2 / 77
スイセンの花
2.清らかな心 神聖
しおりを挟む蓮の花が咲いてるのかと思った。
スッと伸びた背筋に穏やかに微笑んだ口元。洒脱な眼鏡の奥に知的な光を宿した意思の強そうな瞳。どろどろした足元なんて物ともせず、高く茎を伸ばして一輪だけ咲く大輪の花のような。
なんて綺麗で可愛い人なんだろう。
彼のいる場所だけ空気が清廉に澄んでいる気がして、思わず息を飲んだ。
多分今僕は凄く間抜けな顔をしてる。それを自覚しつつ、彼から目が離せない。
それに誘われる虫のように言いよる男性とちょっと困ったような笑顔で話す様子は、儚げで、簡単に手折られてしまいそうで、身がすくむ思いがした。
急に、勝手な嫉妬心が沸いた。彼は君たちみたいな相手がずかずかと乱暴に手折っていい人じゃない。
そう考えてから、自分の異常な感情に気付いて寒気がした。なんだこれは。自分で自分が気持ち悪い。まるでストーカーの心理じゃないか。
鳥肌が立つ自分の首筋を摩りながらも、彼を見つめることをやめることはできなかった。
怖いから一緒に参加してくれと、知人に無理やり参加させられたパーティー。
怯えていた彼は雰囲気を知って意気揚々とどこかへ行ってしまった。僕はどうすればと。
こういう所ははっきり言って苦手だ。情緒のない、即物的な熱気に当てられて少し気分が悪くなっていた所だ。
でも、彼を見かけた途端、息苦しさは霧散した。
自分の胸の内に初めて感じる汚らしい感情への嫌悪感と、同時に浮かび上がる深い喜びに、僕は大いに混乱した。
彼の元へはひっきりなしに青い名札の男性が訪れていて、その度にハラハラする。男たちが憎々し気な顔をして立ち去る度にホッとする。
自分の感情の整理がつかないまま、アナウンスに促されて所定の席に座った。
「ねぇ、聞いてる?」
棘のある声に、回想から浮かび上がった。
目を上げると嫌悪感も露わにこちらを睨む若い男の子が居た。
「ごめん。聞いてなかった」
そう言うと彼は一層眉根を寄せて「ふんっ」と鼻から息を吐いた。
「だからさ、年収聞いてんの。それ次第で遊んであげるからさ」
自分が優位と疑わない、若い子特有の自信。きっとこの子は僕の年収を聞いたら途端にニッコリ笑顔になって、連絡先を強請って毎日連絡をしてくるんだろう。
そういうのが分かるくらいには場数は踏んでいるつもりだ。いや、最終的にそこに行き付いた経験しかないから、場数と言うよりは経験則だ。
「ごめんね。君みたいな子、嫌い」
はっきりそう言うと彼は顔を真っ赤にしてぶるりと震えた。まさか僕の方からそんなことを言われるとは思っていなかったんだろう。
「こっちから願い下げだよオタク野郎っ!」
潜めた怒声を浴びながら、僕は「早く帰りたいな」と心から思った。
でもその前に、蓮の花の彼と少しでも話す時間があることを思い出して、ドッと背筋に冷や汗が沸いてくる。
どうしよう。こんなことになるならちゃんとしてくればよかった。
彼にもこんな対応をされるのかと思うと胸がジクジクと痛んだ。
きっと彼は違う、という期待と、失望したくないという願望とがせめぎ合う。
それでもチン、チン、とベルの音を聞き過ごす度に、いよいよ彼との歓談の時間がやってきてしまった。
「顔、見えないよ?」
そう声を掛けられて僕は自分が彼の顔も見れず俯いていたことに気付いた。
慌てて顔を上げると、眼鏡の奥の瞳が僕を捉えて、ゾクゾクと背筋が震える。
こんな感覚は初めてだ。
彼が僕を見つめていると自覚して、どうしようもない気恥ずかしさと、快感にも似た痺れと、恐怖に似た怖気が同時に走った。
彼の声がふわふわと遠くから聞こえる。
僕はきちんと受け答えできてるんだろうか。自分が何を言っているのかわからない。
俯いたままチラチラと見上げる彼は相変わらず穏やかな笑みを浮かべていて、ドキドキする。
「ね、連絡先教えて。もっと話したいな」
そのちょっと意地悪気な微笑みに、ことん、と頭の中で音がした。
これが、恋に落ちるということだろうか。
1
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
彼者誰時に溺れる
あこ
BL
外れない指輪。消えない所有印。買われた一生。
けれどもそのかわり、彼は男の唯一無二の愛を手に入れた。
✔︎ 四十路手前×ちょっと我儘未成年愛人
✔︎ 振り回され気味攻と実は健気な受
✔︎ 職業反社会的な攻めですが、BL作品で見かける?ようなヤクザです。(私はそう思って書いています)
✔︎ 攻めは個人サイトの読者様に『ツンギレ』と言われました。
✔︎ タグの『溺愛』や『甘々』はこの攻めを思えば『受けをとっても溺愛して甘々』という意味で、人によっては「え?溺愛?これ甘々?」かもしれません。
🔺ATTENTION🔺
攻めは女性に対する扱いが酷いキャラクターです。そうしたキャラクターに対して、不快になる可能性がある場合はご遠慮ください。
暴力的表現(いじめ描写も)が作中に登場しますが、それを推奨しているわけでは決してありません。しかし設定上所々にそうした描写がありますので、苦手な方はご留意ください。
性描写は匂わせる程度や触れ合っている程度です。いたしちゃったシーン(苦笑)はありません。
タイトル前に『!』がある場合、アルファポリスさんの『投稿ガイドライン』に当てはまるR指定(暴力/性表現)描写や、程度に関わらずイジメ描写が入ります。ご注意ください。
➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
➡︎ 作品は『時系列順』ではなく『更新した順番』で並んでいます。
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
異世界転移して岩塩を渇望していたらイケメン冒険者がタダでくれたので幸せです
緑虫
BL
#食欲の秋グルメ小説・イラスト企画 用に書き始めたら何故か岩塩メインになった短編(多分)です
母親の葬儀の後、空っぽになったイクトは目が覚めると異世界転移をしていた。異世界転移先で監督者のおじさんローランとスローライフを送っていたが、塩の入手が困難で実はかなり塩味に飢えていた。
そんな時、ローランの息子で冒険者のユージーンがふらりと立ち寄り……?
エロなしです!
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
僕の兄は◯◯です。
山猫
BL
容姿端麗、才色兼備で周囲に愛される兄と、両親に出来損ない扱いされ、疫病除けだと存在を消された弟。
兄の監視役兼影のお守りとして両親に無理やり決定づけられた有名男子校でも、異性同性関係なく堕としていく兄を遠目から見守って(鼻ほじりながら)いた弟に、急な転機が。
「僕の弟を知らないか?」
「はい?」
これは王道BL街道を爆走中の兄を躱しつつ、時には巻き込まれ、時にはシリアス(?)になる弟の観察ストーリーである。
文章力ゼロの思いつきで更新しまくっているので、誤字脱字多し。広い心で閲覧推奨。
ちゃんとした小説を望まれる方は辞めた方が良いかも。
ちょっとした笑い、息抜きにBLを好む方向けです!
ーーーーーーーー✂︎
この作品は以前、エブリスタで連載していたものです。エブリスタの投稿システムに慣れることが出来ず、此方に移行しました。
今後、こちらで更新再開致しますのでエブリスタで見たことあるよ!って方は、今後ともよろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる