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しおりを挟むぶっ壊すと言った蘇芳先輩によりタケルの前髪はばっさりと切られた。ついでに眼鏡も外せと取り上げられその日のうちにコンタクトに変えさせられてしまった。
「うっし。これでどうよ」
凝り性なのか髪まで弄られ、用意された鏡に映るのは満足げな先輩と眉尻を下げる気弱そうな自分の姿。先輩みたいに美人でも蒼司みたいに男らしくもない、軟弱そうな自分の顔立ちを直視しタケルは泣きたくなった。
小さな頃、異国人の曾祖母の血を濃く受け継いだ容姿のせいで同年代の子供たちにひどくからかわれ、タケルはその象徴たる無機質めいた鈍色の瞳が大嫌いになった。以来、わざと顔を隠すため大きめのやぼったい眼鏡をかけていたというのに。隠すどころか全開にされてしまい、先輩に半泣きで文句を言ったらたっぷり間を置かれた後「マジで?」と返された。タケルが心の底から大きく頷くと補正怖っ!とまたも意味不明な発言をされ、以降何を言っても大丈夫大丈夫としか言い返されなくなってしまった。
それから数日、タケルにとって居心地の悪い日々が続いた。
周囲からの視線が自分に刺さるのは決して気のせいではなく、気になって視線の主に目を辿れば目が合った瞬間に露骨に逸らされた。その繰り返しに耐えきれずスペアの眼鏡をかければ何処からか先輩が現れて、笑顔で没収されてしまい視線から逃れる術はない。
蒼司に相談したかったが、自分から避けておいて困ったときだけ頼るのはどうかと思うのに加え、髪を切った直後、遠目ながら自分を見てあからさまに不機嫌に顔を背けられては声をかける勇気などタケルにはなかった。
自分の意志ではないにしても約束を破ってしまったのだから、蒼司の態度は当然だろう。
「そんな暗い顔するなって」
俯いて丼のうどんをかき混ぜていたら、向いのテーブルで行儀悪く頬杖をついていた先輩が箸を器用に一回転させた。誰のせいだと恨みを込め睨みつければ素知らぬ顔で先輩は箸で肉団子をつまみパクリと頬張る。
「知ってるか?近頃俺ら和洋折衷コンビって呼ばれているらしいぞ」
「なんですかそれ」
先日まで食堂で食事していても周囲に注目されるのは先輩だけだったのに、今ではタケルまで悪目立ちで周りから視線を集めるようになってしまった。陰口であればあまりダメージの少ないものを願いたい。
「華やかさが増し増しで目の保養になるんだってよ」
「………」
全く以て意味が分からない。とりあえず呼んでいる奴辞書開け。
箸を置き軽く眩暈を覚え額に片手を当てると先輩の表情が急に曇った。
「…橘ちゃん、それどうした」
固い声音にそれと言われ、タケルは片手に巻かれた包帯に目線を落とす。
「ああ、これですか?手の甲を水槽のガラスを切ってしまったんです」
「水槽でって?」
「2階から落ちてきた水槽の割れた破片が当たっちゃいまして。見た目は大げさですけど大したことはありません」
破片で軽く切っただけだとタケルは手をヒラヒラさせ大丈夫だとアピールする。が、先輩の表情は晴れるどころかますます険しいものになる。
「なにが大したことないだ。一歩間違えれば大けがだったんだぞっ!!」
「す、すいません。最近よくあることなんで失念してました…」
中身が入ったペットボトルに始まり花瓶にバケツ。今日に至っては飼育用の水槽と、最近校内を歩いているとやたら目の前に物が落ちてくるので、ある意味慣れっこになってしまったと言い訳したら、盛大な溜息とともに呆れられてしまった。半眼でお前はバカかと責める視線がとても痛い。
「…犯人は分かっているんだろうな」
「犯人なんて物騒な言い方やめてください。たまたま窓から風であおられて落ちただけですよ?」
「水槽が風で落ちるかっ!!」
「水槽は生物の先生が中を掃除している途中離れた隙に落ちたそうです。落ちた直後血相変えてこちらに来ましたから。魚が別の容器に入ってて無事で良かったです」
「良いわけあるかあぁぁ!!!」
怒声と同時にスパーンと後頭部を叩かれた。
「痛い…」
「もういいっ!!後はこっちで対処する!!」
痛みに蹲るタケルを尻目に先輩は苛立ちをぶつけるようにスマホの画面を激しくタップし始めた。美形が怒ると怖いとよく聞くが今の先輩に絶対声を掛けたくない。
スマホをタップし終えた先輩とそれを見守っていたタケルの瞳がかち合った。その迫力に反射的に肩がピクリと揺れる。
「橘ちゃん単独行動絶対禁止。移動する時は必ず誰かと一緒に行動すること」
「そんな子供じゃないんだか」
「返事は?」
「……はい」
黒い笑顔でチョップの構えを見せる先輩にタケルは素直に頷いた。
「今日の放課後も一緒に帰るからな。ちょっと用事で遅れるけど、迎えに行くまで絶対教室から一歩も動くなよ。いいな、絶対だぞ」
絶対という言葉に更に何度も頷いて、ようやく先輩の怒りが鎮静化された。再び弁当を突く姿にこっそり安堵の息を吐く。
今日は大人しく教室にいよう。と箸を握り締め心に誓うタケルが、この時、注がれる視線の中に、強い執着心が混ざっているのに気づくことはなかった。
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