《R18》春告と紫に染まる庭《セクサロイド・SM習作》

サクラハルカ

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第1話

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 二月。
 一年で一番の冷え込みになるこの時期、朝早く起きたからといって颯爽と布団をはねのけられるかというと、私の精神はそんなに強くない。ぽかぽかと心地のいい布団にこのまま潜っていたいと思うのは、人間に限らず、暖かさを好む生き物ならどれでもそうなのではないだろうか。

 季節にかかわらず、私は大体毎朝五時に目覚める。
 目覚めてまず、畳の上に敷いた布団から這い出て、中廊下に向かう襖を開ける。そろりそろりと、軋む中廊下を素足の五指で感じながら、玄関からは遠くにある台所へ行く。そして、無駄に大きなダイニングテーブルが置かれた六畳ほどの空間を、コーヒーの香りで満たす。
 それが私の朝の儀式なのだけれど。

 厚手の綿の布団からちょっと足の先を出してみた。
 微弱にエアコンが回っているとはいえ、床の近くは寒い。
 予報では雪が降ると言っていたはずだ。
 居間に行けば、縁側から見える庭に薄っすら雪が降りているのを見ることができるかもしれない。
 でも。

 もう一度足先を出して引っ込めた。

 やはり寒い。
 さあ、布団から出よう、という心境になるにはもう少し時間がかかりそうだ。
 部屋の隅に、綿入れがある。あそこまで手が伸びないかしら、あれさえ羽織れたら頑張れると思うのだけれど。

 そうやってモジモジしていると、隣で寝ていた木蓮が寝返りを打った。
 どうやら起こしてしまったらしい。
 彼はそのまま、背中から私を抱き寄せて
「おはよう、春告(はるつげ)」
 と、今ではもう、木蓮しか使わない私の名を呼んだ。

 二つ布団を並べて敷いているのに、木蓮はいつの間にか私の近くで寝ている。
 いつだったか狭くないの、と聞いたら、俺にそれを聞くのは無意味でしょと、その紫の双眸をふっと細めた。たったそれだけの事なのに、それは私の夫が作った通りの、規則的な形を作る雪の結晶のような、目を奪われる動きだった。

 木蓮は後ろから私を抱きしめたまま、足を絡ませてくる。
 私の薄いパジャマの布を通して伝わる暖かさで、彼は裸のままなのだな、と気づいた。私は朝の事を気にして無理やり服を着てから寝たけれど、木蓮にはその必要はないから。

「木蓮、もう起きないと」

 そう言って彼の腕の中で身じろぎしたけれど、彼はそれに反するように片腕に力を込めた。そして、それとは逆の腕が私のお腹の方へ降りてきて、昨日の夜中にやっとの思いで穿いた寝間着のズボンを、スルリとずらす。
 ちょっと、と鋭く非難の声をあげたけれど、彼は少しズレたそのウエストに足をかけ一気に引き下げて、私の足から取り去ってしまった。手際がいいというか、この場合、足際がいいとでも言うのか。
 そして、はぁっと甘い吐息のような音を一つだけ漏らして、満足気に足を絡ませ続けた。




 平成になる少し前の漫画に描かれる昭和中期のタイプの家が、今、私と木蓮が住んでいる家。
 二階建て中廊下型。
 LDKが主流の間取りである現代において、あまり見慣れぬ形だ。

 ここに来てもう四年になる。
 この間取りは、私の体の動きを左右するまでに浸透している。

 玄関から真っ直ぐに伸びる中廊下の南側に、縁側付きの八畳二間続きの居間。その逆、北側には寝室と台所。奥には風呂とトイレという水回りが押しやられている。
 二階には廊下の南に六畳間が二つ。
 私と木蓮の二人暮らしにはこの家が広すぎるので、片方が私室兼物置、もう一つは木蓮の部屋と、一応決めているものの、空気を入れ替える目的以外では殆ど二階に上がることはなくなっていた。
 敷地は広めで、縁の向こうには奥行きが三メートルほどの土がむき出しになった庭があり、表玄関側の角に大きな紫木蓮の木が一本だけ立っている。
 そして、この家の西隣に十六畳程の床面積を持つ天井の高い平屋が建っているが、ここは夫の仕事場だったところ。彼によってそこに入る権利を与えられているのは、木蓮だけだった。



 足を絡ませるだけでは足りなかったのか、だんだんと木蓮の手が不埒な動きに変わってきて。
 もう夜明けだと何度も文句を言ったけれど、それは聞き入れられなかった。
 結局、本来であれば無用なだるさを体中に付加されて、私が台所に立てたのは、朝の八時だった。
 三時間も何をしていたのだ、というのは私が聞きたい。

 仏頂面でコーヒーをドリップする。
 器具から立ち上る 湯気の向こうで、木蓮はルービックキューブで遊んでいる。しかも、普通に馴染みのある三×三タイプではなく五×五タイプ 。
 人間ではない彼には、これでも時間つぶしにしかならないようだが、彼を作った人間がルービックキューブ好きだったことがわかる、待機のさせ方だと思う。

 慣れてしまえば考えなくてもできるのだよ。

 それが、木蓮と並んでルービックキューブを回していた彼が言っていたことだった。

 彼、木蓮を作った人で、私の夫。
 今から二年前に病死しているが、今でも彼の名前はある分野ではよく知られているという。
 それはアンドロイドに関する研究分野。
 しかし彼は研究者ではなかった。間違って先生、とでも呼ぼうものなら、途端にヘソを曲げて部屋の奥に閉じこもってしまう、そんな人だった。

 私の夫だった蘭は、私よりも二十一歳年上のアンドロイドを作る技師だった。
 彼のことを思い出すと、顔よりも角砂糖が先に思い浮かぶ。

 白砂糖よりザラメの方が好きなのだがね。

 気取った口調の低い声が、茶色い角砂糖とともに記憶から蘇ってくる。

 彼は、技師の中では最高ランクの腕前で、何度も賞を受賞するような人だったらしい。
 らしいというのは、私が彼のそういう仕事の部分を深く知る前に、病気で亡くなったからだ。それが今から三年前の冬の終わり。
 彼は私の前で極力仕事の話をしなかった、それを意図していたのかどうかは今となってはわからない。

 私たちが初めて出会った時、蘭はアンドロイドだと一目で分かるような木蓮を連れていた。
 アンドロイドを連れている人が珍しくない中で、蘭だけが特別だったというわけではない。でも、木蓮は私がそれまでに見たことのあるアンドロイドとは違っていた。
 木蓮は、見た目が普通の人間が持つ色合いではないくせに、非常に人間らしい振る舞いをしていたのだ。
 精巧に作られた、というより人間がアンドロイドのふりをしているように見えた、と言った方がいいかもしれない。

 そんな木蓮を連れた蘭と出会った時、私は二十二歳、蘭は四十三歳だった。
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