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そして、
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太陽が、この地に生きる全ての者たちに朝を告げていた。それはアルフォンも例外ではなかった。
そして、どこからか吹いてきたのか風がアルフォンの髪を撫でて、どこかへ行ってしまった。
いったいどれ位時間が経ったのだろう。 1時間だったような、3時間だったような、もしかしたら一日だったかもしれない。
精も根も尽き果てて、完全に無だった。フィアナが消えた時のままの恰好でぼうっとしていた。何も感じたくなかった。それなのに、誰かが私を呼んだ気がした。
見上げたカーテンの透き間から眩しい光が差し込み、鳥の鳴き声に夜が明けきったことを知る。
1日が始まる。
自分の命ともいえるフィアナがいないのに、なんで生きているんだろう。
(このまま、自分も消えてしまえたら……)
神は残酷すぎる。それでも生き続けろ と言うことか?
「ははっ」
アルフォンは歪んだ笑みを浮かべた。これからの人生は、砂を噛むような日々だろう。それでも生きていくしかない。 命を絶つのは容易い。だけど、生きたくても、生きれなかったフィアナの事を思えば、そんなことは出来ない。
「はぁ~~」
アルフォンは深い溜め息を付く。
とにかく、やるべきことをやろう。これから下に降りて、使用人たちに何と説明したらいいのか……。考えようとするがフィアナの死を頭が拒絶する。心はそう簡単にフィアナの死を受け入れられない。
( ……… )
浴びるほど酒を呑んで、何もかも放り出してしまいたい。
しかし、当主である私には、女 子供のように悲しみ表に出すことが許されない。
「はぁ~~」
とりあえず、顔を洗おう。
(ビビアンにも知らせた方がいいだろう)いや、妖精王から聞かされているかもしれない。
そんな事を考えながら、ベッドから降りようと床に足をつけた。
すると、何かが サラサラと一緒について来た。
(んっ?)
見るとはなしに床に目を向ける。
しかし、それを見て驚愕した。
(光っている……。虹色に光っている!)
さっきまで、確かに光を失い灰色になっていたはずなのに……。
どうして輝きだしたんだ?
「これは……」
(………そうか!)
また、ラフィアナの妖精として生まれたんだ。そうに違いない。
もう一度会える。全身の細胞が喜び希望になって行く。たとえ小さな妖精でも、子供ができなくても構わない。ただ私のそばにいてくれたら、それだけでいい。他は何も望まない。
*****
静かだ……目を閉じているのに、眩しいほどの光が注がれているのがわかる。花の香り、ミツバチの羽音、風にこすれる草木の音。
全てが子守唄の様に私を浅い眠りに誘う。天国だ。今日からここが私の居場所だ。
(人は死んだら天国へ逝くと言っていたけど、妖精も天国へ逝くのね)
目を開けると眩しいほどの光の中にいて、雲1つない青空が見える。春の空だ。陽のように暖かな青い空は白っぽく煙っている。
だけど、その美しさも慰めにはならない。毎朝見ていた素朴な木の天井が恋しい。
(アルに 会いたい……)
ここで待っていたら、いつか、アルに会えるかもしれない。その時まで、このまま眠っていたい。
フィアナは瞼を閉じて、夢のはざまでまどろんでいた。 それなのに起きろと誰かが言っている。
「起きて。目を覚まして」
まだ目覚めたくない。もう少し夢の中で寝ていたい。 嫌がるにように横を向く。
「フィアナ。フィアナ」
だけど、聞こえる その声はアルの声だ。
(アル?)
ううん。 空耳よ。
私の 会いたい気持ちが、そう聞こえさせているだけだ。目を開けたら きっと夢だとわかってしまう。
私を起こさないで、このままにして置いて。 そう思ってるのに、私の名を呼び続けて揺り動かす。
(そんな気分じゃないのに!)
「フィアナ! フィアナ! お願いだから目を開けて」
しつこく私の名前を呼んでいる。目を開けないと諦めそうにない。
「フィアナ! フィアナ!」
フィアナは渋々目を開けた。 ハッキリ、放っておいてくれと、一言文句を言いたい。
「いい加減に……して」
しかし、瞳には愛する人が映し出されたった。
「アル?」
「そうだ。私だ」
なんでここにいるの? 私は死んだはずだ。アルの腕の中で金の粒になって消えた事を覚えている。
なのに、どうして 又アルに逢えたの?
(……!まさか、アルも死んだの?)
