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チャプター7 コードウェルよ銃を取れ #2

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<<まだだ まだ待て>>

 樹上からライフルを構える老スナイパーが、その場の全員に無線通信でタイミングを伝える。まだ、まだだ。
 ダレル社のチンピラ達は周囲を警戒しつつ、各々武器を手に、まっすぐこちらへ進んで来ている、その数およそ20人。まずは斥候と言ったところだろう。

 前線に居るリベルタ達との距離はおよそ50メートル、もう茂みを出ている。十分な殺傷距離だ。
 殲滅可能な距離と速度。奴らが罠にいつ気が付くか。そのギリギリを見極めなくてはならない。

 サワーは逡巡していた。ハンティングの経験はあるが、大勢の敵と戦ったことはそうない。唇を舌で何度もしめらし、短く息を吐く。
 どこだ。なにが正解だ。いつ仕掛けるべきだ。強力で正確無比なスコープの向こう、木々の上でZERO-NEMOの抜刀する姿が見えた。
 光を浴びて輝く白刃。ニンジャは樹上でブレードを地面に向けて線を引くような動作をした。そうだ、いまこそ絶好のタイミングだ。
<<やれい!>>

 BratatataBLAME!blaBuumlalaBLAME!BlalaaBOOM!!!
 一斉に火の手が上がった。銃弾のファンファーレだ。完全に待ち伏せが決まり、20人のあまりのメタルヘッズダレル社兵士達はあっという間に一人残らず倒れ伏した。

 だが一人として勝利を喜ぶものは居ない。まだこれは序の口だ。ボクシングで言えば最初のジャブを防いだに過ぎない。すぐにストレートが飛んでくるだろう。しかも12ラウンドの時間をかけるわけにはいかない。

 しばしの沈黙。茂みの中から進んでくる人物が
 見える。リベルタ達はじっと息を殺したままだ。

「サミュエル社の者へ告ぐ! 俺は慈悲深き氷の国の王! 名はアバス・ドゥーム! コードウェルなる愚鈍を討つべく使命を携えし者なり!」

 その男は言い終えると、口にライターを近づけ、火を放つ。男は顔を白く塗り、さらに目と口の周りを黒く縁取るように染めていた、これはいわゆるコープスペイントと呼ばれるものだ。
上半身は裸で痩せこけ、スパイクを打った黒いレザーパンツを履いている。

<<あいつ何をいってんだ?>>
<<なんで火噴いた>>
<<わかんない、こわい>>
<<イカれてる?>>
<<なんじゃいあの恰好、恥ずかしくないのかのう?>>
<<ダレル社ってこんな奴しかいねぇのか?>>
 リベルタ達はライン通信でこの狂人について話し合っていた。

<<どうする? 撃っちまうか?>>
<<まぁまて>>

「今すぐにコードウェルをここに連れてこい! さすれば貴様らの命は助けよう! 五秒間だけ待ってやる」
 男は手を開いて高々と突き出した。

<<めんどくさっ! サワーじいちゃん、やっちゃって>>
 BLAME!

 リベルタへの返答の代わりにアバスと名乗る狂人の親指が消し飛んだ。サワーの狙撃だ。男は驚愕に目を見開き、血を拭きだす己の手を凝視した。

 次に小指が消し飛んだ。BLAME!一瞬おくれて銃声。薬指。BLAME!人差し指、BLAME!
「ア゛ア゛ー゛ー゛!!!!」
 男は甲虫が鳴いてるかのような声を上げて叫んだ。

 サワーはわざと中指を残して四本の指を撃ち抜いた。わかりやすい宣戦布告の合図でもある。男はこの先死ぬまで、ただ中指を突き出すことしかできない刑に処された。もっともあと数秒の命だが。

 戦端は開かれた。大勢のダレル兵が鬨の声を上げてジャングルから走り出す。しかし、その出鼻は雷撃によってくじかれた。ZERO-NEMOがあらかじめ敷設したありったけの電磁マキビシにひっかかったのだ。

「うああああ!!」「電気の味がするうう!!」

 さらに、混乱のさなかにあるメタルヘッズ達の中央を、ZERO-NEMOが片端から切りつけながらリベルタ達の元へと走ってくる。

「両翼! 援護射撃! 撃ちまくれぇ!」
 マルコの合図と供に彼の部下たちが、統率された射撃を始める。リベルタもマルコも、茂みから身を乗り出してニンジャの英雄的帰還を守った。

