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第2章 アナタに捧ぐ鎮魂歌

22暴走①

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*前回R予告したくせに間に合いませんでした…。



「あ、あれ?」

 地面にへたり込んだ僕の口からなんとも気の抜けた声が出た。

 「アルヴィン!?」

「大丈夫。大丈夫ですから」

 だからそんな鬼気迫る顔で近づこうとしないで下さい。

 地面に座っただけで大げさなんだから。駆け寄ろうとしたギルフィスを声で制し、やれやれと小さく息を吐いた。

 これは俗に言う腰が抜けたというやつなんだろう。気掛かりだったあれやこれやが一気に片付いて、気づかぬうちに張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったに違いない。
 今回は貴族の人事掃除がなくて気楽な旅だと思っていたのに。予想外が色々多過ぎた。

 早く一般人になってスローライフを送れないかなぁ。勇者も王子もとっととやめて、小さな街で小さな薬屋さん開いて独りでのんびりまったり、縁側で茶でも啜って余生を過ごしたいよ…(泣)。

 と、その前に城に帰ったら上下水道の設備工事を急ピッチに進めないと。水源も管理する部署を新たに設置し、今後は被害が広がる前に対処出来るようにしておきたい。後、念のため表向きうちの国は禁止されているけど、人身売買や非合法な人体実験等の非人道的なことが裏とかで行われてないか各地で調査もした方がいいな。それからそれからーー、

「だーっ、考えただけで面倒臭いっ!!」

 指でこれからやらなきゃいけないことを数えたら、すっごく嫌になってきた。

「…苦労人」

 うっさいよそこの魔王様!僕はやれる立場や能力があるのに、やっとかないで心残りになるのが嫌なんだよ。やらないで後からああだこうだ言うのはしたくない。
 
「言われたくないなら周りを見てもっと他人を頼ることだな。ほら」

「?」

 そう言いながら目の前に差し出された手のひらに、ちょっとだけ首を傾げてみる。

「…猫スキーのくせにお手を強要するんですか?」

「背負ってやるから手に掴まれって意味だ。いつまでも、固い地べたに座ってるわけにはいかないだろ」

 ああ、成る程。そういう意味か。てっきり人をペット扱いしているのかと思った。

「君は一体俺をなんだと…。いや、答えなくていい。ロクでもないことしかを言われる気がしない。それよりさっさと手を掴まないと、…おい。本当に大丈夫なのか?顏が赤いぞ」

 背負うため至近距離まで近づいてきたギルフィスがこちらの顔を覗き込み大仰に眉を顰めた。

「んー?そうでーーぁっ?!!!」

 言われてみれば顏が火照って熱いかもー、と思った瞬間、身体中を凄まじい高温と激痛が駆け巡った。


 熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛いぃぃーーー!!!


  頭の中がその二つの単語に塗りぶされ目の前が赤く染まり見えなくなる。ジッとしてたら耐え切れずに狂ってしまいそうで、僕は自身の身体を掻き抱き辺り構わず固い地面上をのたうちまくった。

「ぁぐ、あぁ、はっ、ぁが、」

「アルッ、アルヴィンしっかりしろ!!」

 必死に呼び掛け触れようとするギルフィスの手を意図せず振り払う。心配してくれているのは分かるが、それに応えられる余裕はない。とにかく少しでもこの苦しみから逃れたくて地面の上を転げ回った。

 あまりに苦痛が過ぎると脳内でエンドルフィンが分泌されて痛覚が麻痺すると言うが、急激な事態に間に合わないのか激痛だけが身体を支配し、開きかけた瞳孔から意図せずに生理的な涙が零れ落ちた。

 これはヤバい!と、間近に迫った死を意識したその時、


「ークソッ!!」


 短く吐き捨てる声が聞こえたかと思うと、暴れ回る顎を強引に掴まれ唇に自身より低い体温が押し当てられた。

「ふっ…ぐっ…んむっ…」

  その隙間から苦痛を訴える自分のくぐもった声が溢れ落ち、苦しみ悶える身体は強い力によって厚い胸板に縫い止められる。

 ジャリっ、と塞がれた口内に不快な土の味がした。

 恐らく、苦しみから逃れたい一心で地面を転げ回った際に口の中にまで入ってしまったのだろう。口内に感じた違和感はそれだけじゃなかった。

 重ねただけの唇からじわり、じわりと。

 身体中を駆け巡っていた熱が僅かだがギルフィスへと支流を作り流れ込んでいく。

 それに要した時間は数分だったかもしれないし、数十分だったかもしれない。

 漸く唇が解放された時には痛みも熱もまだ身体中を巡っていたが、死の恐怖だけは遠のいていた。

「ギ、ルフィス…」

「疲れただろう。少し休むといい」

 胸に縋り見上げようとした僕の目蓋をギルフィスの手のひらがそっと閉じてくれた。

 魔法を使ったわけでもないのに、その手の感触がひどく心地よくて。

 声に従い言われるがまま、彼氏の腕の中で意識を手放した。










 次に目が覚めた時、離宮にある自室のベッドの上にいた。

 いつの間に帰って…え、夢?