なんてバカなことを。気持ちはわかるけど。命を大事にしないことに怒りがこみ上げる。忘れないでと願ったけれど、死んでとは願っていない。
「アル、こんなこと」
「もう二度と会えないと思っていた」
文句を言おうとしたが、泣き濡れた顔でアルが私を力いっぱい抱きしめた。その感触がリアルで困惑する。 だけど、何度も何度も抱き合った。その男らしい香りと温もりを間違えるはずがない。
(私が生き返ったの?)
「 ……… 」
「嬉しいよ。フィアナ。願いが届いたんだ」
喜ぶアルと違って、私はこのことを素直に受け入れられなかった。
喜んでいいのかどうか分からない。奇跡だと 喜ぶアルをどこか冷めた目で見ていた。
これが現実なら、私が この地に戻ってこられた理由は何?
妖精王だって不可能だったはず。アルもビビアンも そんなこと一言も言っていなかった。
知っていたら、あんなに悲しまなかったはずだ。
「アル、どうしてここに来たの?」
胸を押して距離を取ると、はっきりさせたいと質問した。
「どうしてって……妖精の粉がまた光りだしたから……教会にいるのかなって……」
戸惑ったように言うアルを見て眉間にしわを寄せる。 証拠だと言うようにアルが 掌を私に向けた。
アルの手のひらには確かに妖精の粉が付いている。じゃあ……妖精王が? 私たちを憐れんで? ううん。
そういうタイプの人じゃない。
どうもしっくりこない。
( ……… )
そうだ。教会ならお母さんがいる。相談しようと振り返った。
しかし、真っ白い花を咲かせているはずのラフィアナの木が見当たらない。教会の隣にいるはずのお母さんがいない。ぐるりと見渡してもいない。何故?
首をかしげると、隣でアルが誰かと喋っている。
「有難うございます。感謝します。約束通り幸せにします」
誰に感謝しているのかとアルの視線の先を見ると、そこには 樹齢四百年のラフィアナの木が春だと言うのに 真冬の様に花も葉も全て落ち、枯れ木の様になっていた。
(嘘!)
それを見てフィアナは全てを一瞬で理解した。自分がもう一度アルに会えたのは奇跡じゃない。
私に新しい命を与える為に、その代償としてお母さんが自分の寿命を私に託したのだ。
「ああ、お母さん。お母さん………どうして?……」
「フィアナ……」
私がアルとずっと一緒に生きたいと願っている事を。私の気持ちに気付いていたんだ。でも、だからと言って、自分の命を差し出すなんて……。
「いっ、嫌よ。お母さん……。こっ、こんなの酷い……」
フィアナは地に伏して泣きじゃくった。アルが そっとガウンを掛けて、泣いている私を包み込んでケくれた。妖精の力を失くし、人間と木の関係になってしまったと思っていたけれど、最期まで私の幸せを考えていてくれたんだ。
喋る事も出来なかったのに……。
「アル……私……お母さんを……殺しちゃった。取り返しのつかない事をしたわ。どうしたらいい?」
「 ……… 」
泣きながら、やりきれない気持ちをぶつけるように アルの両腕を掴んで揺さぶる。
どんな綺麗ごとを言っても親を殺したことに変わりはない。
(そんな事して欲しくなかった)
お母さんの命と引き換えに自分だけ生きるなんて出来ない。お母さんは、どうしてこんな選択をしたの? 私の寿命は決まっていたのに。すると、アルが首を振って私の手を外すと、その手を掴んで私を見つめる。そして、何かを伝えるように視線を動かした。
「ほら。見てごらん」
「えっ?」
「死んだんじゃない。生まれ変わったんだよ」
アルの視線の先にラフィアナの新芽があった。小さいけれど、確かに生きている。
(ああ……私と一緒にお母さんも生まれ変わったんだ)
そう考えるとスッと心が軽くなる。死れではなく誕生。
元の大きさになるまで四百年かかるだろう。だけど、生きていることに変わりはない。
お母さんならそう言いそう。
フィアナは愛しげに若葉をそっと指で触れる。
「お母さん、ありがとう」
毎日来よう。今まで通り、いっぱいお喋り。次に会う時は胸をはって会えるように。
お母さんの為にも精一杯生きよう。そう決意した。
「もう……離れる事はないのかい……」
「えっ?」
