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チャプター3 駅馬車 #3

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 ハイウェイライダーのように、全身を黒のサイバースーツで武装したニンジャは、ゆっくりとブレードの峰を、手のひらで下から上へとなぞる。
 刃が青白く輝き、粘ついたオイル交じりの血液を蒸発させた。
「ZERO-NEMOだったけ?やるじゃんあんた」

 リベルタは両手の拳銃をホルスターに仕舞い、遺跡の中央へと進み出た。
 ZERO-NEMOを正面に見据え、足を肩幅ににじり開き、右足を半歩下げる。
 銃内蔵の支援AIのスピーカーからは、物悲しく乾いたハーモニカの調べが流れだした。

「マルティニの者以外に恨みはない だが奴らの依頼を受けているお前は別だ」
 昨晩、シシカバブにしていたマルティニ社の兵士から奪った端末で情報を得たのだろう。ZERO-NEMOは少女より多くの情報を知っているようだった。
 ZERO-NEMOもリベルタに合わせて場の中央に進み、刀を背中の鞘に収める。
 そして短距離走の選手のように低く構えた。互いの距離はほんの数メートルだ。
 ニンジャの顔部には以前出会った時には無かった、炎が吹き上がるかのようなフェイスペイントが施されていた。

「……どうしてあんた達が邪魔をするわけ?宝ってなんなの?」
「中身を知らないのか? 提案があるカウガール
 その宝を我々に譲ってほしい そうすれば争わなくて済む」
 肝の小さい者ならばそれだけで身震いするような、抑揚のない冷たい声だった。

「はぁ?っていうかそれで引き下がると思ってんの? 舐めないでよ!」
「たしかに無いな…… お前の心拍の上昇から見て…… 激オコだなカウガール」
「本気で行くよ! 棺桶を用意しな!! グリップ君!」
「ヨっしャア! 決めてヤレ!!」
 憂鬱なハーモニカの音が、電子的疾走感あふれるサイケデリックなトランス・テクノに変わった。戦いのBGMはハードな方がいい。
「うわ、これパパの趣味じゃん…… だっさ」

 ZERO-NEMOが仕掛けた。彼の武器であるブレードは接近しなくては意味がない。
 だから当然、間合いを詰めていく必要があるのは考えずともわかる事だ。しかしZERO-NEMOの踏み込みの速度は異常だった。
 どれほど体重があるのかはわからないが片足のバネだけを使い、0コンマ数秒でリベルタの近間まで踏み込んでいた。

 音すら置き去りに、閃光のごとき一撃。しかし横なぎの斬撃は、僅かに少女の髪に触れただけだった。
 リベルタは大きく背中を反らせ、まさに紙一重でブレードを回避。そして同時に両手で引き抜いた二丁拳銃で銃撃する。

 BBLLAAMMEE! 
 銃弾はしかし頑丈なサイバースーツに阻まれ致命とは至らず!返す刀が不安定な体制の少女めがけて再び横なぎ!
 だがリベルタはそのまま後ろへ飛び込みこれを回避した。
 まだ攻撃は止まない、即座にZERO-NEMOのブレードが唐竹に閃くも、真横に転がり攻撃をかわしつつリベルタの銃が咆哮を上げる!
 140BPMの幻想的でハイテンポなBGMが二人を煽る!

 上段、首を狙う刺突! 右手の銃身で弾きつつ脇を狙い銃撃!
 回転して弾丸を回避、遠心力のまま下段回し蹴り!後方へ回転跳躍、同時にグリップで殴打!
 着地を狙い袈裟斬り! 牽制の銃撃でこれを阻止!

 ZERO-NEMOがブレードを振りかぶりつつ錐揉みに回転跳躍!リベルタはあえて前進し、転がり込むようにニンジャの下をくぐり背後を奪う!
 だがさせじと回転しつつ手裏剣を投擲!少女がコレを銃撃で撃ち返す!

 まるで二つのグラインダーマシンが互いを破壊しようと食らい合っているような攻防が続く。
 ニンジャが斬り付ければ、ガンマンが撃つ!

「コイつのスーツ、かナり頑丈だナ!このマまジャ無イぞ」
「わかってる! 無理やりにでもぶっ飛ばぁす!」

 一瞬の隙を突き、ZERO-NEMOが片手で手裏剣を放る。
 リベルタはそれに銃のグリップを合わせて防ぐがその僅かに目をそらした瞬間、ZERO-NEMOは前方へ突撃、心臓を狙う刺突を繰り出す。
 即座に体制を整えたリベルタは右半身を大きく開いて避け、左手の銃で男の顔面に狙いをつけた。
 だがそれは狡猾な罠だった。ZERO-NEMOは瞬時にブレードを手の中で返し、刃を上向けさせると首を狙って刀を振り上げる!

