《R18》春告と紫に染まる庭《セクサロイド・SM習作》

サクラハルカ

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第7話

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 ガタガタ、と吹く風で、時折建具が軋む。
 私は居間の炬燵にあたりながら、布に針を刺していた。

 祖母と住んでいた家にあった炬燵は座式だったけれど、この家の炬燵は椅子式で、長時間こうやって座っていても苦にならない。その代わり、膝があったかいのにつま先が冷たく感じることがあり、ソックスは二重履きにしている。エアコンをつけるのが勿体なくて、藤色のちりめん風の生地を使った綿入れを着る。

 最近はポーチにする鳥の図案をいくつも刺していた。
 鳥の中でも私はツバメが好きだ。
 この家の軒下に巣を作ってくれるのだけど、今年も帰ってきてくれるといいのに、と思う。親鳥が餌を持って帰ってくるたびに、巣から一生懸命顔を出してねだる姿を見ていると飽きない。

 蘭と自分の間に子どもはいない。

 だから余計に他の子が可愛らしく見えるというのか、ツバメの子であってもいいな、と思う。うちには蘭が作った木蓮がいるから、彼を愛でることにしようかしら。でも、自分の子というにはいささか、彼と私の関係はおかしいのだけれど。

 その木蓮は掃除をすると言って、バケツを持って歩いていたので、今頃玄関あたりで拭き掃除をしている気がする。板張りの廊下が、キュッキュッっとこすれあう音がすると、木蓮が歩いているな、と思う。今日は寒いから、と木蓮にコタツで刺繍しているように言われた。これではどちらが子どもか分からない。

 買われた時に、刺繍をする時間が欲しい、と蘭にお願いしたことは今でも守られている。私は当初思っていたよりもたくさんの刺繍をする時間を、蘭と木蓮から貰っていた。

 今日の木蓮は、私が作ったマフラーと帽子、そしてセーターを着てくれていた。
 寒そうだなと思って、一緒に暮らしはじめた次の冬の初め、マフラーと帽子を編んで木蓮にあげたら、俺アンドロイドなんだけど、と苦笑していた。
 見た目が寒いのよ、だからつけて、というとハイハイとやる気なさそうな返事をした。蘭とのお揃いだったのを、それらを身につけた二人が奇妙な顔をしてお互いを見ていた。
 セーターは今年編んだもの。
 彼にはグレースケールの色合いが似合う。
 少し薄い灰色の帽子とマフラーをあげたのでセーターは濃い灰色にしてみた。
 正直、毛糸製品なんて消耗品だと思っているので大事にせずに、着古してほしい。それを木蓮にいうと、彼は毎日セーターを身につけてくれるようになった。
 着替え用も編むべきかと思っているうちに、いつの間にか春がもうそこまで近づいてきている。
 木蓮とお揃いにする人はもういない。私はそのことが寂しいのだけど、木蓮はどのようにその事実を捉えているのだろうか。

 床の間には、私と蘭を引き合わせてくれた刺繍が、あの時のまま飾られている。
 タペストリーに仕上げようと思ったけれど、短辺を竹棒が通るように筒状に縫えばそのまま飾れてしまった。
 藍色の聚楽壁で三方を囲んだ床の間に、掛け軸にしては横幅の長い私の刺繍を飾って、蘭は満足そうに笑った。やはり、ニタリとした気味の悪い笑い方だった。その時私は、床の間って普通掛け軸とか生け花を飾るんじゃないのだろうか、と隣のボサボサ頭を見上げていた。

 ここに来た次の日、私は、仕事から帰ってきた彼にルービックキューブを渡して、有無を言わさず風呂に突っ込んだ。もちろん、木蓮の協力も得ての暴挙だったが。
 そしてボサボサで異臭を放っていた髪の毛を三回くらいシャンプーで洗った。そのあと、彼に悪態をつかれながら体も三回くらい洗った。湯船に大量の垢が浮いたので彼が湯船にいるにも関わらず、風呂の栓を抜いて彼の頭からシャワーをかけた。
 黒、灰色、白の毛が入り混じった大きな動物の面倒を見てる気持ちになりながら、湯のない湯船に仏頂面して座り続ける彼の頭をバスタオルで丁寧に拭いた。

