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第2章 アナタに捧ぐ鎮魂歌
4 新緑のブレスレット②*
しおりを挟むコホンと、どちらともなく空咳をして場を元に戻す。
「外れませんかね、これ」
左手首を占領するブレスレットは、圧迫感もなく容易にくるくる回るが、接合部が見えず無理に外そうとすると、神経を針で刺すような壮絶な痛みが走る。まさしく、王道な呪いのアイテムである。
とてもじゃないが、加護が封印された状態で過酷な山登りは自殺行為だ。
さっさとこのブレスレットを外して加護を取り戻さなければ。早く山に入り毒の流出を止めないと、被害が広がる続け深刻化してしまう。
「現状では難しいな。かといって、このままでも君の命に関わるし…」
「そうなんです?」
きょとんする僕に、ベッドから立ち上がり部屋から茶トラ猫を出したギルフィスが当たり前だと渋面を作る。
「君の魔力量は魔族のしかも、俺に匹敵するくらい膨大なんだ。人族に余りある力は本来、その身に収まるどころか、反動で四肢が千切れバラバラになってもおかしくはない。加護のおかげで絶妙に肉体と魔力のバランスが保たれていたんだ。もし、加護がないも同然の今、同じく抑えられている魔力が一方的に暴走したらどうなるか…」
漠然とチートで片付けて、意識したことなかったけど、魔王と同じくらいの能力を人の子の僕が持つって、リスクがあって当然だよね。無条件で大きな力が得られるほど、世の中甘くはないってことだ。怖くないと言えば嘘になるけど、なんか納得した。
納得はするけど、女神様よ、そんな命懸けのチートより平凡な生活を所望したかったです。
「じゃあ、地道に情報を集めるしかないですかね」
分からない時はまず情報収集が基本である。
「自分の命が危険だというのに、妙に冷静なのは君らしいというか、なんというか」
「失礼な。怖いですよ」
拗ねた口調で訴える僕に、ギルフィスは説得力がないと失笑する。
だって、怖いとは思うけど、身体がバラバラになんて経験がないから、実感がなんて湧かないんですよ。あ、経験あったらとっくに死んでいるか。
「ブレスレットだから装飾品店?いや、魔石が使われているから魔法関係の店?もしくはこの幾何学模様を頼りに図書館、か。これは時間がかかりそうだな…」
どこから調べようか真剣に考えを巡らしている僕の様子に、ギルフィスは訝しげに目を瞬かせた。
「それなら、あの鬼畜を使って『影』を動かせばいいんじゃないか?」
その一言に、ヒュッと息を飲んだ。ぐにゃり、自分の中の何が歪んだ気がした。
「……それって、加護がなくなったことをリヒターに話せってこと?」
恐る恐る絞り出した声は、掠れ震える。
「話せも何も、偽装が解けているんだ。すぐにバレるだろう?」
「ダメっ!」
「…アルヴィン?」
ああ、自分はなんてバカなんだろう。そこまで考えが回らなかったなんて。そうだよ、この姿でリヒターを出迎えたらバレるに決まっているじゃないか。しかもアッシュまでいるんだよ。誤魔化せない!
僕は冷たくなった指先を握りしめ、焦燥で真っ白になる思考を押し止めるように、無意識にそれを自身の唇に押し当てる。脈打つの音がやけに大きく耳に響いている。
ダメだ。僕の加護がなくなったなんて、知られたら、ダメだ!!
