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【完結】部屋とワセリンと鋏【甘め/鏡】
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しおりを挟む月曜日。一般の皆さんが休み明けでうんざりした顔であくせくお仕事をされている中、悠々とカフェでモーニングコーヒーを飲む俺たち。
「俺、歩合18%に上がった」
ふふん、と鼻を高くして言うと、目の前に座った男はふんわりと笑った。
「そうか、おめでとう」
うん。ありがとう。
いや、そうじゃないんだよ。労って欲しくて言ってんじゃないんだよ。
俺はコーヒーに砂糖を2杯入れてかき混ぜて、ふーふー吹いてから温度を伺いつつちょびっとだけ飲んだ。
「お前は?」
問いかけると、向かいの男はこのクソ熱いコーヒーをブラックのままなんでもなさそうに一口飲んで、柔らかい微笑みのまま言った。
「20%」
…ふぅん。
なんでもない風を装ってカップをそっと置くと「がちゃん」と大きな音がした。
ま、まぁ、働いてる店が違うんだから客単価が違うしな。時間単価で言ったら俺の方が上だし。2%なんて誤差だ誤差!
「…俺、アイリストの資格とったんだ」
ふふふ、これによって俺はマツエクその他ができるようになったのだ。これは美容師免許ないと出来ないからな。資格の勝利だ。
もう一度、ちょっとヒビの入った鼻をふふんと高くして言うと、男は「頑張ったな」と一言。
うん。頑張った。仕事の後に学校行くのキツかったんだ。
いや、だから違うんだって。褒めて欲しくて言ってんじゃないんだよ。
「マツエクとかできるようになった。お前、できる?俺はできる」
出来ないだろ。悔しいだろ。悔しがれ。
運ばれてきたモーニングのサラダに塩をぶっかけながら様子を伺うと、男は何もかけていないサラダを咀嚼して飲み込んでから、ちょっと意地悪な顔をした。
「じゃあお前、0.1mmからフェイド入れれるか?俺はできる」
こめかみがぴりっと痺れた。
「美容室来てスキンフェイド注文する馬鹿いるわけねぇだろ!」
「じゃあ、理容室来てマツエク注文する馬鹿もいないだろうな」
あぁあぁそうでしょうね!
くそ!また俺が負けたみたいになった。
学生時代からずっとこうだ。こいつはいつも俺の少し前にいて、中途半端に背中を見せながら淡々と前を歩いている。
俺はいつも必死になってその後ろを追っかけて、追い付いたかと思ったらまたこうやって引き離される。
俺、犬塚 翔 暁理美容専門学校 美容科 主席卒業
目の前のこのいけ好かない男は、及川 悠貴 暁理美容専門学校 理容科 主席卒業
気付けばもう10年来の腐れ縁。ぱっと見ただけなら同格だけど、技術はコイツの方が上だ。悔しいけど俺はスキンフェイドなんてできない。バリカンも扱えないし、直ばさみなんて恐ろしすぎる。
「いたとしたらお前を紹介するよ」
ぎりぎりと歯噛みしているところにそう言われてぽっと毒気を抜かれてしまった。
「じゃあ、おれも…」
気が立って浮きかけていた尻がすとんと椅子に座る。
それからお互い何も言わずにモーニングをもしゃもしゃと食べた。俺はサンドイッチ、及川はバタートースト。
「それで?今日は昇給と資格取った報告だけか?」
俺より先にモーニングを食べ終えた及川がコーヒーのお代わりを頼んでから俺を見る。
飲み込みかけたゆで卵が、んぐ、と喉に引っかかった。
いや、よく考えたら、そうだな。そういうことに、なるな。
黙り込んだ俺に何かを察したのか、及川は困ったような、呆れたような、眉尻を下げた苦笑いでくすりと笑った。
「この後、どうする?」
その穏やかな、下に見たみたいな視線にまた腹がムカッとした。こいつはいつもこうやって自分だけ大人みたいな顔して俺のことを見下して。
「っ、どうせ暇だろ!誘ってやったんだからお前が考えろよっ」
腹が立つのと、それ以上に悔しいのとで少し声が高くなる。
いや、やれることはいくらでもあるなんてことは同じ業界やってるんだから100も承知だ。練習したり、勉強したり、流行をチェックしたり、まだ扱えない技術について調べてみたり。
そんなことわかってるけど、俺が知らない所でこいつが俺の知らない知識や技術を仕入れてるなんて許せない。
だからできるだけ一緒にいないとダメなの!
「そうだな、…じゃあ、買い物付き合ってくれ」
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