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【完結】物実の鏡【冒険の書続編/甘め】
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しおりを挟む同意もなしに子が成せる?
あの男の言葉がぐるぐると頭の中を回っている。
そんなはずはない。俺が魔力を練らなければ腹の中で魔王の魔力と混ざり合うことはない。魔王がその気で魔力を注いでも、俺にその気がない。
逆を言えば、俺がその気になればいつでも子を孕むということだ。
ゾッとした。
誰が苗床になどなってやるか。
そこで女性の声が聞こえた気がした。
『1人の男性として見てあげることはできませんか?』
…ふざけるな。名前も知らない男のことなど。
頭ではそう思うのに、魔王の甘い声が離れない。
「今日は嫌な思いをさせたな。よくよく言い聞かせておいた」
部屋に入って来るなり魔王が言った。
昼間のことを言っているのだとすぐにわかった。どこからそんな情報を仕入れているんだ。
嫌な思いと言えばそうかもしれない。でもそんな扱いにももう慣れた。
あの男の言う通り、俺は魔王の威光で生かされているだけの人間だ。
魔王が俺を苗床と扱っている限り害されることはない。俺にそんなつもりはないと言うのに、皮肉なものだ。
この際だ。聞いてしまおう。
「…子を成すのに同意など必要ないと聞いたぞ」
魔王は「余計なことを」と言って苦笑した。ソファに座って肘掛に肘をつく。
「そうだな。その方が簡単だ。縛る方法はいくらでもある。だが私はそうするつもりはないよ」
真っ直ぐ俺を見る熱っぽい視線になぜだか鼓動が早くなった。
「言っているだろう。お前の心が欲しいと」
はっきりとした声で言われて心臓が跳ねる。抱きしめられた時、情事の最中、寝起きの口付けをしながら。何度も言われた言葉だ。
俺を手っ取り早く苗床にするために絆してしまおうという魂胆だと思っていた。
だが、目の前の魔王の目はそうは言っていないような気がした。
「もう少しだと思っているんだがな」
魔王はいつもの意地悪げな微笑みを浮かべてはいるが、柔らかい雰囲気で俺の動向を見守っている。
「…そんな馬鹿な話があるか。俺はお前の名も知らなければお前に名を呼ばれたこともないんだぞ…!」
毎日抱き潰す前に順序というものがあるだろう…っ
跳ねる心臓を意識しないようにしてやっとの思いでそう吐き出すと、魔王は驚いた顔をして肘掛から身体を起こした。
「…なんだ。何を片意地を張っているのかと思えば、そんなことだったのか」
そんなことだと?重要なことだ。
名も知らずにどうやって愛を囁けば…
そこまで考えて、自分の思考に大いに混乱した。なんだこれは。これではまるで。
違う。愛を囁く必要がどこにある。
動揺を悟られないように息を詰めて睨みつけると、魔王はゆっくりと立ち上がって俺の元へ歩み寄ってきた。
すぐに目の前までたどり着いて、俺を柔らかく抱きしめる。
「…名を呼べば、縁が結ばれる。お前は俺を求めて止まない身体になるぞ」
「心など関係なくな」と続けて、魔王は俺に口付けた。
想像して寒気がした。この中途半端な関係が続いたらきっといつか俺の心は深い海の底に沈み込んでしまうだろう。閉ざして、何も感じないように。
「お前を縁で縛りたくはない」
真摯なその表情に頑なに強ばっていた心が震えている。
「で、は、お前は俺の名を知っているというのか…」
その問いかけに魔王は呆れたように口を開けた。
「当たり前だろう。惚れた相手の名など真っ先に調べる」
そう言われて、胸が疼いた。
この疼きはなんだ。痺れるような、蕩けるような…。
「愛してると囁く度に、何度呼んでやろうと思ったことか」
悪戯っぽく笑う目は、その表情とは裏腹に切なげに光っていた。
「和平の礎などと言っているが、そんなものはどうでもいい」
魔王は俺の耳元に唇を寄せて囁いた。
「お前と私の子が欲しい。お前に私の子を産んで欲しい」
理性とプライドが、とろりと溶けた。
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