「まずはワタシの1ポイントだなカウガール」
「上の中に訂正してあげる」
「お前ら二人、まじでイカれてるぞ」とマルコ。

 初戦の勝利は大いに状況を変えた。さしものヘヴィメタル・ジャンキーたちも相手が強敵あることをようやく悟った。
 さらに指揮官を(あろうことか先ほどのアバスなる男が指揮官であった)失った彼らは混乱をきたし、進む者、立ち止まる者、退く者とで押し合いへし合い始める有様だ。

 リベルタ達は進んでくる者の頭を撃ちぬき、退く者はその足を撃ちぬいた。
 怪我人はのたうちまわり、デスヴォイスでわめきたてる。最初の勢いを止められた連中の士気を下げるには十分だった。

<<じいちゃん、どう? そろそろいけそう?>>
 リベルタが問う。敵の先方は挫いた。脱出するならばいまだ。
<<いかん! 突っ込んでくるぞ!>>

「うおおおおお!!」「バトル!」「メタル!」「バトル!」「メタル!」

 全身に中世騎士風の鎧を着こんだ十人ほどの一団が弾丸を跳ねのけて中央を駆け抜けていく。その姿に原始的闘争本能を目覚めさせたメタルヘッズ達は沸き立ち、再び一斉に前進、狂ったように銃撃を始める。
 これがダレル社の恐ろしい所だ。狂人たちは常に予測不可能なのだ。

「奴らコードウェルを仕留める気だぞ!」
「あたしが行く! もしもの時はコードウェルだけでも連れて逃げて!」
 リベルタが動いた。他の者は恐れを知らぬ敵を排除するので精一杯だ。
「まかせたぞカウガール」
 ZERO-NEMOは抑揚のない声で叱咤した。



 四方八方から銃声が響いていた。コードウェルはクローゼットの隙間から部屋の様子を覗いていた。

 ちくしょう、敵が来ちまう。外の皆はまだ頑張ってるみたいだ。ああ、マルコの手下が一人やられた…… どうする、今すぐ逃げるか?
 いやだめだだめだめだ、出口は一つしかないし今にも敵がなだれ込んでくるかもしれないし、弾はもう部屋の中まで届いてるんだぞ!

 屋敷内の窓に張り付いたマルコの手下二人は必至に銃撃を続けていた。だが一人が流れ弾に当たり、胸を抑えてうずくまる。
 バリア装置はとても高価だ、だれもが付けていられるわけではない。

 ああ、やられちまった。血が出てる。助けに行こうか?だめだ俺も撃たれちまう。ああ、ええと……マルコの部下の…… なんで名前が出てこない?さっき挨拶したじゃないか!くそぉ、すまないっ!とにかくなんとかなりますように!

<<奴らコードウェルを仕留める気だぞ!>>
<<あたしが行く! もしもの時はコードウェルだけでも連れて逃げて!>>
 コードウェルの元にライン通信が届いた。コードウェルは喉を鳴らして唾液をのみこんだ。もう一人のマルコの手下は怪我をした仲間をかばいつつ、ライフルを撃ちまくっている。
 しかし別の窓にメタルヘッズが一人飛び込んできた。ヘッズは片手に爆薬を、片手にナタを持ち、雄たけびを上げてマルコの手下へと殺到した。
 KABOOM!!

 ああっ!ああっ!吹き飛んじまった!もうだめだ!みんなやられちまう!俺が投降すれば助かるか?いやそんな甘い奴らじゃない!

 怯えて震える男の手に何かが触れた。冷たく、重たい物だ。コードウェルはそれを引き寄せた。銃だ。

 銃…… ああなんで俺は銃会社の息子になんて生まれちまったんだ、銃なんて大嫌いだ。見るのも触るのも嫌だ。
 頑張って練習しても、手が震えてまるで当たりやしない!リベルタの奴、あいつ子供なのに、なんだってあんなに撃ちまくれるんだ?おかしいんじゃないのか?
 畜生、胃の中に鉛を突っ込まれたみたいだ。サワーは無事か?銃声は聞こえる、まだ大丈夫みたいだ。早く誰か助けにきてくれ!

