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第2章 アナタに捧ぐ鎮魂歌

1 慣れって怖い…。

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「……ぅんっ、…」

 お布団の中って何でこんなに気持ちいいんだろ。まさに夢心地だよねぇ…。
 微睡みの中で寝返りを打つ。肌触りの良いシーツに自ら頬をすり寄せ、その清潔感のある匂いを胸一杯吸い込み堪能する。そのまま、浮上しかけた意識が再び眠りの世界に落ちかけた時、自分に何が擦り寄ってきた。

 気持ちいい…。

 胸元を柔らかくて暖かな温もりにくすぐられ、離したくなくて目を開けずに両腕をそれにやんわり絡める。と、こちらの動きを予想だにしていなかったのか、腕の中のものがびくんと小さく跳ね上がった。
 逃げるかな?と心配したが、跳ねた以降は動かずに腕の中に留まってくれる。それどころか自ら胸にすり寄って来てくれるではないか。

 か、可愛いっ。

 ぐりぐりと肌に押し付ける仕草に、きゅうっと胸を絞られ強く抱きしめたい衝動に駆られたが、逃げられてしまいそうなのでそこは我慢。揺れる毛並みが鎖骨を撫で上げて、身を捩りそうになるのをじっと耐える。

そんな感じで、暫く、あったかくて柔らかでモフモフなものを愛でていたらーー、

 ペロッ、

「ひゃあっ!?」

 突然、素肌を生温かく滑った感触が。眠りにしがみついていた意識が一気に現実に引き戻された。 舐め上げられた鎖骨に手を当て飛び起きらたら、

「にゃっ!」

 驚いた茶トラの猫が膝に転がりました。

 ……誰だよ、宿屋の人の部屋に猫入れたの。










 乗り合い馬車を使って、移動すること八日。僕達は国境にある遺跡の街、ノーダに到着した。遺跡の街だけあって、街並みは歴史を感じさせる建物が順列している。昔ここ一体をある特殊な力を持った一族が支配していたらしい。

「特殊って、僕みたいなチート持ちだったのかなぁ」

 窓の外の景色を見て、膝の上で丸くなる茶トラ猫に撫でながら話しかけると、茶トラ猫は自身の長い尻尾を緩慢に振って返事をしてくれた。人のベッドで一緒に寝るわ、こうして膝の上で丸くなるわ。さすが宿の看板猫。人懐っこい。
 僕は野暮ったい黒縁眼鏡の奥のやや垂れ目がちな瞳を細め、もう一度撫でた。

「どうして俺が正座なんて…」

「貴方は自業自得でしょう。それはこちらの台詞です」

「私語!」

「「すいません…」」

 首都を出てすっかり慣れてしまった光景を横目で見て、また視線を外の景色に戻した。見慣れてしまったとはいえ、大の大人が二名、床に正座させられてシュンとしている様は、見ていて気分のいいものじゃない。

 起きがけに大きな声を上げたら、すぐにリヒターが部屋に飛び込んで来た。布団の上ぐるぐる喉を鳴らす茶トラ猫を見て、一瞬眉をひそめた後、すぐ部屋を出て行ってしまった。

 暫くして身支度を済ませ、リヒターの宿泊している部屋に来て見たらこの光景である。

「寝ている人の部屋に不法侵入するとは。いい加減、強制帰還させるぞ」
 
「リヒターさんに賛成ですっ」
「てめっ、犬!」

「連帯責任で両方だ」

「「………」」

 ギルフィスがやらかし、リヒターの怒りに触れ、それにアッシュが巻き込まれる、という負の連鎖。もうね、毎日見ているこっちには様式美というか、コントにしか見えない。

「いや、寝ている顔が悲しそうだったから。つい…」

「つまり、寝顔で一回。ベッドに猫を入れるので一回。計二回も、部屋に侵入したんだな?」

「あ」

 バカだ。

 しまったという顔するがもう遅い。こめかみに青筋を立てるリヒターが、指を鳴らす。すると、その瞬間、長さ五十センチ、厚さ十セン程の石板が正座している二人の膝に。

 『影』の皆さん、ご苦労様です。

「「ーーーー!!」」

 説教が拷問に変わり、声なき声を上げる二人。アッシュは確実に巻き込まれたねー。可哀想だから、こっそり身体強化の魔法をかけてあげよう。ん?ギルフィスは自業自得だから知らん。

「罰として、そのまま三時間正座。逃げたら石を氷に変えて六時間正座」

 お上リヒターの沙汰に、二人はがっくり項垂れた。あれが氷になったら、足が凍傷になること間違いなしだね。リヒターエグい。

「ルト。待たせてすまない」

「へ?、あ、大丈夫。待ってません」 

 二人を見下ろしていた冷たい印象の蜂蜜色の瞳の吊り目が僕を見て柔らかく笑むが、一連の出来事を観察していた僕は緊張に思わず、背筋を伸ばす。
 大人しく膝で寝ていた茶トラ猫も、リヒターが近づいて来たら脱兎の如く逃げていってしまった。本能万歳。
 

「ルト?」
 
よそよそしい態度に怪訝な顔をするリヒター。
 
だって、肩越しに見える拷問図が、ねぇ…。

「本当に大丈夫だよ。兄さん」

 あ、リヒターを兄呼ばわりは表面上ね。城の侍従が勇者についてるっておかしいから。似てないと突っ込まれたら、血は繋がってないってことで全然オッケー。

 椅子から立ち上がり、僕はリヒターに何でもないと首を振った。話が進まないから次行きましょう。次っ。

「ならいいが。何かあったら兄さんに言うんだよ?」

「う、うん(絶対言えない…)。…えっと、それで今日の予定なんだけど、山の入山許可を貰いにいきたいんだ。いいかな?」

 僕達が目指す高山はこの街に程近い場所にある。けれど、そこは神聖な場所として立ち入りを規制されており、許可を取らないと山に足を踏み入れることは出来ない。
 入山の許可はこの街で申請しなければならないんだけど…。

「今日、か…」

 リヒターは自身の赤茶の前髪を耳にかけ、何事かを考え込む。
 何かまずいことがあるのだろうか?

「にいさん?」

「いや、大したことじゃない。ただ…」

「ただ?」

「今日は無理かもしれない」

 訝しむ僕に、リヒターが困ったように眉尻を下げる。

 今日無理とは一体どういうことか。含みある物言いに、彼を真っ直ぐに見つめれば、リヒターは本当に大したことじゃないと苦く笑う。

「実は今、この街で大きな祭りが行われているんだよ」

 まつり、だと!!?

 僕は彼の言葉に前のめりで食いついた。














ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
☆アッシュはアルヴィン(ルト)が王子とは知りませんが、リヒターが城に勤めていることは知っています。模擬戦の時にトドメをさされ、次に目を覚ました時にめっちゃ威嚇されました。だから、一章でリヒターの名前が出た時、本能で危険を感じたわけです。リヒター=危険人物((((;゚Д゚)))))))
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