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アカンサスの花
18.この恋に気付いて
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今日はいよいよ、待ちに待った土曜日。この一週間、顔を洗っては彼のことを想い、映画を見ては彼のことを想い、仕事の区切りがついて意識が浮上した時にも彼のことを想った。
ずっと薫くんのことを考えていた。
家に帰れば休まると思っていた心臓はことあるごとに跳ねて、不意にオムライスとドリアを思い出して胸を押さえる。
そんな日々を過ごしていた。
いつもより早く目が覚めて、少し仕事をして、シャワーを浴びる。時刻は7:00を少し過ぎたころ。
彼との待ち合わせは13:00に、彼の家で。昼前に出てどこかで簡単に昼食を済ませて向かえばちょうどいいくらいの時間になるだろうけど、お土産も買っていきたいしちょっと早めに出るようにしよう。
お土産は何がいいだろう。甘いものが好きかどうかわからないから安易にケーキというわけにはいかない。かといって乾きものじゃ法事みたいだし。
これは、難しい。
念のため二人で飲む用に、ジュースやお酒、お菓子も買っていこう。
新しく買ったワックスで髪を少し纏めて、新しく買った服に袖を通す。
新しい服を着て出かける時はいつも少し緊張する。ましてや、今日はこれを着て彼に会うんだ。
殊更ゆっくり着替えて、それでも時間はたっぷり余っているからコーヒーを淹れた。
気を落ち着かせるように深呼吸してコーヒーの香りを吸い込む。いつもより上手に淹れれたし、美味しい気がした。
お土産は駅前のケーキ屋さんのコーヒーゼリーにしよう。
そう決めて部屋を出た。
1階に降りた時、花屋さんが開店準備をしているところに出くわした。
彼に花を贈りたいなと思ったことを思い出して一瞬足を止める。
花を贈るのはちょっと気障かもしれない。
でも、僕が好きなものを彼に知って欲しいとも思った。
その一瞬で表に出した鉢植えの木や花に水をやる奥さんと目が合った。彼女はいつも愛想よくにっこりと微笑みかけてくれる。
「あら、おはようございます。お早いですね。今日のディスプレイはアイリスという花ですよ」
彼女の柔らかい雰囲気に緊張がとろりとほどけた。
「あの、…好きな人に、花を贈りたいんです…」
半ば無意識に、そう口走っていた。
花屋の奥さんは少し驚いた顔をして、それから嬉しそうにパッと破顔した。
「あらあら!まぁ!ありがとうございます!」
まだ開店前だろうに、招き入れるように中へ案内されて改めて店内を見回す。思えばゆっくりと店内を見回すのは初めてかもしれない。
壁際や足元に所狭しとおかれたブリキのバケツに色とりどりの花々が生けられている。初めてゆっくり見回した店内は洗練されていて、なんとなく彼の洒脱な雰囲気を思い出させた。
「どんな方なのかしら。お二人はどちらで?あなたの気持ちは知ってるの?」
そう口早に言い募る彼女にちょっと焦りながら、勢いに負けて全ての質問に真面目に答えてしまった。
とても綺麗で可愛らしい人で、パーティーで出会って、僕の一方的な恋慕だということ。
彼女は「うふ」と笑って小さな鈴が連なったような花を抜き出した。白に、水色に、薄い黄色。
「ピッタリの花がありますよ。お相手が気付いてくれるといいですね」
言葉の意味が分からずに首を傾げると、その花に添える花をいくつか抜き取りながら彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
「リナリアと言います。花言葉は、「この恋に気付いて」」
言われて、一気に顔に熱が集まるのを感じた。
花言葉なんて、初めて知った。そんな、花に意味があるなんて。
ましてや、そんな意味の花なんて。
動揺している僕を置いて、彼女は笑みを崩さないままあっという間に花束を作ってしまった。
「はい、もう出来上がっちゃいました。これで誰にも渡されないなんてことになったら、かわいそうですねぇ」
あれよあれよという間に袋に入れて手渡された花束を持って、茫然と立ち尽くす僕の背中を奥さんはとんとんと叩く。
