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パンジーの花
48.あなたを守る
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乗り込んだ電車の中で大きく息を吐く。
最悪な気分だ。
自分の行いに嫌気がさす。
勝手に恋慕して、勝手に失望して、勝手に関係を絶つ。未練がましく彼を試すようなことまでして、勝手に裏切られた気分になって、また勝手に傷ついている。
彼にとって僕はその程度の相手だったんだと、認めるべきだ。
でも、それがどうしようもなく悲しくて、今までの浮かれた気持ちが恥ずかしくて、お門違いと分かっているのに気持ちの奥底では彼を責めてしまう自分が居た。彼は何も悪くないのに。
『主税といると、凄く楽しい』
『いま最高に幸せな気分』
そう言った彼の弾んだ声や笑顔が思い出されて胸が締め付けられた。
オムライスが好きで、酔うと目尻が赤くなって、映画を見てぽろぽろ泣いて、肩に身体を預けてくれて、ウキウキした声であれこれ聞いてくれて。
彼との思い出の全部が、今の僕には辛かった。
必死で蓋をしていた感情が胸の中を暴れまわっている。
まだだめだ。家に帰るまでは蓋を開けてあげることはできない。あと少し待って欲しい。
取り乱さないように、下を向いて息を詰めた。
マンションの前まで帰って来た時、花屋さんの奥さんが慌てた様子でお店から出てきた。
「おかえりなさい。大丈夫?」
心配そうに、ちょっとだけ眉尻を下げた穏やかな顔を見て、必死で押し込めていた感情の蓋がぐらりと揺れた。
涙が溢れそうになる。
苦しい、悲しい、悔しい、切ない、虚しい。あとはどんな感情が混ざってるのかわからない。ぐちゃぐちゃだ。
そのぐちゃぐちゃの感情に全身を侵されて吐き気がする。早く外に出さないと、今すぐここに蹲ってしまいそうだ。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
無理矢理微笑んで見せたけど、きっと目が赤いのはバレてるだろう。何も言わないでいてくれるのをありがたく思った。
でも今はちょっと余裕がないんです。部屋に戻らせてください。
「じゃあ、また」
立ち去ろうとした僕の手を奥さんが引いた。
「これ、よかったら」
そう言ってお店の袋を手渡してくる。振り返って受け取って、中を見ると手のひらくらいの大きさの小さな鉢植えが入っていた。小さなつぼみがひしめき合うように密集している。
「カランコエといいます。お世話してあげてくださいね」
しんしんと震えるくらい冷たかった心が、少しだけ温まった気がした。
花を貰うと、こんな気持ちになるんだな。
薫くんも、こんな気持ちになってくれてたんだろうか。
条件反射のように彼のことを考えてしまって、もう、限界だった。
瞬きと同時に涙が零れて、急いで袋を受け取って一歩引く。
「すみません、お礼は、改めて」
口早にそう言って、エントランスを抜けてエレベーターに飛び乗った。
部屋に上がるまでの間、震える拳を握って必死で歯を食いしばる。それでもとろとろと涙は溢れてきて、人が乗ってこないことを切に願った。
部屋について、ドアを締めて、靴も脱がないまま僕はまた蹲って泣いた。
僕と彼の繋がりは、完全に断たれてしまった。
最悪な気分だ。
自分の行いに嫌気がさす。
勝手に恋慕して、勝手に失望して、勝手に関係を絶つ。未練がましく彼を試すようなことまでして、勝手に裏切られた気分になって、また勝手に傷ついている。
彼にとって僕はその程度の相手だったんだと、認めるべきだ。
でも、それがどうしようもなく悲しくて、今までの浮かれた気持ちが恥ずかしくて、お門違いと分かっているのに気持ちの奥底では彼を責めてしまう自分が居た。彼は何も悪くないのに。
『主税といると、凄く楽しい』
『いま最高に幸せな気分』
そう言った彼の弾んだ声や笑顔が思い出されて胸が締め付けられた。
オムライスが好きで、酔うと目尻が赤くなって、映画を見てぽろぽろ泣いて、肩に身体を預けてくれて、ウキウキした声であれこれ聞いてくれて。
彼との思い出の全部が、今の僕には辛かった。
必死で蓋をしていた感情が胸の中を暴れまわっている。
まだだめだ。家に帰るまでは蓋を開けてあげることはできない。あと少し待って欲しい。
取り乱さないように、下を向いて息を詰めた。
マンションの前まで帰って来た時、花屋さんの奥さんが慌てた様子でお店から出てきた。
「おかえりなさい。大丈夫?」
心配そうに、ちょっとだけ眉尻を下げた穏やかな顔を見て、必死で押し込めていた感情の蓋がぐらりと揺れた。
涙が溢れそうになる。
苦しい、悲しい、悔しい、切ない、虚しい。あとはどんな感情が混ざってるのかわからない。ぐちゃぐちゃだ。
そのぐちゃぐちゃの感情に全身を侵されて吐き気がする。早く外に出さないと、今すぐここに蹲ってしまいそうだ。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
無理矢理微笑んで見せたけど、きっと目が赤いのはバレてるだろう。何も言わないでいてくれるのをありがたく思った。
でも今はちょっと余裕がないんです。部屋に戻らせてください。
「じゃあ、また」
立ち去ろうとした僕の手を奥さんが引いた。
「これ、よかったら」
そう言ってお店の袋を手渡してくる。振り返って受け取って、中を見ると手のひらくらいの大きさの小さな鉢植えが入っていた。小さなつぼみがひしめき合うように密集している。
「カランコエといいます。お世話してあげてくださいね」
しんしんと震えるくらい冷たかった心が、少しだけ温まった気がした。
花を貰うと、こんな気持ちになるんだな。
薫くんも、こんな気持ちになってくれてたんだろうか。
条件反射のように彼のことを考えてしまって、もう、限界だった。
瞬きと同時に涙が零れて、急いで袋を受け取って一歩引く。
「すみません、お礼は、改めて」
口早にそう言って、エントランスを抜けてエレベーターに飛び乗った。
部屋に上がるまでの間、震える拳を握って必死で歯を食いしばる。それでもとろとろと涙は溢れてきて、人が乗ってこないことを切に願った。
部屋について、ドアを締めて、靴も脱がないまま僕はまた蹲って泣いた。
僕と彼の繋がりは、完全に断たれてしまった。
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