巡り巡って風車 前世の罪は誰のもの

あべ鈴峰

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第一集

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1の1現代

 スモッグで煙っている空は 夜になっても星は見えず。月さえもぼんやりしている。最終バスが行ってしまった町は静かで 道案内のように所々にある街灯だけが見守っていた。そんな道を半分ゴムが剥がれたスニーカーでペタペタと鳴らしながら一人の少女が歩いている。年の頃は二十代始め。
少女の名前は徐有容。この物語の主人公だ。

  キャラクターがプリントされていたTシャツを着ているが 今は消えてしまって何のキャラクターかも分からない。サイズの合ってないジーンズは 梱包用の紐で縛ってあって、擦り切れて出来た穴からは骨ばった膝小僧が見え隠れしている。その少女が何かに気づいたのか ピタリと立ち止まった。


「にゃ~」
どこからか聞こえてきた 鳴き声に 耳をすませた。
(猫!?)
「にゃ~。にゃ~」
驚かせないように そろりそろりと道を外れて公園に入ると声を頼りに探した。
「どこかな……」
トイレ近くの植え込みに小さい茶色の毛を見つけた。プルプルと体を震わせてる子猫がいた。その場にしゃがみ込むと 手を差し出した。クンクンと匂いを嗅いでいたが ペロペロとなめてきた。くすぐったさんに肩が揺れる。
(かわいい……)
そうだ。すり切れて細くなったナップザックの紐を開くと 白おばさんからもらった、せんべいを取り出した。食べやすいように とパリパリと割って足元に置くと、様子を伺うように私を見てくる。
「 だいじょうぶだよ。私は平気だから、食べて」
お腹が空いているのは日常 だ。だからこそ、この子猫には遠慮せず食べてほしい。水を飲めば腹は膨れる。すると、言葉が通じたのか食べ始めた。

 「お前もひとりぼっちなの?」
飼ってあげたいけど下手に連れてったらお父さんに殺されるかもしれない。
動物が嫌いだから。
でも何とかしてやりたい。そのことを考えていると 子猫がピタリと食べるのをやめた。 
どうしたのかと思っていると、ぴょんぴょんとどこかへ向かって行ってしまった。
その先には 親猫がいた。
甘えて すり寄ってくる子猫を親猫がペロペロと舐めてる。
(よかったね……)
なかむつまじい姿を見て微笑んだけどどこがぎこちなかった。くるりと背を向けると、迷うことなく水飲み場に行って蛇口をひねる。
ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んだ。手の甲で口を拭うと、また公園から出て歩き出していたが、ベタッと言う音と、同時に前につんのめりそうになって立ち止まった。振り返るとスニーカーの底が落ちていた。
「はぁ~」
小さく溜め息をつく。戻どるとナップザック
ビニール紐を取り出すと、慣れた手つきでスニーカーの底と本体をグルグル巻きにした。
(とりあえずこれで大丈夫だろう)
ペタ、カスッ、ペタ、カスッと靴を鳴らしながら歩き出した。


1の2

 有容は自宅のアパートのドアを見ながら荒れて割れた唇を舐めた。早朝からのアルバイトで足が棒のようだ。今すぐ中に入って休みたい。
(………)
乱れた後れ毛を耳に掛けると祈るよう気持ちでドアに耳を押し当てる。
毎日、この時間が一番怖い。
何の音もしない。どうやらお父さんは酔いつぶれて寝ている。
これで安心して中に入れる。運が良ければ朝まで起きない。音を立てないようにゆっくりとドアノブを回す。ドアを開ける時が一番音が出やすい。
(どうか起きてませんように)
しんちょうにドアを引く。細いロウカがあって、その先が居間だ。
昔は親子三人で暮らしてたけど、今は見るかげもないほど荒れはてている。

