上 下
45 / 58
第2章 アナタに捧ぐ鎮魂歌

21夢の残骸とその行先

しおりを挟む



  蒼い炎を身に纏い、大樹がその身をゆっくりと灰燼に帰していく。洞窟内は蒼い浄化の炎で満たされ、中でも一際激しく燃える魔物の姿を僕は黙って見つめていた。

 すぐ目の前で燃えているはずなのに熱を感じず火の粉に触れても火傷1つ負うこともない。
 こういう時、普通の火じゃないんだなとしみじみと思い知らされる。

 誘うよう揺らめく炎に、初めてこの蒼い炎を見た時、あまりの美しさに思わず見惚れてしまったことを思い出す。
 当時の僕は自分には決して手が届かない魔法に少しでも心を奪われたことが許せなくて、初対面のギルフィスに随分と失礼な態度を取ってしまった。それでも嫌なを顔せず、むしろ笑って許してくれたギルフィスは思えばあの時からすでに僕に対して甘かったんだよね。

 やっぱり顔、なのかな。見た目の良し悪しって結構大きいもんなぁ。…うん。あまり考えると虚しくなるからやめよう。閑話休題である。

 目の前のことに話を戻すが、勇者としていくつもの混沌の吹き溜まりを目の当たりにしてきた僕でも、今回の件はかーなーり胸くそが悪い。まだ腐ったお貴族様の掃除のがちょこっとだけマシな気がするって、相当だ。

 もし、二人の人生を狂わせた元凶が今も生きていたのなら、今すぐに捕まえて一生僕の魔法の研究材料にしてやったのに。自分が被験者になる苦しみを味わえってんだ。どこかにうっかり仮死状態で埋まってたりなんかしてないかなぁー。

「なんじゃ若いの彼の一族の魂をお望みか?なら、出来んこともないぞ」

「え?本当に!?」

「こら犬、アルヴィンに何吹き込んでやがるっ。いくら勇者でも冥界の理に触れるのは禁忌だからな」

「ほっほっほ。魔王よ、本気に取るでない。かるぅーい冗談じゃて」

「なぁんだ、冗談かー」

 ちょっとだけ期待して…いませんよぉぉ?や、本気で全然全くしてませんから、また残念な目で人を見るのはやめて下さい。痛い、魔王様の視線が地味に突き刺さって痛いっ。

「全く、君ってヤツは…。まあ、いい。ところで身体の調子はどうだ?」

「おかげ様で今のところ魔法を展開しても身体に問題はありません。威力が落ちる分は集中力でカバーすれば大丈夫です」

 展開に必要な魔力を要するのに些か時間は掛かるが、それ以外は特に問題はない。気遣うギルフィスの言葉に僕は左手の魔力の流れを確認してからそう答えた。

 ノリでやっちゃって下さいと言ったものの、流石にギルフィスにばかり負担をかけるのは申し訳なくて。自分にも何か手伝えないかと尋ねたら、僕が魔法に関する加護を封印されているのを知らなかった幻獣から、なら青年の魂の安全のために結界魔法の展開をと頼まれてしまった。なので正直にことの経緯を踏まえ、今は使えないのだと説明したところ、なんと加護の封印をさらっと解いてくれたのだ。
 解いたと言っても、完全にではなく身体と魂の繋がりに差し支えないごく一部だけではあるが、それでも全く使えないよりか100倍もマシである。

「当然じゃろ。儂は冥界No. 1の魂のスペシャリストなんじゃからな。お主に出来んかったかったことを儂が出来たんじゃ。素直に褒め讃えてもいいんじゃぞ?」

 黒わんこめ、またそんな分かり易い挑発を…って、あああああ。これまたギルフィスから分かり易い不機嫌オーラがっ。
 魔王ともあろうお方がなんで簡単に挑発にのるかな。王様って普通もっと懐が広いもんなんじゃないの!?

 今から小一時間程前。僕が青年がいる場所に結界を張り、ギルフィスが浄化の炎で大樹を弱体化させた隙に幻獣が青年の魂を救出するという、見事な連携プレーをやってのけたというのに。
 目の前で仲良くいがみ合いを始めた一人と一匹に、あの息が合った姿は夢だったじゃないかと疑いたくなってしまう。

 …まあ、夢なら今あの光景はないんだけどね。

 始まった舌戦はスルーして、自分たちとは少し離れた場所に視線を向ける。そこには炎の灯りで揺らめきながらも確りと重なり合う2つの影があって、それを見た僕は口元に淡い微笑を浮かべた。
 
