自称モブ男子は恋を諦めたい。

天(ソラ)

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「じゃあ、後は若いもん同士。よろしくやってくれー」

 担任は人が止めるのも聞かず、朗らかに笑い病室から去って行った。

 引き留めようとした手が空しく宙を掻く。

 何だそのテンプレなセリフ。あんたは教師で見合い斡旋所のおっさんじゃないだろっ!!と、内心怒鳴ってやりたかったが病院で騒ぐわけにもいかず。タケルは扉の向こう側に消えた背中に、ガクリ項垂れた。

 人が無事(?)な姿を目にした途端、薄情なもので、娘に早く帰ると約束したんだと子煩悩アピールをかまし、担任はものの10分足らずで速攻居なくなってしまった。
 あのサラリーマン教師。いつか教育委員会に訴えてやる。

「先輩?」

 往生際悪く扉に視線を向けたままでいると、すぐそばで鈴を転がしたような愛らしい声が聞こえてきた。

 一緒に来たんだから、回収して一緒に帰れよ…。

 内心毒吐きながらも、薄情教師が消えた現状で放置しているわけにもいかず、嫌々ながらも声の方に視線を向ける。
 そこには面会者用の簡易椅子に座る、小動物系美少女が。

 担任曰く、タケルを心配するあまり彼女が担任にお見舞いに行きたから病院を教えて欲しいと、職員室まで直談判しに行ったんだとか。大した事はないと説明したが納得せず結局、彼女の熱意に絆され、一緒に見舞いに来ることになったそうだ。
 側から聞いたら、それはそれは美談である。おかげで担任にはすっかり恋人扱いされ、違うといっても信じて貰えなかった。

 …予想通り、学校側でも自分が階段から足を滑らせて落ちた事になっているみたいだしな。

 さり気無く、担任が居なくなり一つ空いた椅子をピンク頭が詰めて来たので、その分移動し距離をとる。狭いベッドの上で取れる距離なんてたかがしれているが、近くよりマシだ。
 万が一に備え、いつでも助けが呼べるよう、目の端でコールボタンの位置を確認し、更に、いざとなったら、申し訳ないがそこのベッドで寝ている老人を大声で起こすそうと決めてから、そこでようやっとタケルは口を開いた。

「先生が帰ったんだから、アンタも帰れよ」

「せっかくお見舞いに来たのに、先輩が冷たい…」

 本来効果は抜群であろう、美少女の上目遣いも自分には全く通用しない。むしろ、人の同情を引こうとするそのあざい仕草に、嫌悪感さえ湧く。
 元から好印象など持っていないかったが、たった一日でここまで悪感情を抱かせるとは、ある意味感心してしまう。当然だがそれ程、タケルの中での彼女の印象は最低最悪になっていた。

 タケルは芸達者なピンク頭を鼻でせせら笑う。

「残念だけど、ここにはアンタの味方になってくれる奴なんていないよ。冷たくてもなんでもいいから、今すぐ帰ってくれないかな。俺、休みたいんだよね。どっかの誰かさんに階段から突き飛ばされて、あちこち痛いし」

「あちこち、痛い?頭は?頭どうなんですか?記憶がなくなったりは?」

「っ、余計なお世話だ!!アンタには関係ないだろっ、この尻軽女!!邪魔だからさっさと帰れよ!!」

 加害者なんだから関係なくはないが、身を乗り出してまで尋ねてくるしつこさに、つい、口調がきつくなってしまった。

 言ってから、いくら好ましくない相手とはいえ、女の子に対する物言いではなかったと胸の内で後悔したが、言ってしまったものをどう言い繕っても、取り消すことは出来ない。

 タケルの言葉に流石のピンク頭も顔伏せ、口を閉ざしてしまった。
 俯き見えなくなった表情の代わりに、膝に乗せたスクールバッグを強く握りしめる手が、感情の高ぶりを表すかのように微かに震えている。
 
 「……本当に、先輩って可哀想」

 そのまま泣き出すんじゃないかと身構えたその時、彼女からポツリ鈴の音が零れ落ちた。

「せっかく、ヒロインの私に選ばれたのに、バグのせいでこんなに歪んじゃって、本当に可哀想」

 そう言いながら、再び顔を上げた彼女の表情に刻まれていたのは、予想していた怒りでも悲しみでもなく、心からの憐みであった。

 怪訝な色をあらわにするタケルを尻目に、ピンク色は切々と語り始める。

「私はね、皆から愛される存在なの。優しい両親、親友、素敵な攻略対象者たち…。全員に愛されるこの世界の主人公なの。そのことに気づいた時、本当に嬉しかった。…どうすれば皆に愛されるか最初から分かっているんだもの。先輩もね、私を愛する1人なのよ。本来の貴方は私を好きになるはずなの。貴方の孤独を埋めて幸せに出来るのは私しかいない。私がいなくちゃ、いつまで経っても孤独なまま、救われないのよ」

 語るその瞳はタケルを見てるようで見ていない。いや、映してはいるが捉えてはいないと言った方が正しいだろうか。
 虚ろな瞳で自分に酔った独白はなおも続き、熱を帯びていく。

「隠しキャラである先輩を救うにために私、一生懸命頑張った。他の攻略対象たちの好感度上げたり、勉強頑張ったり。条件を満たすために色々なことをやったわ。…なのになのにっ、ちっとも先輩は図書室に全然現れてくれなくてっ。どれだけ私が待ち望んでいたか分かる!?やーっと現れたと思ったら、全く違う食堂にいるんだもの。そこからすでにバグっていたのよねっ、先輩がモブとはいえ、私以外の誰かと一緒にいるなんて、本当信じらんないっ!!」

「な、っ!?」

 勝手にボッチ扱いされ、反論に口を開きかけその鼻先に突然、光る切っ先が突き付けられた。

「動かないで下さいね。今の先輩は間違いなんです。私に冷たい先輩なんて有り得ません。でも、大丈夫。私がちゃあんと元の孤独で不幸な先輩に戻してあげますからね」

「ふざけるなっ、何が孤独で不幸だっ、早くこの物騒なものをどけろっ」 

 バックの中に隠していたと思わしき、刃渡り10センチ近い折り畳みナイフが眼前をちらつき、緊張からタケルの額に汗が浮かぶ。抵抗しようにも至近距離過ぎて、もみ合った拍子に刺されかねず下手に身動きが出来ない。

「私も本当はこんなもの先輩に向けたくはないんです。ことしなくないんですけど、バグ持ちの先輩に会うから念の為用意したんですが…ふふっ♪持って来て正解でしたね。あ、手を動かさないで下さい」

 上機嫌な声に釘を刺され、こっそりコールボタンに伸ばそうとした手が止まる。

「先輩の考えている事なんて、お見通しです。…それと病院だから、常識ある先輩はしないとは思いますけど、大声を出すのもやめて下さいね。私、大っきな音苦手なんです。びっくりしてナイフをどこかに投げちゃうかも。…例えばそこで寝ているモブのおじいさんに向かって、とか?」

 悔しいが、確かにお見通しらしい。

 コテン、とわざとらしく語尾を上げ首を傾げるピンク頭を、逃走経路を失ったタケルは悔し紛れに睨みつけた。

「…脅しかよっ、アンタ人間として最低だな」

 怒りを含んだ低い声音に、ピンク頭はその可愛らしい小さな唇にうっすら勝ち誇った笑みを浮かべた。













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☆拙い文章をお読み頂きありがとうございます。
ストックがつきましたので、次回は10月以降週1ペースになりますm(_ _)m
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