 ここで失敗したら駄目だ。
体をスベリ込ませると、気を抜かず音がしないようにドアを閉めて、ゆっくりと振り返る。
お父さんの機嫌が悪かったら直ぐに逃げられるように足の指を丸めて、しのび足で一歩、また一歩と奥に進む。柱から顔だけ出して居間をのぞくと、お父さんがテーブルに顔を乗せて向こうを向いて寝ている。
蛍光灯がこうこうと付いている。
ここからでは顔が見えないが、グーグーと大きないびきが聞こえる。有容はつめていた息を吐くとホッとして体の力を抜く。
(良かった……。ホントに寝てる)
父さんは母さんが生きている頃からまともに働いた事が無い。家で酒ばかり飲んでいるから太っている。腕だって太い。その腕で 殴られると目がチカチカする。

 壁にナップザックを掛けると静かに酒瓶や出前の食器を片付け始めた。出前の食器を外に出して置かないと店の人にお父さんが文句を言われる。文句を言われたら私が悪いとなぐられる。だから、起こさないように気をつちながら皿をあつめる。そっと乗せようとつかんだ皿を見てドキッとした。皿のはしにカシューナッツが一個へばり付いている。
揚げ鳥とカシューナッツの炒め物のカシューナッツだ。今日は忙しくて賄いも少ししか食べられなかった。
唯一あったせんべいもあげてしまった。
「………」
それを見てゴクリとのどをなす。
ちらりとお父さんが見る。寝てる。それでも、ねんのために起きても見つからないように、その上に別の皿を乗せて台所へ向かう。食べ物が食べられると思うと口いっぱいにツバがたまる。気の早いお腹がぐぐーっと音を立てた。
(もう直ぐだから待ってて)
なだめるように腹をさすった。

 皿を置くとへばり付いているカシューナッツをつかむ。かたい感触に笑みがこぼれる。かみごたえがありそうだ。
口を開けて食べようとした瞬間、後ろから髪をわしづかみされた。
(見つかった!)
「何つまみ食いしようとしてるんだ!」
「おっ、お父さん。こっ、これは……」
耳元で聞こえるお父さんのいあつてきな声にひざがカタカタとふるえる。
何とかごまかそうとするが恐怖で言葉が上手く出ない。
お父さんは何時も私のウソをみやぶる。
「この盗人が!」
「っ」
お父さんに手を叩かれてカシューナッツが飛んで行く。
「ごめんなさい。ごめんなさい。お父さん、ゆるして」
必死にお父さんに向かって両手をすり合わせてあやまった。みすい何だから見逃してほしい。だけど、酒のせいで赤黒くなった顔の大きな目がギロリと私を見下ろしている。
(ああ、まずい)
「ゆるして、お父さん。もう二度としないから」
どうかキゲンを直して欲しい。ひたいを床にこすり付けてひたすらあやまった。それなのに届かない。
「その性根を叩き直してやる」
そう言って台所にある麺棒を手に取った。今朝も叩かれた。一日に二度も叩かれたら死んじゃう。痛い思いをするのは嫌だ。
「本当に本当。信じて」
「嘘を付け」
そう言うと麺棒を振り上げられた。
駄目だ。怒ってる。止めてくれとズボンにすがり付いて引きとめた。
「本当だから」
「信じられん」
このままじゃ殺される。

 立ち上がって逃げようとした背中に大きなショウゲキが。そのままひざからくずれ落ちた。何時もより強い。あまりの痛みに息が出来ない。それなのに、私にまたがって何度も背中を打ち付けて来る。
何とかゆるしてもらおうとあやまった。
「お……父さん……。ゆっ……ゆる……して……ゆっる……し……」
「悪い娘はこうしてやる!」
それでも止まらない。がまんしている私の目に、さっきのカシューナッツが飛び込んで来た。一度も食べたことが無いけど、ピーナッツより柔らかいらしい。
カリッと良い音がするらしい。
(ああ……どうせなぐられるなら、その場で食べておけばよかった)
「これでもか! これでもか!」
酔っぱらったお父さんはみさかいが無い。力かげんもしてくれない。
自分の気が済むまでやり続ける。
(今夜は、そうなのかもしれない……)
もう声も出なくなった。
バチが当たったのかな。
お母さんが正直に生きていれば神様が助けてくれると言っていたから。