「このくらい行かないと!」
僕は動揺したまま頷いて花束を受け取った。
気付いた時には会計を済ませて花屋さんの前で立ち尽くしていた。
ずっと薫くんのことを考えていた。
家に帰れば休まると思っていた心臓はことあるごとに跳ねて、不意にオムライスとドリアを思い出して胸を押さえる。
そんな日々を過ごしていた。
いつもより早く目が覚めて、少し仕事をして、シャワーを浴びる。時刻は7:00を少し過ぎたころ。
彼との待ち合わせは13:00に、彼の家で。昼前に出てどこかで簡単に昼食を済ませて向かえばちょうどいいくらいの時間になるだろうけど、お土産も買っていきたいしちょっと早めに出るようにしよう。
お土産は何がいいだろう。甘いものが好きかどうかわからないから安易にケーキというわけにはいかない。かといって乾きものじゃ法事みたいだし。
これは、難しい。
念のため二人で飲む用に、ジュースやお酒、お菓子も買っていこう。
新しく買ったワックスで髪を少し纏めて、新しく買った服に袖を通す。
新しい服を着て出かける時はいつも少し緊張する。ましてや、今日はこれを着て彼に会うんだ。
殊更ゆっくり着替えて、それでも時間はたっぷり余っているからコーヒーを淹れた。
気を落ち着かせるように深呼吸してコーヒーの香りを吸い込む。いつもより上手に淹れれたし、美味しい気がした。
お土産は駅前のケーキ屋さんのコーヒーゼリーにしよう。
そう決めて部屋を出た。
1階に降りた時、花屋さんが開店準備をしているところに出くわした。
彼に花を贈りたいなと思ったことを思い出して一瞬足を止める。
花を贈るのはちょっと気障かもしれない。
でも、僕が好きなものを彼に知って欲しいとも思った。
その一瞬で表に出した鉢植えの木や花に水をやる奥さんと目が合った。彼女はいつも愛想よくにっこりと微笑みかけてくれる。
「あら、おはようございます。お早いですね。今日のディスプレイはアイリスという花ですよ」
彼女の柔らかい雰囲気に緊張がとろりとほどけた。
「あの、…好きな人に、花を贈りたいんです…」
半ば無意識に、そう口走っていた。
花屋の奥さんは少し驚いた顔をして、それから嬉しそうにパッと破顔した。
「あらあら!まぁ!ありがとうございます!」
まだ開店前だろうに、招き入れるように中へ案内されて改めて店内を見回す。思えばゆっくりと店内を見回すのは初めてかもしれない。
壁際や足元に所狭しとおかれたブリキのバケツに色とりどりの花々が生けられている。初めてゆっくり見回した店内は洗練されていて、なんとなく彼の洒脱な雰囲気を思い出させた。
「どんな方なのかしら。お二人はどちらで?あなたの気持ちは知ってるの?」
そう口早に言い募る彼女にちょっと焦りながら、勢いに負けて全ての質問に真面目に答えてしまった。
とても綺麗で可愛らしい人で、パーティーで出会って、僕の一方的な恋慕だということ。
彼女は「うふ」と笑って小さな鈴が連なったような花を抜き出した。白に、水色に、薄い黄色。
「ピッタリの花がありますよ。お相手が気付いてくれるといいですね」
言葉の意味が分からずに首を傾げると、その花に添える花をいくつか抜き取りながら彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
「リナリアと言います。花言葉は、「この恋に気付いて」」
言われて、一気に顔に熱が集まるのを感じた。
花言葉なんて、初めて知った。そんな、花に意味があるなんて。
ましてや、そんな意味の花なんて。
動揺している僕を置いて、彼女は笑みを崩さないままあっという間に花束を作ってしまった。
「はい、もう出来上がっちゃいました。これで誰にも渡されないなんてことになったら、かわいそうですねぇ」
あれよあれよという間に袋に入れて手渡された花束を持って、茫然と立ち尽くす僕の背中を奥さんはとんとんと叩く。
「このくらい行かないと!」
僕は動揺したまま頷いて花束を受け取った。
気付いた時には会計を済ませて花屋さんの前で立ち尽くしていた。
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