アルの痛みと希望がない交ぜになった声音に振り向くと、心細そうに私を見ているアルと目が合う。
(あっ……)
この半年余り、私たちは残された時間に怯えながら暮らしてきた。
どんなに楽しくても その陰には別れが見え隠れしていた。
消えて無くなる私より、そのあと一人取り残されるアルの方が私の何倍も辛かったはずだ。
フィアナはアルの頬に手を滑らせながら、安心させるように微笑む。やっと、アルを幸せに出来ると思うと胸が熱くなる。
「ええ、一緒よ。もう二度とあなたの傍を離れる事は無いと誓うわ」
「良かった……」
アルが私の両手を取ると手の甲にキスした。頑固で自分の気持ちを偽れないアル。それでも私を最期まで愛し貫いてくれた。死ぬほどの苦しみを味わったアルに同じ経験をさせるのは余りにも理不尽だ。もう二度と悲しませない。
明日は来る。
何度でも 明日は来る。そんな当たり前の事が嬉しい。
「朝も 昼も 夜も 季節が何度廻っても、ずっとそばに居るわ。約束する」
「フィアナ……ありがとう」
久しぶりに屈託のない初めて出会ったころの翳りの無い笑顔。その笑顔を見て悪戯心が疼く。こんな気持ちになるのは、支えていたものが消えたからだ。
アルに伝えたいこともある。
ちょうど良い。
深刻そうな顔でアルを見つめる。
「私、あなたに秘密にしてたことがあるの」
「えっ?」
強張ったアルの顔を見て笑いそうになる。
(素直ね)
フィアナは上目遣いでアルを見ながら鼻に皺を寄せるながら告白する。
「私……キュウリが大嫌いなの!」
「へっ!?」
面食らって目を白黒させなが固まっているアルに、笑いながらキスの雨を降らす。
「フィアナ……騙したのか?」
「騙してないわ」
「 ……… 」
疑わしそうに私を見るアルの手に指を絡めると自分の方へ引っ張る。
「あのね」
新芽にふれたときに、二つのことを知った。
一つは自分の寿命。
そしてもう一つは……産まれて来る子供の人数。
フィアナがアルに、そっと耳打ちする姿を ラフィアナの新芽が風に揺れながら見守っていた。
END
最後まで 読んでくださり ありがとうございます。
一周休んで、次回からは『春花の 開けてはいけない箱の飼育日誌』を再開します。
そして、どこからか吹いてきたのか風がアルフォンの髪を撫でて、どこかへ行ってしまった。
いったいどれ位時間が経ったのだろう。 1時間だったような、3時間だったような、もしかしたら一日だったかもしれない。
精も根も尽き果てて、完全に無だった。フィアナが消えた時のままの恰好でぼうっとしていた。何も感じたくなかった。それなのに、誰かが私を呼んだ気がした。
見上げたカーテンの透き間から眩しい光が差し込み、鳥の鳴き声に夜が明けきったことを知る。
1日が始まる。
自分の命ともいえるフィアナがいないのに、なんで生きているんだろう。
(このまま、自分も消えてしまえたら……)
神は残酷すぎる。それでも生き続けろ と言うことか?
「ははっ」
アルフォンは歪んだ笑みを浮かべた。これからの人生は、砂を噛むような日々だろう。それでも生きていくしかない。 命を絶つのは容易い。だけど、生きたくても、生きれなかったフィアナの事を思えば、そんなことは出来ない。
「はぁ~~」
アルフォンは深い溜め息を付く。
とにかく、やるべきことをやろう。これから下に降りて、使用人たちに何と説明したらいいのか……。考えようとするがフィアナの死を頭が拒絶する。心はそう簡単にフィアナの死を受け入れられない。
( ……… )
浴びるほど酒を呑んで、何もかも放り出してしまいたい。
しかし、当主である私には、女 子供のように悲しみ表に出すことが許されない。
「はぁ~~」
とりあえず、顔を洗おう。
(ビビアンにも知らせた方がいいだろう)いや、妖精王から聞かされているかもしれない。
そんな事を考えながら、ベッドから降りようと床に足をつけた。
すると、何かが サラサラと一緒について来た。
(んっ?)
見るとはなしに床に目を向ける。
しかし、それを見て驚愕した。
(光っている……。虹色に光っている!)
さっきまで、確かに光を失い灰色になっていたはずなのに……。
どうして輝きだしたんだ?
「これは……」
(………そうか!)
