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おまけ 蘇芳先輩の裏事情 後編
しおりを挟むそれから程なくして、俺は真中っちに1人の後輩を紹介された。
「は、初めまして。俺、橘って言います」
野暮ったいメガネをかけたソイツは初対面だからか緊張した面持ちで俺に向かって頭を下げた。
橘?はて誰だったか…?
真中っちが俺に紹介ってことはゲームに関係あるってことだよな。
中々思い出せず、視線で助けを求めた俺に真中っちが仕方ないと言わんばかりに嘆息し、初対面の彼に気づかれぬよう唇だけ動かした。
何々、か・く・し…?ああ、図書室の幽霊君か!!!
メガネの印象強すぎて全然分からなかったわ。おい真中っち睨むなよ。顔に出したけど声に出さなかったからいいじゃないか。
そりゃあ、メガネもだけど名前聞いてもピンと来ないはずだよ。隠しキャラである図書室の幽霊君の名前はゲームでは出てこないんだから。
彼の出現場所は他の攻略キャラが来ない図書室オンリーで一見攻略しやすそうなんだけど、出現条件がとにかく面倒くさかった。
まず初期に設定する自身の任意パラメーターを同じ数値にならないよう各項目振り分けて、その上で攻略キャラ全員の攻略を進め好感度を一定値まで上げる。
次にランダムで発生する抜き打ちテストで95点以上を取ると、攻略対象たちから図書室の幽霊の噂を聞けるようになり、それを合わせて3回聞き、教師から図書室に資料の返却を頼まれると、そこで漸く出現するのだ。
しかもこの幽霊君、やっと会えても好感度が中々上がらない。いくら話しかけても素っ気なく、通い詰めて徐々に距離を縮め最後の最後でやーっとデレて自己紹介というところでエンディング。取説や公式でも名前が明かされず???で分からずじまいだった。
やり込み用玄人向けキャラだからそこまでキャラ設定を重視していない言われてしまえばそれまでだ。けど、エンディング後のスチル画面でヒロインを背後から大事に大事に抱き締めて、愛しいと言わんばかりに耳元で『俺を見つけてくれてありがとう』って囁く姿は、男の俺でもちょっと胸に来るものがあった。だからこそ名前が知りたかったのに。ゲームスタッフめ手抜きしやがって。
それにしても、橘ちゃんていうのかー。まさかここで名前が聞けるとは…いや、だから真中っち人を睨むなよ。おまえ、さては狙ってるな?安心しろ俺は単に名前を知って純粋に喜んでいるだけだっつーの。
ゲームではメガネなんてかけてなかったから、真中っちに言われるまで本当分からなかった。それにーーー、
「橘ちゃん」
「はい。何でしょうか?」
メガネの奥から覗き込む灰色の瞳に呼んだだけと言ったら、はあ、と何とも気の抜けた声が返ってきた。
ゲームだと、もっとこう、呼んだら人をチラ見するだけの素っ気ないコなのに、今の彼はそれとは雰囲気が違いすぎる。
もうちょっと探りを入れようかと思ったら、タイミングが良いのか悪いのか、申し訳なさそうに橘ちゃんは今から用があるかともう一度俺に頭を下げ、パタパタと行ってしまった。
せっかくだからもっと橘ちゃんと話たかったのに。真中っち紹介するならもっと時間ある時に紹介しろよ。このケチ。
「ケチって。アンタ主要キャラとあんま関わりたくないって言ってなかったか?」
「それはそれ、これはこれ。なんてったってゲームじゃ中々会えない隠しキャラだったんだぞ。ちょっとは話してみたいじゃないか。お前良く気づいたな、やっぱり図書室にいたのか?」
「まあ、そう、だけど…」
なんだよ、歯切れが悪い返事だな。ほら、恥ずかしがらずお兄さんにちゃんとお話ししてごらん?…あー、俺が悪かったよ。だから上からプレッシャーかけんな。え?かけてない身長のせいだって?やかましいわっ。
…気を取り直して。話を聞くと出会いはやっぱり図書室で、例の如く下調べに行った際、橘ちゃんに会い知り合いになったそうだ。
まだゲーム開始の時期じゃないのに、あっさり隠しキャラに会えたもんだから、らしくなくテンションが上がってしまい、幻じゃないかと抱き着いたとか。…それって痴漢にならないか?捕まるぞ、お前。
「成る程ねー。で、橘ちゃんを気に入っちゃった真中っちは俺にどうして欲しいのかな?」
隠そうとしても無駄だぞ。隠しキャラ見つけたからって、お前がわざわざ俺に自慢しに来るようなタイプじゃないの知ってるし。つまり、そういうことなんだろう?