 一瞬、討伐での出来事は全て夢だったんじゃないかと思いそうになったが、息苦しい程の熱の塊がまだ身の内に巣食っていて。あれは全て現実なのだと踏み止ませられた。

「目が覚めたか?」

 指先をくすぐる吐息を感じ、天井からそちらにいる声の主へと視線を移す。
 そこには恭しく僕の手を握り、指先に口付けているギルフィスの姿があった。

「現在は小康状態を保っているが、またいつどうなるかは分からない。だからその状態のままで俺の話を聞いてくれ」

 彼はこちらが何かしらを口にする前に、そう前置きし話し始めた。

「君の身体は今、魔力の暴走によって非常に危険な状態にある。脅すつもりではないがあの時あの状態を何もせずに放置していたら君は間違いなく死んでいた」

 やっぱり、そうだったんだ…。

 そんな気はしてた。身体の中をぐるぐると今も暴れ回っている熱の正体は魔力で、それに身体が耐え切れず痛みという悲鳴を上げていたんだ。

 でも、幻獣に一部だけ封印を解いて貰った時は普通に魔法を使えていたし。ブレスレットは砕け散ってなくなったんだから加護はもう完全復活して、魔力が暴走する危険は消えたんじゃないの?それがなんで…。

「以前も説明はしたが、君の魔力量は俺と匹敵するくらい膨大だ。人族として身に余るそれを君の身体は加護の力でなんとか収めていたんだ。…ここからは推測が混じるが、加護がブレスレットという魔具によって封印された際、君の魔力の全ては封印だけ注がれるように無理矢理流れを捻じ曲げられた。無意識に体内の魔力量を調整するために外へ放出していた余剰分も、だ。それが外に出れずに蓄積、更に封印に回されていた魔力と合わさった結果、加護で抑えられる分を上回り暴走を引き起こしたんだ」

 魔力の流れを見るのが得意なギルフィスが言うんだから、ほぼ間違いはないだろう。幻獣に一部封印を解いて貰った時点ではギリギリ、いや、気づいていなかっただけですでに身体は悲鳴を上げ始めていたのかも知れない。
 ベッドの脇で俺がもっと注意深く見ていればとかなんとか言っているが、どのみち、ブレスレットは僕たちでは外れなかったんだから暴走は免れなかったと思う。別にギルフィスが気に病む必要はない。むしろ、あの場でバラバラ死体にならずに済んだ僕の方がギルフィスに感謝しなければ。

 あの時のキス(?)は人命救助が目的みたいだったし、特別に許してやろう。

 握られている手を外し、ギルフィスの服の袖を引っ張った。よく見たら彼はまだ旅装束のままだ。

「…ほかの…皆んな、は…?」

 自分の身に起きたことは理解したが、森にいたアッシュやノワさんはどうなったのか。暴走を引き起こしてからの時間の感覚がない僕は不安を胸に尋ねてみた。まさか数日放置、なんてことはないよね?

「後のことは全部ノワに任せてきた。心配しなくていい。あれはああ見えて中々優秀だからな」

 うん、知ってると力なく笑ったらギルフィスがなんとも言えない複雑な表情で笑い返してくれた。…気持ちはちょっと分からなくもない。

 そんなふうに安心したら、身体の辛さがぶり返してきた。正確には他に気を取られ忘れかけていたのを思い出したといった方が正しいか。

 今は小康状態ってことだけど、これ以上暴走がひどくなったら、また洞窟の時みたいに死にそうな熱と痛みに襲われるんだろうか。あんな苦しいのに何度も襲われたりしたら死ぬよりも先に狂ってしまう。それはかなり嫌だ。
 すぐにでも暴走を治める方法って、何かないのかな。魔王であるギルフィスなら何か知ってそうな気がするんだけど…。

そんな期待を込めてチラリと見やると、ギルフィスはこちらを見ずに落ち着きなく視線を彷徨わせていた。意を決したかのような表情で何かを言おうとしては口を閉じ、また口を開いては閉じてしまう。明らかな挙動不審である。

「……手っ取り早くかつ安全に暴走を治める方法があるにはある、んだが…。これには君の同意が必須というか、無理矢理はしたくないというか。いざなったら無理矢理でもするけど、けど、出来れば嫌われたくないし…」

 言って。そこまで口にしたならはっきりとその方法を言っちゃって下さい。

 促すと、ギルフィスはどこからともなく手のひらサイズの茶色小瓶を取り出し目の前で揺らして見せた。

「これをまず飲んで貰ってからー」

 ふむ。それをまず飲んでから?

「俺に抱かれるんだ」



 ……………………はい?



ーーーーーーーーーーーーーーー
☆申し訳ありません。本番前が長引いてしまいR指定繰り越しでございます。次回こそは(ー ー;)
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