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モモの花
31.ルドベキア
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不覚だった。油断していた。
主税の方からいいムードになれそうなラブストーリーを選択してくれるなんて願ったりかなったりだと思ってウキウキしてたのに、ボディタッチのタイミングを探っているうちに物語に引き込まれて最終的には号泣してしまった。
主税が呆れたような顔で俺を見ている。
俺は最後の涙を拭いて顔を逸らして窓の外を見た。外は曇り空だ。
「だ、大丈夫…?」
主税は困ったようにおろおろしている。手を置こうとしたのか、肩に手が伸ばされて、そのまま引っ込んだ。
違う、そんな顔が見たいんじゃない。もっとこう余裕のない、しどろもどろになった顔が見たいんだ。
「ごめん。感動しちゃって…」
取り繕って笑顔を向けると、主税は「くぅ」と変な音を出して立ち上がった。
「お酒、取ってくるね」
気付けばお互い空になっていた空き缶をキッチンに運んで、冷蔵庫から新しいビールを取り出す。
その姿を目で追うと、花瓶に活けられた花が目に入った。
『ルピナスって、いうんだって』
エレベーターの中ではにかんだ主税の顔を思い出す。ああいう顔だよ。
今日のコイツはなんかちょっと力が抜けていて、余裕そうに見える。ホームだからか。
持って来たビールを俺のグラスに注いで、そのまま自分のグラスにも注いでしまう。
「ちょっと、休憩、する?」
そう俺を気遣って主税が首を傾げる。
確かに、今の状態でもし次の映画がまた刺さったら、俺はフラれた男みたいな顔して家まで帰らないといけなくなる。
ビールを飲んで小さく頷くと、主税はもにょっと唇を歪めて目を逸らしてしまった。
どういう感情の顔だ、それは。
深呼吸して落ち着いて、間を持たせるためにつまみを食べる。濃い味の鮭のハラミに酒が進んだ。
「薫くんはさ、何歳なの?」
隣でグラスを持った主税が問いかけてきた。
そういえばこの前は映画とゲームの話ばかりでそういう話は一切出なかった。
お互いを知るにはいい機会なのかもしれない。
「32。主税は?」
続けてそう返すと、主税は驚いたような顔をした。その顔のままグラスに新しくビールを注ぐ。
今日はダメだ。普段なら相手のグラスの中身が減ってきたらすぐに注げるだけの余裕があるのに。
「すごいね。若く見える。26.7くらいだと思ってた。僕は34」
こちらこそ、年上ってことに驚いた。絶対年下だと思ってた。30手前くらいかと。魔法使いめ。
まぁ、2歳差なんてあってないようなもんだ。同世代。
案外歳が近いことにちょっと嬉しくなって、またビールを煽った。やっぱり、20代と30代の壁は大きいから。
「じゃあ、誕生日は?」
重ねて質問されて、おかしくなって笑ってしまった。質問合戦だ。
「4月14。主税は?」
俺が笑うと主税も嬉しそうに笑って、目尻を少しだけ赤くした。
「3月16。何がおかしいの?」
主税はビールを少しだけ飲んで、ソファに深く腰かけて背もたれに身体を預けた。俺もそれに倣う。凭れたソファは少し硬くて、ちょっと酔ってふわふわし始めた身体をしっかり支えてくれた。
「や、だって、お互い質問ばっかりだから」
そう言って主税の顔を見ると、ちょっと考えるふうな顔をしてから、真面目な顔になった。驚いてこちらも笑顔が抜ける。
「薫くんのことは、何でも知りたいよ?」
急にそんなことを言われて、ドキッと心臓が跳ねた。長い前髪の、ダサい眼鏡の奥の目が俺の目を真っ直ぐ見つめている。
コイツ、いつの間にこんなに俺の目をみれるようになったんだ。この前まで目があうだけで真っ赤になって俯いてたくせに。ホームだからって調子に乗りやがって。
思わず大きくビールを煽った。空になったグラスに、新しいビールは注がれない。
「ん」
強請るようにグラスを差し出すと、主税は困ったように眉尻を下げた。
「薫くん、これで最後にしときなね?」
渋々、といった具合に半分だけ注がれたビールを少しだけ飲んで身体の力を抜くと、自然と主税の肩に凭れかかる格好になった。
凭れた肩がぎくっと強張って、主税が顔を逸らす。グラスを持つ手がふるふると震えている。
お、これは、自然なボディタッチじゃないですか。俺もなかなかやるじゃん。
「どうしたの?」
追い打ちをかけるように顔を覗き込むと主税は一層顔を逸らして俺の視線から逃れた。
でも、真っ赤になった耳までは隠せていない。
求めていた反応が返ってきて、俺は上機嫌になった。
「主税といると、凄く楽しい」
本当はもっと畳みかけたいところだけど、もうすぐ帰らないといけない時間だろう。
それに今日は俺も調子が出ない。あの映画のせいもあるけど、ホーム戦の主税が強すぎる。
「でも、そろそろ帰らなくちゃ」
自分からそう切り出すと、主税はホッと息を吐いて俺の身体を支えながら立ち上がった。
