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スイセンの花

4.夢で逢えたら

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 マンションの一階には花屋さんがある。
 5.60代くらいのご夫婦が二人で切り盛りしている店で、表に面した大きなガラス窓の向こうには毎日違う花が飾られている。
 ここに越してくるまでは全く興味がなかったけど、玄関を入る前に少し覗き込んでるうち、気になる花がある時は何本か買って部屋に飾ったりするくらいには花が好きになった。
 仕事が煮詰まった時とか、趣味のゲームで嫌な気分になった時、顔を上げたら生きている色があると、なんというか、ホッとする。この暗い画面が全てじゃないんだなぁって。

 今日の花は、ちょっと変わっていた。見たことのない花だ。まぁ、詳しくはないからいつも見たことのない花ばかりなんだけど。
 光合成できるのか心配になるような細い細い葉が背景を霞ませるように密集していて、その中に存在を主張するように白い星を重ねたような花がぽつぽつと咲いている。
 不意に、先日パーティーで会った彼を思い出した。
 雑多な人混みの中で一際目を引く存在感。キラキラ輝く星のような。
「…薫くん」
 口の中で名前を呟くと、ぶわっと全身が粟立った。
 彼と会ってからこちら、こういうことが度々ある。
 何かにつけて彼を思い出して、名前を呟いて、言いようのない多幸感に包まれる。
 彼は時々連絡をくれるけど、その度に心が浮足立って、でも変な風に思われたくなくて、そっけない、最低限の返事を返してしまう。それで、返事してからもっとこう言えばよかったとか、嫌な気分になってないだろうかと不安になる。
 こんなことって初めてだ。これがホントの恋と言うんだろうか。だとしたら、こんなに苦しい幸せがあるなんて初めて知った。
 毎日幸せだけど、毎日苦しい。パーティーの時の綺麗で可愛い彼を思い出しては心が弾んで、会いたいけど、会うときっと僕はまたしどろもどろになって彼に変に思われるだろうから、会いたくなくて。二つの感情の間で悶える。
 自分の中に浮かんだ色んな感情に混乱しつつ、少し立ち尽くしてしまっていたことに気付いて慌てて花屋さんに入った。
 奥さんがすぐに出てきて「あらっ」と弾んだ声を出す。
「こんにちは。ディスプレイの花でいいですか?」
 ちょくちょく寄ってるせいか、ここのご夫婦は僕の顔を覚えてくれている。いつも僕が店内を見ることもなく窓際の花ばかり、2.3本だけ頼むことも。
 僕が小さく頷くと奥さんはニッコリと笑って花の準備をしてくれた。
「今日は暑くも寒くもなくて過ごしやすいですねぇ。こういう日はお花も元気なんですよ」
 彼女の世間話に微笑んで頷きながら大きなガラス窓から外を見た。空は晴れていて、でもレースのカーテンを引いたみたいに日差しは柔らかい。
 勝手知ったる注文だ。何も言わなくても自宅用として包装された白い花を受け取って、お礼を言って店を出た。
 部屋に上がるエレベーターの中で、ふと、彼に花を贈りたいなと思った。
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