「どうっていうか、先輩はアイツの公式プロフ覚えてるか?」
ここで何故に公式の話題?…えーっと何だっけかな。他のキャラとは違って隠しキャラだったからか大分後から追加されてたからなぁ。頑張れー、俺の脳みそよ。後で糖分あげるから。よーしよし、思い出してきたぞー。
たーしーか、ゲーム内じゃ結構な不幸設定背負ってて、転落事故(高所と記載があったが場所は不明)で怪我は大したことはないが記憶喪失になってしまい、そのせいで家族と距離が出来、学校でも浮いた存在になってしまった。そして、どこにも居場所がなくなった彼は最終的に滅多に人が来ない図書室にいるようになった、と。
一見冷めてツンに見えるのは不安と苛立ち、それに寂しさを隠すたの虚勢…って、あー、さっきの違和感はそこかぁ。
「あの橘ちゃん、まだなんだ」
何がとは口にしなかったが、真中っちが頷いてくれたから考えは間違ってはないだろう。
さっき、この世界で初めて会った橘ちゃんはゲームとは違ってまだ記憶を喪っていない、ゲーム以前の彼だったのだ。
てことは何か?これから事故に遭って記憶喪って孤立すんの?うーわー、不憫過ぎるっ。
あくまでゲームの世界じゃないとはいえ、酷似している世界だ。このままだとゲームの同じ道を辿る可能性は高い。
いくらストーリーのためには仕方がないと分かっていても、これから彼の身に起こるであろう不幸を考えるとなんともいえない苦い気分になる。
「アイツ、最初会った時泣いてたんだよ」
顔を顰める俺に対し、乱雑に髪をかきむしった後、真中っちが忌々しげに口を開いた。
「図書室で寂しそうに1人でさ。そんで話聞いて決めたんだわ。守るって」
ゲームの運命から彼を。
「まじ?」
「大まじ。先輩はゲームになんか関わりたくないんだろ。だから今後、先輩には近づかないって説明のために手取り早く今のアイツに会わせたんだよ。アイツにも先輩に会わないよう後で言っとくから」
悪いな、と。言いながら真中っちはほんの少しだけ笑って見せた。
せっかく結んだ縁を一方的に切ってしまって悪い。そう俺に言ったのだ。
それを見た俺の中でブチリ、と何かが切れる音がした。
「まぁなか。いっくら短い付き合いだからって、お前人をおちょくるのも大概にしろや」
自分でも出るとは思わなかった地を這うような低い声が出た。が、ンな事はどうでもいい。そんな笑顔の失敗作を見せつけんじゃねぇよ。アホが。
「それで納得してハイサヨナラって、俺はどんだけめでたいんだよ。簡単に切るなら最初からよろしくしてないんだよっ」
あったまキタ。こんなに腹立ったの去年の文化祭で幼馴染みがボコられて以来だ。一方的で相手を考えない言動は相手を侮辱すると同じことなんだぞっ。
俺と真中っちは暫しの間無言で睨み合った。向こうはそんなつもりはないだろうが、こちとらいつでも臨戦態勢で拳の一つ入れてやる心意気だった。
このままだと不幸になる運命な人間がいて、それを阻止しようとする奴が目の前にいる。なら、俺が選ぶ道は決まってる。やってやろうじゃないか。ヒロインと結ばれるだけが幸せじゃないのは身を以って知ってるしな。
根気比べは当たり前だが俺が勝利を収めた。負けた真中っちは最初にが酸っぱいといった複雑な顔をしていたが、最後にはちゃんとキレイに笑えていたので俺も笑顔でそれに応えてやった。
そして役割分担として、ヒロインが入学してくるまではいつ橘ちゃんが事故に遭うか分からないから同学年である真中っちが張り付き、俺はもしものため情報や行動しやすいよう人脈集め。
ヒロインが入学したら、今度は俺が橘ちゃんに張り付き、真中っちが他の攻略キャラに混じって橘ちゃんの存在に気づかないよう陽動する、とそんな感じに役割を分担した。
もし、ヒロインが隠しキャラである橘ちゃんに気づて接触すれば、せっかく守ってきた橘ちゃんの平穏な日常を壊しかねない。そう思って陰日向俺は懸命に頑張った。
途中、真中っちへの恋心を拗らせた橘ちゃんが迷走したのをフォローしてみたり。ヤンデレ転生ヒロインが暴走してこちらの対応が後手後手なって一時橘ちゃんがまじで危なかったけど、危機一髪ギリギリで助けられて本当に良かった。でもって1番の影の功労者である俺を誰か褒めて欲しい。
ーへ?ヒロインにが橘ちゃんに気づいたのは俺のせいじゃないかって?いや、あれはあまりに橘ちゃんが自分に自信がないから少しでも自信を持たそうかなぁと。それに、まさかヒロインがあんなだと夢にも思わな、はい土下座します。どうもすいませんでした!!
