身代わり花嫁は妖精です!

あべ鈴峰

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 フィアナは 春の穏やかな昼下がり教会を訪ねていた。
ベンチで猫のミーナが 欠伸をしている。 
「ミーナ」
 人間になってしまった今では、おしゃべりは出来ないけれど、私だと知っているから、すり寄ってくる。抱き上げるとその背中を撫でる。柔らかくて、お日様の匂いがする。 

 さらさらと葉の擦れる音に顔をあげると、ラフィアナのつぼみが揺れていた。 それを見て、思わず手に力が入る。すると、機嫌を悪くしたミーナが逃げだした。
本当にあと少しだ。四度目の花を見ることは無い。何でも終わりはくる。フィアナは目を閉じると両手を胸の前で組んだ。
(まだ咲かないで。あと少しだけ、お願い……)
ひたひたとそれが近づいているのがわかる。

 時は容赦なく私を死へと誘う。
手を広げて見る。見た目は何一つ変わらない。もうすぐ消えるというのに 体には何の異変は無い。
人間のように 体が不自由になったり、食欲が落ちたり、眠っている時間が長くなったりしていない。多分、人の様に死を迎えることは無いだろう。蝋燭が燃え尽きるというよりは、蝋燭の炎が消えるといった感じなんだろう。ある日突然、何の予告もなしに。
みんな そうだったように……。
(ああ、みんなとさよならだ)
二度と会えない。
瞼の裏にアルの顔が浮かぶ。その温かい笑顔も、声も、何もかも失ってしまう。
(嫌だ。嫌だ。死にたくない)

 絆が私の後ろ髪を引っ張る。
こんな気持ちになるなんて……。
覚悟していたはずなのに。悲しみが焦りを生んで、抑えていたはずの私の中の どす黒い気持ちが溢れ出そうとしている。アルを一生私だけのものにしたい。 誰にも取られたくない。
私が死んだ後も 他の誰も愛してほしくない。私を見つめる瞳で他の人を見て欲しくない。私を抱きしめるように他の人を抱きしめて欲しくない。嫉妬が心をどんどん侵食していく。
このままでは一緒に死んでと、アルを道ずれにしたい気持ちが抑えきれない。
そうすればアルは私の物だ。
アルだって喜んで死んでくれる。私を愛してくれんだから。
私は お願いするだけでいい。死んでくれと一言言えばいい……。 

 自分の歪んだ考えにハッとした。こんな恐ろしいことを思いつくなんて、自分で自分が恐ろしい。
( ……… )
心中なんかしたら、お母さんも
ビビアンもロージーたちも悲しむ。どんな理由があっても、私にアルの命を奪う権利はない。 一時の感情で引きずり込んではいけない。
私を忘れてほかの人を愛して、そう言うのが正解なかもしれない。でも 忘れて欲しくない。アルが死ぬ最期の瞬間、私の名前を言って欲しい。ずっと、ずっと、私を忘れないで。私だけを愛して。アルの心の中心にずっと居座り続けたい。だけど、それは決して口にはできない望み。もし言ってしまえば、アルは 絶対それを守ろうとする。言ってしまいたい。でも、言ってしまえば……。私はアルを不幸 したいわけじゃない。

 もし願いが叶うなら忘れないで、 時々思い出して欲しい。
そうなったら、嬉しい。望むのはそれだけ。
心の半分はアルの幸せを願っているのに、残りの半分が自分の幸せだけを願っている。
どちらも本心だからたちが悪い。
本当に愛しているならアルの事を一番に考えないと駄目だ。
頭では 分かっていても、心はシーソーのように揺れる。

 人間の心は妖精の様に、好きか嫌いか。損か得かの様に単純な物ではない。一つの心の中にミルフィーユの様に様々な思いが重なり合っている。幸せそうに笑っていても一枚めくれば、そこに有るのは苦しみ? 悲しみ? 私もそうだ。
それは本人にしか分からない。 
どんなに辛くても、怖くても、寂しくても、一人で逝かなくては。
だけど、最期に目にするのはアルの顔が良い。 そんなことを考えると涙がこみあげる。それを止めるようにまばたきをする。
アルの元へ帰ろう。一人でいるから悪い方へ考えてしまうんだ。
アルの顔を見ればそんな気持ちにならない。だって、見るだけで私を幸せな気分にさせるんだから。声を聞きたい。抱きしめて欲しい。う~んと 甘えたい。 そうしよう。小さく頷くとフィアナは ラフィアの木に背を向けて歩き出す。