 長い間拗れていたものが解消されるにはまだまだたくさんの時間がかかるだろう。けれど、あの様子なら大丈夫。二人一緒ならきっと乗り越えていけるだろう。成り行きとはいえ、愛とか恋なんて信じていないここまで僕が力を貸してやったんだ。そうでなくては困る。

「アル、あの二人が気になるのか?」

「アルって呼ぶな。幻獣との舌戦はどうしたんです?まだ決着が着くには早いでしょう」

「浄化が完了したからやめた。今回は人為的な吹き溜まりだったせいか、核を無くした魔物はいつもより早く浄化が出来たからな」

 言われあたりを見回せば、炎は下火どころかほとんど鎮火し、地面の所々で小さな火が燻っているだけになっていた。大樹も跡形もなく燃え尽き、心なし、広くなった洞窟は空気も軽くなったような気がする。

「こちらもひと段落じゃ」

 それから幻獣が鼻先に乗せ連れてきたのは、赤みかがった黄色と新緑色のソフトボールくらいの球状の光。あたりを照らす程強くはないけれど、確かにそこにある温かな光は見ているとなんだか泣きそうになってしまう。これってもしかしなくてもーー、

「二人の魂?」

「そうじゃ。新緑色に陰りが見えんじゃろ。人格が安定している証拠じゃ。これを今から冥界に持って行き分離作業に入る」

 この状態なら時間をかけ根気強く作業すれば、魂は元の人格に戻り、また転生させられるだろうと。

「他の人格はどうなるんです?」

  気になったから聞いてみた。魂が混ざっているってことなら、混ざっているのも元は別の魂だったってことだよね。

「安心せい。多少の歪みは矯正せにゃならんだろうが、分離した後はきちんと洗浄・転生コースにまわされるじゃろうて。ついでに麓の不死者の魂も後から運んでやるからの」

 それを聞いて僕はホッと胸を撫で下ろした。

 彼等も元々は実験の被害者で、あんな誰彼構わず不幸しようとする性格じゃなかったはずだから。分離して消滅だなんてあんまりだ。

「若いのは優しいのう」

 「いえ。ただ消滅しちゃったら後味悪いなと思っただけです」

 聞いただけで優しいと判断されるなら、今頃世界はラブアンドピースで魔王も勇者も入りませんて。

「いやいや。少なくとも、この魂たちはそう思っておるようじゃよ。この姿では話は出来んがー、若いのこの魂に左手で触れて見てくれんかの」

「こう、ですか?」

 恐る恐る新緑の魂に触れてみる。
 浄化の炎と同じで熱くはなく魂に触れた途端、パンと小さな破裂音とともにブレスレットが砕け散った。

「儂の一時しのぎではなくて、これで本来の力が使えるようになるじゃう。…この魂たちもこの世にもう未練はあるまい。さて、召喚主さんや。もう儂は帰っても良かろ?お陰さまでやらないけないことがたーんと、出来てしまったからのう」

「嫌味な犬はとっとと帰れ」

「ほんに老いぼれをちーとも敬わんヤツじゃのう。若いのお前さんは目上の者をしっかりと敬うんじゃぞ」

「はい。色々お世話になりました」

「では達者でな。魔王のセクハラには気をつけるんじゃぞ~」

「帰れ!!」

「ほーっほっほっほ」

 黒わんこは最後の最後までギルフィスにケンカを売りながら、魂とともに空気に溶けるように消えていった。

 全く、どこまでも茶目っ気溢れる冥界の番犬さんである。

「本当仲良いですよねぇ」

「どこをどう見たらその感想に行き着くのか。是非教えてもらえないだろうか」

 だって、なんだかんだ言って舌戦を繰り広げる姿は楽しそうだったし。どうでもいいなら一々相手にしないでしょ。

「良いコンビだと思いますよ?」

「冗談でもやめてくれ。俺は犬より猫派なんだ」

 成る程、魔王様は猫スキーでしたか。確かに宿での猫の扱いは手慣れた感がありましたもんね。

「1番懐いて欲しい猫には中々懐いて貰えないけどな」

 知らんがな。そんなこと恨めしそうに言われても僕には頑張れとしか返せません。

 拗ねてしまった魔王様は放っておくとして、まずは麓まで転移してアッシュたちと合流しますかね。リヒターもきっと首を長くして待っているはずだから、早めに街に戻らないと。

 あそこの宿の猫元気にしているかなぁなんて、そんな他愛のないことを考えながら、解放されたばかりの加護でいつも通り転移魔法の構成を編もうとしたら、

「え?」

 僕の身体から急に力が抜け地面へと崩れ落ちた。







ーーーーーーーーーーーーーーー
☆忘れた頃に更新ですいません。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