「先輩、誰に向かって謝ってるんですか?」
「ハッ!」
いかん。すっかり自分の世界にトリップしてしまった。
秋の日向。思考の旅から我に返ればベンチに座る俺の傍で後輩その1こと橘ちゃんが首を傾げていた。
「すいません。食事中なのに、俺自分のことでいっぱいいっぱいで…」
温かいほうじ茶を飲んで幾分落ち着いたのか、先程までの自身の行動を思い返した橘ちゃんはシュンと項垂れている。
ゲームの隠しキャラとしての彼も嫌いではなかったが、あれは大きな不幸の上に成り立っているキャラだから。それより目の前の自分の可愛い後輩のが何十倍もいい。
「そういや、橘ちゃんはご飯どうしたん?」
「あー、実は途中で…」
「逃げ出したんだな。じゃあ、ほれ。あーん」
可愛い後輩に先輩が特製いなり寿司を進呈しよう。皮は市販だが酢飯に胡麻とシラスそれに刻んだシソを入れた自信作だ。
箸で強引に口に突っ込めば一口で食べるには大き過ぎるそれを一生懸命頬張って咀嚼する。保育士改め気分は親鳥だ。
「どうだ?」
「ん、ぐっ、お、美味いです。先輩本当料理上手ですよね。羨ましい」
「そうかそうか。だってよ、真中っち」
「へ?」
やっぱり気づいてなかったか。いや、わざと逃げられないよう死角から近づいたな真中っち。
「俺の料理を食べられる彼氏が羨ましいから、俺の恋人になりたいんだって」
「タ~ケ~ル~」
「え?え?あのっ、それはっ、先輩話飛躍しすぎっ。俺はただ先輩の料理を褒めただけでー」
「その話は後からゆっくり聞いてやる。ほら、行くぞ」
「行くってどこへ!?」
「あ、真中っち。ついで俺、橘ちゃんにあーんしちゃった♪」
「火に油ー!!!」
問答無用で襟首を掴まれ引きずられていく橘ちゃんに軽く手を振って、俺は食べかけの弁当に箸をつける。遠くから自分を罵倒する声など俺には全く届きません。
いい加減、恥ずかしいからって何かある度に恋人から逃げるのはやめなさい。つか、慣れなさい。あーんは俺からの愛のムチです。
次はどう揶揄ってやろうかと俺は口端に淡い笑みを浮かべ、自作の弁当をつまむのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
☆先輩が腹をくくった直後の会話
蘇「で、どうやって守るんだ?」
真「髪を伸ばして顔を隠す」
蘇「(え、何それ?)…ほ、他には?」
真「…図書室に行くのを禁止する。後はー」
蘇「真中、もう少し今からしっかり打ち合わせしようか(震え声)」
最後半端になるからと長くなりましたが、ここまでお読み頂き本当に本当にありがとうございました!!
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/ZGH様そう言って頂けてありがとうございます。嬉しいです(⌒▽⌒)
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