巡り巡って風車 前世の罪は誰のもの

あべ鈴峰

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第十六集

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3の13 続き

 徐有容は帰るところは父親のところしかない。そう結論を出した。そんな時 天祐さんから車で送ってくれると言う申し出があった。
乗るは高級車。見つからないように手を振ると、もう一人の私も手を振っている。鏡のごとく ピカピカに磨き上げられている。それに引き換え 私は自分の服や手を見る。汚れてはいないけど……。
こんなに綺麗な車、私には不相応だ。優しい言葉に車に乗ろうとしたけど、気持ちだけもらっておこう。
いくら若渓さんのお兄さんでも不安だ。
「だっ、大丈夫です。ひっ、一人で帰れます」
「……金はあるのか?」
「えっ?」
そう聞かれてハッとした。お金なんて持って無い。徐さんが持ってるかもと、ためしに服のポケットを探すが小銭も無い。これじゃあ電車にもバスにも乗れない。
(どうしよう……)
ううん。大丈夫。歩くのは慣れている。
「あっ、歩いて帰ります」
「歩くのか! ここは大湖の近くだけど平気か?」
「大湖!」
思わず大きな声が出た。私の住んでる市の隣の、隣の、隣の市だ。つまり三つ先だ。歩いて帰ったら何日もかかるし、道も分からない。何日かかるかわからない。ちゃんと帰れるかもわからない。
(どうしよう……)
悩んでいると、運転席に乗り込んだ天祐さんが助手席のドアを開けた。
(どうしよう……)
「良いから乗れ!」
「はっ、はい」
命令口調に気付いた時は返事をしていた。どうも逆らえない。怖くてしたがってるのとはちょっとちがう。何て言うか……。自分でもよく分からない。クラクションの音にグズグズしてたらどなられるとあわてて自分も乗った。

 助手席に座ると天祐さんがなれて手つきで車をバックさせる。後ろを向きながらハンドルを動かす姿は様になっていてカッコイイ。俳優さんみたい。昔の人とは思えない。
(んっ……そうだ……。昔の人だった……)
よくよく考えれば一月前まで向こうの時代の人だ。そんな人がまともに運転できるの? そもそも免許は? 同姓同名の人の資格をうばったとか? この車はどうやって手に入れたの? そのお金は何処から?
次々にぎもんがうかんで不安がつのる。しかも悪いことばかり。降ろしてくれと言ったら機嫌が悪くなりそうだし……。だけど……。
(どうして乗っちゃったんだろう……)
これ以上この人と居るのは危険だ。
もし警察官に止められたら……。いら何も知らないと言っても同乗してる。信じてもらえない。頭に 取り調べを受けている自分が想像できる。しかし 時すでに遅し。
車が音もたてずにスムーズに動き出していた。何時の間にか出発している。
機嫌をうかがうように天祐さんの顔を見た。駄目だ。今さら車から降りたいとは言えない。言ったら理由を聞かれる。そして、その理由を言ったら怒るに決まってる。
有容は心の中で手を合わせた。
(どうか無事に家に着けますように)
ただそれだけが願いだ。
天祐さんの運転する車に乗りながらシートベルトをきつくにぎりしめた。



 ドキドキしながら座っていたけど、何も起きない。車に乗るのはこれで三回目。前の二回はバス。乗用車に乗るのは初めてだ。
まったく比べ物にならない。静かだし揺れない。車ってこんなに乗り心地が良いんだ。
景色が流れて後ろに飛んで行く。
(うわぁ~。楽しい~)
ドライブが趣味と言う人の気持ちが分かる。
車がどんどん他の車をおいこして行く。おいこした車が豆粒になって行く。すごいスピードで走ってるんだ。
このスピードはクセになる。気付けば窓にへばりついて外を見ていた。
おもしろい。ずっとこのまま乗っていたい。
しばらくすると高い建物が増えてきた。
チラシやテレビでしか見た事が無いシンボル的な建物が目の前にある。帰って来たんだ……。本当に光海なんだ。


 ピタリととまる。もう終わり?
家のついたのかと辺りを見たが見覚えが無い。問うように天祐さんを見るとまっすぐ前を見ている。するとまた走り出した。まだ続くんだ。良かったと顔を元に戻す。すると、窓ガラスに自分の手あかがべったりと付いているに気付いた。まずい!
顔から血の気が引く。ふくものを探そうと体を探るが何も無い。
(………)
ソデを引っ張ってごしごしとふいた。消えて行く手あかに肩の力がぬける。気をつけよう。両袖を引っ張って窓ガラスに直に手をつかないようにして外を見る。さっきまで大湖だったのにもう光海市もうそこまで来ている。
本当に車って早いんだ……。


3の14

 沈天祐は車を運転しながら 隣に座っている娘に視線を向けた。緊張していたようすだったが今は子供のように窓の外に釘付けになっている。そんな娘を見て内心迷っていた。本当に父親の元へ送り届けていいのだろうか?
王元からの調査報告書で、こっちの時代の徐有蓉は父親から日常的に虐待されているらしいとのことだった。時間を置こうと考えたのは、その背中を見たからだ。薄くなっているが青、黄色、緑、紫色と打たれた痕に、背骨の浮き出たやせ細った姿に憐れみを感じた。
(………)
ギュッと自然とハンドルを握る手に力が入る。その証拠を目の当たりにしてるのに、何もしないのか? それで良いのか? そう自分に問いかける。


3の15

 見知らぬ景色から 見慣れた光景へと変わっていく。いつも歩いていたバス通り、よく水を飲んだ公園。どれもこれもなつかしい……。

車が停まった。そこは古ぼけた建物が細い路地にそってたくさん並んでいる住宅街。
その中で一番古ぼけた五階建てのエレベーターなしのアパートが建っている。
ずっとこの場所に戻りたかった。目の前の光景に胸が温かくなる。二階の角部屋。そこがわが家だ。見上げると窓に灯りがついてる。
お父さんが起きてる。心配をかけたかと思うと早く帰りたい。でも、また叩かれるかと思うと帰りたくない。
(どうしよう……)
帰る場所は他にない。でも、怒られると分かってるから行きたくない。おしおきがすぐ終わればいいけど……。無意識にスカートを掴んだ。そのスベスベしたやわらかさにハッとする。シルクだ。どこかのブランドのシルクの赤いスーツだ。私は一生縁のない服だ。キャバクラにつとめてると言っていたから、派手だ。モデルが着るようなこんな服で帰ったら、男が出来て逃げたと誤解されて余計に打たれそうだ。だけど、着替える服も無い。
どうすればお父さんを怒らせないですむだろう。
(困った………どうしよう……どうしよう……)
車のドアの閉まる音に振り返ると天祐さんが車を降りてこちらに来る。早く降りないと。
そうだった。送ってもらったのに礼を言って無かった。ドアを開けようとする前に開けてもらった。
「あっ、ありがとうございました」
ハイヒールであわてて降りようとしたからか、ギクリと足首がたおれる。
(あっ)
「気をつけろ」
「はっ、はい」
気づけば天祐さんに抱き止められていた。助かった……。一人で立とうと身をはなしたが、足下がおぼつかない。はきなれないから
立ってるだけなのに膝がガクガクして曲がってしまう。それでも礼を言って頭を下げた。
「送っていただいてありがとうございます。ここで大丈夫ですから、帰ってください」
「何故帰りたがる? どうせ帰っても暴力を振るわれるだけだぞ」

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