「君は、乱暴だな」

「撫でるより、少し乱暴な方が気持ちいいんですって」

 そう言って私は、彼の頭をガシガシと指の腹に力を込めて拭いた。
 その間ずっと、彼はバスタブの中でルービックキューブを回し続けていた。
 風呂から上がって洗いたてのパジャマに着替えた彼は、出会った時より幾分か肌も白くなって、ボサボサの髪も不揃いだけれど清潔な光沢が出て、縁なし眼鏡のスタイリッシュさに追いついて見えた。
 買われたのは私だけど、何だかふてぶてしい野良猫を拾って面倒を見てやってる気持ちになった。

 それから、台所に彼を連れていって、ご飯と味噌汁と焼き魚を出した。
 彼が好きなものは、木蓮から聞き出したのだ。
 ミツバと麩の入った赤味噌の味噌汁とウルメが好きだなんて、昨日甘いものを食べていた彼からは思いもよらなかった。てっきり洋風のハンバーグとか唐揚げみたいなものが好きなんじゃないかと想像していた。
 木蓮と一緒に買い物をしながら、私は知り合ったばかりの彼のことに思いを巡らした。蘭は、ぬか漬けは嫌いだよ、という木蓮の言葉に私は好きよ、と返すくらいの余裕もできた。

 台所の入り口近くでぼーっとして突っ立っていた彼は、食卓に並んだ好物を見て喉仏を少し上下させると、何も言わずにそこから食卓前の椅子のところまで幽霊のように歩き、ストンと座って黙々とご飯を食べはじめた。
 昨日、大きな口でパフェやフレンチトーストを食べていた人と同一人物であることを疑うような、丁寧な食べ方だった。

 食後にはラムネの代わりにほうじ茶を出した。
 これじゃ砂糖を入れられないではないか、という彼の言葉は綺麗に無視して、私も彼の向かいで一緒にほうじ茶を飲んだ。
 湯飲みの中身があと少し、というところで、蘭はボソッと呟いた。

 うるめはもう少し、焦げてるくらいに焼いたものが好きだ。

 私はその言葉に、分かりました、と頷いた。



 そうやって、生前の彼のことを思い出していると、

「手が止まってる、どうしたの。集中できない?」

 いつの間にかやって来た木蓮が背中から抱きついてきて、耳のすぐそばで小さく言った。

「うん、蘭のこと思い出してたの」

「……そう、もうすぐ命日だから?」

 そう聞いて木蓮は、私に回していた腕に一層力を入れた。

 木蓮も寂しいと思うのだろうか。
 アンドロイドと一緒に暮らしているくせに、それについては全く知識がない。木蓮は今でも蘭の言いつけを守って、蘭と木蓮の根幹に関わるようなことは私には教えてくれない。蘭に聞けば教えてくれるかもしれないけれど、頼りの彼はもう雲の上。

 痛い、と木蓮に苦情を言ったけれど、彼は私の後ろから右側の首筋に顔を埋めたまま聞こえないふりを決め込んだようだ。彼の残した、この図体の大きい子どもの頭を撫でてやる。撫でるたびに、白髪が私の頬をくすぐった。
 蘭には少し乱暴なくらいがいいと言ったけれど、木蓮を撫でる時はなんとなく優しくしてしまう。私の子ではないのに、おかしなことだ。

 仏壇代わりのガラスのローテーブルには、仏頂面の彼が斜めで映っている雑誌の切り抜きを飾ってみた。本人は写真嫌いで、遺品の中に額に入れられるようなものがなかったのだ。その前には、私が彼のために刺した紫木蓮と紫蘭の刺繍を置いた。

 彼の命日には仏壇に山盛りの生クリームをあげよう。写真の中の彼はどうせ、食べたくても食べられないだろうから、私がその写真の前で、生クリームを頬張るのだ。
 そのあと残ったそれを使って、ウインナーコーヒーを作る。それから木蓮のルービックキューブを眺めながら、生クリームがなくなるまでそれを飲むのだ。何杯もお代わりをして。
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