「アルヴィン、どうしー」
「お願いっ、お願いだから、言わないで!!」
伸びてきた腕にしがみつき、必死なってギルフィスに懇願する。
「知られたくないっ。知られたら、僕は、僕はっーー!!」
その先に続く言葉は、自分にも分からなかった。ただ、とにかく、知られるのが怖くて怖くてたまらない。
お願いと、僕は短い言葉を何度も何度も。うわ言のように繰り返し、目の前の男に縋り付いた。
「……っ、……か」
どれくらい懇願し続けただろうか。ふと、僕の耳を低い唸り声が掠めた。
「っ!」
強い力で右の手首を掴まれ、痛みに小さな悲鳴が上がる。そのまま、頭上に引っ張り上げられ、爪先立ちで吊るされた格好になった、その先にあったのは、激情を秘めた紅玉の瞳だった。僕と視線が絡んだギルフィスは、眉間にしわを寄せ、苦痛に耐えるような痛々しい表情なのに、唇にだけ不似合いな歪な笑みを貼り付けていた。
「外す方法ならある」
「え…?」
抑揚のない声が発する言葉の意味を求め、薄く開いた唇は気づいた時には、すでに奪われていた。生温かく滑ったものが開いた隙間から侵入し、歯列を割り奥に潜む舌をすくい上げ、強引に絡め取る。
「っ…あふっ、ん…」
空気を求め更に唇を開けば 、それさえ許さないと言わんばかりに唇が角度を変え、重なる深さを増し執拗に口腔を犯す。やがて、求め絡み合ったそこから、飲み込みきれない唾液がつぅ、と口端から顎へ濡れた筋をつくる。
「…あぁ…んンっ、…あん…」
ちゅぐちゅぐと耳まで犯す水音と、時折溢れる鼻にかかった声に思考が霞み、掴まれた腕のなすがまま、相手の気がすむまで蹂躙され続けた。
「……んっふぁ…、…ど、うして…?」
漸く解放された、銀糸伝う唇から酸素を取り込み、回り始めた思考が口づけをされた事実を受け止め、驚愕に目を見開く。
その先で、生理的な涙で薄く膜を張った視界に二つの紅が滲んで揺れていた。
「どうして?言っただろ、これが外す方法だと」
鼻先でせせら嗤う、らしくない仕草にどうしていいか分からず、ただ、黙って次の言葉を待つ。
「俺の魔力を君に与えて、それを呼び水にし君の中の封印を刺激し壊す。粗雑で可能性の低い方法だけど、君の侍従に知られるのを考えたら、大したことないだろう?」
「なにを、言って…」
魔力譲渡は触れ合ったところから相手に魔力を流し、与える方法だ。接触面が大きく、または深い程相手に多く分け与えることが出来る。だからと言って、こんな方法はないだろ…。
「…まだ、足りないみたいだな」
「ーっふぐぅ!!」
冷たい声音が降りてきて、再び唇が塞がれた。逃げたくても右腕を掴まれている上、いつの間にか腰に回された腕に身体を固定されて動けない。
細やかな抵抗で、逃げようとした舌先を強引に奪い吸われ、口腔の粘膜を思う存分嬲られる。
(…なんで?)
右腕を離し自由になった手がシャツの裾から侵入し、素肌をいやらしく撫で上げていく。更に手は下方に移動し、反応し始めたそこを、すりっと撫で上げられた途端、肩が跳ね上がった。
(嘘、だろ)
こちらの反応を楽しむかのように往復する指先に、意思に反し揺れてしまう自身の身体が恨めしい。
しかし、快楽を与えられ熱が集まる身体とは逆に、心は急激に冷えていくのが自分でも分かる。
(ーっ、こんなの、嫌だ!)
愛なんていらない。欲しくない。でも、愛のない、こんな行為はもっといらない!!
ドンッ。
「ーーや、めろ!」
両手で思い切りギルフィスの胸を突き飛ばした。突き飛ばしたと言っても、腰を固定され至近距離からの力ではせいぜい身体の間に、相手を顔を見上げる隙間が出来る程度。それでも、されるがままになっているより何百倍もマシだ。
バシンッ!!
「ふっざけんなっ!何なんだよっ、なんなんだお前は!!」
こちらの心など全く顧みることのない、身勝手な行為に、平手を食らわし、感情のまま怒鳴りつける。昂ぶる気持ちのせいで涙がぼろぼろと溢れてくるのが、悔しいし情けないけど、それ以上に、今は目の前のバカな男に力の限りこの怒りをぶつけたい。
以降、思い付く限りの罵詈雑言をぶつけ続けた僕に対し、ギルフィスは黒曜の瞳を伏せ終始無言で、ただ、黙ってそれを聞いていた。
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