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スイセンの花

2.清らかな心 神聖

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 蓮の花が咲いてるのかと思った。
 スッと伸びた背筋に穏やかに微笑んだ口元。洒脱な眼鏡の奥に知的な光を宿した意思の強そうな瞳。どろどろした足元なんて物ともせず、高く茎を伸ばして一輪だけ咲く大輪の花のような。
 なんて綺麗で可愛い人なんだろう。
 彼のいる場所だけ空気が清廉に澄んでいる気がして、思わず息を飲んだ。
 多分今僕は凄く間抜けな顔をしてる。それを自覚しつつ、彼から目が離せない。
 それに誘われる虫のように言いよる男性とちょっと困ったような笑顔で話す様子は、儚げで、簡単に手折られてしまいそうで、身がすくむ思いがした。
 急に、勝手な嫉妬心が沸いた。彼は君たちみたいな相手がずかずかと乱暴に手折っていい人じゃない。
 そう考えてから、自分の異常な感情に気付いて寒気がした。なんだこれは。自分で自分が気持ち悪い。まるでストーカーの心理じゃないか。
 鳥肌が立つ自分の首筋を摩りながらも、彼を見つめることをやめることはできなかった。

 怖いから一緒に参加してくれと、知人に無理やり参加させられたパーティー。
 怯えていた彼は雰囲気を知って意気揚々とどこかへ行ってしまった。僕はどうすればと。
 こういう所ははっきり言って苦手だ。情緒のない、即物的な熱気に当てられて少し気分が悪くなっていた所だ。
 でも、彼を見かけた途端、息苦しさは霧散した。
 自分の胸の内に初めて感じる汚らしい感情への嫌悪感と、同時に浮かび上がる深い喜びに、僕は大いに混乱した。
 彼の元へはひっきりなしに青い名札の男性が訪れていて、その度にハラハラする。男たちが憎々し気な顔をして立ち去る度にホッとする。
 自分の感情の整理がつかないまま、アナウンスに促されて所定の席に座った。

「ねぇ、聞いてる?」
 棘のある声に、回想から浮かび上がった。
 目を上げると嫌悪感も露わにこちらを睨む若い男の子が居た。
「ごめん。聞いてなかった」
 そう言うと彼は一層眉根を寄せて「ふんっ」と鼻から息を吐いた。
「だからさ、年収聞いてんの。それ次第で遊んであげるからさ」
 自分が優位と疑わない、若い子特有の自信。きっとこの子は僕の年収を聞いたら途端にニッコリ笑顔になって、連絡先を強請って毎日連絡をしてくるんだろう。
 そういうのが分かるくらいには場数は踏んでいるつもりだ。いや、最終的にそこに行き付いた経験しかないから、場数と言うよりは経験則だ。
「ごめんね。君みたいな子、嫌い」
 はっきりそう言うと彼は顔を真っ赤にしてぶるりと震えた。まさか僕の方からそんなことを言われるとは思っていなかったんだろう。
「こっちから願い下げだよオタク野郎っ!」
 潜めた怒声を浴びながら、僕は「早く帰りたいな」と心から思った。
 でもその前に、蓮の花の彼と少しでも話す時間があることを思い出して、ドッと背筋に冷や汗が沸いてくる。
 どうしよう。こんなことになるならちゃんとしてくればよかった。
 彼にもこんな対応をされるのかと思うと胸がジクジクと痛んだ。
 きっと彼は違う、という期待と、失望したくないという願望とがせめぎ合う。
 それでもチン、チン、とベルの音を聞き過ごす度に、いよいよ彼との歓談の時間がやってきてしまった。

「顔、見えないよ?」
 そう声を掛けられて僕は自分が彼の顔も見れず俯いていたことに気付いた。
 慌てて顔を上げると、眼鏡の奥の瞳が僕を捉えて、ゾクゾクと背筋が震える。
 こんな感覚は初めてだ。
 彼が僕を見つめていると自覚して、どうしようもない気恥ずかしさと、快感にも似た痺れと、恐怖に似た怖気が同時に走った。
 彼の声がふわふわと遠くから聞こえる。
 僕はきちんと受け答えできてるんだろうか。自分が何を言っているのかわからない。
 俯いたままチラチラと見上げる彼は相変わらず穏やかな笑みを浮かべていて、ドキドキする。
「ね、連絡先教えて。もっと話したいな」
 そのちょっと意地悪気な微笑みに、ことん、と頭の中で音がした。
 これが、恋に落ちるということだろうか。
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