*****

 ビビアンは 油絵具の匂いの中、一心不乱に絵筆でを動かしていた。何かに集中していないと他の事を考えてしまう。

 画家になるのが夢だった。こうして自分のアトリエを持ったのは、その一歩だ。だけど楽しくも 嬉しくもない。

コンコン

ノックの音に振り返るとドア枠にもたれて、レイが立っていた。
「何日も閉じこもっていると聞いたが、こんなことをしていたのか」
「どう? 綺麗でしょ」
やっと描きあがったフィアナの肖像画。女神のように優しく、私に微笑んでくれる。こうしておけば、たとえこの世から去っても毎日会える。
 
 この儚くて、穏やかな微笑みを残しておきたい。
タイトルは『親友』
レイが顎に手を当てて 評論家よろしく、覗き込むように絵を見ていたが 小刻みに頷く。
「へー、意外に才能があるんだな」
意外って……素直に褒めれぱいいのに。全くと呆れる。
アルフォンとの 結婚式から逃げたのは、画家として食べていける自信があったからだ。
(パトロンさえ見つかれば成功する)

 無視して片付けを始めたが、レイの言葉に手が止る。 
「会いに行かなくていいのか? もう時間がないぞ」
「 ……… 」 
分かっている。十分すぎるほど分かっている。何時もの 胸の痛みに顔をしかめる。 私だってフィアナ会いたい。だけど、会えばお互いに泣くばかりだ。それではフィアナを悲しませる。
 秘密を知らない両親や使用人たちは ふさぎ込んでいる私を心配している。でも、言えない。その秘密を抱えたまま1日1日と時が 過ぎるたびに苦しくなる。
この前聞いたレイの話を聞いてから、朝が来るのが怖い。
アルフォンから連絡が来るかもしれないと怯えている。

 一人でいるとフィアナのことばかり考えてしまう。
レイを頼るのは嫌だが、一人でい居るのはもっと嫌だ。 自分の感情を吐き出したい。 でも泣く以外に方法が無さそうで……。
「ビビアン」
肩をポンと叩かれてハッとして振り返った。レイが 目を和ませて小さく頷く。珍しく素直に感情を見せるレイと、この切ない気持ちを分かち合いたい。
( 泣いてもいいわよね)
レイの胸を借りようと近づいたが、
「レイ……」
「絵も完成して時間があるだろう。3件目の相談をしよう」
「はっ?」 
一気に冷める。人がナーバスになっているのに、作戦会議をする? さっきまで会いに行けと進めていたのに? 切り替えの早さに呆れるを、通り越して怒りが込み上げる。
「そんな気分じゃありません!」
「じゃあ、会いに行くのか?」
「それは……」
「だったら問題ないだろう」
問題なら、大有りだ。
私の気持ちを無視している。
駄目だ。この男に優しさを求めた私がバカだった。だけど、偽りの関係でも私に敬意を払って欲しい。
「それが婚約者に言う言葉」
「そうだ」
「人生 なるようになるさだ」
レイが 肩をすくめるとサラリとひどいことを言う。 別に特別なことなど求めていない。一緒に悲しんでくれればそれだけで十分だ。 
レイの人の気も知らない言葉に、すぐさま食ってかかる。
「まったく。少しは優しくしなさいよ。 慰めるとかあるでしょ」
レイのいつも通り冷たい態度に、イラついたビビアンは腰に手を当てて説教する。 私と付き合うならもっと人間の機微を勉強すべきだ。
「慰めてほしいのか?」
「そっ、……そんな事ないけど……」
そう面と向かって聞かれると、そうとは言えない。でも、心のどこかで期待しているのか 時間稼ぎみたいに エプロンをいじっていた。が、さっと脱いだ。こんな会話をするくらいなら、外でスケッチをしたほうがましだ。
「お邪魔しました」
エプロンを椅子に投げつけて出て行こうとすると呼び止められた。
「待て。こう連日来られては困る。こちらにも都合が有る」
「都合って、何?」
ギロリと睨みつけるとレイが目をそらした。もう計画は立ててあるのね。もしかしたら実行日も決まっているかもしれない。
「都合は、都合だ」
最初から説明する気は無いようで、頭ごなしに言って終わらせようとする。
詳しく話さない所が怪しすぎる。二人の間に有るのはお互いの利害関係だけど、その様子を見るに婚約者(仮)である私にも火の粉がかかりそうだ。
ビビアンは胡乱な目でレイを見詰める。
「怪しい。また、面倒なことをやらせる気ね」

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