「薫くんが何て言っても、送ってくから」
帰れないほど酔ってはないけど、主税の強い目線に思わず頷いた。
主税の方からいいムードになれそうなラブストーリーを選択してくれるなんて願ったりかなったりだと思ってウキウキしてたのに、ボディタッチのタイミングを探っているうちに物語に引き込まれて最終的には号泣してしまった。
主税が呆れたような顔で俺を見ている。
俺は最後の涙を拭いて顔を逸らして窓の外を見た。外は曇り空だ。
「だ、大丈夫…?」
主税は困ったようにおろおろしている。手を置こうとしたのか、肩に手が伸ばされて、そのまま引っ込んだ。
違う、そんな顔が見たいんじゃない。もっとこう余裕のない、しどろもどろになった顔が見たいんだ。
「ごめん。感動しちゃって…」
取り繕って笑顔を向けると、主税は「くぅ」と変な音を出して立ち上がった。
「お酒、取ってくるね」
気付けばお互い空になっていた空き缶をキッチンに運んで、冷蔵庫から新しいビールを取り出す。
その姿を目で追うと、花瓶に活けられた花が目に入った。
『ルピナスって、いうんだって』
エレベーターの中ではにかんだ主税の顔を思い出す。ああいう顔だよ。
今日のコイツはなんかちょっと力が抜けていて、余裕そうに見える。ホームだからか。
持って来たビールを俺のグラスに注いで、そのまま自分のグラスにも注いでしまう。
「ちょっと、休憩、する?」
そう俺を気遣って主税が首を傾げる。
確かに、今の状態でもし次の映画がまた刺さったら、俺はフラれた男みたいな顔して家まで帰らないといけなくなる。
ビールを飲んで小さく頷くと、主税はもにょっと唇を歪めて目を逸らしてしまった。
どういう感情の顔だ、それは。
深呼吸して落ち着いて、間を持たせるためにつまみを食べる。濃い味の鮭のハラミに酒が進んだ。
「薫くんはさ、何歳なの?」
隣でグラスを持った主税が問いかけてきた。
そういえばこの前は映画とゲームの話ばかりでそういう話は一切出なかった。
お互いを知るにはいい機会なのかもしれない。
「32。主税は?」
続けてそう返すと、主税は驚いたような顔をした。その顔のままグラスに新しくビールを注ぐ。
今日はダメだ。普段なら相手のグラスの中身が減ってきたらすぐに注げるだけの余裕があるのに。
「すごいね。若く見える。26.7くらいだと思ってた。僕は34」
こちらこそ、年上ってことに驚いた。絶対年下だと思ってた。30手前くらいかと。魔法使いめ。
まぁ、2歳差なんてあってないようなもんだ。同世代。
案外歳が近いことにちょっと嬉しくなって、またビールを煽った。やっぱり、20代と30代の壁は大きいから。
「じゃあ、誕生日は?」
重ねて質問されて、おかしくなって笑ってしまった。質問合戦だ。
「4月14。主税は?」
俺が笑うと主税も嬉しそうに笑って、目尻を少しだけ赤くした。
「3月16。何がおかしいの?」
主税はビールを少しだけ飲んで、ソファに深く腰かけて背もたれに身体を預けた。俺もそれに倣う。凭れたソファは少し硬くて、ちょっと酔ってふわふわし始めた身体をしっかり支えてくれた。
「や、だって、お互い質問ばっかりだから」
そう言って主税の顔を見ると、ちょっと考えるふうな顔をしてから、真面目な顔になった。驚いてこちらも笑顔が抜ける。
「薫くんのことは、何でも知りたいよ?」
急にそんなことを言われて、ドキッと心臓が跳ねた。長い前髪の、ダサい眼鏡の奥の目が俺の目を真っ直ぐ見つめている。
コイツ、いつの間にこんなに俺の目をみれるようになったんだ。この前まで目があうだけで真っ赤になって俯いてたくせに。ホームだからって調子に乗りやがって。
思わず大きくビールを煽った。空になったグラスに、新しいビールは注がれない。
「ん」
強請るようにグラスを差し出すと、主税は困ったように眉尻を下げた。
「薫くん、これで最後にしときなね?」
渋々、といった具合に半分だけ注がれたビールを少しだけ飲んで身体の力を抜くと、自然と主税の肩に凭れかかる格好になった。
凭れた肩がぎくっと強張って、主税が顔を逸らす。グラスを持つ手がふるふると震えている。
お、これは、自然なボディタッチじゃないですか。俺もなかなかやるじゃん。
「どうしたの?」
追い打ちをかけるように顔を覗き込むと主税は一層顔を逸らして俺の視線から逃れた。
でも、真っ赤になった耳までは隠せていない。
求めていた反応が返ってきて、俺は上機嫌になった。
「主税といると、凄く楽しい」
本当はもっと畳みかけたいところだけど、もうすぐ帰らないといけない時間だろう。
それに今日は俺も調子が出ない。あの映画のせいもあるけど、ホーム戦の主税が強すぎる。
「でも、そろそろ帰らなくちゃ」
自分からそう切り出すと、主税はホッと息を吐いて俺の身体を支えながら立ち上がった。
「薫くんが何て言っても、送ってくから」
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