 その時、爆発で瓦解寸前だったドアを完全に破壊しながら数人の男が屋敷に飛び込んできた。弾丸すら跳ね返す頑強な、中世風の鎧に身を包んでいた。その手には何故か大斧が握られている。

『コードウェル! どこだぁサミュエルの社長よ! 貴様の首を引きちぎって、写真をとってアルバムジャケットにしてやる!』

<<させるかぁ!>>

 クローゼットの隙間からわずかに見える景色にリベルタの姿が映った。巧みに鎧男たちの膝や肩を蹴り登り、壁を使ってウォールランを決めながら銃撃する。鎧男たちの怒号と銃声が響く。

<<気を付ケろリベルタ! 鎧の隙間ヲ狙え!>>
<<わかってる!>>

 何があったのかよろめきつつ、頭から壁に突っ込む鎧男の姿。男はよろよろと立ち上がろうとするも、さらに吹き飛ばされるように背中から突っ込んできた鎧男の下敷きになった。
 どうやらリベルタが押しているようだ。コードウェルも無意識に、手が白ばむほどに強く拳を握りしめていた。
 部屋に設置された戸棚が銃撃を受ける、戸棚の上には一枚の写真があった。微笑む大柄な男が、小さな少年と赤髪の少女を抱きしめている。

<<クそ、まだ来るゾ! 数ガ多いナ! 狭イし不利だゾ>>
<<おじさん、どこに居るの!? まだやられてないよね!?>>
<<危ネえリベルタ!>>
 BLAME!BLAME!BLAME!

 再び怒号と銃声が上がる。倒れていた鎧男が息を吹き返し、再び叫びながら斧を振り回しはじめた。リベルタの放ったのであろう弾丸が、コードウェルの頭上をかすめてクローゼットに小さな穴をあけた。
 コードウェルは必死に身をかがめ、リベルタへの応答もできずに、ただ震えて息を殺しながら隙間から様子を見ていることしかできない。
 小さな悲鳴とともに、床に転がる少女の姿が映った。そこを大斧がえぐるが、間一髪で避けて反撃の銃火を浴びせていた。
 BLAME!BLAME!BLAME!

 再び男が潜む影の中にいくつかの穴が開き外からの光が差し込んだ。 
 ……銃声が止んだ。男は硬く閉じていた目と塞いでいた耳をそっと開いて様子をうかがった。リベルタがやったのか?

<<リベルタ! リベルタ目を開ケろ! やらレちまウぞ!>>

 リベルタの持つAIからの通信音声に、コードウェルの心臓はひと際強く波打った。隙間にほとんど顔をくっつけて外を覗き込む、よく見えないが三人ほどの男の足元にあおむけに倒れこんだ少女の姿がある。

 『やったぞ! ガキをしとめた! 晩御飯ゲット!』『俺はこいつでおでんが食べたい!』『こいつの手、マゴノテに丁度よさそうだ!』


 ああ畜生畜生畜生。なんでこんなに心臓の音がうるさいんだ。畜生畜生、リベルタがやられちまう。畜生、その次は俺だ。畜生畜生。
 助けなくちゃ。そうだ、どうせこのままじゃ俺もあいつも死ぬんだ。畜生、死ぬんだ。
 ああ、コードウェル銃を取れ!そこにあるだろう!やれ!なんだこの銃? ああ、そうだこいつは昔、親父が俺に特別に作ってくれた奴だ。
 銃なんか当たらないとふてくされていた俺に、俺でも当たる銃をくれたんだ。親父、感謝するぜ。

 背後のクローゼットから突然飛び出した人影に、今まさにリベルタにとどめをささんと、大斧を振りかぶっていた男は思わず振り向いた。
 眼前に、散弾銃を手にした男の姿。よれよれのシャツにネクタイ。目は真っ赤に充血し、涙に潤んでいた。男は散弾銃をしごくと、立方体に四つ並んだ銃口を鎧男の顔に向けた。

 BOOM! 男の顔が吹き飛んだ。

「整形手術の時間だ! 次のお客さん!」
 BOOM!
「お代は結構!」
 BOOM!
「イッピー! 俺は天才外科医だ!」

「おじさん……?」
 意識を取り戻したリベルタの背中に手を回し、優しく抱き起した。
「ああ、リベルタもう大丈夫だ さぁ、あいつらをやっつけよう」
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