また、ラフィアナの妖精として生まれたんだ。そうに違いない。
もう一度会える。全身の細胞が喜び希望になって行く。たとえ小さな妖精でも、子供ができなくても構わない。ただ私のそばにいてくれたら、それだけでいい。他は何も望まない。
*****
静かだ……目を閉じているのに、眩しいほどの光が注がれているのがわかる。花の香り、ミツバチの羽音、風にこすれる草木の音。
全てが子守唄の様に私を浅い眠りに誘う。天国だ。今日からここが私の居場所だ。
(人は死んだら天国へ逝くと言っていたけど、妖精も天国へ逝くのね)
目を開けると眩しいほどの光の中にいて、雲1つない青空が見える。春の空だ。陽のように暖かな青い空は白っぽく煙っている。
だけど、その美しさも慰めにはならない。毎朝見ていた素朴な木の天井が恋しい。
(アルに 会いたい……)
ここで待っていたら、いつか、アルに会えるかもしれない。その時まで、このまま眠っていたい。
フィアナは瞼を閉じて、夢のはざまでまどろんでいた。 それなのに起きろと誰かが言っている。
「起きて。目を覚まして」
まだ目覚めたくない。もう少し夢の中で寝ていたい。 嫌がるにように横を向く。
「フィアナ。フィアナ」
だけど、聞こえる その声はアルの声だ。
(アル?)
ううん。 空耳よ。
私の 会いたい気持ちが、そう聞こえさせているだけだ。目を開けたら きっと夢だとわかってしまう。
私を起こさないで、このままにして置いて。 そう思ってるのに、私の名を呼び続けて揺り動かす。
(そんな気分じゃないのに!)
「フィアナ! フィアナ! お願いだから目を開けて」
しつこく私の名前を呼んでいる。目を開けないと諦めそうにない。
「フィアナ! フィアナ!」
フィアナは渋々目を開けた。 ハッキリ、放っておいてくれと、一言文句を言いたい。
「いい加減に……して」
しかし、瞳には愛する人が映し出されたった。
「アル?」
「そうだ。私だ」
なんでここにいるの? 私は死んだはずだ。アルの腕の中で金の粒になって消えた事を覚えている。
なのに、どうして 又アルに逢えたの?
(……!まさか、アルも死んだの?)
なんてバカなことを。気持ちはわかるけど。命を大事にしないことに怒りがこみ上げる。忘れないでと願ったけれど、死んでとは願っていない。
「アル、こんなこと」
「もう二度と会えないと思っていた」
文句を言おうとしたが、泣き濡れた顔でアルが私を力いっぱい抱きしめた。その感触がリアルで困惑する。 だけど、何度も何度も抱き合った。その男らしい香りと温もりを間違えるはずがない。
(私が生き返ったの?)
「 ……… 」
「嬉しいよ。フィアナ。願いが届いたんだ」
喜ぶアルと違って、私はこのことを素直に受け入れられなかった。
喜んでいいのかどうか分からない。奇跡だと 喜ぶアルをどこか冷めた目で見ていた。
これが現実なら、私が この地に戻ってこられた理由は何?
妖精王だって不可能だったはず。アルもビビアンも そんなこと一言も言っていなかった。
知っていたら、あんなに悲しまなかったはずだ。
「アル、どうしてここに来たの?」
胸を押して距離を取ると、はっきりさせたいと質問した。
「どうしてって……妖精の粉がまた光りだしたから……教会にいるのかなって……」
戸惑ったように言うアルを見て眉間にしわを寄せる。 証拠だと言うようにアルが 掌を私に向けた。
アルの手のひらには確かに妖精の粉が付いている。じゃあ……妖精王が? 私たちを憐れんで? ううん。
そういうタイプの人じゃない。
どうもしっくりこない。
( ……… )
そうだ。教会ならお母さんがいる。相談しようと振り返った。
しかし、真っ白い花を咲かせているはずのラフィアナの木が見当たらない。教会の隣にいるはずのお母さんがいない。ぐるりと見渡してもいない。何故?
首をかしげると、隣でアルが誰かと喋っている。
「有難うございます。感謝します。約束通り幸せにします」
誰に感謝しているのかとアルの視線の先を見ると、そこには 樹齢四百年のラフィアナの木が春だと言うのに 真冬の様に花も葉も全て落ち、枯れ木の様になっていた。
(嘘!)
