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モモの花
32.無題
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身体の機能に心臓が必要なかったら、僕の心臓は何回も止まっていたと思う。
薫くんを送って、待ってもらっていたタクシーに乗り込む。
目的地を告げるとタクシーはするすると動き出した。無口な運転手さんで助かった。存分に今日のことが回想できる。
胸を押さえて大きく息を吐いた。
今日の薫くんは、どんな賞賛の言葉でも表現できないくらい可愛かった。
映画を見てぽろぽろ泣いて、ちょっと強がるみたいに僕を睨んで、色んな話をしてくれて、僕の肩に身体を預けてくれた。
もう、もう。
抑えた胸が甘く痺れて、そこから伝染するように全身がぶるりと震えた。座席に座ったまま足首を掴むように身体を折って蹲る。
あんなの、もっと好きになってくれって言ってるようなものじゃないか。
僕の感情はどうしようもないくらい乱されて、ぐちゃぐちゃになっていた。
そこに、考えないようにしていた感情が混ざっているのを自覚してしまって胸が苦しくなる。
駄目だ。これは彼に向けていい感情じゃない。
僕は彼に惹かれて、浮ついて、ふわふわとした幸せだけを味わっていればいい。
でも、そうやって心が浮足立つのと同時に、自分ではコントロールできないおどろおどろしい情念があるのを自覚してしまった。
肩と肩が触れ合った時、腹の底で彼をめちゃくちゃに暴いてしまいたいという欲があるのに気付いてしまった。
あの時僕が煩悩のままに押し倒していたら彼はどんな顔をしただろう。
彼は酔っていた。
甘えるように首に腕を回してくれたかもしれない。
そう期待する反面、それ以上に拒絶されるのが怖かった。だから僕は我慢できた。
彼があれ以上、少しでも僕に触れていたら、僕はきっと我慢できなかったと思う。
彼はどんなふうに鳴くんだろう。どんなふうに縋って、どんなふうに身体を開くんだろう。
こうやってタクシーで蹲っている間もこんな邪な妄想をしているくらいだ。
きっと息を奪うようなキスをして、洗練された服を乱して、本能のままに彼を貪っていた。
駄目だ。どうかしてる。きっと僕も酔ってるんだ。
別れ際にとろんとした目で「またね」と言った彼を思い出してまた胸が疼いた。
またね。
それまでに心を落ち着けておこう。彼のように清らかに、蓮の花のように清廉に。
でも今日だけは。
肩に彼の熱が残っているような気がする今日だけはこの情念を許してほしい。
その夜。僕は夢の中で彼を抱いた。
夢の中の彼は、あの意志の強そうな目をとろとろに蕩けさせて僕を見て、喘ぐ息と一緒に僕の名前を呼んで、背中に爪を立てて僕に縋り付いた。
僕は彼を組み敷いていることにどうしようもない優越感を感じて、彼が泣くのを見ながら何度も劣情を吐き出した。
それから目が覚めて、最悪な気分になった。これじゃあ、あのパーティー会場に居た人たちのことをとやかく言えない。
結局、僕も彼という花に群がる虫の一匹にすぎなかったみたいだ。
薫くんを送って、待ってもらっていたタクシーに乗り込む。
目的地を告げるとタクシーはするすると動き出した。無口な運転手さんで助かった。存分に今日のことが回想できる。
胸を押さえて大きく息を吐いた。
今日の薫くんは、どんな賞賛の言葉でも表現できないくらい可愛かった。
映画を見てぽろぽろ泣いて、ちょっと強がるみたいに僕を睨んで、色んな話をしてくれて、僕の肩に身体を預けてくれた。
もう、もう。
抑えた胸が甘く痺れて、そこから伝染するように全身がぶるりと震えた。座席に座ったまま足首を掴むように身体を折って蹲る。
あんなの、もっと好きになってくれって言ってるようなものじゃないか。
僕の感情はどうしようもないくらい乱されて、ぐちゃぐちゃになっていた。
そこに、考えないようにしていた感情が混ざっているのを自覚してしまって胸が苦しくなる。
駄目だ。これは彼に向けていい感情じゃない。
僕は彼に惹かれて、浮ついて、ふわふわとした幸せだけを味わっていればいい。
でも、そうやって心が浮足立つのと同時に、自分ではコントロールできないおどろおどろしい情念があるのを自覚してしまった。
肩と肩が触れ合った時、腹の底で彼をめちゃくちゃに暴いてしまいたいという欲があるのに気付いてしまった。
あの時僕が煩悩のままに押し倒していたら彼はどんな顔をしただろう。
彼は酔っていた。
甘えるように首に腕を回してくれたかもしれない。
そう期待する反面、それ以上に拒絶されるのが怖かった。だから僕は我慢できた。
彼があれ以上、少しでも僕に触れていたら、僕はきっと我慢できなかったと思う。
彼はどんなふうに鳴くんだろう。どんなふうに縋って、どんなふうに身体を開くんだろう。
こうやってタクシーで蹲っている間もこんな邪な妄想をしているくらいだ。
きっと息を奪うようなキスをして、洗練された服を乱して、本能のままに彼を貪っていた。
駄目だ。どうかしてる。きっと僕も酔ってるんだ。
別れ際にとろんとした目で「またね」と言った彼を思い出してまた胸が疼いた。
またね。
それまでに心を落ち着けておこう。彼のように清らかに、蓮の花のように清廉に。
でも今日だけは。
肩に彼の熱が残っているような気がする今日だけはこの情念を許してほしい。
その夜。僕は夢の中で彼を抱いた。
夢の中の彼は、あの意志の強そうな目をとろとろに蕩けさせて僕を見て、喘ぐ息と一緒に僕の名前を呼んで、背中に爪を立てて僕に縋り付いた。
僕は彼を組み敷いていることにどうしようもない優越感を感じて、彼が泣くのを見ながら何度も劣情を吐き出した。
それから目が覚めて、最悪な気分になった。これじゃあ、あのパーティー会場に居た人たちのことをとやかく言えない。
結局、僕も彼という花に群がる虫の一匹にすぎなかったみたいだ。
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