 そうそうにあきらめるとお父さんの暴力に身をまかせる。ていこうすればよけいになぐられるだけだ。そんな事を考えていると目の前が真っ暗になった。
(ああ気を失うんだ……)
でもこれで痛みから解放されると、安堵した。

2の1 東岳国

 カハッ!
気が付くと同時に息を吸おうと口を開けた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
どうなってるの? 肩を上下にゆらしながら息をととのえる。
ぽたぽたと水が髪をつたって床に落ちる。
……もしかして私を起こそうと水を掛けたの? 
顔を上げると見知らぬ男が立っていた。
誰? お父さんの知り合い?
昔の服装を着ていて怖い顔で私をにらんでいる。警官のような圧迫感に身をちぢみせた。まさか、盗みでつかまったの?
じゃあここは牢屋? 
でも……何かがちがう。自分も警官と同じように昔の服に着替えていた。いつの間に?
ここはどこ? 
部屋の中をキョロキョロ見回した。武侠ドラマのセットのような部屋だ。
格子戸の向こうに見える庭も昔風だ。
他の警官も捕吏の役の人みたいだ。
そして、空も青い。こんなに空がきれいなんてありえない。見覚えの無い光景にとまどっていたが、ハッとした。気付けば夜も明けている。早くバイトに行かないとイケないのにお父さんが見当たらない。
(熱が四十度あってもバイトに行けと家をおいだすのに……)
おかしい。絶対おかしい。バイトを休ませるなんてヤリが降るくらいありえない。お父さんが私にバツを与えるために、お金を使わない。そんなお金があったらお酒を買う。
でも、だったらどう言う事?
床の冷たさも、痛さも実感する。夢にしてはリアル過ぎる。感じるものは現実だけど、見えるものはニセモノみたい。どうなってるのか状況がつかめない。

 不安がじわじわと 体に染みていく。
こんなの初めてだ。
(どうしよう。どうしよう。どうしよう……)
早くお父さんを見つけないと。
だけど、何をすれば良いのか分からない。目の前の人に頼む?…… だめだ。私をにらんでいる。怒鳴られるだけだ。他の人もいない。
(どうしよう……)
その場でジッとしてザワザワする気持ちをかかえ続けるしか出来ない。
すると、スッとかげがさした。見上げると役人が目の前にいた。
「立て」
「えっ、あっ」
そして、私の腕をつかんで立たせた。この怖い人が手を貸す事におどろいた。だけど、それは優しさから来るものからじゃなかった。
後ろ手にしばられてるからだ。
おどかすにしても、これは怖すぎる。そこで気付いてしまった。
(私……捨てられたの?)
でも、でも、私が居なくなったらお金は誰がかせぐの? ずっと父さんの言いつけを守ってきた。それなのに何で? 
(もしそうなら……どうしよう……)
息苦しくなって来た。
オロオロとお父さんの姿をさがす。だけど、やっぱり見つからない。
こうなったら……。謝ろう。
隠れて見てるはずだ。姿の見えないお父さんに向かって頭を下げた。
「お父さん、ごめんなさい。ちゃんと言う事聞くから、お願いゆるして」

・・・

何の反応もない。姿さえ見せてくれない。
すごく怒ってるの? 
(どっ、どうしよう…………もっ、もう一回だ)
「お父さんもう二度としない。約束する。だから、今回だけはゆるして、お願い」
「五月蝿い。何を言いている。こっちへ来い」
そう言うと水がめの前に引きずだされた。
何? 何? 何をするの?
(まさか……)
ミズガメを前に嫌だとはげしく首を振るった。嫌だ。嫌だ。
「お父さん。お父さん。お願い止めて! つまみ食いしないから。だから……お願い」
このままだと本当に水に顔を押し込まれる。子供の頃お父さんにされた事がある。苦しくて何回やられても死にそうになった。なれないことの一つだ。
(怖い。怖いよ。お母さん、助けて)
まだ死にたくない。足をふんばってミズガメから顔をそむけた。
「嫌だよ。……止めて。お願い。……お父さん。何でも言う事聞くから。止めて!」
「だったら、本当のことを言え」
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