それを見てフィアナは全てを一瞬で理解した。自分がもう一度アルに会えたのは奇跡じゃない。
私に新しい命を与える為に、その代償としてお母さんが自分の寿命を私に託したのだ。
「ああ、お母さん。お母さん………どうして?……」
「フィアナ……」
私がアルとずっと一緒に生きたいと願っている事を。私の気持ちに気付いていたんだ。でも、だからと言って、自分の命を差し出すなんて……。
「いっ、嫌よ。お母さん……。こっ、こんなの酷い……」
フィアナは地に伏して泣きじゃくった。アルが そっとガウンを掛けて、泣いている私を包み込んでケくれた。妖精の力を失くし、人間と木の関係になってしまったと思っていたけれど、最期まで私の幸せを考えていてくれたんだ。
喋る事も出来なかったのに……。
「アル……私……お母さんを……殺しちゃった。取り返しのつかない事をしたわ。どうしたらいい?」
「 ……… 」
泣きながら、やりきれない気持ちをぶつけるように アルの両腕を掴んで揺さぶる。
どんな綺麗ごとを言っても親を殺したことに変わりはない。
(そんな事して欲しくなかった)
お母さんの命と引き換えに自分だけ生きるなんて出来ない。お母さんは、どうしてこんな選択をしたの? 私の寿命は決まっていたのに。すると、アルが首を振って私の手を外すと、その手を掴んで私を見つめる。そして、何かを伝えるように視線を動かした。
「ほら。見てごらん」
「えっ?」
「死んだんじゃない。生まれ変わったんだよ」
アルの視線の先にラフィアナの新芽があった。小さいけれど、確かに生きている。
(ああ……私と一緒にお母さんも生まれ変わったんだ)
そう考えるとスッと心が軽くなる。死れではなく誕生。
元の大きさになるまで四百年かかるだろう。だけど、生きていることに変わりはない。
お母さんならそう言いそう。
フィアナは愛しげに若葉をそっと指で触れる。
「お母さん、ありがとう」
毎日来よう。今まで通り、いっぱいお喋り。次に会う時は胸をはって会えるように。
お母さんの為にも精一杯生きよう。そう決意した。
「もう……離れる事はないのかい……」
「えっ?」
アルの痛みと希望がない交ぜになった声音に振り向くと、心細そうに私を見ているアルと目が合う。
(あっ……)
この半年余り、私たちは残された時間に怯えながら暮らしてきた。
どんなに楽しくても その陰には別れが見え隠れしていた。
消えて無くなる私より、そのあと一人取り残されるアルの方が私の何倍も辛かったはずだ。
フィアナはアルの頬に手を滑らせながら、安心させるように微笑む。やっと、アルを幸せに出来ると思うと胸が熱くなる。
「ええ、一緒よ。もう二度とあなたの傍を離れる事は無いと誓うわ」
「良かった……」
アルが私の両手を取ると手の甲にキスした。頑固で自分の気持ちを偽れないアル。それでも私を最期まで愛し貫いてくれた。死ぬほどの苦しみを味わったアルに同じ経験をさせるのは余りにも理不尽だ。もう二度と悲しませない。
明日は来る。
何度でも 明日は来る。そんな当たり前の事が嬉しい。
「朝も 昼も 夜も 季節が何度廻っても、ずっとそばに居るわ。約束する」
「フィアナ……ありがとう」
久しぶりに屈託のない初めて出会ったころの翳りの無い笑顔。その笑顔を見て悪戯心が疼く。こんな気持ちになるのは、支えていたものが消えたからだ。
アルに伝えたいこともある。
ちょうど良い。
深刻そうな顔でアルを見つめる。
「私、あなたに秘密にしてたことがあるの」
「えっ?」
強張ったアルの顔を見て笑いそうになる。
(素直ね)
フィアナは上目遣いでアルを見ながら鼻に皺を寄せるながら告白する。
「私……キュウリが大嫌いなの!」
「へっ!?」
面食らって目を白黒させなが固まっているアルに、笑いながらキスの雨を降らす。
「フィアナ……騙したのか?」
「騙してないわ」
「 ……… 」
疑わしそうに私を見るアルの手に指を絡めると自分の方へ引っ張る。
「あのね」
新芽にふれたときに、二つのことを知った。
一つは自分の寿命。
そしてもう一つは……産まれて来る子供の人数。
フィアナがアルに、そっと耳打ちする姿を ラフィアナの新芽が風に揺れながら見守っていた。
END
最後まで 読んでくださり ありがとうございます。
一周休んで、次回からは『春花の 開けてはいけない箱の飼育日誌』を再開します。
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