自称モブ男子は恋を諦めたい。

天(ソラ)

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 自分がツイている人間かツイない人間か。そう問われれば迷うことなくタケルは後者だと悲しいかな自信を持って言える。

 買おうとしていた品物が目の前で品切れになるのは当たり前だし、急いでいるときに限ってアンケートで呼び止められ時間が過ぎるのもしょっちゅうだ。間違い電話がかかってきたと思ったら妙な因縁かけられて、最後怒鳴られて切られたこともある。

 …でも、これはツイてるとかツイてないとかそういう問題じゃないと思う。

 階段の隙間からうっかり遠い灰色の地表を見てしまい、タケルは思わずヒュッと喉を鳴らす。高い場所が苦手というわけではないが、階段から落ちたばかりの身体が自然と小刻みに震えてしまう。

 気を紛らわそうと顔を上げ周囲を見渡せば、青い空を背景に遠くに霞ががった山脈が連なっているのが見えた。湧き出るように山より高く盛り上がった入道雲が浮かんでいるから、もうすぐ夕立がこちらにやってくるもしれない。

「どうしたんです?」

 声をかけられ振り返った先で小動物系美少女と視線がぶつかり、タケルはなんでもないと首を横に振る。

 夕立がきそうだから院内に戻ろうと言って素直に応じてくれる相手なら、最初からこんな場所に来ることはなかったわけで。

 あの後、バグを直すと意味の分からない理由で脅され連れてこられたのは病院の屋外にある避難階段。緊急時以外使用する人間がいないこの場所に連れてこられた理由はというとー、

「さあ、先輩。早く落ちてください」

 …落ちてくださいと言われて、素直に落ちてやるほど自分の頭はめでたくない。

 屋上が関係者立ち入り禁止で封鎖され建物の最上部分ではないとはいえ、地上から軽く5.6メートルはあるであろう場所から落ちるなんて今度こそ死んでしまう。

 最初、流石に大人しくは従えず殺す気かと声を荒らげたところ、心外だと言わんばかりに肩を竦められ「ゲームの先輩は死んでいませんから、安心して落ちてください」と、意味不明な自信を持って言い返された。

 それからしばし無言で抵抗していたが、焦れたピンク頭を見るにそれもいい加減限界だった。 

「アンタは俺をここから落としたとして、一体何がやりたいんだよ?」

 この女に感情的になるとロクなことがない。なるべく感情的にならないよう自身に言い聞かせ、タケルは意を決し静かな声音でピンク頭に問いかけた。

 誰も来ない場所で時間稼ぎにもならないが、焦れた相手に発作的に何かされるよりはマシだ。

「何って、先輩を元の先輩に戻したいって病室で言ったじゃないですか。元に戻った先輩は私を好きになって2人で幸せになるんです」

 ピンク頭は微かに頬を紅潮させうっとりと瞳を細める。

 自分がピンク頭を好きに…。改めて聞くとかなりアレな発言だな。

 どこの世界に意中の相手に刃物を突き付け飛び降りを強要する女を好きになる奴がいるのか。目の前の美少女の男の趣味の悪さ云々は置いておいて、彼女の言う未来予想図が全く思い浮かばない。

 じゃあ、と、間を置いてから半ば思いつきで発した声は存外に弱々しかった。それに臆したようにタケルはいったん口をつぐみ、一呼吸してから口を開いた。

「…じゃあ、もし、もしも今の俺に好きな人がいたら?」

 彼女の言葉を信じるつもりはこれっぽっちもなかった。が、なんとなく聞いてみたくなった。

 彼女の言う元の自分とやらになった時、今の気持ちがどうなるのかを。

 タケルに現在進行形で好きな人がいるということを欠片も考えたこともなかったピンク頭は、質問にほんの一瞬、呆ける表情を見せたがすぐにくだらないと言わんばかりの不遜な笑みを浮かべた。

「そんなの間違いに決まってるじゃない。先輩はあたしのもの。あたしを好きなるって最初から決まっているの。もし、今の先輩に本当に好きな人がいるとしても、バグさえ直ればそんな気持ち綺麗さっぱりなくなるわ」

 ピンク頭が一歩前に踏み出し、その勢いに呑まれ後退したタケルの背中に固い手すりの感触が当たった。

 下から吹き付ける風が誘うように首筋をひやり撫で上げる。

「間違いで、なくなる…」

 呆然と舌の上で転がる言葉はひどく魅力的な味がした。

 先輩に蒼司を好きな気持ちを肯定された時、嬉しかったし安心した。でも痛みはちっと楽にはならなかった。ピンク頭じゃなくても、他の可愛い女の子に恋する蒼司の側にいるためには、早く痛みに慣れて忘れなければならないのに。

 好きな気持ちがなくなれば、嫌われることなくずっと蒼司の側にいられる…?

 身体が手すりの向こう側へ傾いた。

 ピンク頭を好きになる云々よりも、恋心をなくしてしまえるとうい部分に心はどうしようもなく揺らめいて。

 そしてーーー、


 ガクン、と前触れなく目の前の景色がブレた。


 手すりの向こう側にばかり気を取られ、疎かになっていた足が階段を踏み外してしまったのだ。

 バランスを崩した身体が重力に従い階段へ、1つ下の階へと頭から真っ逆さまに落ちていく。

 学校の階段から落ちた時とは違い、体勢が仰向けのせいか景色が鮮明でやけにゆっくり遠ざかる。

 昨日の今日でまた階段から落ちるってどんくさすぎる、とか。鉄板の床に背中が叩きつけられたら痛そうだな、とか。割と悠長に考えながらも目にした空の青さが悲しくて。

 つい、守ってやると言ってくれたあの真摯な双眸を思い出してしまった。

 一緒にいて感じた痛みだけじゃない想いも。

 滲んだ空に掴まれることのない手を伸ばしてタケルは下へと落ちていった。
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