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【完結】皇帝ペンギン【甘め/微ハーレム】
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しおりを挟む時刻は7時半を回っていた。延長保育は7時までだ。
これでも東と桂が俺の分の仕事を肩代わりしてくれて、一番にオフィスを出させてもらった。
でもそれは俺の言い分だ。保育園には関係ない。
園内は電気も落とされていてもう真っ暗だった。
「すみません!遅くなりました!」
一つだけ明かりの残った部屋に駆け込むと、朝日奈先生が抱っこした尋斗の背中をとんとんと叩きながら小さく歌を歌っていた。
「し、…今眠ったとこですよ。おかえりなさい」
保育園のルールを破ってこんな時間まで尋斗の面倒を見させていたというのに、朝日奈先生は咎める風もなくいつものほんわかした笑みで笑ってくれた。
「す、すみません。本当に…」
尋斗の頬にははっきりと涙の跡がある。多分体感時間で俺が迎えに来ないことに不安になってしまったんだろう。
今すぐ抱きしめようと朝日奈先生に向かって手を伸ばすと、先生はそれを遮るようにちょっとだけ俺に背を向けた。
「今寝たとこなんで、このまま寝入るまで寝かせてあげましょう。さっきご飯も食べましたし、今日はちょっと疲れちゃったと思うんで」
そうやって尋斗を抱っこしてゆらゆら揺れながら、朝日奈先生は困ったように眉尻を下げて俺に向き直る。
すみません。仕事のことは言い訳にしません。
心の中で先に謝ると、保育園のルールについて説かれると思っていた俺の予想に反して、先生は「お疲れですね」と小さく笑った。
「倉木さん。大丈夫ですよ。そんな顔しないでください」
そんな顔?どんな顔だ?
自分の表情なんて伺うことができなくて困惑する。俺今どんな顔してるんだろう。
朝日奈先生は尋斗を片腕で抱っこしたまま、自分の荷物だろう、黒いリュックを手に取った。
「すぐ出れますんで、このまま車まで送って行きますね。尋斗くんの荷物と靴だけお願いできますか?」
動揺したままこくこくと頷いて尋斗の通園バッグを受け取る。
部屋から出て靴を履いて、朝日奈先生に並んで立つと、すっかり寝入ってしまった尋斗がこちらに顔を向けてその肩で寝息を立てていた。
駐車場までの短い時間、俺は盛大に言い訳をしていた。仕事のことは言い訳にしないと言いつつ、優しい声で促されるとつい喋ってしまった。俺自身、誰かに聞いてもらいたい気持ちもあったんだと思う。
「大変でしたねぇ。お疲れ様です。たまにあることなんで気にしないでくださいね。毎回だと困りますけど」
朝日奈先生は隣でほんわかした笑顔を浮かべたまま俺の話をうんうんと頷きながら聞いてくれた。
駄目だな、迷惑かけた上にこんな、愚痴っぽいことを話してしまって。
「特に、倉木さんは男性だから、周りの配慮も薄いでしょう?頑張りすぎてないか心配ですよ」
当然俺の家庭の事情も知ってるんだろう、その言葉だけでも、分かってくれている人が居るということに救われる思いがした。
車に着いて、朝日奈先生が尋斗をチャイルドシートに乗せてくれる。
時計を見ると、もう20:00近い。
帰ったら朝の惨事の片づけをして、洗濯をして、朝しっかり尋斗の世話をする為に軽く明日の準備もしておきたい。慌てると忘れ物するから。おむつとおしりふきと、着替えとおやつと…。
そうやって段取りを考えていると、尋斗を車に乗せた朝日奈先生が「倉木さん?」と呼び掛けてきた。
「…差し出がましいかもしれませんが…、お手伝いに行きましょうか?」
「え」
その申し出に、無意識に身体の力が抜けたような気がした。
頭の片隅で、「少し任せてもいいだろうか」、と。
駄目に決まってるだろう。相手はみんなの保育士さんだ。1人に肩入れするなんて大問題だ。
「い、や、でも、色々問題でしょう?」
でも、身体は意識して封じ込めていた疲れを全面に押し出して「そうしてもらえ」と期待している。
それを知ってか知らずか、朝日奈先生は悪戯っぽく笑った。
「倉木さんが内緒にしててくれたら、大丈夫ですよ」
駄目だ、もう、肩の力が抜けてしまった。
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