【R18】BL短編集

いろあす

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【完結】のんびり雑談【敬語S/言葉攻め】

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「はじめまして、まさとさん」
わぉ。爽やかイケメン。
俺もそんなに悪くないと思ってるけど、これは文句なしで男前だわ。
にこやかに言うきょうさんを見てそんな風に考えて、ちょっと気おくれした。
「ハジメマシテ。…きょう、さん、で、いいかな」
そういや、なんて呼べばいいんだ。
俺はハンドルネームとはいえ本名だから何の違和感もないけど、相手からしたらどうなんだろう。ここはお互い自己紹介をするべきなのか?
いや、それはちょっと問題だよな。どうすべきだ?
しどろもどろになっていると、向こうはくすくすと笑った。
「はじめまして。“きょう”です」
よかった。よかったらしい。
ほっと内心で胸を撫でおろす。
さて、あとの人は…
「じゃあ、とりあえず食事でも行きましようか」
「え?」
辺りを見回して他の参加者を探そうとしたところで、きょうさんが俺の手を引いた。
そのまま「予約してるんです」とか言いながら繁華街に向かって歩き始める。
「ちょ、待って。他の方は?」
オフ会って「と会う会」だと思ってたんだけど。リスナーはリスナー同士でも交流を深めるみたいな。なんでサシなの?
今回は、きょうさんが他のリスナーを取りまとめて飲み会の幹事的なことをしてくれてるんだとばっかり思ってた。
「いませんよ?」
俺の戸惑いをばっさり切って捨ててさも当然というような顔で見つめられると、俺の方が間違ってるんじゃないかって気になってくる。
え、そうなの?そういうもん?
口を開きかけたが、ここでオフ会について議論しても仕方ない。
少し速めについてしまった待ち合わせの間ずっと立ちっぱなしだったんだ。早く座って休みたい。
俺は釈然としない思いを抱えつつ、きょうさんについていくことにした。


「いらっしゃいませ」
連れてこられたのは、駅から歩いてすぐの居酒屋だった。掘りごたつの席に座ると目線の位置だけ隠れるような半個室になっていて、中に居る人の顔は見えないようになっている。
落ち着いた雰囲気の店で、騒がしいほどではない人の声が程よいノイズになって心地いい。
「奥、座ってください」
さり気なく上座を勧められて、向かい合うように位置どって座る。
ここに来るまでに少し話したところによると、オフ会の話が出て思わず声を掛けたものの、リスナーにDMを送っても返ってこなかったり断られたりと、想像していたのとはちょっと違う状況だったらしい。
かと言ってオフ会に誘っておいて「やっぱやめよ」と言うのも心苦しくて、2人きりのオフ会を決行するに当たった、と言う事らしい。
「僕の考えが甘かったです。すみません」
申し訳なさそうに眉尻を下げるきょうさんを見ながら、こちらも眉尻を下げて笑って見せた。
そりゃそうだよな。別にファンクラブがあるような超大手ってわけでもなしに、得体のしれない過疎チャンネルの配信者と、得体のしれないそのリスナーとのオフ会なんて、誰が来たいのって話だ。
「でも、僕は2人で会えて嬉しいです。可愛い声が独り占めできて」
悪戯っぽく笑うきょうさんに、ちょっとだけ頬が熱くなった。
「可愛い声」コメントでよく言われる言葉ではあるが、もともとそれはコンプレックスでもあったし、こうして生の声として直接言われるのはどうにも照れくさい。
でも初めての生の声。お世辞だとしても嬉しかった。
「ありがとう。…きょうさんもイイ声してるよね。一緒に配信する?」
冗談を交えながら2人きりのオフ会がスタートした。
聞けば営業職らしいきょうさんは、話し上手で聞き上手だった。
何と言うか、場の雰囲気を作るのがうまい。
俺は俺でそれなりに話し慣れてる方だし、途切れない会話を楽しんでいる内にそろそろ終電が、という時間になっていた。
やば、夢中になってた。
なんとなく、配信の時みたいに俺がメインで喋って、リスナーであるきょうさんがコメントをするノリで相槌をうつ、というイメージをしていたけど、ほとんど逆になっていた。
きょうさんが話をして、質問をして、それに対する俺の返答に嬉しそうにリアクションが返ってくる。
楽しかったけど、これじゃまるで接待だ。
でも配信お休みって言っといてよかった。この時間から帰ってたら絶対定時に間に合わない。
スマホで時間を確認して、ちょっときょうさんを伺ってみる。
全然時間を気にする素振りがない所を見るに、近場に住んでるようだ。
んー。どうせ配信もしないし、帰りたくないなぁ。2軒目行きたいとこだけど…。
「じゃあ、そろそろ、終電だから…」
後ろ髪を引かれる思いでそう口に出すと、きょうさんはちょっと驚いた顔で俺を見た。
え、何その顔。きょうさんも同じように考えてくれてたってと?
そうだと嬉しい。
でもそうなんだったらこの楽しい時間をわざわざ手放すのはもったいない。
「いや!俺としては朝まで話したいくらい楽しいんだけど、迷惑かなって…」
気恥ずかしくて次第に声が小さくなっていったけど、きょうさんにはしっかり届いていたらしい。にっこり笑って向かいにあるコンビニを指さした。
「僕の家、近いんです。良かったら朝まで」




「お邪魔します…」
コンビニで酒とツマミを買い込んで案内されたのは、一般的なワンルームのマンションだった。
いかにも一人暮らしと言った雰囲気で、部屋の中にはシングルのマットレスや小さいガラステーブルやらがきゅうっと配置されている。
それでも全体的に片付いている部屋は子供のころに憧れた秘密基地を思い出させた。
「狭いですけど、マット、ソファ代わりなんで座っといてください」
促されるままマットレスに座ると、テレビとの間にあるガラステーブルがちょうどいい高さにあった。それから、身体を支えるように後ろについた手の先には枕、反対側にはきれいに畳まれた掛け布団がある。
ここできょうさん寝てるんだよな…。
そう思うとなんとなく居心地が悪くて買い物をしまうきょうさんを眺めると、ちょうど2本のチューハイ缶を持ってこちらに来るところだった。
「ツマミはてきとうでいいですよね。グラスいります?」
缶を掲げるように見せられて、首を振る。
「いや、俺そのまま飲んじゃうタイプ」
だって洗い物増えるの面倒なんだもん。炭酸抜けちゃうし。
その返答できょうさんは「はは」と笑って隣に座った。
「僕と一緒だ。洗い物増えるし、そのまま飲めるように作ってあるのにわざわざ注ぐのが面倒くさいです」
うん、わかる。わかるんだけど、今、ちょっと、それどころじゃないかも。
予想以上に距離が近い。
普段顔も見えない相手と雑談しているのとは違う、体温を感じるような距離にリスナーが居るということを意識してしまって、顔に熱が集まるのを感じた。
きょうさんはどうして俺の配信に来てくれてるんだろう。可愛い声って言ってくれた。家にまでついて来て、やっぱり迷惑じゃなかったかな。リスナーとの距離が近すぎるかな。
そんな考えが頭の中をぐるぐると回る。
その考えを打ち切るように「ぷしっ」と缶を開ける軽快な音がした。
「じゃあ、乾杯しましょう」
わざわざ開けて寄越された缶を受け取って、きょうさんが掲げたそれに軽くこつんとぶつける。
「ありがと。乾杯」
ちょっとだけ緊張した気持ちを流すようにそのまま酒を煽った。


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