 間一髪、少女は腰を落とし、頭を下げて致命の一撃を逃れた。しかし前に突き出していた左腕が間に合わず、刃が触れる。
 ギュィィィイイン!!! 金属音と共に火花が散る!リベルタの装備していたバリアがブレードを受け止めるも。
「ヤばいゾ!もウ許容量オーバーだ!」

 リベルタはZERO-NEMOの腹に足をかけ蹴りだした反動で飛びのいた。ガチャリ。
 飛び退き、膝を付いて着地したリベルタの後方に輪切りにされた拳銃と人差し指が落ちた。
 両者はゆっくりと体勢を直し、距離をとる。仕切りなおしだ。

「オイオイオイ、大丈夫かヨ」
「義手買いに行かないとね 斬られたのがグリップ君の方じゃなくて良かったよ」

 左手の指からはどくどくと血が流れていたが、大して気にも留めていない様子だった。
 殺し合いの相手に、弱みを見せるのは覚悟のないものだけだ。

「驚いた、カウガール あれをかわすとは、自信たっぷりなだけの事はある 良い戦士だ殺したくはない」
「ずいぶん喋るわねあんた もっと無口な奴だと思ってた マルティニに追われてまで、一体何がしたいのよあんた」
「解放だ」
「解放?」
「そうだ あの宝こそが、我らの解放の鍵となるのだ そろそろお喋りは止めよう 寡黙にお前を殺す」

「グリップ君、シールドは充填できてる?」
「30%っテとコだな 次はやべーゾ」
「おっけい、それ左手に集中させて それと銃の出力も2つ上げて」

 少女は何か確信に満ちた目でZERO-NEMOを見据え、そしてチラリと真っ二つに裂かれたガトリング男の死体も見た。
「ワかった、無茶ハするなヨ」

 再びZERO-NEMOが先に仕掛ける。一飛びで獲物を食い殺す、獣の様相だ。しかし今度は少女も同時に駆け出した。
 横凪、真一文字に一閃。男は愚直に磨き上げた必殺の一撃をさらなる速度と精度で再び繰り出す。

「!?」
 だが切り裂いたはずの少女の姿はそこには無い。
 ZERO-NEMOの視界からも消えてしまったのだ。

 リベルタは傷ついた左手に集中させたバリアでブレードの一撃を受け止め、同時に地面を蹴って横に飛びのいていた。
 ブレードとバリアの反発力を利用したわけだ。

 そしてバリアが砕けるより先に銃を撃つ。
 銃声。普段のものとは桁違いに重く、大きな音だった。通常より銃のエネルギー源であるアーチファッソルの出力を高めたのだ。
 猛烈な反動を受けつつリベルタはさらに後ろへ自ら飛び退いた。加速された弾体がZERO-NEMOの体を大きく弾き飛ばす。
 だがそれで決着するほどヤワな相手では無い。
 それにこの反動の大きな一撃は隙が大きく、二度は使えないこともわかっていた。

 リベルタが飛んだ先は、ガトリング男の死体の上だった。少女はガトリング砲に改造された男の腕を、膝を突いてうめくZERO-NEMOに向ける。
「無理ダ!銃はそイつノ脳波でコントロールされテル!」
「くそっ!動いてよ!!」
 少女が男の頭を蹴り飛ばした。その時、少女の腕の中でガトリング砲がうなり声を上げた。

「何ヲした!? アーチファッソルが鳴ってルぞ!?」
 Brakakakakakakakakakakaka!
「知るもんか!! イッピーイェイイェイ!!!」

 少女は歓声を上げた。相手がいかにニンジャだとて銃弾の飽和攻撃は防ぎきれるものではない。
 徐々にサイバースーツが破壊され剥げ落ちていく。
 さながらハリケーンに巻き込まれたシジュウカラのごとくだ。

「ぐあぁあ…… ぐあああっ……」
 さしものZERO-NEMOも溜まらず嗚咽のような悲鳴を上げる。当然リベルタは情けなどという侮辱行為を行うつもりは毛頭なかった。
 確実にここで仕留めにかかる。
 だが突如飛来した3本の矢がガトリング砲に突き刺さり、その動きを止める。
「新手!?」

 遺跡の上にやや小柄な三人のニンジャとさらに小さな、ぼろのようなものを纏った者が現れる。
「ヤベえな! 一旦引くゾ、リベルタ! 真後ろダ! 船の格納扉ガある!俺がそいツを開けルから中に入レ!」
「了解!」
「待ってくれ!!」

 小柄ニンジャの一人が少女の背に声をかける。しかし少女はもう遺跡から飛び上がっていた。
 小柄ニンジャは、残骸と死体が四方に飛び散った戦いの跡地を見渡した。
「どうしてこんな事に……」

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「あー、どういう事か説明してもらえる?」
「いやァそれハ……」
 一方、リベルタの隠れた船の中は、奇妙な光景が広がっていた。
 船は古く、あちこちに埃が積もってはいるがあちこちに新しい足跡と、部分的に掃き清められた痕跡があった。
 しかもあちこちに手作りと思わしき色紙の飾りが付けられ、さらに天井からは、
【10才おめでとうリベルタ】とたれ幕がついていたのだった。
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