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しおりを挟むあれから早数ヶ月。季節は変わり、世間は強い日差しが照りつける夏へとなった。梅雨時期の重苦しい鉛色の空と打って変わり、空一面の青色に季節を主張する夏雲が暑さを主張し、何となく恨めしい。
「ふぅん。橘ちゃんがうざい前髪しているなぁと思ってたら、真中の差し金かぁ…」
「差し金だなんて人聞きが悪いですよ。蘇芳先輩」
先輩が口にした真中とはあの青年の名字だ。真中蒼司それが青年のフルネーム。ついでにタケルの名字が橘だ。
タケルは食堂の季節限定メニューである夏野菜カレーをスプーンで突きつつ、気怠げな仕草で人の髪に触ろうとする1つ上の先輩の手を軽く睨んだ。目に刺さるどころか、目が隠れるまでに伸びた前髪の向こう側で、先輩は全く気にすることなく、琥珀色の双眸を細めニヤニヤ笑っている。
髪を切らないのか尋ねられたから、無断で切ると蒼司が怒ると答えただけなのに、何がそんな可笑しいのか。
先輩は蒼司と同時期に転校してきたせいかは分からないが、1学年上なのに2人は意気投合し、タケルも蒼司を通して知り合いになった。
最初こそ気後れしたものの、今ではカタチばかりの敬語のみで、こうして2人きりで昼食を取るくらい仲良くなった。
先輩はぱっと見はサラサラの黒髪に涼しげな双眸が印象的な和風美人なのに、口を開けば色々残念な人である。
黙っていれば男女問わずすごくモテるだろうに。ある時、うっかり本人の前でポロっと本音が漏れたことがあるが、先輩は気を悪くするどころか、『好きなヤツが1人、自分を好きでいてくれれば、充分だ』と、キッパリ言い切った。
好きなヤツが自分を、ねぇ…。
地味な自分にはそれは奇跡に近い確率だ。先輩は美人だからそう言えるんだと思う。
ナスやジャガイモやピーマンが入ったカレーをぐちゃぐちゃに掻き回しながら、タケルは言外に独り言ち小さな溜息をついた。
そんな自分の卑屈さを嘲笑うように、一際高い笑い声が食堂に響いた。チラリと見やった視界の端に複数の男子に囲まれたピンク色の髪の女子が映る。全く、弁当を持って来たんなら食堂に来るなと言いたい。
食券利用者以外は使用禁止なんて校則はないし、暑い外より冷房が効いた食堂を選ぶのは至極当たり前のことだろう。先輩だって弁当組だ。分かっている、この思考は完全なる八つ当たりだ。
「うーん。こうして近くで見ると確実にビッチルートだなぁ…」
「は?」
「いやぁ、こっちの話。橘ちゃんもあのお花畑気なるだろ?」
「気になるも何も…」
集団の中に1人よく知る人物がいるので、ちょっと言い澱む。
正直に言えばかなり気になるのだが、それを口にするのは何となく癪だ。
「別に、蒼司のことなんてどうでもいいです」
「俺、お花畑とは言ったけど真中の名前は言ってないよー。橘ちゃんは可愛いねー」
可愛い可愛いと先輩に笑われて、タケルの頬が一気に赤くなる。墓穴を自ら掘ってしまい、穴があったら入りたい。いや、穴は掘ったからそこに入ればいいのか。アホな思考を中断するため、原型をとどめない野菜が入ったカレーを口の中に一気にかっ込む。
「あー、そんな急いで食べると喉に詰まるって。…ホラ。言わんこっちゃない」
「…っ、んぐっ、げほっ、」
わざわざ席から立ち上がり、回り込んで背中をさすってくれる先輩に感謝しながら、コップに入った水を飲む。
苦しさとカレーの香辛料のせいで鼻がツンとし、目に涙が浮かぶ。
「あ、ありがとござ、います」
「礼には及ばないから、こっち見てー」
カシャ。
「オケ。いいのが撮れた」
「………」
肩越しに振り返ったら先輩がスマホを片手にキラリ瞳を輝かせていた。
この人は一体何をしたいのか。
「これをヤツにーっと♪」
指先で画面を数度タップして、先輩が席に着いたのとほぼ同時に、ガタンとお花畑方向から椅子が派手に倒れる音がした。
一瞬で食堂内が静まり返り、タケルを含め皆の視線が集まる。その中心で蒼司がスマホを握りしめ立っていた。
ピンク頭に何事かを言われ、すぐにハッとし周囲に向かい頭を下げたが、その際こちらに向けた視線の鋭さが痛かった。
「…先輩…」
「イジリ甲斐のある後輩は楽しいねぇ」
やっぱりアンタが原因かい。
声を出さずに爆笑するという器用なことしている先輩に、タケルは冷ややかな目線を送る。
人の変顔を送りつけて蒼司の恋路の時間を邪魔なんて、性格が悪すぎる。
「やめて下さいよ。後で絶対、蒼司に怒られるじゃないですかぁ…」
「ごめんね。せっかく可愛い顔をゲットしたもんだから、真中に見せないとという使命感に燃えてしまって。つい、ね」
人の気も知らないでこの先輩は。
誠意のかけらも無い謝罪は無視して食べ終わった食器を手に席を立つ。食事が終ってしまえばここにいる必要はない。
「橘ちゃん。もう行くの?」
「食べ終わりましたんで教室に戻ります」
「じゃあ俺も自分の教室に戻ろっかなぁ。次移動教室なんだよねー」
タケルの素っ気ない物言いを気にする様子もなく、空になった弁当箱を手にのんびりした足取りで先輩も後に続く。
「…先輩と一緒に昼飯食べたい人は沢山いるでしょうに。わざわざ俺に付き合わなくていいんですよ?」
色々残念な人だけど、見た目に反して気安い性格に学年問わず注目度は高い。今だって何人かが食事をしながら先輩をチラチラ見ているくらいだ。いくら仲が良いとは言え、後輩が毎度昼食を共にするのは気が引ける。
「橘ちゃんは俺と食べるの嫌なわけ?」
「そんなことはないですけど」
「なら問題なし。俺は可愛い後輩の味方です」
味方って、後輩をぼっち飯から救うための正義の味方ってことなのだろうか。それなら自分にだって昼食に誘ってくれる友達くらいはいる。ただ、あえて断っているだけなのだが…。
いまだ談笑しているお花畑を横目にタケルは小さく息を吐いた。
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