【R18】BL短編集

【完結】部屋とワセリンと鋏【甘め/鏡】

9*

「感じてるんだな。…可愛い」
　低い囁きと、熱っぽく潤んだ視線に首筋が痺れる。
　視線から逃れるように目を逸らすと、押し倒されたベッドの反対側に大きな鏡があるのが見えた。
　うん、買うよな。全身鏡。部屋で練習できるように。
　ぼんやりとした思考が過るのと同時に、そこに映った自分と目が合った。
　上気した頬、荒い息を吐く半開きの唇はとろりと湿っていて、熱に浮かされたような視線は涙で潤んでいる。
「…っ!!」
　あまりのだらしない顔に羞恥心が込み上げて、慌てて顔を背けた。
　その様子に気付いたのか気付いていないのか、及川はくす、と鼻を鳴らして俺の頬を撫でた。指先が目尻を擽って、頬を滑って唇をやわやわと揉む。その動きに先ほどのだらしない顔が思い出されて頬が熱くなった。
「も…なんだよ…っ」
　顔を捩って手から逃れて軽く睨みつけてやっても、余裕を感じる涼し気な微笑みに往なされてしまう。
「乳首ちょっと虐められただけでこんななってんの、可愛いなと思って」
　言葉と同時にするりと股間を撫で上げられて思わず腰が跳ねた。
　女の子としたことがないわけじゃないけど、そんなに積極的に他人にそこを触られたこともあまりなくて焦ってしまう。
　だって、気持ち良かったし、興奮、してるし…。
「お、お前だって、触ってもないのに…っ」
　やり返すつもりで言い返すと、及川は笑みを深めて目尻に意地悪気な色を浮かべた。
「そりゃあ、好きな奴抱けると思って勃たない男なんていないだろ」
「だ…っ」
　想定外のカウンターを返されて逆に俺の方が赤くさせられてしまう。
　抱くって言った…！
　そりゃ、そうなんだろうなってわかってはいたんだけど、いざ言葉にされるとその強烈なインパクトにくらりと眩暈がした。
　衝撃を受けて唖然としている俺を置いて、及川の手がまた動き始める。
　乳首をくにくにと虐める指先はそのままに、もう一方の手で器用にベルトを外されて、あっという間にズボンの前が寛げられてしまった。
　股間を押さえつけていた圧迫感が緩んで、思わずはぁ、と吐息が漏れる。
「犬塚…染みてる…」
　解放感に浸っている所に及川の熱っぽい囁きが滑り込んできて、かっと頬が熱くなった。
　その言葉が示す通り、露わにされた下着はうっすらと湿っていて、そこを及川の指が滑って、くち、と密かな音をたてる。
「～～～っ!!」
　羞恥心でどうにかなるかと思った。
　そりゃ、勃ったら濡れるよ。生理現象だろ。
　でも敢えてそんなことを言われると、自分のその反応が凄く恥ずかしいもののように思えてきて堪らなくなった。
　何より、それを及川に見られて、指摘されたということにどうしようもなく羞恥心を煽られる。
　その恥ずかしい光景も、相変わらず意地悪な及川の表情も見ていられなくて、堪らず首に腕を回して抱き寄せるようにしがみ付いた。こうしてしまえば、見なくていいし見られることもない。これ以上恥ずかしいことはない。
　そう思っての行動が、裏目に出るとは思わなかった。
「…パンツに染み作るくらい乳首で感じてるんだな」
　耳元に吹き込まれた低い声に、ぞくりと首筋が痺れて思わず肩を竦める。笑みを含んだその声は、明らかに俺を揶揄っているということがわかった。
　そんな風に揶揄われて、もう、頬どころか顔中、耳まで熱い。
「ち、ちが…っ」
　熱い吐息に耳朶を擽られるとその痺れが背中を這い回るように広がって、意思に反して及川の手の中で性器がひくんと跳ねる。その反応に合わせて、及川の手がするりと下着の中に滑り込んできた。
「違う？じゃあ、キスでこんなに濡れたのか？」
　下から撫で上げられて、緩く握られる。先端に滑らされた親指はすぐに先走りに塗れてぬるぬると鈴口を擽った。
「あっ、んンっ」
　興奮しきったそこに与えられた直接的な刺激に思わず甘い声が漏れる。
　それも違うと言葉に出せず、必死で首を振って否定すると、叱るように耳朶をやわく甘噛みされた。
「じゃあこのぬるぬるしてるのなんだよ」
　意地悪な色を含んだ声が楽しそうに囁く。
　手の平で包み込むように握られてくるくると先端を責められると、勝手に腰が跳ねた。そうされればされるほどとろとろと先走りが溢れて、先端を虐める及川の手の平を助長する。
「あァっ、やっ、ちが…っン…!!」
　そんな、手の平がぬめるくらい濡れまくってるのはまごうことなき事実なんだけど、認めたくない。恥ずかしすぎる。
　及川は往生際悪く首を振って否定する俺の耳元で、「素直じゃないな」と囁いてくすくすと笑った。