって、また勝手に傷ついている。
 彼にとって僕はその程度の相手だったんだと、認めるべきだ。
 でも、それがどうしようもなく悲しくて、今までの浮かれた気持ちが恥ずかしくて、お門違いと分かっているのに気持ちの奥底では彼を責めてしまう自分が居た。彼は何も悪くないのに。
『主税といると、凄く楽しい』
『いま最高に幸せな気分』
 そう言った彼の弾んだ声や笑顔が思い出されて胸が締め付けられた。
 オムライスが好きで、酔うと目尻が赤くなって、映画を見てぽろぽろ泣いて、肩に身体を預けてくれて、ウキウキした声であれこれ聞いてくれて。
 彼との思い出の全部が、今の僕には辛かった。
 必死で蓋をしていた感情が胸の中を暴れまわっている。
 まだだめだ。家に帰るまでは蓋を開けてあげることはできない。あと少し待って欲しい。
 取り乱さないように、下を向いて息を詰めた。

 マンションの前まで帰って来た時、花屋さんの奥さんが慌てた様子でお店から出てきた。
「おかえりなさい。大丈夫?」
 心配そうに、ちょっとだけ眉尻を下げた穏やかな顔を見て、必死で押し込めていた感情の蓋がぐらりと揺れた。
 涙が溢れそうになる。
 苦しい、悲しい、悔しい、切ない、虚しい。あとはどんな感情が混ざってるのかわからない。ぐちゃぐちゃだ。
 そのぐちゃぐちゃの感情に全身を侵されて吐き気がする。早く外に出さないと、今すぐここに蹲ってしまいそうだ。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
 無理矢理微笑んで見せたけど、きっと目が赤いのはバレてるだろう。何も言わないでいてくれるのをありがたく思った。
 でも今はちょっと余裕がないんです。部屋に戻らせてください。
「じゃあ、また」
 立ち去ろうとした僕の手を奥さんが引いた。
「これ、よかったら」
 そう言ってお店の袋を手渡してくる。振り返って受け取って、中を見ると手のひらくらいの大きさの小さな鉢植えが入っていた。小さなつぼみがひしめき合うように密集している。
「カランコエといいます。お世話してあげてくださいね」
 しんしんと震えるくらい冷たかった心が、少しだけ温まった気がした。
 花を貰うと、こんな気持ちになるんだな。
 薫くんも、こんな気持ちになってくれてたんだろうか。
 条件反射のように彼のことを考えてしまって、もう、限界だった。
 瞬きと同時に涙が零れて、急いで袋を受け取って一歩引く。
「すみません、お礼は、改めて」
 口早にそう言って、エントランスを抜けてエレベーターに飛び乗った。
 部屋に上がるまでの間、震える拳を握って必死で歯を食いしばる。それでもとろとろと涙は溢れてきて、人が乗ってこないことを切に願った。
 部屋について、ドアを締めて、靴も脱がないまま僕はまた蹲って泣いた。
 僕と彼の繋がりは、完全に断たれてしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

サンタからの贈り物

未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。 ※別小説のセルフリメイクです。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

用法用量を守って正しくお使いください

煮卵
BL
エリートリーマン✖️老舗の零細企業社長 4月2日J庭にて出した新刊の再録です ★マークがHシーン お気に入り、エールいただけると嬉しいです

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

処理中です...