自称モブ男子は恋を諦めたい。

天(ソラ)

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 うつらうつら意識が微睡む中で夢を見た。

 誰かが自分の手を握っている。冷たいのに少し湿った、小刻みに震える両手の指先で祈るように包み込んでいる。その手を俯いた自身の額にこすり付けるほどに近く持ち、小さな、本当に小さな空気が漏れ出でる音と一緒に、ごめんごめん、と。

 何をそんな泣きそうな声で謝る必要があるのか。起きて聞いてみたかったけれど、言葉は声にならずに胸の内で空回って霧散する。
 震える指が心を締め付け胸に痛い。痛々しい姿に大丈夫だよ、とその手を握り返してあげたかった。けれど包まれている手は指先にすら力が全く入らなくて。まるで心と身体が分かたれているみたいだ。

 思い通りにならない身体に、自身の身体から自分が嫌われるような錯覚を覚える。
 
 蒼司を自分の身勝手で避け続け、その挙句に約束破って嫌われて。心配してくれた先輩の言いつけを守らず、教室を出たらこの様だ。それも仕方がないなと、心の中で嘲笑を漏らした。

 自分はなんてダメな人間なんだろうか。そんな自分に謝る必要ない謝るのはむしろこちらなのに…。サラリ揺れる黒い前髪が握られた手を掠める度、心が更にギュッと絞られ泣きそうになってしまう。多分、身体が感情に反応してくれていたのなら、きっと本当に泣いてしまっていただろう。

 そうこう考えているうち、意識が覚束なくなってきた。途切れ途切れなる思考が必死になって意識を手放すまいと抗うが、それに相反し意識はどんどん白んでいく。

 せめて、と心が願いを叫んだ。せめて顔を上げてこっちを向いて。一目でいいから顔を見せて。謝らくていいから、自分を見て…!!

 しかし、伸ばせない腕の代わりに願う心は青年に届くことはなく。心ごと意識は白くて深い眠りの淵に落ちていった。



 目が覚めて気が付いたら病室のベッドの上にいた。

 清潔な白いシーツに仰向けになり、知らない天井を見上げぽかんとしていたら、丁度様子を見に来た看護師と目があった。すぐさま待合室にいた家族が呼ばれ、涙ぐみながら自分に合掌する祖母に縁起でもないと突っ込みかけた。

 どうやら階段から落ちてから一晩、目を覚まさなかったらしい。

 言葉を交わしているうちにもう大丈夫そうだと判断されたのか、心配から一転、階段から落ちて気絶したという自分のドジに対してのお説教が始まってしまった。その間、適当な相槌で聞き流しタケルは別のことを考えていた。

 …夢ならもっとちゃんと会いたかったな。

 まだ手に冷たく震えた指先の感触が残されているような気がして、夢での感触を反芻するように、包まれていた手をもう一方の手でそっとなぞった。

 階段から落ち意識を失った自分は頭を強く打ったと判断され、学校から直接、救急車で病院まで搬送されてしまったらしい。起きる気配がなかったため、そのまま病院にお世話になることになったそうだ。目が覚め意識も無事戻ったことだし、いくつか検査をして問題なければ数日で帰れると、家族を呼んでくれた看護師のお姉さんが笑顔で説明してくれた。

 試しにベッドで上半身を軽く動かてみたところ、階段から落ちた衝撃で背中や腕関節が鈍く痛むものの、それ以上は身体は大したことはなさそうだ。

 後は、気になることといえば…。

 自分が目を覚ましたことで安心した家族が病室から出て行った後、タケルは眉をひそめその表情に陰りを見せた。

 移されたばかりの4人部屋は、斜め右隣りのベッドに高齢の男性が点滴を打たれ眠っている以外誰もいない。他のベッドにも患者はいるようだが、現在どこかにいっているのかもぬけの殻だ。
 昨日、教室を出る時と変わらぬ西に傾いた太陽を窓越しに眺め、不安にシーツをギュッと握り締める。

 家族の話と反応から、自分は階段から1人で足を滑らせて落ちた、ということになっているようだ。でなければもっと大事として扱われているはずだ。
 目撃者のいない階段の踊り場での出来事だ。後からいくらでも言い繕えるが…。
 
 落下する瞬間の記憶の前後を思い出し、言い知れぬ恐怖に肌が泡立った。皺になるのも構わずシーツを握る手にますます力が籠る。

 突き落とされた恐怖心はもちろんある。が、それだけではなく、突き飛ばした加害者である彼女が妙に冷静だったのが引っ掛かる。
 意識が途切れる直前、頭上から降ってきた声は意味こそ分からなったが、冷たく落ち着き払って聞こえた。衝動的に自分を突き飛ばしたのなら、もっと感情的に声を上げるなり、急いで立ち去るなりするものだと思うのだが…。

 気を失う直前、彼女の笑い声が耳に聞こえたような気がした。鼓膜にこびりつく鈴の転がる音に、空調が効いているはずの室内で、背中にジワリ嫌な汗が伝う。激しく脈打つ鼓動にタケルは若干の息苦しさを感じ、大きく何度も深呼吸を繰り返した。

 漸く落ち着いてきた頃合いに、シーツの上に投げ出していた手のひらを恨みがましく見やる。

「………謝るくらいなら、守ってよ………」

 零れた声音は弱々しく掠れ、心細さを余計に掻きたてる。夢は夢だし、都合のいい時だけ縋ろうするのは間違っている。頭では分かっているがどうしても今この時、傍にいて欲しかった。
 頭じゃなく胸が痛くて死にそうだ。タケルは胸を押さえ前のめりでベットに突っ伏した。上掛けに埋もれた目頭が熱いのはきっと知らないうちにあくびをしたせいだ。そうに決まってる。

 内心言い訳し鼻をすんすん慣らしていると、病室のスライド式の扉が開く気配がした。音が出ないよう配慮され設計されている扉だが、廊下から響く物音の違いで開閉に気づく。
 他の患者が戻ってきたのかとタケルは上掛けから顔を上げ、急ぎ濡れた目元を擦った。束の間の同室とはいえ初対面が泣き顔なんて気まずすぎる。

 しかし、病室に入って来たのは予想外の人物だった。扉から顔を出した来訪者はこちらと目が合うと安堵に目を細める。どうして、という疑問は愚問だ。自分は学校の階段から落ちたのだから。目が覚めたのなら連絡がいかないわけはない。

 うっかり視線が合ってしまったタケルは目を逸らすことが出来ず、ぎこちない笑みを口元に張り付けた。

 
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