せっかく双子で恋愛ゲームの主人公に転生したのに兄は男に妹は女にモテすぎる。

風和ふわ
恋愛
「なんでお前(貴女)が俺(私)に告白してくるんだ(のよ)!?」 二卵生の双子である山田蓮と山田桜がドハマりしている主人公性別選択可能な恋愛ゲーム「ときめき☆ファンタスティック」。 双子は通り魔に刺されて死亡後、そんな恋愛ゲームの主人公に転生し、エボルシオン魔法学園に入学する。 双子の兄、蓮は自分の推しである悪役令嬢リリスと結ばれる為、 対して妹、桜は同じく推しである俺様王子レックスと結ばれる為にそれぞれ奮闘した。 ──が。 何故か肝心のリリス断罪イベントでレックスが蓮に、リリスが桜に告白するというややこしい展開になってしまう!? さらには他の攻略対象男性キャラ達までも蓮に愛を囁き、攻略対象女性キャラ達は皆桜に頬を赤らめるという混沌オブ混沌へと双子は引きずり込まれるのだった──。 要約すると、「深く考えては負け」。 *** ※桜sideは百合注意。蓮sideはBL注意。お好きな方だけ読む方もいらっしゃるかもしれないので、タイトルの横にどちらサイドなのかつけることにしました※ BL、GLなど地雷がある人は回れ右でお願いします。 書き溜めとかしていないので、ゆっくり更新します。 小説家になろう、アルファポリス、エブリスタ、カクヨム、pixivで連載中。 表紙はへる様(@shin69_)に描いて頂きました!自作ではないです!

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

お前らの相手は俺じゃない!

くろさき
BL
 大学2年生の鳳 京谷(おおとり きょうや)は、母・父・妹・自分の4人家族の長男。 しかし…ある日子供を庇ってトラック事故で死んでしまう……  暫くして目が覚めると、どうやら自分は赤ん坊で…妹が愛してやまない乙女ゲーム(🌹永遠の愛をキスで誓う)の世界に転生していた!? ※R18展開は『お前らの相手は俺じゃない!』と言う章からになっております。

反抗期真っ只中のヤンキー中学生君が、トイレのない課外授業でお漏らしするよ

こじらせた処女
BL
 3時間目のホームルームが学校外だということを聞いていなかった矢場健。2時間目の数学の延長で休み時間も爆睡をかまし、終わり側担任の斉藤に叩き起こされる形で公園に連れてこられてしまう。トイレに行きたかった(それもかなり)彼は、バックれるフリをして案内板に行き、トイレの場所を探すも、見つからず…?

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

転生先がハードモードで笑ってます。

夏里黒絵
BL
周りに劣等感を抱く春乃は事故に会いテンプレな転生を果たす。 目を開けると転生と言えばいかにも!な、剣と魔法の世界に飛ばされていた。とりあえず容姿を確認しようと鏡を見て絶句、丸々と肉ずいたその幼体。白豚と言われても否定できないほど醜い姿だった。それに横腹を始めとした全身が痛い、痣だらけなのだ。その痣を見て幼体の7年間の記憶が蘇ってきた。どうやら公爵家の横暴訳アリ白豚令息に転生したようだ。 人間として底辺なリンシャに強い精神的ショックを受け、春乃改めリンシャ アルマディカは引きこもりになってしまう。 しかしとあるきっかけで前世の思い出せていなかった記憶を思い出し、ここはBLゲームの世界で自分は主人公を虐める言わば悪役令息だと思い出し、ストーリーを終わらせれば望み薄だが元の世界に戻れる可能性を感じ動き出す。しかし動くのが遅かったようで… 色々と無自覚な主人公が、最悪な悪役令息として(いるつもりで)ストーリーのエンディングを目指すも、気づくのが遅く、手遅れだったので思うようにストーリーが進まないお話。 R15は保険です。不定期更新。小説なんて書くの初めてな作者の行き当たりばったりなご都合主義ストーリーになりそうです。

主人公に「消えろ」と言われたので

えの
BL
10歳になったある日、前世の記憶というものを思い出した。そして俺が悪役令息である事もだ。この世界は前世でいう小説の中。断罪されるなんてゴメンだ。「消えろ」というなら望み通り消えてやる。そして出会った獣人は…。※地雷あります気をつけて!!タグには入れておりません!何でも大丈夫!!バッチコーイ!!の方のみ閲覧お願いします。 他のサイトで掲載していました。

処理中です...